巫女であるミツは、この日、なぜかブスッと不貞腐れていた。
遊びに来た押都はその表情に目を瞬かせる。
ミツは巫女を演じている時は愛想がないが、ミツに戻ればそれなりに表情がコロコロと変わる愛嬌の良い子供だ。
不機嫌な様子に、『来たタイミング間違えたな』と内心思うも、既に押都が来ることは読んでいる彼女に黙って帰るのは、次に会いに行ったとき面倒くさいことになりそうで辞めた。
「あー…どうした?そんな頬を膨らませて…」
独身故に、幼い子供の機嫌をどう扱ったらいいのか分からない。
しかも大人顔負けの精神を持つ子供を、だ。
ひとまず、声をかけてみると、ギロリと睨みを頂いた。
殺気もない、ただの子供の睨みだ。
だが、どんな強敵の強い感情をこめられた睨みでも、目の前の幼女の睨みの方がはるかに恐ろしく、押都はたじろぐ。
押都はミツを怒らせることでもしたのかと、これまでの行いを追ってみる―――が、押都は特にミツを怒らせることはしていない…はずである。
自信がないのは、相手が子供であり女だから。
古来より、女心と秋の空という言葉が存在するように、男が女の全てを理解するは不可能だ。
それがまだ幼い子供でも、ちゃんと心は女なのは忘れてはいけない。
ぐ、と口を閉じた気配を感じたのか、ミツは気まずげに押都から視線を逸らす。
「ごめんなさい…八つ当たりしちゃった…」
「八つ当たり?」
幼くとも、自分の態度が理不尽だと気付いているのだろう。
不機嫌だった様子から、シュンとさせて押都に謝る。
怪訝とさせる押都に、ミツは説明した。
あの日から、城主が一緒に寝るために訪れることが増えた。
ただでさえ、精神が不安定になって占ってもらうためにこの部屋に来ることが増えたにも関わらず、それに加えて、朝まで居座られ続けてミツのストレスは日々増していくばかりだ。
その八つ当たりを押都はされたのだ。
理由が判明し、そして、それが自分ではないことが分かり、安堵したのと同時に、城主のミツにますます執着しているのをはっきり感じた。
(……まだミツは子供だから心配…は、いらないとは、思うが…)
心配は、やはり性的虐待のことだ。
世の中には他人には理解されない性癖や趣味を持つ人間は多くいる。
幼い…それもミツのように年齢が一桁の子供を好む大人は男女関係なくいる。
力をつけ始めた際に城主を調べたが、そんな性癖があるとは報告にはなかったというのは断言できる。
タソガレドキ忍軍の忍里にいる高坂家の長女に比べたら平凡ではあるが、ミツは整った容姿を持っている。
いくらそんな性癖がなくとも、ここまで執着を持つとどう転ぶか分からない。
仲が良くなった身ゆえに、心配事が増えてしまった。
「…怒った?」
考えごとをしすぎたのか、黙る押都に四つん這いになりながら近寄り、押都の顔を覗き込むように見上げて首を傾げた。
顔を露わにしているので、ミツの不安そうな表情に押都は慌てて首を振る。
「いや、怒っていないさ…ちょっと考えごとをしていただけだ」
「ならいいけど…さっきも言ったけど、八つ当たりしてごめんね…お仕事大変なのに来てくれたのに睨んじゃって…」
ちょこん、と押都の前に座るミツは、彼が怒っていないことに心底安堵したように見えた。
特殊な環境下で育っているのに、優しい子に育った。
子供らしさを捨てざるを得ない悲しさはあるが、それでもこの子の努力の賜物だ。
さぞ、両親は鼻が高いだろう。
だが、両親は亡くなり、彼女の成長を見ることは叶わなくなってしまった。
ならば、代わりに彼女を、ミツを、見守ろう。
そう押都は勝手だと分かっているが、そう決心した。
「私がミツに会いたいと思って来ているんだ…気にするな」
「ほんと?」
「ああ、本当だ」
押都は、ミツが両親を殺され兄と生き別れてから、初めて現れた光だ。
何度も会いに来てくれたのは…気さくに接してくれて、人間として扱ってくれたのは押都だけだった。
そんな押都に嫌われたら、きっとミツはもう人には戻れなくなる。
それを、ミツは恐れている。
ホッと息を吐いていると、目の前にある物が差し出された。
「これは?」
差し出されたので受け取ると、ミツは手元にあるそれに首をかしげる。
手元にあるのは、朴の葉で包まれたものだった。
「土産だ」
「土産…あたしに?」
思わずそう問えば、押都は『ミツ以外に誰がいる?』と苦笑いを浮かべた。
ミツは頬が緩むのを感じて、ぐっと唇を噛んで我慢する。
