押都は久々に、ミツのいる城へ忍び込んだ。
久々とはいえ、よく侵入しているのでもはや手慣れている。
例え実力者揃いのタソガレドキ忍軍とはいえど、気づかず侵入されるところを見るに、いくら忍を増やしても質までは上がらなかったようだ。
(流石に寝ているか?…しかしミツならば私が来るのを読んでいるかもしれない…いや…それは思い上がりか…)
押都は思わず弱音を吐き、足が止まった。
押都は、最後にミツと会ってからすでに数か月…どころか、年を越してしまった。
ミツに会いに来れなかった理由―――全てはタソガレドキの里にある。
タソガレドキの忍里で少々問題が起こり、里が混乱となった。
今は落ち着いたため、こうして久々にミツに会いに来ることができたのだ。
落ち着いたとは言ったが、その問題はまだ解決しておらず、会いに行ける時間はいつもより遅い夜となってしまった。
すでに夜も深く、子供ならば当然夢の中だ。
だが、ミツならば自分が来ることを占いで読んでいるかもしれないと思ったが、ここまで放置しておいてまだあの子に想われているのかと辛辣な自分もいた。
自分とミツの仲はきっと友人と呼んでいいのだろう。
いや、押都からしたら友人と名前を付けるべきではないのかもしれない。
だが、連絡もなく来訪を途絶えた相手を、あの子はまだ待ってくれるだろうか。
(せめて顔だけでも見て帰るか…)
里の問題に神経も体力も削られた。
だが、押都だけが疲労しているわけではないし、自分よりも心身共に追い詰められている人物を押都は知っているため、弱音は吐くべきではないのだろう。
だが、それでも、疲労は積み重なるばかり。
ならば、せめて寝顔だけでいいから会いに行こうと止まりかけた足で一歩を踏み出す。
その足で押都は手慣れた様子でミツの部屋へとたどり着き、押都は寝室へ降り立つ。
寝室にはまだ火が灯っており、気配を辿ると寝室を陣取る御帳台にあったので寝る準備をしているのだろうと思い、声をかけようと一歩足を踏み出そうとした。
だが、押都の声掛けをある者が阻む。
「にゃあ」
「…………ねこ…?」
――猫だった。
足元から聞こえた愛らしい猫の声に、下を見れば、子猫も押都を見上げていた。
小柄な体からして、子猫だろう。
美しい、真っ白な毛を持った白猫だが、金色の瞳と赤色の瞳を持った珍しい個体だった。
猫は天井から降りてきた押都を侵入者と思わず、初めて見る人間を丸々とした目で見上げていた。
『なんだこいつ』と首根っこ捕まえようと手を伸ばしたその時―――
「きりちゃん?」
寝室に幼い声が響く。
御帳台の帳の隙間から顔をのぞかせたのは、当然この部屋の主であるミツだ。
ミツは押都が子猫と対峙している姿を見て目を丸くして固まり、押都もまたミツの姿に驚いたように固まった。
この部屋で固まっていないのは子猫だけとなる。
「にゃぁ」
子猫は不思議そうに押都を見ていたが、ミツが顔を出したのを見て嬉しそうに目を細めヨチヨチと幼い足で懸命に駆け寄った。
四つん這いになって顔を覗かせていたミツの手にすり寄り、尻尾を絡める。
そのふわふわとした毛にミツは我に返り、それと同時に押都も子猫が動いた気配で我に返る。
押都はその瞬間、ミツの表情がしかめっ面に変わるのを見て、思わずその場に正座してしまう。
「…………」
「…………」
正座をする押都に、ミツも御帳台から出て押都の前に座った。
むすっとした表情をそのままに、押都を睨む。
子供の睨みなど動じるわけがないが、この子の場合は別だ。
八つ当たりの時でも思ったが押都限定で、ミツの睨みは効果抜群らしい。
ぐ、と顎を引く押都を他所にミツはプイっとそっぽを向く。
八つ当たりの時とは異なり、明らかにミツの怒りは押都に向けられている。
なぜ、ミツにそっぽを向かれるのかが分からない。
しかし、ふと、押都は気づいた。
「………拗ねてるのか…?」
「………………」
ミツのしかめっ面が深まった。
それを見てようやくミツの不機嫌な表情の理由を、押都は知ることになる。
押都は忍び込んでいなければ声を出して笑っていただろう。
くつくつと笑う押都に気づいたミツは頬を膨らませるが、それが余計に笑いを誘うことに気づいていない。
