(2 / 7) 罪の口づけに祝福を (02)

まだセラが――――私が熾天使になる前の、天使として生まれ、天国で働き始めた頃。
私には憧れの天使がいた。
オリヴィアという、熾天使だ。
彼女は父たる神がお創りになった初期の天使にあたり、同じく最古参の天使たちの中でも、特に神に気に入られていた。
彼女は、私たち天使からも特別な存在の天使だった。
私は多くの実績を積み、ついに憧れの天使の部署に配属となった。
その知らせを受けた時はよく覚えており、今でも思い出せるほどだ。
まさに、天国にいるというのに、天へ昇るほどの喜びだった。


「き、今日からこちらに配属となりました、セラと申します!まだ未熟ではありますが、ご指導よろしくお願いいたします!」


天使として働き始めてしばらく経ったとはいえ、まだ殻も破りきれていない新人だった私は、これまでにないほど緊張していた。
精一杯背伸びをして、緊張と、噛んでしまった恥ずかしさで頬を赤らめながら、憧れの――姉であり母でもある彼女を前に、私は挨拶をした。
しかし、彼女から返ってきた言葉は――


「そう、よろしくね…セラ」


たったそれだけだった。
でも、それだけでも。
こちらを見ておらず、資料にだけ視線を向けていても。
それでも、私は嬉しかった。
憧れの彼女に名前を呼ばれたと、舞い上がってもいた。


「おいおい!リア!新人に向かってその返事はないんじゃないか?」


ああ、これから彼女の傍で天使として学べるのだ――そんな浮き立つ気持ちを現実へ引き戻したのは、一人の天使だった。
声の方へ視線を向ければ、オリヴィアと同じく父に気に入られている天使…ルシファーが入り口に立っていた。
どうやら用事があって彼女を訪ねてきたらしい。
私の挨拶と重なったため、気を遣って待っていてくれたようだった。


「あら、ルー…あなた、帰ってきたのね」


私が挨拶をした時には、一度たりとも資料から視線を上げなかったオリヴィアが、彼の声を聞いた途端に顔を上げる。
彼女の目には、まるで最初から私などそこにいなかったかのように、ルシファーしか映っていなかった。
私やルシファーの言葉をあえて無視をしたのか、それともまだ私が新人の天使だからか興味がなかっただけなのか。
分かるのは、彼女だけ。
そう思っていたが、ルシファーは分かっているように苦笑を浮かべながら『ああ、ついさっきね』と答え、部屋へ足を踏み入れると、私の肩を軽く叩いた。


「すまないね、セラ…リアは人見知りなところがあるんだ…気を悪くしないでやってほしい」

「い、いえ!とんでもございません…!オリヴィアがお忙しいことは存じております…それにもかかわらず、私のためにお時間を割いてくださり感謝しております!」


ルシファーのフォローに私は慌てて首を振る。
オリヴィアのことを尊敬し憧れているが、明星とも呼ばれるルシファーにも敬意は当然あった。
今思えば、あれはルシファーなりの牽制だったのかもしれないが、当時の私は憧れの二人と同じ空間にいることに頭が真っ白になり、気づく余裕さえなかった。
それとも、地獄へ落ちた彼を知っているからそう思うのか。
ルシファーは私の初々しい反応に目を瞬かせた後、オリヴィアへ振り向き、顎で私を示した。
それを見たオリヴィアは、少し間を置いた後、小さく…それこそ、当時の私が気づかない程小さな溜息をつき、手に持っていた書類をテーブルに置くと、ここで初めて私と向かい合い、視線を合わせてくれた。


「セラ、よく来てくれましたね…あなたは学院でも特に優秀な成績を収めていましたから、期待していますよ…分からないことがあれば何でも聞いてください」

「…っ」


上司である彼女の言葉に返事をしなければいけないのに、できなかった。
喉につっかえて、言葉が出なかったのだ。
憧れている天使から贈られた言葉。
きっと、彼女からしたら定型文にしかならない新人の部下への言葉。
だけど、あの頃の…いえ、今でも私は定型文であろうと、彼女から贈られた言葉に感激し言葉さえも詰まってしまうだろう。
それほど、昔の私は、彼女に盲目に憧れを抱いていた。


「あなたの上司にはすでに話を通しています…早速ですが、この部署へ向かい、業務に取りかかってください」

「はいっ!」


この瞬間のために勉強を頑張ったともいえるだろう。
天使は全員優秀ではあるが、やはり天国でも群を抜いた優秀な天使は存在する。
目の前のお二人のような。
私は気持ちが上がり、思わず自分も驚くほどの声量で返事をしてしまった。
きっと、今の私しか知らない者たちが見たら驚いて二度見するだろう。
渡された紙にはこれから勤務することになる部署と、その上司の名前が書かれていた。
いくら学院を優秀な成績で卒業しても、すぐに天使のトップともいえる彼女の傍で働くことは敵わず、分かってはいたが気持ち落ち込んでいた。
しかし、これからだ。
これから天使としてさらに経験を積み、もっともっと成績を収めていけば、いずれはあの方の…オリヴィアのお傍で直属の部下として働くことができる。
そう自分を鼓舞して、急いで配属された部署へと向かうため扉を閉めた。


「全く…君の周囲への無関心には困ったものだな」


扉を閉める直前、ルシファーの困ったような声を最後に、私は扉を閉めた。



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