『自分へ』のお土産は生まれて初めて貰った。
やはりいくつでも『自分だけ』という言葉は嬉しく感じる。
相手は押都なのだから素直に喜んでいいのに、こんな環境下で育った幼児といえど羞恥心は育っているのだろう。
必死に頬が緩むのを我慢しているが、照れくさそうに自分に『ありがとう』とお礼を言うその様子から押都には気づかれているが。
開けてみると、醤油の匂いがミツの鼻をかすめた。
「わっ…これ、なに?」
押都があの店で購入したのは、醤油を塗って焼かれた団子だった。
日持ちを考えて、タレや餡子などではなく塗ってから焼いている醤油団子の方がいいと看板娘がオススメしてくれたものである。
喜ぶと思っていた押都だったが、予想外の反応に首を傾げた。
「団子だ…食べたことないのか?」
「うん…ここじゃいつも野菜や豆ばかりだから…」
声が少しトーンが落ちた。
食事を考えてげんなりとしているのだろう。
野菜や豆ばかりと聞いて、押都はすぐにそれは『精進料理』だと気づく。
この城でのミツの扱いは『巫女』だ。
それも『神聖な』がつくために、殺生した食事を与えるのを禁じたのだろう。
確かに、改めて見てみると、ミツの顔色は少し悪いように見えなくはない。
ただ、それは押都と会うのがいつも夜なため、蝋燭では気づかなかったからだろうか。
栄養が十分でないのなら、押都が考える年齢よりも実年齢は上かもしれない。
「あたしは神聖な巫女だから、殺生して作った食べ物は食べちゃダメなんだって…殺生して作られた物は穢れているって言ってた…よく、わからないけど…」
穢れる、と言われても、まだ幼いミツにはよく分からなかった。
ただ、悪い事だということは分かった。
それに、食事を減らされているわけではないし、軟禁生活ではあるし、味は薄いが、空腹でいるわけではない。
確かに、空腹になるのが早い時もあるが、それほど動くことがないこの生活では食べ物で苦労してはいない。
衣食住という意味だけだったら、この生活は例え金持ちであっても経験できないほど恵まれている。
だが、満たされることは決してない。
それは空腹ではなく、心だ。
「ね、これあたしのお土産だし…食べていいんだよね?」
空気が重くなったのを感じたミツは、パッと表情を明るくさせて押都に問う。
押都もミツの気持ちを汲んでくれたのか、ミツの話を聞いて神妙な表情を浮かべていた押都もいつもの様子を装い頷いた。
「昼に買ったものだから堅くなってしまっているだろうが、味は保証する」
「長烈は食べた事あるの?」
「たまにな…私の国で好評な団子屋だ…家族層を意識している店だから子供でも食べやすく作られているらしい」
家族層をターゲットにしているとはいえ、友人同士や一人でも入りやすく、その人達の口にも合うように考えられていた。
特に甘味にこだわりのない押都も、素直に美味しいと思えるくらいだ。
店員も含めて評判の良さが納得の店だった。
「いただきます」
押都の手には丁度いいサイズだったのに、子供のミツの手に収まる団子は大きく見える。
それが妙に可愛らしく見えて、不思議と心がやわらぐ。
(雑渡殿もこんな気持ちなのだろうか)
この年になるまで独身を貫いた押都は、正直、タソガレドキの忍里中が熱中している雑渡の娘に対してもそこまで感情移入してはいなかった。
彼女に対して同情心はあるし、完全に無関心というわけではない。
どちらかといえば、親戚で遠縁の叔父さんポジだろう。
子供がいないというのもあって、子供との距離感がわからなかったのも雑渡の娘に関わろうと思わなかった理由の一つだろう。
だから、まさか里以外の子供に…それもと囚われているとはいえ敵国の子供に愛おしさを感じるとは自分でも驚いた。
「ん、おいしい!」
はむっ、と醤油の焼き団子を食べると、醤油の味にモチモチとしたもち米が口一杯に広がる。
団子には動物性が含まれている食材は含まれていないが、巫女であるミツが食べるような高貴な食事とは思われていないのか、今日まで一度もミツの食卓に出されることはなかった。
幼い頃…それも、こんな鳥籠に閉じ込められる前ならば、母が作ってくれていたのだろう。
だが、家族や村の幸せだった記憶は、悲鳴と火薬と血の匂いで書き換えられてしまった。
『喉を詰まらせるかもしれないからちゃんと噛んで飲み込むように』と注意されたので、ゆっくりしっかりと噛んで、喉を詰まらせないよう少しずつ飲み込む。
