(20 / 23) そういう時は黙って赤飯 (20)
勝負が終わったのに門下生達と乱闘となり、雪は銀時達の元へ向かおうとする。
しかしその雪の手を妙が掴み、屋敷奥へ移動しようとしていた。


「姉上…!!放して…!放してください…!!」

「駄目よ」


グッと掴まれた雪の瞳からポロポロと涙が溢れ出た。
雪はずっと我慢していたのだ。
本当は姉に逆らって銀時の腕の中に飛び込みたかったし、万事屋に帰りたかった。
でも雪にとって銀時達も大切だが、妙も大切なのだ。
それに雪は好きな人より姉を取るにも理由があった。
ただずっと我慢してきた感情が、銀時達の戦いを見て溢れてしまったのだ。
妹の涙を見ても妙は表情を変えず、放さないと言わんばかりに力を入れる。


「よう」

「!」


すると妙と雪に追っていた銀時が追いついてきた。
銀時の声に雪を背中に守りながら妙は後ろへ振り返り薙刀を銀時に向けるが、銀時は木刀を構えることはなかった。
その余裕が妙の癪に障る。


「なあ、お妙…そろそろもうやめにしねえか?」

「…何をです?」

「そろそろシスコンを拗らせんのも大概にしようやって事だ…これ以上雪を傷つけるのはお前も本望じゃねえだろ?」


揶揄っているような言葉だが、銀時の本心である。
両親を早くに亡くした二人がお互いシスコンになるのは分かるし、シスコンだから付き合いたくないというのは別の話だ。
雪がシスコンでも、そしてその姉も重度のシスコンでも、銀時は雪の事を愛している。
妙から雪を奪おうなどとも考えてはいない。
ただ付き合うのを認めてほしいだけだ。
雪が、妙が、望めば清い付き合いだって頑張れば出来る。(気もしないでもない)
妙がそれを望めば恐らく銀時は一切雪に手を出すことはないだろう。
ただ、妙は銀時というだけで雪との交際を認めたくないのだろう。
銀時と自分が同族嫌悪でお互い嫌っているから余計に腹が立って嫌なのだろう。
銀時のその言葉に妙はカッとなる。


「ッ――――あなたに…ッ!あなたなんかに何が分かるっていうの!!奪う側のあなたなんかに…!!奪われる側の私の何が分かるっていうの…!!!私はもう雪ちゃんを失いたくない…!!もう離れ離れになるのは嫌…!!この子が汚らわしい男なんかに触れらるのは嫌!!!あんな思いをまたするぐらいなら…!"あの男"のように汚く穢れた手でこの子に触れられるのを黙って見ているぐらいなら…!私はこの子の全てを奪ってでも!この子の笑顔を奪ってでも!!この子を守るって決めたのよ!!男が女を守る!?ふざけないで!!この子を傷つけるのはいつも男だったじゃない!!あなたもこの子の優しさに付け込んでこの子から貰ってばっかでこの子に何も返そうともしないじゃない!!!それなのにあなたは私からこの子を奪っていくっていうの!?この子が望んだから!?この子を守りたいから!?私からこの子を奪うあなたなんて絶対に許すものですか!!!」