「ふふ…すまない…悪気は、ない…」
そう言い訳をするが、今も体を震わせるほど笑っているのだから説得力はない。
ついにミツは押都に近づき、彼をポカポカ叩く。
しかし、戦闘員でもなければまだ幼い子供の拳など痛くもかゆくもない。
肩叩きにも物足りないとさえ思うほどの微力な拳に、押都は微笑ましく見る。
「悪気がないなら笑わないでしょ!」
『それはもっともだ』押都もミツの言葉にコクリと頷く。
『も゙−!』と八つ当たりのようにポカポカ叩くミツの手を取ってやめさせる。
「来れなくてすまなかった…里で問題が起きてな…その対応で来れなかったんだ」
「……………」
押都が来れなくなって約1年近い。
簡単に謝るには、子供であるミツの1年は長すぎた。
押都は笑ってしまったが、それは安堵も含まれている。
1年も近く会いにきていない男を覚えていて待ってくれたこと。
会いに来てくれないからと、拗ねるほど懐いてくれていたこと。
まだミツにとって自分は変わらない関係でいていいとミツに言われているようで、押都はミツに会いに来るまでの不安が吹き飛んだ。
不貞腐れている姿が可愛いのと同時に、嬉しさが込み上げたのもあった。
「解決したの?」
『里で問題が起きた』と聞き、ミツは不貞腐れるのをやめた。
理由が押都自身にないのなら、怒っても仕方ないと思ったのだろう。
それでも本心は腹も立っていたし八つ当たりだってしたいとは思うが、里が関係していたらミツはもう口を出せない。
ミツの問いに、押都は静かに首を振った。
それを見て、ミツは『そう』と視線を落とす。
「聞かないのか?」
里で問題が起こった、と聞いてミツはすぐに身を引いた。
聞き分けのいい子供と言えばいいが、ミツは自分に興味がないと言われているようで、寂しさを感じる。
ミツは押都の問いに、首を振った。
「聞かないことにしてるの…鈍ってしまうから」
押都はミツの言葉に怪訝とさせる。
鈍る、とは何を指しているのか。
占いなのか、それとも覚悟か。
「まだ問題は解決していないって言っていたけど…ここに来ても大丈夫なの?」
重い空気が流れる。
重い空気に気まずさを感じているのは押都だけではなくミツだってそうだ。
自分の発言が原因なのは分かっているが、そんなつもりはなかった。
その意図を察してくれたのか、押都は『ああ』と頷いた。
「わずかだが時間ができたからな…少しでもお前の顔を見ようかと思ってきたんだ」
「ふーん…そっか…」
追及されずミツは安堵する。
傍にいた子猫が丸まって寝ているのに気づき、子猫を撫でる。
しかし、その顔にはホッと安心した表情を浮かべていた。
「安心した…あたしのこと忘れていなかったんだね」
「ゔ…す、すまなかった…一言だけでも言っておけばよかったな…不安にさせるつもりはなかったんだ」
「うん…分かってる…ただ、あなたとあたしの国は違うから…ちょっとだけ、不安だっただけ…」
押都を見ず子猫を撫でるその姿に、彼女がどれだけ不安を感じていたのか分かる。
だからこそ、押都には罪悪感が重くのしかかる。
押都は子猫を見つめてこちらを見ようともしないミツの頬に手を伸ばし、自分の顔を見るように誘った。
「約束する…どんなことがあろうと、ミツを忘れることはないと」
押都の言葉に、ミツは息を呑み、目を丸くした。
面をつけているのに、彼が真剣な表情でミツを見ているのだと分かった。
その言葉から、彼がどれだけミツのことを想っているかが伝わった。
それと同時に、彼がこれほどまでに自分を考えてくれているのに、会えなかっただけで拗ねて当たってしまった己が情けなく感じた。
「絶対、ね……絶対、忘れないで…会いにこれなくても…会えなくても…あたしを忘れないで…」
口約束なんて所詮、言葉だけのものだ。
形にしなければ何の意味もないものだ。
だが、口約束でも、ミツにとっては押都の言葉だけで十分だった。
信じる理由なんて、それで足りた。
「あたしも長烈を絶対に忘れないから」
小指を立てて押都に差し出す。
今度はあの歌をミツは忘れず、最後まで指を切ることができた。
9 / 12
← | 目次 | 表紙 | →
しおりを挟む