(12 / 16) 紅桜篇 (12)
武市は今、物凄く焦っていた。
それもこれも両側にいる女二人のせいである。


「体中の痰よオラに力をォォ〜〜!」

「汚いからやめなさいって!」

「たァんンじィるゥゥ!!」

「こら!!」


武市は今、また子と神楽の痰の掛け合いを止めようとして間に入っていた。
『女の子がやめなさいって!』と注意しても初対面から折り合いの悪い2人は武市の言葉など耳に入れず体中の痰をかき集めるが如く溜める。
やめなさい、と言っても聞かない二人はカッと目を光らせる。
そして―――


「大変です!!桂一派らしき者達から襲撃を受けています!!」


爆発音が船に響き、大きな振動で揺れる。
部下が武市に報告しに現れ、振り返った武市の顔を見てギョッとさせた。
その顔の両頬にはべったりと痰が掛かっていたのだ。
武市は部下の報告に『そうですか』と零しながらまた子の痰だけをふき取る。


「ちょっ!なんで私の痰しか拭かないんすか!?右の頬に痰つけられたら左の頬にもって言うじゃないっすか!!」


自分のかけた痰しか拭かない武市にカチンと来て声をあげるまた子だが、そんなまた子を武市はあえて無視をする。
相手にしてられないというのもあるが、何より答えなど決まっているからだ。
――ロリじゃない女の痰など拭いて当たり前…である。
しかしそれを言えば銃の一発二発貰うのだ何も言わないのである。
武市は報告しに来た部下に向かいなおし指示を出す。


「すぐに船を出す準備を…このままでは上空から狙い撃ちされ撃沈します」

「桂の敵討ちってわけっすか…――似蔵め…!全部奴のせいっす!!」

「それもあるでしょうが…恐らく紅桜の存在が露見したと思われます……以前は過激な攘夷思想の持ち主だった桂も昨今では無用な事を嫌う穏健派になっていたと聞きます…亡き桂に成り代わり紅桜を殲滅し我々の武装蜂起をは阻むつもりかと」

「いや、先輩…案外この娘が連中の仲間でこの襲撃自体がただの陽動ということもありえます」


岡田が桂に手を出し銀時にも手を出した事から自体が悪化しているようにも見えた。
でないと神楽がここに侵入し、そして今も桂一派に攻撃されるわけがないのだ。
また子の言葉に武市は『ふむ』と零し神楽へ振り返る。


「ともすれば…この船にネズミが忍びこんでいるやもしれませんね……どちらにせよこれを利用しない手はないです」


そう言って武市は神楽を部下に拘束させ、甲板へ連れていく。
船首の先に丸太の十字を作りそこに神楽を括りつけて仲間である桂一派に見せしめのように磔にさせる。
殺すなと言われているが、脅し程度なら大丈夫だと思ったのだろう。
また子は部下から受け取った拡声器で桂一派に神楽が自分たちの手の中にあるのだと知らしめようとする。


「きけエエエ!お前らァ!!お前らの目的は読めたァァ!!この娘っすね!!なんやかんやでこの娘を助けたいのは痛い程わかってるっす!!そんなにバンバンバン撃ってこの娘に当たっても知ら―――」


そう言っている傍からこちらを狙って桂一派は大砲を撃って来た。
仲間であるはずの神楽を撃つという事は、桂一派と神楽は仲間ではないということだろう。
仲間だと言ったはずの武市にプスプスと黒い煙を上げるまた子が声を上げる。


「武市先輩ィィ!!話が違うじゃないっすかアア!!」

「予想が外れましたねェ、まあ砲弾が外れたからよしとしましょう」

「外れてるのはあんたの頭のネジっすよ!!」

「ばっかじゃねーのォ!!あんな連中となんにも関係ないもんネ!!勘違いしてやんの〜!ププ〜!恥ずかしい〜!!」

「何浮かれてんの!?お前が一番危機的状況なんだよ!?」


神楽も桂とは縁があるが、その浪士たちとはあまり面識はない。
だからあちらも神楽を認識しても味方とは思っていないだろう。
だからこうして平然と撃ってこれるのだが…勘違いしたまた子達を神楽は笑うが一番状況的に危険だと自覚していない神楽にまた子が突っ込んだ。
そして―――神楽に向かってまた…砲弾の玉が放たれ、また子達は神楽を置いて逃げる。