銀時の雪を傷つける、という言葉に妙はカッとなり、初めて声を張り上げ怒鳴った。
息を荒くする妙に雪は目を丸くする。
初めて姉の感情的な姿を見たのだ。
しかし銀時は驚きもなくただ肩で息をする妙を見つめる。
妙は、妙の記憶には、雪が男に穢される記憶が強く根付いていた。
『あの男』――叔父と名乗った男の汚らしい手が穢れのない清らかな雪の肌、髪、全てに触れるのを見るたびに叔父への嫌悪が強くなっていった。
雪が突然いなくなり長崎に養子に出されたと言われた時は叔父から逃れた事にホッとしたのだ。
だが実際は嫉妬に狂った女が雪を吉原に売っただけだった。
それを知ったのは8年経った頃。
雪から聞いたのだ。
可愛い妹が8年もの間男の欲の捌け口にされた…それは当時15歳だった妙にとって衝撃的だった。
雪は妹だから守るべき存在だと思って今まで妙は雪を守ってあげていたつもりでいた。
だけど実際は守ったことは一度もなく、雪は男の欲に穢された。
本来なら守ってあげなければならない存在なのに。
妙の心のヒビが少しずつ広がっていった。
そして、妙はこう思う―――父も母もいない今、自分が雪を全てから守らなければ…と。
雪は幼くして沢山の汚らしいものを見て苦しんできた…そんな雪がもう苦しまなくていいように自分がこの子を守るのだ…と。
結局叔父から逃げ出せたが、腹いせに叔父の借金を背負わらされてしまい、志村家の借金は雪が払ってくれたというのにふり出しに戻ってしまったのだ。
だけどいつまでもあの男の手の届く場所に雪を置いておくよりは借金を抱えながらも姉妹2人で細々と暮らしていくほうがマシだった。
妙は特に男から雪を守る事を徹底した。
男全てとは言わないが、雪に好意を持つ者、そして雪に邪心を抱く者は全て汚らしい生き物で排除しはじめた。
だからこそ雪は今まで男の人との接触はなかった。
それは全て妙が追い返し雪をギュッと袋に詰めるかのように守ってきたからだ。
銀時はそれを聞いて雪がなぜ妙の元から逃げ出そうとしないのか理解した。
雪も妙の様子に気付いていたのだろう。
幼い頃に抱えた妙のトラウマを、雪も気づき、妹なりに姉の心を守ろうとしていたのだ。
だからどんなに厳しい姉の言葉でも今まで逆らわなかった。
もし、逆らい銀時の元へ逃げ出せば恐らく妙は壊れると分かっていたから。
しかし彼女達がそんな境遇だと知っても、銀時は雪を諦めることはできなかった。
妙の後ろで泣きそうに姉を見つめる雪を見たら余計に。
一歩銀時が足を踏み出せば涙で濡れた目で睨みつけ、妙は薙刀を構える。
それは穢れていると嫌う男から妹を守ろうと必死になる姉の姿だった。
だからこそ、銀時から妙に対しての殺意も憎悪も消えていた。


「来ないで!!」

「俺はお前から雪を奪っていくさ…だけど全部お前から奪おうなんて考えてねえよ…そんな事雪が望んでいないからな」

「そんな事信じられない!!男なんてみんな同じだわ!!みんなこの子を傷つけて…!私からこの子を奪っていく!!」


銀時はこれ以上刺激しないよう語り掛ける。
一歩、また一歩ゆっくりと近づけば妙も一歩ずつ下がる。
妙は銀時が怖かった。
口では信用ができないと言いながらも彼が今まで雪を傷つけて来た男達とは違う人間なのを知っている。
何だかんだいいながらも周りのピンチを救って来た男を妙だって信じられないわけではなかった。
ただ雪の事になると妙は可笑しくなるのだ。
本当なら銀時を嫌ってるだけなのに雪の事になると憎らしく感じてしまう。
叫ぶ妙に銀時はこれ以上近づいたら危険だと思い立ち止まる。
涙を浮かべて睨みつける妙の心情を銀時は察することはできた。
同じ雪を心から愛する者として、そして奪う側だと妙は言ったが、銀時だって下手したら奪われる側になる。
高杉との関わりが深いのを知ってしまった今、呑気に奪う側に徹することはできない。
雪は高杉とは別れたと言っていたが、あの高杉が雪を『花』と愛で、身を潜めていたというのにわざわざ攫うために表へと出て来たほど雪を好いているのだ。
それに高杉だけではなく、雪の魅力を知っている男達は多い。
下手をすれば銀時も妙と同じ立ち位置にいるのだ。
しかし、悲鳴のように声を上げる妙の後ろから雪が抱き着いた。
その瞬間燃え上がるような怒りを見せていた妙の顔があっという間に驚きへと変わる。


「雪、ちゃん…?」

「姉上…ごめんなさい…」


背中に感じる妹の温もりに妙は安堵していく気がした。
でも雪の呟かれた言葉に固まった。


「ごめんなさい、姉上……ごめんなさい…ごめんなさい…っ」

「…どうして、あなたが謝るの、雪ちゃん…雪ちゃんは何も悪くないの…悪いのは全部あなたを穢そうとする人達よ…」


雪に謝られ妙は思考が止まった。
どうして妹が謝るのだろうと、そればかり思っていた。
雪が謝る事は何一つない。
謝らなきゃいけないのは穢れ一つない雪を穢そうとする人達であって、雪は何も悪くはない。
妙の考えはこうだった。
それが雪には辛くて涙がまたジワリと溢れ出て出ていく。
声を震わせて泣く雪の声を聞いて妙は完全に思考を停止させた。
妹が泣いた姿など父が亡くなった後一度として見た事がなかった。
影では泣いているのは知っていたが、雪は妙に心配を掛けさせないようにと姉の前で泣くことは一切なかった。


