(14 / 16) 紅桜篇 (14)
また子と武市を率いて船内に入り避難しようとしている高杉の腕を腰に回され捕まっている雪は後ろを見るのを止めた。
背後から桂一派と高杉一派が争う雄たけびのようなものが聞こえるが雪の頭の中はあのショックが隠せない表情を浮かべる神楽の事で埋まっており気にする余裕はない。
そんな雪を高杉は見下ろし、クツクツと笑う。
高杉の声に雪は俯いていた顔を上げ、高杉を見た。
顔を上げて見る高杉の表情は歓喜に満ちており、雪をうっとりとした目で見下ろす。


「まさかお前からあのガキや銀時を切り捨てるとはなァ…」

「…そう、させたのは晋さまじゃないですか…」

「まあ、そうだが…その選択を選んだのはお前だろ?」

「………」


高杉が立ち止まれば雪や後ろに控えるまた子と武市も立ち止まる。
高杉はあの時神楽の手を取らず自分から神楽を拒絶した雪が嬉しくてたまらなかった。
しかしだからと言って心まで手に入れたとは思っていない。
まだ雪の心の中は神楽と銀時で埋まっているのだ。
喜び隙を見せているとあの白い鬼が雪を奪いかねないため油断はできない。
だがそれでも自分を選んだ雪に喜びを覚えないわけではない。
高杉は紅桜を桂に潰され機嫌は悪かったが、雪が自分から腕に飛び込んできた事で相殺されたように上機嫌となる。
紅桜は潰れたが、方法はいくらでもある。
確かに金銭面で見れば痛いが、しかしそれで野望が消え失せたわけではない。
この世界に復讐するという高杉の願いにはまだチャンスが沢山あるのだ。
紅桜が潰されたぐらいでその願いも潰されるほど、高杉の恨みは軽くはない。
そう思いながら高杉は雪の顔を上げさせ、愛おし気にその頬を撫でる。


「晋助さま…時間が…」

「…ああ、分かっている」


やっと手に入れた花を愛でていると後ろに控えていたまた子が声を掛けて来た。
それは嫉妬からでもあるが、時間がないのも確かだ。
どこからか低い音が4人の耳に届き、後ろから聞こえる雄たけびに交じって『春雨』という言葉が聞こえたため、交渉を成立させた万斉が迎えに来たのだろう。
時間ピッタシの仕事に満足げに笑みを浮かべ、雪に口づけを落とす。
そして高杉は武市へと振り返った。


「こいつを春雨の船に乗せ俺が戻ってくるまで見張ってろ」

「分かりました…して、晋助殿はどうされるおつもりで?」

「俺は元旧友とおしゃべりでも楽しんでから向かうさ」


高杉一派は全て桂達と交戦しており、武市には雪と共に先に船に乗るよう命じた。
また子にも命令を下し、高杉は来るであろう桂を相手にしてから船に乗り込もうとした。
頷く武市に雪を預け、名残惜しそうに雪の頭を撫でてから高杉はまた子を率いて姿を消す。


「さあ、行きましょう」


武市は高杉を見送る雪を見る。
着物は着物でも寝間着を着ているため、体の線がはっきりと分かる。
その体には豊満な胸が備えつけられており、16歳にしては出るとこ出ており引っ込んでるとこ引っ込み、妖艶さを見せていた。
ちらりと見える肩から胸元に消えるまっすぐな傷が謎めいていて魅力的でもあった。
かと思えばその容姿は醜くもなく整っており、地味ではあるが素材はいい。
眼鏡が邪魔で美女なのかまでは判断できないが、武市のようなプロのロリコンにはこういう大人っぽい少女もまた美味しくいただけるのである。
ただ、雪には高杉という男がいるため手出しはできないし、するつもりはない。
あくまでいけるというだけで、手を出すのならばそう…もっと年齢が低めの子が好みなのだ。
それを言えばまた子にまた『武市変態』と言われるので言わないが、武市はとりあえず雪を春雨の船に移す仕事を全うしようと雪の背を押す。

とりえず、武市の中で高杉もロリコン認定されたのは、間違いないだろう。





武市と共に一足先に雪は春雨の艦隊に乗り込み、部屋に通された。
その部屋は高杉に充てられるはずのものらしく、結構な広さを持っている。
『清花さん、お茶、どうします?』と武市に言われ雪は『あ、じゃあ欲しいです』と答えた。
もう逃げる気がない雪は部屋を見渡した後武市が入れてくれるであろうお茶を待ってテーブルにつく。
和室だった高杉の部屋と、この部屋の作りはやはり違っていた。
当然と言えば当然ではある。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


武市が入れたお茶を雪はお礼を言ったあと飲む。
天人の船なのに緑茶があるというのは何とも不思議さがあるが、飲みなれたお茶に緊張していた雪の気持ちも落ち着いてきた。
ちらりと武市を見れば武市もお茶を飲んでいた。
すると武市もこちらへ目をやり、雪と武市は目と目を合わすことになる。
そこで恋が芽生え―――たりはせず、武市は自分を見ていた雪に『なんですか?』と小首を傾げ問う。
何となく見ていたとは言えず、雪はあわあわとさせながら何か不自然ではない質問をしなければと焦る。


「え、えっと…あなたは私を敵視しないんだなって…」

「なぜでしょうか?あなたは晋助殿の情人です…ましてや晋助殿が攫ってまで手元に置いておきたいと思った女性は貴女が初めてです…そんな人を排除して晋助殿の機嫌を損ねる事に対し利はありませんよ」


