(3 / 8) 愛犬の散歩は適度なスピードで (3)
「まあ、結野アナさん、離婚していたんですねぇ…」


某所、1人の女性がテレビの前で驚いた声を零す。
今は丁度朝食のピークも過ぎ人の波はぱったりと途絶え休憩がてら部屋の角上に備え付けられているテレビを見上げながらボリボリとお煎餅を食べていた。


「なあんか怪しいと思ったんですよねぇ…この人たち絶対別れるって私思ってたんですよねぇ。」

「あら私もよ!一般人と結婚したみたいだけど、絶対別れるって思ってたわ!」

「あら!灰山さんも?私もよ〜!なぁんか違和感があったのよねぇ…やっぱり別れたわね!」

「まあまあやっぱりみなさんもそう思ってました?本人たちは幸せで私達はお似合いよ!って思ってても分かる人には分かるんですねえ」


テレビを見ながらお煎餅を食べた後丁度いい温度で煎れられたお茶を飲みながら呟かれたその呟きに反応したのは女性の向かいに座るおばちゃんだった。
パンチが利いている髪型に眼鏡のおばちゃんと今時いねえだろという風貌のおばちゃんの隣にいるサ○エ風の髪型のおばちゃんも賛同した。
女性の言葉にその場にいた女性が『ねー?』と声を揃え、どっと笑いが起こる。


「…………」


きゃっきゃとアナウンサーの離婚に盛り上がっている女性達をじっと無言で見つめている少年がいた。
端麗な顔立ちに栗色のサラサラな髪、そしてその身を包んでいるかっちりとした黒の制服。
彼の目線はワイドショーを楽しく見ているおばちゃんたちに…いや、1人の女性に向けられていた。


「…………」


彼女たちはまさに『人の不幸は蜜の味』状態である。
彼は別にそんな彼女たちを否定するわけでも軽蔑しているわけではない。
ぶっちゃけ、彼もその不幸は蜜どころか更に砂糖をぶっかける如くの味である。
ただ楽しそうにおばさん達と笑う彼女の顔を見て彼の荒みすぎて真黒な心が少しだけ清められたような気がした。
ふ、と笑みを浮かべ彼は何も言わずその場から立ち去った。
その笑みは普段の裏のある笑みではなく、優しげな笑みだった。
勿論、にっくきアイツの私物である食べ物に極秘に手に入れた激辛のからしを注入するのも忘れずに。
そう…彼は今日も仕事をさぼっていた。


≪―――それでは、突如巨大な犬が現場の歌舞伎町から中継です≫


結野アナの離婚話はもう次のニュースによって消えた。
次は突然現れたという巨大な犬の話しだった。
人の不幸言う名の蜜を吸っていたおばちゃんたちは新たなニュースに切り替える。


「まあ!歌舞伎町ですって!」

「あら〜!近いわねぇ」

「でも歌舞伎町って…確か佐伯さん歌舞伎町に住んでましたよね?」

「ええそうなの。私が住んでる地域だわ!やだ!大きな犬!それに白いわ!」

「あら本当!白くて大きな犬が屋根から顔が突き出てるわ!雨漏りするわよこれ絶対!」


舞台は歌舞伎町らしく、丁度歌舞伎町に住んでいるおばちゃんに女性が話しを振る。
おばちゃんは頷きながらも何故か雨漏りしか心配していない。
他に突っ込む場所あるだろ、という突っ込みをする者はここにはいなかった。
テレビはスタジオから現場へと変わり、現場は話題の結野アナ…ではなく、花野アナだった。
清楚で大人の女性の印象を持つ結野に対し、花野はまだ子供らしさが抜けきれないような愛らしいアナウンサーだった。


≪はい、現場の花野です!ではさっそく巨大犬の飼い主に直撃してみたいと思います!≫


パッとテレビの映像が切り替わり、花野アナが映る。
既に収録しているらしく花野アナの合図によって画面が切り替わり屋根には飼い主であろう人物が現れた。
おばちゃんたちも思わず固唾をのみ花野のリポートを見守っていた。