精進料理は味が薄く柔らかい物が多いため、歯ごたえのある団子に少し苦戦するもミツは最後まで美味しくいただいた。
「美味しかった!初めてこんなおいしい物食べた!」
「この城で出される物の方が質がいいと思うが」
「でも、あたしはこっちの方が好き!」
餅は出されるが、味も触感も、ミツに合ったのは団子の方だった。
ミツはよほどその団子が美味しかったのか、笑顔を浮かべてくれた。
喜んでくれたことに、押都は安堵で釣られたように笑みを浮かべる。
「次はどんな甘味が食べたい?」
押都は、ミツのその満面の笑みを見て、思わずそう呟いた。
押都の問いにミツは目を瞬かせる。
「いいの?」
「ああ…残る物は贈れないし私が活動する時間が夜だから日持ちするものしか贈ってやれないが…」
きょとんと見上げるミツに、押都は面の奥で目尻を下げて頷く。
ミツはこの国では、最も優遇され大切に育てられた、まさに箱入り娘と言っていいだろう。
だが、その実、箱の中を覗いてみれば、ミツに自由は存在しない。
ミツの意志はこの国では底辺にあって、大切に育てられながら蔑ろにされ続けてきた。
城主に強請ってもミツの望むものは叶えてくれる。
実際、何度か強請って叶えて貰ったものがある。
だが、全てではないし、明らかに庶民くさい物は言い訳をされて断られてきた。
あくまで、ミツは巫女なのだ。
聡明で、神聖で、清純で、高貴な、巫女。
そこに一人の子供だという認識は誰一人持っていない。
ミツは自分に対して『何が欲しい』かなんて聞かれたことはなかった。
美味しい物を沢山貰っても、全て大人の都合で与えられたもので、ミツの好みではない。
「そう言われてもなぁ…あたし、この城から出た事ないし、村にいた時の記憶もないし……じゃあ、長烈が好きな甘味がいい」
「私?」
「そう!長烈が好きな物を知りたい!」
押都はミツの言葉に、息も言葉も飲み込んだ。
ミツとしては、純粋に押都の好きな物を知りたいだけなのだろう。
それに、リクエストするほど物を知らない。
だが、その言葉が純粋であればあるほど彼の胸に刺さった。
(ン゙ン゙……まさかこんな子供の言葉で揺れ動くとは…)
動揺したように自身の心が揺らいだのを誤魔化すように、心の中で咳ばらいをする。
『あなたの好きな物を知りたい』なんて、これまで色々な人に言われた言葉である。
ミツ以外は下心のある言葉だったためか、押都の心はピクリとも動かなかった。
押都もミツも、恋愛感情などもなく、お互い対等の存在として認識しているからこそ、押都はその言葉に重みを感じたのだろう。
一瞬、部下三人のように『推し』という言葉が浮かんだのは内緒だ。
「では、私の好きな甘味を次の土産としようか」
「うん!でも、やっぱり一人で食べるのは寂しい…次からは長烈と食べたい」
「ン゙ン゙ッ……分かった…今度からは二人分持ってこよう」
約束!とミツは小指を立てて押都に差し出す。
村を焼かれて記憶が薄れていても、身体は覚えているのだろう。
差し出されたミツの小指に、押都も気恥ずかしそうにしながらも自身の小指を絡めてくれた。
二人の小指の大きさの違いが、不思議に感じた。
「えっと…どうするんだっけ…」
体は覚えていても、やはり忘れたものは多い。
つい自然と小指を差し出したが、この後が分からない。
チラリと押都を見て助けを求めると、押都は『勘弁してくれ…』とミツが見ていなければ天を仰いでいただろう。
「ゆ…ゆびきりげんまん…」
押都はミツの悲しい顔を見たくなくて、口を開いて歌う。
低い自分の声を聞きながら、押都は思う。
(良い年して…何をしているんだ私は…)
指切りなんてもう何十年もしていない。
そんな良い年した独身男性が、幼女と小指を絡めて歌う。
しかも、約束だよという意味の行為のこの歌の内容は、えげつない。
指を切るだの、針千本だの、拳万など、今まで疑問に思わなかったが、思ったほど軽く行う約束の儀式ではなかった。
『そういえば遊女発祥という説があると聞いた事があるな…』と遠い目をしながら、昔どうでもいい事を聞いた思い出がよみがえる。
だが―――
(まあ、ミツが喜ぶならいいか…)
チラリと見たミツの表情。
彼女の表情は年相応の、約束をしたただの女の子だった。
それだけでも大人からしたら幼稚すぎる儀式も、価値のある儀式だと思えた。
ミツの機嫌はいつの間にか戻っていた。
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