(6 / 16) 紅桜篇 (6)
雪は誰かが頭を撫でているのを感じて深かった意識が浅くなる。
深い眠りについていたらしく、目をうっすらと開けると体がダルく感じた。


「起きたか?」

「……―――ッ!!」


誰が頭を撫でているのかと思った。
姉上だろうかと、思ったが頭上から男の声がした。
一瞬、雪は思考も動きも固まったが、その声にガバリと起き上がる。
瞬発力を発揮する雪にその男―――高杉は愉快そうに笑う。


「し、晋さま!?」


驚きが隠せない雪に高杉は目を細め笑い、そんな高杉に雪は気恥ずかしく思い顔を俯かせる。
だが顔を俯かせ視線を落とせばふと自分の体が何も纏っていないのに気づき雪は女らしい悲鳴を上げた。
悲鳴を上げる雪に高杉は耳を塞ぐがすぐに手を放した。
あわあわとさせながら雪は被せられていたシーツを慌てて体に巻き付ける。
顔を真っ赤にさせる雪に高杉はクツクツと喉を鳴らして笑い、愉快そうに高杉を雪は恨めしそうに睨んだ。


「何で笑うんですか…」

「お前、昔は散々俺に抱かれていたのに今更照れるのか?」

「だ、だって…吉原から出てから一度も体売ったことなかったし…恋人とか…できた事、なかったし…」

「お前は胸でけェけど顔が地味だもんなァ」

「地味は余計ですっ!!こ、こう見えてイケメンにストーカーされてるんですからねっ!!」

「それ、自慢になるのか?」

「うぐ…ッ」


言い返す言葉もない雪は『くそォ言い返せねェ』と思った。
確かにストーカーなんか自慢にもならないだろう。
例え顔が良くてメデューサの鷹と呼ばれている男であろうとも。
土方にも地味と言われた事もあり、雪は一言も言い返せず終わった。
そんな雪に高杉は上機嫌に笑い、胸元を隠しているだけで露出している肩から見える刀傷に手を伸ばし触れる。
つ、と指で伝うように刀傷を触れる高杉に雪はピクリと肩を揺らした。
その反応がたまらなくなり、高杉は肩に顔を寄せ舌で刀傷をなぞる。


「ち、ちょっと…晋、さま…っ」


そういう雰囲気にしようとしている高杉に雪は焦りを見せ、腰に腕を回し引き寄せる高杉の肩を押す。
しかしやはりピクリともせず雪はゆっくりと押し倒されてしまった。


「ま、って…っ!晋さまっ!!待ってください!!」


体に巻き付けているシーツを雪は必死に握って脱がそうとするのを阻止する。
それでも負けそうだが、叫べば高杉は止まってくれた。
首筋から顔を離す高杉を見上げれば、彼は既に雄の顔をしていた。
それは3年前、よく見たことのある顔だった。
熱の籠った目に雪はぞくりとさせた。
久々の情事に体が思い出し、それを期待していた。
だけど心は違う。
自分も熱っぽい目をしていることに高杉の顔を見ればわかり、雪はせめての抵抗に高杉から顔を逸らす。
すると目には見たことのない風景が見えた。


「晋さま、ここ…どこですか…」


意識を失う前、高杉に抱かれている間、いた場所は旅館のような場所。
情事目的でも使われているのか昼でも薄暗くしているその一室は一つの明かりだけで照らされていた。
まるで遊郭のように赤を中心にデザインされており、今、目の前にあるような殺風景な場所ではなかったはずだった。
今雪の目に映るのは和室は和室でも、気を失う前にいた場所ではないことは確かである。
決して生活感が感じられない部屋だが、旅館のあの部屋とはデザインも違っていたのだ。
それを問えば高杉はニヤリと笑う。


「船だ」

「船!?」

「ああ…ここはもう地上じゃねえ…今頃空を飛んでそのまま大気圏に突入でもするんじゃないか?」


高杉の言葉に雪は思わず起き上がる。
雪が起き上がれば意外と高杉は身を引いてくれた。
それどころか腕を掴んで起こしてくれた。
窓へ向かい障子の窓を開ければ広がるの空…―――ではなく、港の風景だった。
高杉の言葉は嘘で揶揄っていたのだと分かり、雪はとりあえず空を飛んでいるわけではないようで、ホッと安堵しその場に座り込む。
だが、状況はそう変わっていない。