≪あのー!すみませーーん!大江戸テレビですがー!≫

≪ん?あっ!ちょっと撮らないでくださいよ!!≫

≪あのー!巨大犬のせいで近所の方々は大変迷惑されているんですがその辺どうお考えなんですか?≫

≪すいませエエエん!!!≫

≪え、あの…いや…すいませんじゃなくって…≫

≪すいません!!世界中のみんなにすいませエエエん!!!すいません!すいません!!すいません!!!≫


「あらあの子謝り倒しだわ」

「あら本当、土下座のバーゲンセールね」

「こんだけ土下座されて謝られると逆に謝ってるんじゃなくて虚仮にされてる感じが否めないわね」

「そうね、だんだん腹立ってきたわね」


個人情報だらかモザイクと声を変えられている少年の恰好をしている少女A(胸からしてどう見ても女性だった)と見られる人物は、取材に来た花野アナの質問に終始土下座をして謝り倒していた。
その姿は最初おばちゃんたちの同情を買っていたが、謝りすぎてだんだんと怒りも買っていた。
あれから謝り続けていたのか土下座をし続ける画面がパッと変わり、今度は中華風の少女Bが現れた。
少女Bは干していた布団を取り込むために布団たたきを手に持ちパンパンと布団を叩き埃を落とす。


≪あのすいませーん!大江戸テレビの花野と申しますがー!≫

≪あ?――またお前らかァァ!!私達をそんなに悪者にしたいかァァァ!!それがマスメディアか!!!か・え・れ!か・え・れ!!さ・っ・さ・と・か・え・れ!!≫

≪帰りません!!そんな態度でいると近所から孤立しますよ!?≫

≪は・な・の!ア・ナ・は!司会者と!ふ・り・ん!!≫

≪何デタラメ言ってんだゴラァァァ!!!≫


「あらやだ!不倫ですって!」

「まあ!やっぱり!?私花野アナと司会者のやり取り見ててなんかそう思ってたのよね〜!」

「あら瀬田川さんも!?実は私もなのよ〜」

「やだ岡山さんも!?」

「可愛い顔してやるわねあの子〜!」


お団子を両側に作り力いっぱい布団たたきを叩いていた少女Bは少女Aとは違い挑発めいた態度を取っていた。
上からの態度にむっとさせる花野アナの忠告を無視し、少女Bは布団を叩きながらリズムに乗って花野アナを罵る。
その罵りはテレビでは冗談では済まされないもので、アナウンサー生命が危ぶまれる少女Bの挑発に花野アナは乗ってしまい怒りに任せてマイクを投げる。
幸い少女Bに当たることはなかったが、テレビの前のおばさま達は少女Bの挑発を真に受けてしまう。
『最近の女の子って怖いわ〜!』と纏まった時、新たな飼い主が現れる。


≪あのー!!すみませーん!!おおえどt―――≫


新たな飼い主は男性だった。
少女ABと同じくモザイクがかかっているため年齢は分からないが、見た目から、そしてバイクを乗っていることから少女ABより年上なのは伺える。
用事から帰ってきた男性に負けじと突撃取材をしようとした花野アナだったのだが…


「あら撥ねられたわ」

「あら人身事故ね」


花野アナは引き留める前にその男性に乗るバイクによって撥ねられてしまった。
撥ねられた花野アナは派手に吹き飛び、派手に地面に倒れる。
そんな花野アナをカメラは駆け寄ることなく一部始終撮り、男性は慌てることなく少し先で止まった。


≪おいおい駄目だよー、急に飛び出してきちゃー≫

≪あ、あの…巨大犬の……≫

≪あれ、なんでカメラあるんだ?レディースフォーの取材?≫

≪ッキャ―――!!チャック開いてます!!前!!≫

≪前?あ、カメラの前この辺?≫

≪イヤアアア!!ちょっとオオオオ!!カメラ止めて!!カメラアアア!!!≫


撥ねられた花野アナだったが、アナウンサー根性から起き上がり取材を続行させようとした。
だが、こちらに歩み寄ってきた男性のある場所を見て悲鳴を上げる。
ある場所とは…そう、人間の中心部分だった。
男性はあろうことかタイミング悪くこの日に限ってチャック前回更にはパンツの開いている部分も全開でイチモツが全国に見せつける形となっていた。
モザイクがあるとはいえ場所が場所のため逆に卑猥すぎる。
本人はチャックが開いているのを気づいていないのか慌てることもない。
花野アナの必至な叫びが通じたのかテレビの画面は一面男のイチモツモザイクから砂嵐に代わり愛らしい背景の壁紙へと変わった。


