(16 / 23) そういう時は黙って赤飯 (16)
トイレ大戦争は無事終わりを告げた。
まず一抜けたのは近藤と東城。
近藤は敏木斎の(何故か)持っていた紙やすりを使い、そして東城は持っていた若である九兵衛の写真を使ってウンコを拭き戦った。
結果、九兵衛の写真を使った東城と、妙の写真を持っていながらその想いを貫き紙やすり(しかも両面)を使った近藤の勝負は…近藤が勝った。
しかし紙やすり(しかも荒め)を使ったがためにケツから血を吹き出しその場で倒れる。
紙やすりで尻を拭くふりをしていた銀時と敏木斎はそれぞれ紙を持っていないといいながらも、銀時は財布から出した千円札を、敏木斎は懐に入れていた秘伝書を使って同時にトイレから脱出し、トイレ戦争は終結した。
そんな二人は今…竹林に戦場を移し戦っていた。
お互い一歩も引かない戦い。
それはどちらも強い想いがあるからだろう。
敏木斎は九兵衛の願いを叶えるために。
そして、銀時は雪を奪い返すために。
それはどちらの想いも本物だった。


「ちょこまか動くなジジイ!!綺麗に皿を割ってやろうと思ったのによ!!怪我しても知らねえぞ!!」

「死んだ魚のような目して…よう見てるじゃねえか…―――その剣…我流か?」


敏木斎は竹林を利用し銀時を責める。
身軽な敏木斎はまるで猿のようだった。
敏木斎の言葉に銀時は何も返さない。
そんな銀時を気にもせず敏木斎は銀時へと向かう。
それを避け、避けられながらも敏木斎はそのまま走りトントンと柔らかい竹を蹴りながら上がり、天辺の竹の葉を掴んで体重を利用し落ちるように銀時に向かって攻撃する。
それもまた避け、銀時も負けじと敏木斎へと木刀を向けた。
だがそれは掴んでいた竹の反発を利用した避け方で避けられてしまう。
地の利が悪いとはいえここまでちょこまかとされると苛立ちが積もる。
ましてやこの後ラスボスであろう妙との戦いが待っているのだ。
剣での勝負であれ口での勝負であれ、銀時はこんなところで負けるつもりはなかった。
敏木斎は飛ぶように銀時から離れ、わざと尻を軽く叩いて見せる。


「こっちじゃよペンペン!!!」

「化け物かよ!あのジジイ!!」


腹が立つのもあるが、敏木斎の強さに冷静になりもする。
白夜叉と呼ばれ天人を数え切れないほど切ってきた銀時が手も足も出ずただ体力を消耗させられるだけ。
それだけでもあの小さな老人は強いと認めなければならない。
また竹の葉を掴んで飛び跳ねながら攻撃してくる敏木斎を銀時は避けたり反撃をする。


「―――ッ!!」


だが、敏木斎の木刀を受け止めたと思ったら銀時はその勢いに吹き飛ばされてしまう。
倒れる銀時の息は上がっているが、竹を掴んでこちらを見下ろす敏木斎の息は正常だった。
それがまた腹が立つ。
そろそろ反撃するかと思い立ち上がろうとしたその時…


「おやまあ…あのお爺さんやるねェ」

「―――!」


聞き慣れた声が背後から聞こえ、銀時は弾かれたように振り返る。
そこには…―――鷹臣がいた。


「てめえ…なんでここにいやがる…」

「様子を見に来ただけだよ…十四郎さんいないし兄上達やられてるし…でも相手側はあの九兵衛って子とあの爺さんだけみたいだからね」

「…じゃああっち行きやがれ…俺はあのお爺さんを…」

「それは駄目だよ、"銀時"」

「ッ、だからその名で―――、!」


振り返った先にいる鷹臣は怪我一つない状態だった。
そもそも銀時も鷹臣もお互いないものと扱うはずなのに、鷹臣から接触してきた事に苛立ちを覚える。
それも呼ぶなと言ったはずの自分の名を馴れ馴れしく呼んだ事に銀時は頭に血を上らせた。
ギロリと睨みつけようとした銀時だったが、鷹臣の表情を見て口を閉ざした。
鷹臣は真剣な表情を浮かべており、いつもの営業用の笑顔は一切見えなかった。


「銀時の相手はあのお爺さんじゃない…銀時はお雪さんを迎えに行かなきゃいけないだろ?その間に俺がこいつら片付けておくからさ」

「……お前…どうして…」


目を見張る銀時の問いに鷹臣はふと笑って見せる。
その笑みは銀時が今まで付き合ってきて一度も見たことのない…―――本物の、笑みだった。


「君のためじゃないよ……君を慕っているお雪さんのために俺はここに来たんだ…だから君はよそ見をしてはいけない…―――真っすぐお雪さんを見なきゃいけない」

「…………」


『―――行け。』
鷹臣はそう静かにそう告げた。
すでにその表情は真剣そのものとなり、獲物を見る目で敏木斎を見上げていた。
その目も銀時は見たことはない。
それは同時に自分はあの時鷹臣には獲物にも見られていなかったのだと知った。
だが、今はそんな事でウダウダしている暇はなく、銀時は鷹臣の言葉に甘えお雪の元へ走る。
お礼は言わない。
感謝はしているが、それでも…鷹臣のしたことによって生まれた銀時の中にある恨みはこんな事くらいで帳消しにできるほど浅くはない。