ドォン、とまた何かが爆発する音が聞こえ、大きな振動で部屋が揺れる。
雪は床に座りその振動に耐え、落ち着いた頃に窓を開ける。
部屋の外で見張っている2人は話しかけても前回の事があるため無視されており事情を聞くにも教えてくれなかった。
窓を開けると相変わらず格子で風景が台無しになっているが、そこからでもこの船が誰かに襲撃されていると分かった。
『一体誰が…』、と格子にくっつき外を見ようとしても格子のせいで見えずにいた。
そんな雪の耳に聞き慣れない声が届く。


「高杉イイイイ!!!貴様アア!!志同じくする尽忠報国の士でありながら我らが攘夷志士の暁、桂小太郎を殺めた罪許し難し!!我らはもう共に歩む仲間ではない!!志の遠く離れた敵である!よって、ここに天誅を下さん!!」

(か、桂さんの仲間!?えっ!?桂さんが死んだと思われてるの!?ってかあの人が死ぬタマだと思ってるの!?)


声は聞いた事はないが、その言葉から桂の味方であり部下でもあるらしい。
桂を死んだと勘違いし我慢できず弔い合戦をしに来たらしい。
雪は桂が死んだとは思っていない。
あの人が死ぬような人とも思っていない。
桂の部下が聞けば憤怒しそうな事を雪は心の中で叫ぶ。
もはや桂と接している中、あの男への尊敬など皆無だった。


「ど、どうしよう…どうしよう!!ってか私どうしたらいいんだろう!!死ぬのかな!?私死ぬのかな!?」


今の状況が分からないからこそ起こるパニックに雪は部屋中を歩き回る。
とりあえず落ち着こうと深呼吸してみるが、砲弾が当たり船が揺れる度にパニックが起こり、雪は涙目だった。
すると部屋の扉が開き、振り返ると見張りの男達がいた。


「おい、避難するぞ」


逃げ出した前科があるため、警戒されていた。
しかし雪を避難させろという連絡が来た以上、雪を連れて逃げるしかなく見張り二人は雪を連れて高杉達より先に避難することにした。
ついて来いと言われ先導する男と、ついて行く雪の後ろに続き逃亡を阻止する男達と共に雪は慌ただしい船内の廊下を歩いていた。
時折揺れはするが、その揺れは先ほどより小さく、それも少しずつ砲弾を受ける数が減っているようにも感じた。
すれ違う浪士たちから盗み聞きしているとあの岡田が1人で桂一派を相手に数を減らしているというではないか。
雪の記憶では隠し子騒動の時の岡田しか記憶にないため、それほど強い人だったのかと驚いてしまう。


「あの…避難ってどこに…」


雪はもう逃げるつもりはなかった。
だが避難と言っても周りはこの一隻しかないようでどこに避難をするかなど検討もつかなかった。
それを聞けば前方にいる男はこちらに向くことなく答えてくれる。


「…もうすぐ迎えの船が来る…その船に乗り江戸を…いや、地球を脱出する手筈となっている」

「ち、地球を脱出って…う、宇宙に出るんですか!?」

「そうだが?」

「……っ」


高杉からも話を聞いていたが、まだ心の準備ができていない雪にとっては寝耳に水である。
宇宙を脱出、ということは…そう、もう簡単に江戸には帰ってこれないという事になる。
それは本当の意味で妙達との別れを意味し、ますます雪は彼女達との決別をしたのだと実感させられる。
思わず立ち止まった雪を急かす後ろにいる見張りの男の声に歩き出しながら雪は今更ながら自分の行った選択の重さを感じていた。


