(9 / 16) 子作りは計画的に (9)
銀時は神楽との決別を決意した。
雪ははっきりと決意することは出来ず、つい銀時任せにしてしまったが…銀時が神楽の手を振りほどくのを見ながら少しだけ…そう、少しだけ、神楽との決別を覚悟する。


「今日は夕飯より先にお風呂、入っちゃってください」

「あー…夕飯、いいや。風呂もいい。」

「駄目です、入ってください。そして食べてください。」

「……はいはい…分かりましたよ、っと。」


神楽との別れを済ませ、雪と銀時はいつものように万事屋へと帰宅していた。
日はすっかり落ちてしまい、夕飯どころかお昼もまだなのを思い出す。
朝の銀行強盗事件から神楽達の喧嘩等で色々ありお昼ご飯すら食べる暇などなかったのだ。
帰って来て早々ソファでだらける銀時に雪は今日は咎めることなく一人せっせと働いていた。
一人…たった一人欠けるだけで、この広くもない家が広く、そして静かに感じた。
だから雪は動いていないと落ち込んでしまうのだろう。
銀時もいつものようにテレビを見てだらけている様に見えるが、雪はテレビの内容が頭に入っていないのだろうなぁ、と横目で見ながらそう思った。
雪はまずお風呂を済ませようとした。
身体の垢も落とせば多少なりともまともな考えが出来るだろうと思ったのだ。
まともな、とは言ったが、神楽との決別が間違っているとは思っていない。
銀時に全て任せたとはいえ雪も納得してのことだから責めもしない。
だけどぼうっとしているよりはいいだろうと思ったのだ。
銀時が着替えも持たず風呂場に向かったのを見て雪は電話に手を伸ばす。


「あっ…店長ですか?すみません…雪ですけど……ああ、いえ、今日はヘルプではなくてですね……はい、はい…すみません…」


電話を掛けた先は姉の勤め先である『スマイル』だった。
出たのは従業員ではなく店長で、店長はよくヘルプに来る雪を気に入っているのか営業中の従業員の身内の電話に喜んでいた。
用件を聞く前に雪の言いたい事が分かるほど雪はスマイルに電話しており、その慣れたやり取りに雪は苦笑いを浮かべる。
『今更だけど申し訳ないなぁ』と思いながらも携帯なんて高価な物買えないため仕方ないと言えば仕方ないのだ。
土方に与えられた携帯は正直申し訳なくてストーカー被害の事以外に使うに使えないためでもある。
店長に呼ばれ電話に変わった姉の声で雪はハッと我に返り現実に帰る。


≪なあに?雪ちゃん、電話なんかして…またあの偽イケメン顔面残念ゴリラ二号野郎に遭遇したの?だったら潰しなさい、玉を。≫

「い、いえ…今日は鷹臣さんはいませんでした…っていうかその呼び名どうにかなりませんか…」

≪ならないわね…あのクソゴリラ兄弟がリストラされて衣食住全部取られて水も一滴も飲まずそのまま私の知らないところで勝手に1人でぽっちで飢えと孤独でこの世界からいなくなってくれるまで私はあのクソゴリラ弟をこの呼び名で呼び続けるわ。≫

「姉上、それって死ぬまで呼び続けるってことですよね?っていうか暗に死ねって言ってるんですよね?」


妙は妹の電話に叱ることはない。
確かに仕事場に頻繁に電話してくるのは社会人のマナーとしてどうかと思い、本来なら叱る事ではあるが…ストーカー被害の事もあってか店長には話は通しているため叱られる事もない。
というか、通しているというよりは脅したと言った方が正しいのだが…そこは触れないでおこう。
変な呼び名で鷹臣を呼ぶ姉に雪は思わず乾いた笑いを浮かべる。


≪で?あの非イケメンクソゴリラ死ねクズ野郎じゃなかったら何かしら?≫

「姉上…呼び名、変わってます。」

≪気にしたら駄目よ、雪ちゃん≫


偽イケメン顔面残念ゴリラ二号野郎から何故か非イケメンクソゴリラ死ねクズ野郎へと変わった呼び名にまた用件を言う前に突っ込んでしまった。
電話越しで見えないが雪の目の前にニッコリと有無を言わせないあの笑みを浮かべている姉が見えた気が、した。
もう姉の鷹臣への呼び名に一々突っ込んでいては銀時が風呂から出てしまうと思ったのか、雪は『もう、いいです』と用件に入る事にした。
ストーカー被害に苦しんでいる恨みもあるのだろう。


「今日、万事屋に泊ま―――」

≪許しませんよ、雪ちゃん≫

「早っ!姉上返事早っ!!まだ最後まで言ってませんよね!?早くないですか!?」


本題に入ろうとした雪だったが、雪の言葉を最後まで聞かず妙は一刀両断した。
即答の答えに思わず銀時がいることも忘れ声を上げて突っ込んだ。
そんな雪に妙は『最後まで聞かなくても何を言いたいのか分かります。というか聞き慣れました』と返す。
若干、嫉妬も含まれていると読む。


≪今度はなぁに?また急に朝早い仕事が入ったのかしら?それとも神楽ちゃんか銀さんが急に病気になったとか?まあ、どういう理由かは知らないですけどね、雪ちゃん…あなた、銀さんと別で寝てるって言っても一つ屋根の下でしょ?いくら神楽ちゃんがいると言ってもね、そう何度も頻繁に泊まる事は許しません。それでも許しているのはね、仕事があったり、雪ちゃんが家で一人になるから許しているだけなの…そうでなきゃあんな人と一緒の部屋…いいえ、家でなんかで寝かせやしません。絶対駄目ですからね。≫


