(13 / 16) 紅桜篇 (13)
ぐ、と力を入れて腕を掴まれ、雪は引っ張られた。
桂入りのエリザベスの横を通り過ぎようとした時、桂によって高杉は斬られた。
それと同時に高杉は本能だろうか…雪の腕を掴んで斬られて倒れたのだ。


「晋助さま!!」


駆け付けたまた子が一目散に倒れる高杉に駆け寄り、高杉と桂の間に武市が入る。
高杉は倒れていてもなお雪の手を放さず、あの強い高杉が斬られた事に雪は唖然としていた。


「ほう…これは意外な人とお会いする……こんな所で死者と対面できるとは…」

「この世に未練があったものでな…蘇ってきたのさ…」


武市の言葉に返す桂に雪は高杉から桂へ目をやる。
行方不明だったあの桂が目の前にいた。
髪の毛が切られているのに疑問を感じざるを得ないが、それでも信じてはいたが生きていた事に安堵する。
桂は武市から高杉へ目をやる。


「…かつての仲間に斬られたとあっては死んでも死にきれぬというもの…―――なあ、高杉…お前もそうだろう?」


桂の言葉に雪は高杉へ目をやる。
高杉の命にも別状はなく、雪は攫われたのも当然の身であるが、それでも高杉を雪は嫌いになり切れない。
だから高杉も死んでいない事にホッとしていた。
高杉は雪から手を放さないまま起き上がり、桂の言葉にクツクツと喉を鳴らして笑う。


「仲間ねェ…まだそう思ってくれていたとは……ありがた迷惑な話だ」


立ち上がり桂を睨む高杉の腹には一本の切り傷が走っていた。
その着物の中には見覚えのある古ぼけた本が入っており、桂はそれを見た後高杉へ目をやる。


「まだそんなものを持っていたか…お互い馬鹿らしい」


その声は呆れているようで懐かしんでもいた。
そして桂も懐から同じ本を出し、高杉はそれを見て口角を上げる。


「お前もそいつのおかげで紅桜から守られたってわけか…思い出は大切にするもんだねェ」

「いや…貴様の無能な部下のおかげさ……よほど興奮していらたしい…碌に確認もせずに髪だけ刈り取って去っていったわ…大した人斬りだ」


辻斬りにあっていたことは本当らしい。
だが、桂は何とか逃げ切ったようで岡田は髪だけを切り取って死んだことも確認せず姿を消したという。
そのせいで紅桜の事が露見したが、そのお陰で神楽は雪が連れ去られそうなのを阻止できそうだった。
岡田のした事にまた子は内心舌打ちを打つ。
あの男が暴走してからというもの、碌なことがないのもまた事実である。


「逃げ回るだけじゃなく死んだふりまで上手くなったらしい…―――で?わざわざ復讐に来たわけかィ?奴を差し向けたのは俺だと?」


仲間であれ敵であれ、『逃げの小太郎』という通称を知っている高杉はそれを揶揄するが、その通り名に馬鹿にされ揶揄され慣れている桂は気にも留めない。


「あれが貴様の差し金だろうが奴の独断だろうが関係ない…だがお前のやろうとしている事…黙って見過ごすわけにもいくまい…―――貴様の野望…悪いが海に消えてもらおう」


桂がそう零したその瞬間―――船内から爆発が起こった。
高杉達が振り返ればそこは工場だった。
紅桜を量産していた工場が突然爆発したのだ。


「桂アアアア!!」

「貴様…!生きて帰れると思うなァァ!!」


紅桜を量産するにも色々金も人でもかけていた。
それは見逃せる損失ではなく、大きな損害である。
頭に血を上らせるまた子達をよそに桂は抜いていた刀で神楽の拘束具を切る。