「姉上、もうやめましょう…これ以上みんなに迷惑をかけるのは…」

「…………」

「私…銀さんといたいです…銀さんのそばにいたいんです…姉上」

「…あの人はあなたの事を傷つける人でも?」

「はい…それでも私、銀さんの傍にいたい…だって、銀さんの事が好きですから…」

「好きだから傷つけられても傍にいたいっていうの?私が駄目って言っても?私がやめてって言っても?」

「…はい」


ぎゅっと抱きしめてくる温もりが愛おしい。
姉上と呼んで慕ってくれるこの子の声が愛おしい。
でも、この子はもう…自分の物ではなくなってしまった。
妙はそれを認めたくはなかった。
初めてだったのだ…1人の男性に対し、そばにいたいと雪が言ったのは…初めての事だった。
初恋の人でさえ探すでもなく諦めを選択したというのに…雪自身が姉ではない自分を選ぶことが初めてだった。
妙はもう自分の可愛い妹が帰ってこないと思ったその瞬間ポロリと涙が零れた。
止めどなく出てくる涙を、泣き顔を、あの男に見られたくなくて妙は顔を手で覆う。


「どうして…どうしていつも人は私から大切な人を奪っていくの…どうしてあなたはあの人を好きになってしまったの……どうして…」


妙は我慢できずしゃがみ込んでしまう。
そんな妙に雪は守る様に抱きしめた。
雪も姉を大切に思い、そして姉が抱えている恐怖を知っていた。
だから雪は姉から離れることなく、愛した男よりも姉を選んだ。
だけど、どこかで雪はこのままでは駄目だと分かってもいたのだ。
その切っ掛けを作ってくれたのが、銀時だった。
銀時は姉を抱きしめる妹の姿を見て、ふと笑みを浮かべる。


「馬鹿だな、てめえは……誰もお前の大切なもんを奪ってなんかいねえよ」

「でも…あなたは私からこの子を奪うじゃない……恋だのなんだのと言って私からこの子を奪っていく酷い人だわ…」

「だからそれが馬鹿だって言ってんだ…よく見てみろよ…お前は俺が雪を奪ったって言ったが…その雪はお前を抱きしめてんだろ…俺が雪を奪ったならそんな事許しやしねえよ…」


『俺ァ意外と独占欲強いしな』と零す銀時に妙は抱きしめてくれる雪を見た。
妙はこの時初めて雪と本当の意味で向かう。
初めて見た雪の顔は酷かった。
顔色が悪く泣いていたせいで目が赤くなって頬も濡れていた。
それを見て妙は自分のしでかしたことに気付く。
妙は抱きしめてくれる妹の濡れた頬に手を伸ばした。
銀時から引き離してから妙は雪に触れることもなかった。
久々に触れる妹の頬は柔らかく暖かかった。
頬に伸ばされた姉の手を雪は自分の手を重ね、甘えるようにすり寄る。
それを見て妙の涙は深まる。


「ごめんなさい…雪ちゃん…」


そう言って妙は雪を抱きしめた。
こうして抱きしめてあげるのも久しぶりだった。
だからこそ、妹への愛しさも増していく。
そして、銀時の言葉に納得した。
銀時と妙は似ている。
だから本来の銀時はさきほどの妙と同じく雪を決して相手に渡そうとはしない。
銀時が本気になればとっくの昔に妙の腕から雪は奪われ妙は一生雪と顔を合わすことはないだろう。
それをしないということは銀時は雪の事を優先してくれているということ。
雪を第一に考えてくれているということ。
本当は今だって姉を抱きしめる雪の腕を引っ張って万事屋に戻るか江戸を離れたくてたまらないのだ。


「俺とお前は似た者同士だ…だからお前の行動はよく理解できる……だから全部信じろとは言わねえよ……だけど、これだけは信じてほしい…俺はお前から雪を奪うようなことはしねえ…雪がそれを望まねえから俺は絶対にそれだけはしない…ただそれだけは信じてほしい」

「………」


同族嫌悪の相手を全て信じろというの少々無茶がある。
銀時でさえ妙の事を100%信用していない。
だけど、妙から雪を奪おうと考えていないことだけは信じてほしかった。
銀時の言葉に妙は雪を抱きしめながら頷いた。


20 / 23
| back |
しおりを挟む