「行かせるか!!」


背を向け走る銀時に気づいた敏木斎は引き留めようとまた竹の葉を掴んだまましなりを利用して銀時に攻撃を向けた。
だが、その竹の葉を鷹臣が切り離し、敏木斎の木刀は銀時には届かず落ちる。
しかし敏木斎も老いても柳生最強を名乗る男…難なく着地し、邪魔をする鷹臣を振り返りながら睨んだ。


「…邪魔するつもりか?小僧」

「うん…だって俺、お雪さんの悲しい顔これ以上見たくないからね…そのためならあの白髪の味方にだってなれるよ」


鷹臣は敏木斎の言葉に笑みを浮かべ頷く。
鷹臣からの殺気はない。
だが、だからこそこの男は警戒すべき男だと敏木斎は分かった。





小鳥の音に雪は目を覚ます。
ふと目を覚まし寝返りを打つとそこにいるはずの姉の姿がなかった。
起き上がり周りを見ると部屋に戻っており、姉の膝を枕にしていたのだが、いつの間にか座布団が枕になっていた。
掛かっていたタオルケットを畳み座布団の上に置くと雪は部屋から廊下を覗き込む。


「姉上?」


廊下を覗き込んでも姉の姿はない。
柳生家に来ても自分の傍にいたのに、今日の朝から姉はよく自分の傍を離れることが多い。
それに雪は何か起きているのだろうと察していた。
だがここは屋敷の奥…男子禁制、というのもあって人も少ない。
噂好きの女ばかりだというのに姉や九兵衛がこの部屋に近づかないように言っているのか用がない限りここを通る者はいない。
仕方なく、雪は座布団に座り机に頬杖をついて庭を見る。
銀時の傍を離れてからずっと雪は女の着物を姉に着るようにと言われた。
最初こそ男装もどきで女用とはいえ袴を着ていたため、少し帯の窮屈さに慣れなかったが、今はもう慣れてしまって苦しいことは苦しいが苦ではなくなった。
庭を見ていても変化はなく、一人しかいないその部屋には静けさだけが落ちる。


(銀さん…神楽ちゃん…どうしてるんだろ…)


その中で考えるのはやはり『家族』の二人。
花嫁修業している間は彼等の事を考えなくてすんで寂しさも紛れた。
だけど今は誰もいない空間で一人だけ。
余計な事を考えても仕方ない事だった。
頬杖をついていた雪はずりずりとゆっくりと机に突っ伏する。
机に頬をくっつけ、雪はまだ庭を見ていた。


(…銀さんと神楽ちゃん…元気、ないみたいだから心配だなぁ…)


土方が妙の隙をついて教えてくれた数少ない情報から、雪は銀時達も無理しているのだと知った。
その知らせは心配もあったが、空気を読まずして言うならば…嬉しかった。
自分だけではないのだと…自分だけが家族と思っているのではなかったのだと、雪は嬉しかった。
だけど嬉しさが深ければ深いほど心配も同じくらい深まる。
土方は銀時を天敵と見なしているが、その天敵から見ても銀時の顔色は日々悪くなっていったらしい。
雪は門の前で頭を下げる銀時しか見たことがないから分からなかった。
土方が分かるくらい銀時は疲労していたのだと思うと胸が苦しくなる。
あの時、妙から逃げた時…雪も一杯一杯で気づかなかったが今思い返せば銀時の顔色は確かにあまりいいとは思えなかった。
それでも笑顔を見せてくれたのだ。
そして、神楽も。


(神楽ちゃん…髪の毛結ってなかった…)


そこで雪は神楽も思い出す。
いつも見る神楽は二つのお団子を作って結っていたはずだった。
たまにせがまれて雪も結ってあげたりするのだが、どちらかと言えば不器用な雪は最初苦戦して散々神楽から辛口のコメントを頂いた。
だが、それでも神楽は雪に結ってもらおうとし、たまにとはいえ何回も結っていけば手慣れたもので、今では合格点をもらうほどうまくなった。
神楽の髪は女の子らしく柔らかい。
銀さんの髪もふわふわして好きだった。
でも、もうあの二人の髪を、あの二人に触れる事も、会う事もできないのだ。


(…これでよかったのかな…)