「江戸の夜明けをこの目で見るまでは死ぬ訳にはいかん…貴様ら野蛮な輩に揺り起こされたのでは、江戸も目覚めが悪かろうて―――明日を見ずして眠るがいい」


神楽が解放されたのを見て、高杉に腕を掴まれながらも雪は安堵した。
スッと高杉達に刀を向ける桂にまた子達は殺気立っていた。
しかし…神楽が桂に抱き着き、そして…


「眠んのは…――――てめえだアアア!!」


なぜか、神楽は桂にバックドロップをかました。
それも夜兎という事もあってなのかそれとも怒りに任せたからか、顔半分が船の床にめり込んでいた。


「か、神楽ちゃんンンンン!!?」


雪は高杉に捕まっているのも忘れるほど、神楽の行動に声を上げた。
しかし神楽は雪の声など気にもせず磔を手にズルズルと引きずり桂に近づく。


「てめえ…人に散々心配かけといてエリザベスの中に入ってただァ!?ふざけんのも大概にしろォォ!!」


そのまま磔を引きずっていた神楽は生まれ持ったその力で磔を振りかぶり桂を殴り飛ばす。
勢いに飛ばされ殴られた桂は傍にいた浪人に当たり、浪人共々倒れてしまう。
それでも神楽は必死こいて桂を探し、捕まってまでここまで来て助けに来たというのに本人はエリザベスの中に入り自由に動き回ってましたと言われ堪忍袋の緒が切れたのだろう。
桂を睨みつける神楽の目はマジだった。


「いつからエリザベスん中入ってた!?ああ!?いつから私達を騙してた!!」

「ちょっ、待て!!今はそういう事言ってる場合じゃないだろ!?――ほら!見て!!今にも襲いかかって来そうな雰囲気だよ!?」

「うるせえんだよ!!こっちも襲いかかりそうな雰囲気!!!」

「待て!!落ち着け!何も知らせなかったのは悪かった!謝る!今回の件は敵が俺個人を標的に動いていると思っていたゆえ…敵の内情を探るにも俺は死んでいる事にしていた方が動きやすいと考え何も知らせなんだ!なにより、俺個人の問題に他人を巻き込むのは不本意だったしな!!ゆえにこうして変装して―――」

「だからなんでエリザベスだァァァァ!!」


もはや怒りすぎてアルアル口調が消えた。
だがそれも雪には納得できる。
何だかんだ言って神楽も桂を心配していたのだ。
それなのにエリザベスに入っていた…となってはそうなっても仕方ないだろう。
神楽は一人で桂の足を脇にしっかり固定し振り回す…―――ジャイアントスイングを発動する。


「ち、近寄れねェ!まるで隙がねェ!!」


神楽が桂に、そして桂が神楽に意識を向けているその隙に桂を斬ろうとした浪人たちだったが、神楽のジャイアントスイングが発動し行くにも行けなかった。
行こうとしては下がり、行こうとしては下がりを繰り返す部下達にまた子の叱咤が飛ぶ。
しかし部下を叱ったその時、空から何かがこちらに向かってきている影を見つける。
その影はだんだんと大きくなり…


「おい…あれ…なんかこっちに…」


また子が言い切る前にその影は―――本物のエリザベスと桂一派を乗せた船は高杉の船に衝突した。
大きく揺れる船内に雪はグラリとこけそうになったが、高杉が腕から腰へと手を回し支えてくれたおかげでなんとか踏みとどまった。
雪は高杉を見上げ、高杉も雪を見ていたが、高杉はすぐに雪から目を逸らしこちらに雪崩れ込むように襲撃しに来た桂一派へと目を向けた。


「高杉ィィ!!貴様の思う通りにはさせん!!」

「全員叩き斬るっす!!!」


桂一派と高杉一派がぶつかり合う。
高杉の目線を伝うように雪も桂と神楽を守るように囲む桂一派へ目をやった。


「エリザベス…みんな…」

「すみません!桂さん…!いかなる事があろうと勝手に兵を動かすなと言われておきながら桂さんに変事ありと聞きいてもたってもいられず…!!」

「このような事で桂さんが死ぬ訳がないと信じておりましたが最後の最後で我々は…っ」


桂は穏健派となる前からも部下達に『勝手に兵を動かすな』と言い聞かせていた。
勝手に動くと作戦が台無しになる場合があるからだ。
だから部下たちはそれで己を責める。
しかし桂は彼等を責めれるはずもなかった。
彼等は桂の無事な姿に涙が溢れ出ていたのだ。
桂はそんな彼等の顔を見なくても分かり、ふと笑みを浮かべる。


