(6 / 11) ミルクは人肌の温度で (6)
赤ん坊が宙に浮いた。
否、正確に言えば…銀時が空中に放りだしたのだ。
姉といい銀時といい赤ん坊を簡単に捨てる事が出来る2人に雪は思わず声を大にして叫んだ。


「あの野郎なんて真似を…!」

「拾え!!」


浪人達も赤ん坊をまさか捨てるとは思ってもみなかったのかざわめきが生まれる。
1人の浪人の声で一斉に赤ん坊をキャッチしようと動き出し、雪もまた浪人達に取られないようにというよりかは独りで何もできない赤ん坊をキャッチしなければという想いで浪人に交じり空中に浮かび重力に従って落ちる赤ん坊を目で追い拾おうとした。
赤ん坊にみんなが集中している隙に、銀時は木刀を抜き浪人達を倒していく。
そのおかげか、赤ん坊は無事雪の腕に舞い戻る。
無事腕に赤子を抱く雪は涙目になりながら銀時を睨む。


「銀さんあんた何考えてるんですか!?いくらなんでもこれはないんじゃない!?」

「いやー!流石雪ちゃん!俺ァ雪ちゃんが無事キャッチしてくれるって信じてたから!流石は万事屋の母ちゃんなだけあるわ!!」

「褒めても何も出ないし出たとしても軽蔑しか出ねェよ!!あんたも姉上も赤ん坊を何だと思ってんだ!」

「まーまー、そうカリカリしなさんなって!赤ん坊がいたんじゃやりずれェからな…さっさと逃げるぞ!」

「あんたねェェェっ!!」


雪の心臓はこれでもかと言わんばかりにバクバクと鼓動を激しくさせていた。
落ちたら赤ん坊は怪我では済まされないと思うと焦り緊張し失敗が出来ない怖さもあったのだろう。
キャッチした赤ん坊は泣かなかったが驚いているように呆然としており、雪は赤ん坊の危険も考えず死ぬかもしれないのに放り投げる銀時に声を上げて抗議した。
しかし銀時からは呑気な言葉だけが出て謝罪の一つもない。
それにまた怒りかけた雪だったが、本当にこれ以上ここにいれば復活した浪人達にまた襲われかねないと雪の背に手をやり押して急がせる。
そんな銀時に雪も我に返ったのか大人しくなった。
まだ怒りは収まっておらず帰ったら説教をしようと思った雪は一瞬殺気のような物に気づく。
ハッとさせその気配の方へ目をやった瞬間、雪の視界が真っ白に変わる。


「ぎ、銀さん…!」


その白は銀時の着物だった。
経験からして雪より早く銀時が殺気に気づき、素早い動きで雪と雪の腕にいる赤ん坊を背に庇い殺気を向けた方へ木刀を構える。
その際伸びている浪人達が起き上がり2人に襲い掛からないよう片腕は木刀を握り、もう片方の腕は後ろにいる雪へと伸ばされていた。
雪が銀時の背中から顔を覗かせれば、男が一人真剣を抜いていたのが見えた。
その男こそ、一瞬の殺気を放った人物である。
銀時は雪と赤ん坊に向けられた真剣から2人を庇ってくれたのだ。
木刀のはずなのにまるで本物の刀のような鋭さや折れない強さが感じられ男は『おや』と零いニヤリと笑った。
口角を上げた男に銀時は他の浪人達とは違う何かを感じたのかグッと木刀を握る力を強める。


「面白い喧嘩の仕方をする男だなァ…護る戦いに慣れているのかィ?」

「…お前らのような物騒な連中に子育ては無理だ…どけ、ミルクの時間だ。」


腕一本で相手をしている分、銀時の方が分が悪い。
相手も本気ではないというのもあるが、それでも真剣相手に木刀を一本片手で相手をしているのだからそこが銀時の強さを垣間見れるところだろう。
男は銀時のふざけているような答えに一瞬間を置いたがクツクツと喉を鳴らしながら笑い、そして…


「いい…いいよアンタ…獣の匂い…隠しきれない獣の匂いがするよ…"あの人"と同じ…―――片腕で闘り合うには惜しいやねェ…行きな。」


何故か力を抜き脇に移り道を開けて、銀時達を見逃そうとした。
"あの人"という部分が気になるが見逃してくれるというのなら素直に従おうと銀時は不意打ちを警戒しながら雪の肩に手を回し2人を庇いつつその場を去る。
背後から起きたらしい浪人者たちの男を叱咤する声とこちらを追いかけてくる足音が聞こえ、銀時は急いで身を潜める場所を探した。