「飛んでなくて安心したか?…残念だがこの船は大気圏を突破できる機能は持っちゃいねえよ…だが、もうじきその宇宙に出る船と合流し江戸を離れる手筈となっている…」

「…なんで、私はここにいるんですか?」


雪の問いに高杉は一瞬間を置いた。
だがそれは戸惑っているからではない。
それは高杉にとって当たり前すぎる問いだからだ。
高杉は胡坐をかき膝を立て頬杖を立てて振り返ってこちらを怯えた様子で見つめてくる雪を愉快そうに見る。
その目があまりにも本気で雪は体を震わせた。


「何度も言わせんなよ…お前は俺の女だ…その女を迎えに行くのは当たり前だろ?」

「私は―――」

「お前の返事は聞いてねえよ…どうせ『一緒にいけない』とかだろ?んな拒否一々聞いててはいそうですかと言えるか…どう足掻こうがお前の勝手だが、お前は必ず連れていく」

「晋さま…こんな事したって私はもう…」

「…すぐに心を手に入れれるとは思ってねえよ…心なんて後からどうにでもなるからな…お前が誰にどんな感情を持とうが俺がお前を逃がすわけがないだろ?―――清花、自覚しろ…お前が俺の女であることを、な」

「…っ」


高杉がそういう冗談を言う人間ではなく、ましてやできない事をするような人ではないと知っているため本気だと分かった。
どうしても高杉は雪を連れていく気でいるらしいと知り、雪は窓から外を見る。
まだ港につけているだけで薄暗い空も上にあり、港特有のコンテナが広がる殺風景が広がっている。
そして、思うのは銀時―――ではなく、姉の妙。
自分がもし無理矢理でも何でも江戸を離れ高杉と共に行けば、姉は本当に一人になってしまう。
気丈に振る舞っている姉だが、本当は自分と同じ心が弱い人だと知っている。
あんなにも気丈に振る舞っているのは守るべき存在…雪がいるからだ。
その雪がいなくなると…恐らく、妙は弱まってしまう。
そんな姉を心配しない妹はいないだろう。
高杉の強い独占欲に怯えながらも雪は強い目で高杉を見る。


「私には、姉上がいます…」

「ああ、そうらしいな」

「姉上は強い人です…でも…あの人は本当は弱い人なんです…だから…帰してください……お願いです…晋さま…」

「…………」


姉を置いていけなくて無駄だと分かっているが高杉に懇願した。
静かに頭を下げる雪に高杉は笑みを消し、立ち上がって頭を下げている雪に近づき雪の顎に指をかけ顔を上げさせる。
顔を上げさせた雪は泣きそうな表情をしていた。
その表情をさせているのは自分ではなく、雪の姉である女。
その女は一度だけ高杉は見た事があった。
あの事件が起こった後、地上に帰った雪を一度高杉は迎えに行こうとしていた。
結局雪の不安定な精神状態から時間を置くことにしたが、その時にチラリと雪の傍にいる少女――妙を見たことがあるのだ。
雪の姉というだけあって、その容姿は少女とはいえ整っており雪と似ていた。
3年も経てばさぞ美人に成長しているであろう雪の姉を思い出し、高杉は不快に思った。
アレは心底雪に執着している。
それも自分と同じくらいに。


「お前の姉ならば貰い手があるはずだ…最初はお前がいなくて寂しさで泣くだろうがお前の姉ならばいずれいい男を捕まえお前を過去の者とするだろうよ…だから姉なんか忘れろ…―――いいな?」

「……………」


高杉の言葉に雪は目を伏せた。
分かってはいた。
こんなところまで攫っておいて雪が願っただけで帰してくれるほど高杉は甘くはないと。
高杉が手を放せば雪は俯いてしまう。
項垂れる雪を高杉は見下ろした後、雪に何も声を掛けず部屋を出て行った。
扉が閉まった瞬間、鍵がかけられた音と共に開いていた窓が格子で塞がれ、逃走経路を塞ぐ。
項垂れていた雪はその音に窓を見れば見晴らしがよかった窓があっという間に牢獄に変わった。
その光景は3年前も嫌って程見たことがある光景だった。


「…これじゃあ…吉原の時と何も変わらないよ…晋さま…」


薄暗い空が狭くなり、ポツリと呟けば音と共に雪の目から涙が零れた。


――――銀さん…助けて……助けに、来て…


雪の音のない呟きは静まり返る部屋の中で消える。


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