姉に逆らえなかったとはいえ雪はもうあの二人に会う事が許されないと思うと切なさが強くなる。
九兵衛は嫌いじゃない。
九兵衛は姉の幼馴染でもあり、自分の幼馴染でもあるのだ。
九兵衛は最初泣き虫だったが、大きくなるうちに雪を守るほど強くなっていった。
苛める子供を妙が、そして泣く九兵衛を雪が慰めているうちに九兵衛は恋をした。
しかしその恋は妙の『そんな軟な腕じゃ雪ちゃんをお嫁になんか行かせられないわ…玉と棒を付けるか、腕を磨くかしてから出直してきてね』という言葉によって撃沈。
玉と棒をつけようとしたのもバレ、結局腕を磨くことにした。
九兵衛は別れる際『強くなって帰ってくるから、帰ったら結婚してね』という言葉を残していた。
それを九兵衛は何年も経っているというのに覚えていて、その約束を糧に修行を耐えてきた。
それを聞いて雪はズキンと胸が痛んだ。
約束がどうであれ、姉も自分も九兵衛の好意に付け入るような事をしているのだ。


「銀さん…会いたいよ…」


――会いたいのなら会いに行けばいい。
――この結婚は無効だと言って逃げればいい。
――銀時ならば喜んで受け入れてくれるし、彼の腕ならば九兵衛や姉など追い返してくれるだろう。
そう、雪は銀時と離れ離れになった時からずっと考えていた。
だけど雪にはそれが出来ない。
臆病だと罵られてもいい…勇気がないと言われても構わない…だけど、雪にはどうしてもできないし、姉の意志を無視する事が出来ない理由があった。


「輿矩様!いけませんぞ!」


姉の姿を思い浮かべているとお滝の声がし、雪は縁側の方へ顔を覗かせる。
そこには雪に背を向けるお滝と九兵衛の父である輿矩がいた。


「ここは男子禁制!例え御当主といえど立ち入ることを禁じられた女の聖域ですぞ!!」

「おばば!そんな事を言っている場合ではないのだ!そこをどけ!!お妙ちゃん!お妙ちゃんを呼んでくれ!!」

「なんですか!またあの娘ですか!!追い出せと言ったり呼べと言ったり!!おばばはもう疲れました!!あの娘が出て行かないなら私が出て行きます!あの娘を取るかおばばを取るかハッキリしてヨ!!」

「語尾をカタカナにするんじゃない!!気持ちが悪いんだよ!クソババア!!」


花嫁修業として苛め抜こうとしたお滝は妙に邪魔され嫁姑が勃発していた。
だからこそお滝は妙を煙たがっており、元々九兵衛と雪の結婚に反対していた輿矩に追い出せと言われていたらしく、しかし次は呼べと言いだしお滝は輿矩に八つ当たりもかねて声を上げた。


「失礼ですが若様ではあの姑(お妙)の手綱は操れませぬ!!!妹君ならともかくあの娘はとんでもないじゃじゃ馬!!あれは柳生家に災いをもたらしますぞ!」

「災いならもう起きてるよ!道場破りだかなんだか知らんが参ってんだよ!九兵衛とあの暴れん坊四天王が館中で暴れ回っててさァ!もうあちこちボロボロだよ!!しかも乗り込んできた連中の1人がお雪ちゃんの旦那を名乗ってるらしいし!どういうことだかもうさっぱりだ!!問い質さんと!!」


雪は『旦那』、という言葉に言葉を失った。
自分の『旦那』と名乗るような男は一人しか知らない。
そう…―――銀時しか雪は知らない。
雪は考えるよりも体が勝手に動いた。


「お雪ちゃ―――ぐはっ!!」

「ごめんなさい!」


野蛮な連中が雪の旦那を名乗って来たという事でお滝が『まあ怖い!!』と言いかけた時にはすでに雪はお滝と輿矩を蹴り飛ばさん勢いで通り過ぎる。
勢いでと言っておきながら、押しのけてしまったが、今の雪に気づく余裕はない。
とりあえずダメージを食らったらしい声を聞いたので振り返らず謝っておいた。


(銀さん…!!神楽ちゃん…ッ!!)


銀時がいるということは、恐らく神楽もいるはず。
輿矩は何人いるか言わなかったから雪は二人しかいないと思った。
後ろから『追え!!』という輿矩の声がし、雪は奉公人たちに追われてしまう。
それでも雪は銀時達のところに向かおうと必死に屋敷中を走っていた。
別に銀時に会って逃げようとは考えていない。
ただ、会いたいと思ったのだ。
何か月も顔を合わすことのなかった愛した人がいる…雪はただただ銀時達に会いたかった。


「ストップ!!ストオオップ!!これ以上好きにはさせないよ!!」

「おじさま…!」


後ろから『待て』やら『そっち行ったわよーー!!』やらが聞こえ、数人の足音が聞こえ、雪は追われると逃げたくなる心理もあり必死に走っていた。
すると前方から輿矩が滑る様に前に現れ通せん坊をする。
両手を広げて立ち塞がる輿矩だが、正直背も低ければ手足も短いため迫力がない。
だが、後ろにも奉公人やお滝に追われている雪は戻ることも出来ずどうしようかと悩んでいた。
しかしその瞬間―――


「私のマミーに何してやがんだドチビがアアアアア!!!!」

「か、神楽ちゃん…!?」


輿矩を横から神楽が蹴り飛ばした。
雪は思ってもいなかった人物の登場に目を丸くして驚いた。


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