(10 / 16) 紅桜篇 (10)
チ、チ、チ、と時計の音だけが鳴る中、銀時はただ天井を見上げていた。
銀時は鉄子を追い返した。
これ以上関わっていたら碌な事にならないと思ったのだ。
ゴロンと布団の上に寝転び口を開かず天井を見ている銀時に妙は『安心しました』と呟き、その妙の言葉に銀時は天井から妙へと目を向ける。


「あ?」

「行くんじゃないかと思ったから…そんな体でも」


妙の言葉に銀時は『ヘッ』と鼻を鳴らして返す。
妙は本当に銀時が鉄子の依頼を受けて傷ついた体に鞭打っていくのだと思っていた。
だから安心は多少はした。
嫌いな男一人の命、どうでもいいが、今死ねば銀時は雪の心に住み着くだろう。
今だって死者と生者、邪魔者が2人も可愛い妹の心の奥に住み着いて離れやしないのだ。
だから妙は敵でもある銀時にそう言ったのだ。
銀時も銀時でその真意を分かっていたから鼻を鳴らすのだろう。


「そんな体で行っても死んじゃいますもんね」

「そうだな」

「あの女の子には申し訳ないけど仕方ないですよね」

「そうだな」


相手にするのも面倒で銀時は背を向けた。
それでも妙は続ける気なのか『…銀さん』と声のトーンを落として振り蹴りもしないその背に妙は声をかけた。


「あまり無茶するのはやめてくださいね…銀さんがいなくなったら神楽ちゃんが困りますから」


そこで『雪ちゃんも』、と言わないところが憎らしいがこいつらしいと思いながらも、神楽が困るというのも事実だから銀時は『そうだな』と返した。


「昔は銀さんもやんちゃしてたみたいですけれども、もうそんな事する歳じゃないですものね」

「――しつけえんだよ!!この野郎!もうどこにも行かねえからちょっとジャンプ買って来い!お前さっき買って来たの赤丸だぞ!お母さんみたいな間違いしてんじゃねえよ!」


妙の言葉や行動を一々相手にはしてられないが、流石にここまでしつこいのも鬱陶しい。
それに先ほど妙が買って来たジャンプは銀時がよく見ているジャンプではなく、赤丸だった。
同じジャンプではあるが、別物なのだ。
喚く銀時に力で黙らせることは簡単だが、今はそれでは駄目なのだ。
『はいはい』と言って腰を上げ、サイフを持って妙は部屋を出ていく。
出ていく妙が玄関の扉を閉めるのを音で確認し暫くしてから銀時はゆっくりと起き上がる。
謝ることもお礼をいう事もしない。
あの女も自分も、お互い本当に死ねばいいと思っているほど嫌い合っているのだ。
どうせこうして動いてくれるのも雪のためでしかない。
だが銀時にとってそうしてくれると気が楽だというのもある。
下手に期待されるのも、恨むだけ恨まれるというのもまた面倒でしかないのだ。


「ったく…俺だっていい歳こいてヤンチャなんかしたきゃねェけどよォ…」


そう思っていてもグチグチと文句が出てくるのは確かで、銀時はブツブツと言いながら玄関へと向かう。
すると玄関の前に傘が一本置かれているのと、自分の服が切れに畳まれているのがあった。
その上に一枚の手紙が置いてあり、畳まれているのを広げてみると『私のお気に入りの傘、あとでちゃんと返しに来てくださいね』と書かれていた。
やはり姉妹なのか、どこか妙のその文字は雪の文字に似ており、それを見ていると急に雪や神楽に会いたいという感情が湧き上がる。


「……可愛くねェ女」


綺麗に整っている文字を見ながら銀時はそうポツリと呟く。
その呟いた言葉は雨音で消えてなくなり、銀時は妙が用意したというのは気に入らないがその服に袖を通し、用意されていた可愛い兎がプリントされている傘をさして万事屋を出る。





妙は銀時の後姿を黙って見送る。


「銀さん…私、あなたの事が嫌いです」


銀時がさしている自分のお気に入りの傘を目で追いながら妙はポツリと呟く。
銀時同様その言葉は銀時に届く前に雨にかき消された。


「あなたは雪ちゃんの心を奪った憎い人…でも、それ以上に嫌いな人がいるんですよ……憎いあなたに雪ちゃんを預ける方がマシだと思う人達が…」


そうポツリと呟きながら妙の横に誰かが来た。
目線だけ横へずらせば、半透明の女性が妙の横に立っていた。
これは生きた人間ではない。
そして亡者でもない。
たまに現れるのだ。
その憎い銀時に預ける方がまだマシだという人達を思うと必ず。


「あなたの事ですよ―――千早さん」


自分の横で同じく銀時を見送っているその半透明の女性…千早に妙は声をかける。
千早はとても美しい女性であった。
格好は遊女の派手な着物を着ており、妙は見た事も会った事もないがこの女性が雪が姉と慕う人達の一人である事を知っている。
千早は何も答えない。
いつもそうだ。
何か言っても千早は妙に笑みを浮かべるだけ。
それがまた綺麗で腹立たしくてたまらない。


「私、あなた達に雪ちゃんを取られるのと…銀さんに取られるのと…どちらがいいかずっと考えていたんです…でもそんなときが来るはずがないって期待してて今日まで答えを出さないようにしてたんです…」


銀時と出会ってから天秤に掛けていた。
千早"達"に雪を取られるか、銀時に雪を取られるか…どちらがマシなのか、と。
だけど妙はそんな事が起きてほしくないという期待で今日まで天秤がどちらかが傾くことはなかった。
どちらにとっても雪を失うことに変わりないのだ。
時折雪に『どうして他の男に惚れなかったの』と言いたくなったが、まだ自覚していない様子の雪にそれを言って自覚してしまったら、妙がどちらかを傾ける前に横から銀時に掻っ攫われると思ったから何も言わなかった。
だけど、その答えを天は求められた。
妙は詳しい事は分からないが、女の勘で雪が連絡取れない理由に『雪の初恋の人』が関わっていると考えた。
千早と違って雪の初恋の人はまだ生きている。
だけどあの事件が起こってから3年間、雪と接触するでもなく迎えに来るでもなく、雪を放置していたから少し油断していたのだ。
だから銀時の怪我を治療して目が覚めるまで妙はどちらかを傾けなければならなかった。
そして、出した結果は銀時だった。
銀時は本当に嫌いな人だ。
憎くもある。
だけど、銀時は雪が本当に嫌だったらしない人だから、妙から雪を引き離すことはしないだろう。
だから妙は銀時を取った。
笑みを浮かべる千早を妙はまっすぐ見る。


「雪ちゃんをそう簡単に私から連れていけると思わないでくださいね」


妙の言葉に、千早はにっこりと笑みを深める。
いつもの微笑みが、今日はまるで挑発めいた笑みにも見えた。


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