一瞬、また子の姿を思い出す。
雪はその敵意むき出しのまた子を思い出し、更には見張りの男達のようなあからさまに嫌な顔をしない武市を見て何となく聞いた。
『敵視』という言葉から武市も同じような事を思ったのか『なるほど、あの猪女ですか』と零し持っていたコップを置いた。


「また子さんは無視してくださっても構いませんよ…あの人は心底晋助殿に惚れこんでいるのでその晋助殿が愛している貴女が気に入らないのでしょう…どうせ晋助殿の機嫌を損ねることなどできやしないのであちらから何か仕掛けてくることはなく、放置しておけばいいと思います」

「はあ…そう、なんですか…」


また子が高杉に惚れこんでいるのは神楽を庇ったときに気付いた。
それが男女としての意味なのか、それとも普通にボスとしての意味なのかは分からないが、雪はまた子の気持ちは十分に理解出来た。
雪も高杉に惚れこんでいたのだ。
納得したような返事を返す雪に武市はジッと見つめ、その視線に気づいた雪は首を傾げ、今度は雪が『なんでしょう?』と問う番だった。


「晋助殿との出会いをお聞かせいただいても?」

「へ!?で、出会い…ですか?」

「ええ…何分晋助殿は貴女の名前しか教えてくれませんでしたからね…まあ、暇つぶしとでも思ってくださっても構いません。」


武市は『興味本位ですしね』と言い、雪は武市の言葉に苦笑いを浮かべた後、高杉との出会いを思い出す。


「最初はまだ禿だったので、姐さまについて回っていた時に会いました。」

「かむろ?」

「あ、はい…私吉原で遊女をしてたんですよ?」


『傷物になったのでお役目ごめんになりましたけど』、と言って雪はチラリと肩にある傷を見せる。
遊女は体に傷があると体を売れなくなる。
その遊女たちの行く先は『死』しかない。
しかし雪はある女性に助けられ光ある地上へ変えることが出来、今ここにいるのだ。
武市はそれを聞いて『なるほど』と納得した。
正直、不思議だったのだ。
雪と高杉は結びつくことがないほど似ても似つかない存在だった。
高杉は見るからに怪しいが、雪は見るからに素直で裏世界を知らなさそうな少女らしい少女だった。
だから二人がどこで出会ったのか、不思議だったのだ。
万斉は知っているようだが、そこまで知りたいとも思わなかったのも事実である。


「私が禿だった頃から良くしてくれて…私の初めてを買ってくれたのは晋さまでしたね…それから常連さんになってくれたんです…まあ、でも……ある事件が起こって…晋さまと別れの挨拶もなく地上に帰ったんですけどね…」

「…千早さん達の死、ですね」

「!…知ってたんですか」

「千早さん達は幕府の情報を流してくれていた貴重な存在でしたから……―――なるほど…それで吉原に新しい女を送り出さなかったんですか…」


ポツリと呟かれた最後の言葉に雪は『え?』と首を傾げて聞き返したが、武市からは『ああ、こちらの話です、気にしないでください』と言われ雪は『はあ』と聞き返すのを辞めた。
武市は喋った後お茶を飲む雪を見て不意にある事に気付いた。


「ところで…禿から遊女として働く年齢は確か…」

「えっと、私が売られた場所では、売られた時の年齢によって異なります…私の場合10歳になると水揚げされる予定でしたね」

「なるほどなるほど…と、すると晋助殿は当時10歳だった貴女に手を出した、ということですかな?」

「あー…まあ…そう、なりますね…」

「ふむふむ…」


雪は心の中で『本当は9歳に手を出したんだけどね』と付け加えておく。
正直目の前のロリコンの考えている事など読めており、『晋助殿が10歳に手を出したのならまた子さんに私もロリコンと言われないはず』と思っているはずである。
だから本当の事をあえて言う必要はないだろうし、言う空気でもなかったため心の中で報告しておく。
でも武市と話して『晋さまもロリコンになるのだろうか』、と思ってしまったことは高杉には内緒である。
とりあえずまた何かポロリと出てくる前にお茶を飲んで言葉と共に呑み込もうとした。
しかし―――部屋の外が騒がしいのに気づき、ドアの方へ目をやる。
その音に気付いたのは雪だけではなく、武市も気づいており、高杉が来たにしては騒がしいと腰に差していた刀に手をやり、立ち上がってドアを睨む。


「雪〜〜!!どこアルかーーーっ!!」


閉じられている部屋にも届く神楽の声に雪は思わず立ち上がった。
『神楽ちゃん!』、と叫びかけたその声をツバを飲むことで呑み込み雪は扉を凝視する。
チラリと武市がこちらを見たが、それに気づく余裕は今雪にはない。


神楽が…別れをきりだしたはずの神楽が来ている!危険を冒しているのに!!――自分を探して!!


それを知って雪は心から嬉しく思った。
最後の別れを覚悟していたが、やはりまだ割り切れなかったのだろう。
その表情は驚きと嬉しさが交じりあっていた。


「奥へ」


声が近づいていくのと同時に武市の殺気が強くなる。
武市は雪を部屋の隅へ移動するよう命じ、雪は迷った挙句に隅へ向かう。
ここで歯向かったと思われ高杉に報告されれば、彼がどんな行動に移すか分からなかった怖さもあった。
隅に移動したのを見て武市が『私は智謀専門なので戦闘向きではないんですがね』と心の中で呟き刀を抜いたその瞬間―――


「雪はどこじゃアアアア!!!」


武市は神楽が蹴り飛ばした扉がヒットし、戦うことなくノックアウトされた。
白目を向いて鼻血を出しながら倒れる武市に雪は『ロリコンさんンンン!!』と叫んだ。


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