「ふんぬオオオオオオ!!」

「!―――神楽ちゃん!?」


一歩一歩前に進む事に雪は妙や神楽…そして銀時の傍にいられなくなると思うとどうしても足取りが重くなる。
特に銀時の事を思うと胸が痛いほど締め付けられ息ができないほど苦しい。
だがそれは自業自得である。
神楽のためとはいえ自分が選んだ選択。
そして高杉に上手く乗せられた自分の愚かさ故。
いつか銀時達を……――銀時を忘れるだろうか、と思っていると…神楽の声がした。
全く女の子らしくもないその声に雪はハッとさせ俯かせていた顔を上げて声の主を探す。


「お、おい!待て!!」


雪は自然とその声の方へと足を向けた。
後ろから男達の声がしたが今の雪には聞こえないのか神楽の方へと走る。


「神楽ちゃん…ッ!!」

「雪!!」


神楽は甲板にいた。
襲撃に少し傾いた床を滑って磔にされたまま砲弾で開いた穴に落ちそうになっていたのだ。
雪は男達が手を伸ばしているのも気にせず交わして神楽のもとへと駆け付ける。


「貴様ァ!!また逃げるつもりかァ!!」

「そんなつもりはありません!!神楽ちゃんを助けたら戻りますから!!」

「そんな事信じられるか!!」


神楽が落ちそうで雪も慌てて駆け付け磔を抱きしめるように止める。
それでも磔に使われている丸太の木の重さには勝てずズルズルと穴へと落ちそうになっていた。
更には後ろから追いかけて来た男二人が雪の腕を掴み連れ戻そうとしていた。
男二人の力には勝てず、引っ張られそうになったその時―――二人の男が何者かに襲われ倒れた。
目を丸くしている瞬間に、雪の体ごと神楽を誰かが引き上げてくれた。
その誰か、とは…


「エ、エリザベス!?」


桂のペット、エリザベスだった。
エリザベスは『大丈夫だったか?』と書かれたプラカードを掲げ二人の無事を安堵していた。
『来てくれたんだ』という雪の言葉にエリザベスは『いろいろと用があってな』とプラカードを掲げた。
しかし…


「――――!!!」


エリザベスの影から、高杉が現れた。
それに雪と神楽が目を丸くしたその瞬間、エリザベスの首が飛んだ。
目を丸くしていた雪達は更に目を見張り言葉を失う。


「エ、エリザベスーーッ!!」


雪はふわりと落ちたエリザベスの首にハッとさせ我に返る。
部下に避難させていたはずの雪の姿と、その傍で伸びている部下達を見て高杉は眉をひそめた。


「おいおい…やっと大人しくなったと思ったらこれか…どうやらお前には頑丈な鎖と首輪が必要らしいなァ、清花」

「に、逃げるつもりじゃないです!!神楽ちゃんが危なかったから…助けたら避難するつもりでした!!」

「なら、俺の手を取れ…そうすりゃこのガキだけは見逃してやる」


騒動に来てみれば雪が神楽と変な白い生き物といるのを見て高杉はカッとなってエリザベスを斬った。
雪の言葉は取りあえず信じる事にした。
だが、高杉は今更何を言おうともう雪を外には出すつもりがなくなった。
雪は高杉の言葉にグッと拳を握り決意を固め、立ち上がり高杉の手を取ろうとした。
神楽もそんな雪に何かを言っていたが、雪は聞こえないふりをして高杉の手を取ろうとした。
しかし…―――


「ガキじゃない―――」


どこからか聞き慣れた声が三人の耳に届く。
その声は間違いなく行方不明となった…


「桂だ」


そう、辻斬りされたと思われた桂の声だった。
高杉も桂の声にハッとさせ嗅ぎ慣れたその匂いが鼻をかすめたその瞬間、エリザベスの中から桂が現れ一瞬の隙に高杉は斬られた。
高杉は切られた反動で後ろに倒れる。


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