バタバタと浪人達が街を騒がしく走り回っていた。
あまり人の良いと言えない強面な浪人達を町の人達は遠目で見送り、浪人達は逃げた銀時と雪を探していた。


「おのれ!どこへ行った!?」

「まだ遠くへは行ってないはずだ!!探せ!!」


人目も気にせず探し回る浪人達はある僧侶の前を通る。
浪人達はチラリと僧侶を見るも探し人ではないと分かるとすぐに興味を失せどこかへと消える。


「おい、行ったぞ」


浪人達が通り過ぎ、姿が見えなくなったのを確認した僧侶がぽつりとつぶやく。
しかし返ってくる声はなかった。


「…行ったと言っている」


返事がなく聞こえていないのかと僧侶はもう一度『それ』に声をかけた。
…が、やはり返事はない。
僧侶は全く返事がない『それ』に苛立ち、『それ』を手に取り声を張り上げた。
僧侶が手に持つ『それ』とは……缶詰の空き缶であった。


「行ったと言ってるだろうがアアア!!」

「「んなトコ隠れられっかアアア!!」」


空き缶を相手に怒鳴る僧侶…桂の後ろにある塀から銀時と赤ん坊を抱いている雪が顔を出し突っ込みを入れ、そんな二人に桂は顔を上げる。


「あ、なんだ、結局そっちに隠れたのか」

「結局もクソも端からそんな所に隠れるわけねーだろ!馬鹿かお前!馬鹿だろ!」

「馬鹿じゃない!桂だ!」


銀時と雪は桂に匿ってもらい、浪人達が過ぎ去るのを息を殺して隠れていた。
赤ん坊は相変わらず泣きも叫びもせず黙って大人しく雪の腕に抱かれており、銀時が塀を飛び越え、雪に向かって手を伸ばす。
その手に雪は赤ん坊を銀時に預け、自分も銀時同様塀を飛び越えた。
この場に立ち往生しても戻ってきた浪人に見つかるという事で(何故か)桂と共にその場から撤退することにした。


「でもあの浪人の人達、何だったんでしょうか…私達がこの子を誘拐したって言い張ってたけど…この子の親が雇った人たちなんでしょうか?」

「あー…なんか"橋田屋"とか言ってたっけか?」

「あと"賀兵衛様"っていうのも言ってましたよね」

「あれは恐らく攘夷浪士だ」

「?、桂さん何か知ってるんですか?」

「知っていると言っても俺は関与していないがな…銀時が言っていた『橋田屋』とは江戸屈指の巨大企業の事だろう…そして雪くんが言っていた『賀兵衛』というのがその橋田屋の当主に当たる人物だ。」


歩きながら不意に雪はあの浪人達の言っていた事を思い出す。
浪人達から『橋田屋』『賀兵衛様』という単語を耳にし、2人は聞き慣れない言葉に首を傾げる。
だが、この赤ん坊がその二つのキーワードに関わっているのは分かっていた。
呟いた雪に続き銀時も聞いた言葉を零す。
2人の言葉に桂が反応した。
桂曰く、『橋田屋』とは、江戸でも栄えた企業の一つで、その『橋田屋』の当主が、雪から出た『賀兵衛』という人物らしい。
しかし栄えた会社とは言っても、あまりいい噂はないようである。


「橋田賀兵衛という男は曲者でな…攘夷浪士達を援助する代わりに奴らを闇で動かし今では一商人とは思えんほどの権力を有しているらしい。」

「なんでそんな奴の孫が俺のところに…」


愚痴るような銀時から桂はひょいと赤子を奪い泣きも笑いもしない赤子を体を揺らしてあやす。


「さては貴様雪くんという人が居ながら賀兵衛のところの娘とにゃんにゃん……」

「えっ…やっぱりにゃんにゃん…」

「だから違うって言ってんだろオオ!!なに!?にゃんにゃんって!お前ら古ィんだよ!!夕焼けか!!あと雪!このやりとり何回すれば気が済むんだ!!」

「しかしこの太々しさ…どう見てもお前とそっくりだぞ?赤子は泣くのが仕事だというのに職務放棄か貴様ァ!!アハハハーー!!」

「どんなあやし方だアア!!」


ひょいと奪われた赤子を取り返し銀時はあやすかのように赤子の脇に手を入れ高く持ち上げる。
まだ育児放棄の赤子なら平和で済まされたが、その血筋からして厄介事が舞い込むであろう赤子に銀時は重い溜息をつく。


「冗談じゃねェよ…こんな時に泣きわめかれてみろ…ほんと川にブン投げるところだぜ」

(…私の姉上、それやりましたけどね)

「男はなあパーマが失敗した時以外泣いちゃいけねーよ…お前は、そのへん見込みあるぞ」

「おい、銀時…下下。」

「あ?」


銀時の言葉に雪は心の中で付け加えた。
川に投げ込んではいないが、川に投げ込んだ銀時の上に放り込んだのだから同じことだろう。
そう思っていると桂の声に雪と銀時が同時に下を見下ろした。
そこには…


「上は大丈夫だが下は泣き虫らしい」


赤ん坊がおもらしをし、おしっこがだばだばと落ちていた。


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