嫉妬云々を抜かしても、嫁入り前の少女が知り合いで上司とはいえ、一つ屋根の下で一晩一緒にいることはあまり好ましくはない。
今時古いと言われても妙はあまりしてほしくはないと思っている。
それでも許しているのは朝の仕事があったり、自分が帰れなかったりとどうしても許す理由があるからである。
もし本当に2人のうちどちらかが病気なら仕方ないとは思っている。
それが神楽なら無理矢理だが許す気持ちも持てるだろう。
神楽は夜兎とはいえまだ14歳の女の子。
病気で苦しんでいる少女を見捨てて帰るような妹なら、妙は叱って追い返すつもりでいる。
だが銀時の場合は別である。
銀時はもう成人している。
それもとっくの昔に。
成人している、それも男が病気で寝込もうが準備だけしてやればいい。
何も雪が成人男性の面倒を見ることはないのだ。
それが重病だったら病院に行けばいいだけだ。
だから決して嫉妬ではない、と妙は自分に言い聞かせる。
銀時からしたら妹を取られた嫉妬にしか聞こえないが、妙は銀時を上司としては信用しているが、男としては一番信用していない。
まだゴリラ兄の部下である土方と沖田の方がマシというものである。
あの男は自分と同類なのだ。
独占欲が人一倍強くて、懐に入ったら最後…きっと死ぬまで雪を放さないだろう。
それが分からるからこそ、妙は警戒していた。
決して、もう妹を手放すことはしたくない、と。
断固反対する姉に雪は肩を落とした。


「……姉上…事情は後から話します…お願いです…今日、泊まらせてください…」

≪理由を言いなさい。理由もなしに許可は出せないわ≫

「……銀さんを、一人にしたくないんです…」

≪…………≫


姉には、神楽がいないと…神楽とは決別したとは言えなかった。
言ったら更に泊まりを許してくれないと思ったから。
だけど理由をいえという姉の言葉に、嘘もつけれず…しかし今の雪に音にして神楽がいない事をはっきりとは言い切れず…曖昧な言葉だけが出てしまう。
しかし姉はそれだけでも多少は察した。
1人には、という言葉に神楽がいないことを察した。
だから口を閉じてしまったのだろう。


≪雪ちゃん…あなた、分かっているのでしょう?男がどんな生き物なのか…男の本性をずっと見てきたでしょう。≫

「…全てではないですけど…一応は…」

≪そんな甘い考えでは駄目。帰ってきなさい。私も今日は仕事を早めに切り上げてあげるから。≫

「嫌です…姉上…私は…」

≪今、銀さんと二人っきりになるのは許しません。≫

「……姉上…」

≪……ねえ、雪ちゃん…帰ってきなさい………帰って来て、雪ちゃん…≫

「…………」


妙はどうしても銀時と雪を2人っきりにはしたくなかった。
どうしても、銀時に雪を取られたくなかった。
これが土方や沖田だったら嫉妬はするが雪が決めた人だからと最終的には許しただろう。
しかしどうしても…どう考えてあげても銀時だけは許せなかった。
それは雪の初恋の人と似ているからかもしれない。
妙は会ったこともなく、本名すらしらないその人と、銀時は何となく似ているような気がした。
それは雰囲気とかではない。
名前ではない。
容姿でも、声でもない。
その人を知らない妙が銀時とその人を重ねるのは無理な話である。
雪だって一度もその人と銀時が似ているとも重なったとも漏らしたことがないからきっと似ても似つかない人なのだろうというのは頭では分かっている。
だけど、どうしても妙には同じように見え、重なってしまうのだ。
銀時のあの死んだような目…あの目に捕まったら最後だと妙は思っていた。
銀時の過去は妙は知らない。
どんな道を歩もうが妙には全く興味のないことだ。
だが、決して一般的な道を歩んでいない事は分かる。
死んだような目に隠された奥にある銀時の本性を、妙は気づいていた。
あれはきっと温もりを求めているのだ。
自分を優しく暖かく包み込んでくれる存在を探していたのだ。
そんな人間に目をつけられたのが、雪だった。
きっと銀時は知ってしまったのだろう…雪がどれほど暖かくて優しくて無条件の愛情を与えてくれる存在かを…
だから銀時はきっとそんな雪を懐に入れれば放さない。
妙は銀時に雪を取られれば、きっと、もう…雪の心は返ってこない事を気づいている。
銀時以外の人に取られても、きっと妙が弱弱しいところを見せれば雪はその男の腕から難なくするりと抜けだし自分のもとへと帰ってきてくれるだろう。
姉を心から心配して来てくれるのだろう。
だけど…銀時はきっとそれすら許さない。
やっと手に入れた暖かな温もりをあの人は決して腕を緩め逃がすミスはおかさない。
あの男は獣なのだ。
侍という名の、獣。
一番厄介な存在。
一番自分から可愛い妹を奪っていく存在。
だから妙は銀時が嫌いだった。
銀時から雪を放せれるのなら、どんなに空気が読めない事だって、卑怯な行いだって出来る。
銀時が弱まっているのならそれを付け込むことも厭わない。
だから妙は弱弱しく呟いた。
姉を想う優しい雪だと知っているから妙は寂しがっているフリだって簡単に出来る。
プライドなど雪を手放すことを考えれば簡単に捨てることだって出来る。
案の定、妙の切ない声に雪は何も返すことができなかった。
いつもなら、雪はここで『分かりました…』と悲しげに頷くだろう。
妙も確信があった。
だが…


「すみません…姉上……今日だけ、例外を許してくれませんか…」


雪は決して頷くことはなかった。


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