(8 / 23) そういう時は黙って赤飯 (8)
雨が止まることなく降り続ける。
天気予報ではすぐに止むと言っていたが、その気配すらない。
あれから数日経った。
銀時は社長机に座り窓から見える雨をただ見つめていた。
神楽はそんな銀時の背をただ見つめていた。
普段だったら神楽はこの雨のようにじめじめとした空気の家にいたくはないようで夕方まで帰ってこない事が多い。
最近は見兼ねたお登勢が店が始まるまで預かってくれてるみたいだが、正直申し訳なく思っている。
だが、今日はいつもならお登勢の店に行くはずの神楽がぼうっと座るだけの銀時に喝を入れるために立ち上がる。


「銀ちゃんはこれでいいアルか!?」


バン、と社長机を叩く。
雪と触れ合う中で神楽は力加減をそれなりに覚えたのか机が犠牲になる事もなく、叩かれて机の上に乗っていた物が音を立てて揺れただけだった。
背を向けて窓をぼうっと見ていた銀時は神楽の怒号にゆっくりと振り返る。
その目は相変わらず死んだ魚の目だった。
こんなに弱まった銀時は初めて見たため神楽は戸惑いを隠せない。
そでもこのままでは雪は完璧に万事屋には一生帰ってきてくれないと神楽はグッと拳を握る。


「銀ちゃん…なんで雪を奪い返しに行かないネ!!雪があの男の女になってもいいアルか!?」

「…………」


神楽は噂で雪が結婚するというのを聞いた。
それを聞いたから神楽はこうして家でだらけている銀時を叱咤するために出かけずにいた。
だが、銀時は何も言わない。
相変わらずアホ面をさらけ出していた。
それがまた腹が立ち、神楽は更に怒鳴ろうとしたのだが…その前に銀時が口を開く。


「なあ、神楽…雪の幸せってなんだと思う?」

「はあ?」


銀時がぽつりと何か呟きそうだったから黙ってやれば訳の分からない事を吐く銀時に神楽は思わず呆気に取られる。
そんな神楽をよそに銀時は頬杖を突き魚の死んだ目で神楽を見る。


「俺さ、考えてたんだよね…雪の幸せってなんだろうって…妙は俺に雪の幸せを邪魔するなとか言ってたけど…その定義って何よ?」

「…なに訳の分からない事を言ってるアル…雪の幸せなんて決まってるネ」

「なによ?」

「そんなもの姉御がいて私がいて定春がいてババアがいてたまがいてキャサリンがいて…銀ちゃんがいてみんながいるのが雪の幸せネ!!あのダメガネのそれ以外の幸せなんて眼鏡拭きをおニューにする事しかないネ!!」


今度は銀時が『はあ?』と言う番だった。
死んだ魚の目は瞬きをし、呆気に取られている。
その表情を見て神楽は何だか勝ったような気分となり、勝ち誇んだ笑みを銀時に向けた。


「おま…そこはさ、嘘でも俺と神楽と定春って言っておけよ…なんでババア達も入ってるんだよ」

「公僕どもも入ってるアル」

「あいつらもかよ!!なに!?うちの雪ちゃんってばそんなに尻軽なの!?」


『やばい!萌える!』、と抜かす銀時に神楽は白い目で見た。
この男は事あるごとに雪を小悪魔だ淫乱だと叫び挙句の果てには『手玉に取られたい!』と断言する…Sである。
Sの設定を忘れるほど興奮する銀時の気持ち悪さに神楽はこういう時まるで生ごみを見るかのような目で銀時を見る。
その時、銀時は思春期の娘に『ちょっと!私の洗濯物とお父さんの洗濯物一緒に洗わないでって言ってるじゃん!!』と言われる家庭で孤立している父親と同等の気持ちになる。
銀時曰く『そんなドビッチを自分好みに調教するのが楽しいんだろうが!』らしいが、同じSでもそんな趣味持ち合わせていない神楽は軽蔑の対象である。
あと雪のために言っておくが、雪は吉原にいたからと言ってド淫乱でも小悪魔でもドビッチでもないということだけは言っておこう。


「銀ちゃん…話をはぐらかさないでほしいアル」

「………」

「いいアルか?このままじゃ雪は銀ちゃんじゃない男と結婚して家庭を持つことになるアルよ?」


銀時は妙の言った『雪の幸せの邪魔をするな』という言葉を聞いてずっと考えていた。
雪の幸せ…それを守るのが銀時の役目だと…雪を幸せにできる自信はある。
だが、神楽の言う通り雪の幸せとは…みんなが1人も欠けることない『日常』なのだ。
その中心が銀時と神楽、定春…そして妙である。
そう…雪の幸せの中には妙が入っている。
妙を嫌っている銀時からしたら妙なんてどうでもいいだろと言いたいが、妙は雪の唯一の家族なのだ。
雪は最後には自分の手を取ってくれる自信はある。
だけどそれは本当に幸せだと言えるのだろうか?
雪の幸せの中にいる妙がいないその日々は本当に幸せなのだろうか?
と、銀時はここ数日そればかり考えていた。
また、神楽を目の前にしてもそう考えこんでしまった銀時に神楽は溜息をついたその瞬間――バシン、と銀時の両頬に痛みが走った。
それは神楽が痺れを切らして銀時の両頬を思いっきり叩くように手で挟んだからだった。


「……あにふんだ…」

「何すんだじゃないネ!!なんでそうぐだぐだとしてられるネ!!!銀ちゃんは雪が他人の物になってもいいアルか!?私は嫌ヨ!雪が銀ちゃん以外の誰かの隣で笑ってるなんて考えただけでも腹が立つネ!!!雪の隣には私と銀ちゃん!銀ちゃんの隣には私と雪!私の隣には雪と銀ちゃんって相場が決まってるネ!!万事屋は3人と一匹揃ってこその万事屋ネ!!!」


勝手だって神楽は分かっている。
あの時お登勢が言った自分の都合うんぬんだって自覚した。
だけどその時雪は言ったのだ…背中を押してくれたのは神楽だと。
例え究極の選択を強いられても、誘導されたとしても、雪はその選択は自分が決めたというだろう。
それに雪は妙の妹である。
妙の妹の雪が優柔不断な訳がない。


「雪はどんなに選択肢を迫っても自分の意志で決める人間アル…雪は姉御の妹アルよ?しっかりしていないわけないネ!!だから銀ちゃんはこんな所でキノコを生やさずとっと"嫁"を迎えに行けヨ!!!この甲斐性なし!!」

「神楽…」


銀時が何を考えて、何に怯えてるかなんて神楽には分からない。
だけど神楽は考えるよりも行動!が今がベストだと思う。
考えたって時間だけが過ぎる。
考えたって雪は帰ってこない。
神楽は重すぎる銀時の尻を叩いた。
むすっとさせる神楽に銀時は目を見張る。
神楽はずっと何も言わずただ銀時の傍にいてくれた。
銀時は雪のいない日々をただ過ごすだけで余裕がなかったから気づかなかったが、神楽だって同じなのだ。
神楽の言葉に銀時は何だかウダウダと考えているのが馬鹿らしいと思い始めた。
ふん、と鼻息を荒くする神楽に銀時はふと笑った。
その笑みを見て神楽は目を丸くする。


「まあ、そうだな…うだうだ考えたって仕方ねえ…いっちょ嫁さんを掻っ攫いに行きますか」

「おうよ!!逃避行だゴラ!!」


『なんだそれ』と笑う銀時に神楽はニッと笑ってみせた。
雪が居なくなって初めて二人は笑顔という感情を出す事が出来た瞬間だった。


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