「あらチ○コだったわ」

「ええ○ンコだったわね」

「眼福だったわ〜」

「ええ眼福だったわね〜」

「あら私は旦那の方が好みね」

「やだぁ〜!それのろけ〜!」

「あらそう?」

「そうそう!のろけ〜!んもー!立川さんったら〜!」


おばちゃん達は花の50代…もう男のイチモツで心を左右されるほど乙女ではない。
眼福だと言い切る彼女たちに交じって一人、若い女性がいたのだが、その女性も平気な顔して惚気る立川に『アツアツですね〜』と笑っていた。
その場は笑い声に包まれた。
その笑い声は外にも漏れ、丁度近くの廊下を歩いていた2人の男性の耳にも届いていた。


「なんだなんだ?楽しそうな声が聞こえるぞ。」

「あ?食堂から聞こえるからおばちゃん達だろ。」


大きな体を持ち短髪のゴr…男に、黒く綺麗な髪にスラリと伸びた背を持ちタバコを加える男。
ゴr…短髪の男はきゃっきゃと騒がしい声に立ち止まった。
たんぱt…ゴリラの言葉にタバコを吸っている男は食堂だという場所へ目線を送る。
そのタバコを吸うの男の言葉にゴリラは嬉しそうに笑った。


「そうか、おばちゃんたちか…やっぱ女性の声があると華やかでいいな」

「…まあ、主なのはおばちゃん達だがな」

「おばちゃん達でも女性は女性だ!それにあの子も寂しい思いをさせなくてすむしな…」

「そんなに心配なら…さっさと嫁に行かせればいいだろ。何もいい人がいないってわけじゃねえんだし。」

「おいおい、嫁に行かれたら行かれたで寂しがるくせにー!」

「寂しがんねー。ぜってー寂しがるわけがねー。」

「素直じゃねえなぁ、トシ!」

「はあ?何言っちゃってんの近藤さん。素直だけど?俺超素直だけど?素直に言うけど旦那を紹介されたら断固として反対なんかしねえし!さっさと送り出すし!!せいせいするし!!結婚するなら俺を倒してからだとか言わねえし!!こんな優男お兄ちゃん許しませんよ!とか思ってねえし!!そもそも結婚できたとしても絶対結婚式でも泣かねえし!泣いてやらねえし!俺ァスピーチを頼まれたって淡々と言えるし!!あいつの晴れ舞台を邪魔するヤツぶっ殺すとか言わねえし思ってもいねえし行動にもおこさねえし!!絶対お父さんへとかのあいつからの手紙で泣かねえし!!二次会でもヤケ酒しねえし!!あいつの旦那に絡まねえし!!昔の話だってしねえし!!!総悟に『お前もいつか嫁を貰うんだな…』とか言わねえし!!!」


笑い声の中に見知った女性の声も聞こえ、ゴリラは笑みを浮かべる。
ここは女人禁制だが、例外がある。
その例外の大半は雇われたパートのおばさん達だが、ただ一人だけ住み込みの女性がいる。
その女性はうら若き乙女であり、本来ならこんな場所に住み込みで働くなど許されることではない。
だが、事情が事情のためその女性だけは住み込みで働いていた。
男だらけのこの場所に女性は華のような存在だった。
汗臭い男ばかりだからかおばちゃん達でも女性の笑い声は華やかで男達を心を安らげる。
しかし女性は住み込みのためパートのおばちゃんたちが帰れば男達の中では一人だけの女性となり話し相手も堅苦しい者ばかり。
自分達は剣一筋なため彼女を楽しませる芸当一つできない連中なのだ。
そのためゴリラは彼女が寂しがっているのではないかと心配していた。
その心配を漏らせばタバコを吸っている男からは冷たい言葉が返ってきた。
だがゴリラは知っている。
タバコを吸っている男の言葉は彼女を思っての言葉だということを。
自分達は危険と隣り合わせの人生を送ることになる。
だが彼女にはそんな危険な人生を歩んでほしくはないのだろう。
本当は幸せになってほしいのだろう。
それが分かっているからゴリラは憎まれ口を零し言い訳じみた言葉を並べる男を微笑ましく見ていた。
ここに、栗色の髪の少年がいたら『きめぇ』とでも呟き十八番のバズーカを構えていただろう。


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