「やめてくれ…そんな顔で謝る奴らを叱れるわけもない……それに謝らなければならぬのは俺の方だ…何の連絡もせずに…」

「桂さん…っ!あなた1人で止めるつもりだったんでしょう!?」

「かつての仲間である高杉を救おうと騒ぎを広めずに1人説得にいくつもりだったんでしょう!!」

「それを我らはこのように騒ぎたて高杉一派との亀裂を完全なものにしてしまった…!これではもう…っ」

「言うな…―――奴とはいずれこうなっていたさ…」


高杉とは過激派だった時にも会っていたが、頻繁にやり取りをしていたわけではない。
穏健派になってから会う機会が減ってもいたのだ。
元々高杉との考え方の違いに気付いていた桂はいずれこうして亀裂が走る事を予想していた。
そんな罪もない部下達を叱れるわけもなかった。
神楽はそんなやり取りを笑みを浮かべて見ていたが、高杉がどこかへ移動しようとしているのが見えた。
それと同時に高杉と共に雪もどこかへ消えようとしており、神楽は咄嗟に雪へ駆け寄ろうとした。


「雪!!!」

「か、神楽ちゃん…!来ちゃ駄目!桂さんと逃げて!!」

「―――ッ!!?」


雪の腰には高杉の腕が回されており、雪が連れ去れると思った神楽は雪を救おうと邪魔な浪人達の合間を縫って駆け付けようとした。
だが、意外な言葉を意外な人からもらい、拒絶された神楽は立ち止まる。
目を丸くする神楽に雪は心の中で『ごめんね』と何度も何度もつぶやいた。


「神楽ちゃん…!銀さんをお願いね!!一人で背負いこんじゃう人だから…!だから傍にいてあげて!!」

「…に、アル、かそれ……何アルか!!それ!!!そんな…一生の別れみたいな、こと……雪!!戻ってくるアル!そんな男の腕なんか振り払って帰ってくるアル!!」

「…ご、めんね…神楽ちゃん…っ」

「―――ッ」


高杉と一緒について行くと決めた時、一番気がかりだったのが姉ではなく…銀時だった。
いつもぐうたらして、パチンコ好きなくせしてよく負けて帰って来て、朝帰りをし飲み過ぎてよく吐く癖に酒をまた飲んで、医者に控えるよう言われているのに部類の甘好きで、仕事を探せと言えば文句しか出ないまるで駄目なおっさんだが、彼は自分たちをそれなりに愛してくれている。
こうしている間も彼は助けてくれようと動いているだろう。
彼は強い…だけど、弱い部分もある。
それを理解して傍にいて上げれるのは、もう…神楽しかいないのだ。
自分が去った後わだかまりを残したままでは二人は…万事屋はやっていけないだろう。
逃げるような卑怯者の自分の言葉なんかで彼等を留めるに値するものではないのは重々承知だが…神楽には、銀時には……2人には、自分がいなくても楽しく万事屋をやっていてほしいのだ。
高杉が神楽を殺すのは簡単だろう。
彼女と彼との戦闘の差は例え神楽が夜兎だとしてもその差は簡単には埋まらない。
神楽は実践をあまり知らな過ぎていた。
雪よりはマシだろうが、本物の戦争を知っている高杉に勝てるわけがない。
これが銀時なら現状が少し違っていただろうが、今、この場に銀時はいない。
だから伸ばしたくても神楽が伸ばすその白い手に触れる事はできなかった。
雪の拒絶に神楽は唖然とし、その場に立ち尽くす。


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