リィリンには仕事がある。
メイドに車椅子で押されながらリィリンは人間に装いパーティーに出ていた。
「皆さまパーティに来ていただきありがとうございます」
リィリンは主催者から招待され、夫の代わりに来ていた。
夫、とはベイジルの事であるが、それは表向きである。
リィリンが人魚だというのはベイジルとその使用人の数人しか知らないため、リィリンは表向きベイジルの妻となっていた。
娘ではなく妻なのはベイジルの趣味なのだろう。
しかし老人に若い妻、老婆に若い夫など大富豪ではよくある事なので誰も気にしていない。
主催者から挨拶も終わり、主催者は台から降り1人1人丁寧にあいさつする。
リィリンは主催者が台に降りてから目線を外し持たされたグラスにある白ワインを呑む。
白ワインは当然だがお酒で、リィリンは一口飲んだ後傍にあったテーブルにグラスを置く。
人間の食べ物はそれなりに食べれるが、人と同じく人魚にも酒が平気な者もいれば飲めない者もいる。
リィリンはどちらかと言えば好きな部類だが今呑んだ酒はあまり好まない味だったらしい。
「これはこれは奥様…お忙しい中来ていただきありがとうございます」
「ご招待ありがとうございます、Mr…夫も来たがっていたのですが仕事が立て込んでいまして…申し訳ありません」
「いえいえ…ロッド様は本当にお忙しいお方ですからね…ですが美しい奥様が来られたので私は大満足です」
「まあ…Mrはお上手ですのね」
リィリンは口が上手いと言わんばかりに嬉しそうに笑う。
クスクスと笑うリィリンに男は『本気なんですけどね』とリィリンの手を取り手の甲に口づけを落とした。
そんな男にリィリンはニコリと笑みを深め『まあ』と零すだけだった。
脈もない反応に肩をすくめ『では楽しんでください』と一礼しその場を去る。
次の人に声をかける男の背を見送った後、リィリンは水を貰い一口飲む。
「……下品な味」
水は人に取ったら高級な水なのだろう。
しかし人魚であるリィリンにとったら加工され臭く不味い水にしかなかった。
メイドに窓まで移動してもらい、リィリンは外に出て夜空を見上げた。
物語の人魚姫という人魚の女性も王子様のお城でこうして月を見上げたのだろうか…そう思ってしまうのは恐らくベイジルがおらずメイドと自分だけしかいないという開放感がそう思わせたのだろう。
リィリンは会場の室内へ振り向き、リィリンの仕草にどうしたいのか察したメイドがゆっくりと車椅子を室内へと向け、室内に戻る。
「皆様」
そしてリィリンは会場にいる者達に向けて声をかけ、全員がリィリンへ振り返りリィリンが何を言うのかと街静まり返る。
音楽もいつの間にか止まっており、その場はパーティーだというのに誰もいないように静かだった。
みんな伯爵の妻を一目置いる証拠だった。
確かにこの場にも爵位持ちがおり同じ伯爵の地位もいるが、ロッド家は特別なのだ。
こちらを注目し、伯爵夫人の言葉を一言も漏らさないようにしているを感じながらリィリンはニコリと美しく、そして愛らしく笑みを浮かべる。
その笑みに男は勿論、女も見とれ誰もがリィリンの美しさに魅入られていた。
しかし人魚である彼女にとってそれは当たり前の事であり別段嬉しい事でもない。
メイドが後ろへ下がり外に移り、そして扉の傍に控えていた使用人達が閉め外に待機したのを見て口を開く。
「皆様にお会いできた事Mrに感謝していますの…ぜひ、この素晴らしい催しをセッティングしてくださった彼に感謝を込め乾杯を」
リィリンがそう言いながらこのパーティーを開催した男へ向け、手元にある水の入ったグラスを掲げる。
そのリィリンの言葉に周りは笑みを浮かべ、リィリンと同じく男へ向けグラスを掲げ、男はリィリンの言葉に嬉しそうに笑みを浮かべる。
その顔を見てリィリンは『気に入ってもらったと喜んでいるのかしらね』と思いながらその掲げたグラスの水を飲むのではなく…床に垂らした。
それを見て周りは固まる。
「お、奥様…?」
近くにいた女が戸惑いながらリィリンに声をかける。
それもそうだろう。
普通乾杯した後は飲むもので…床に垂らすものではない。
これでは失礼だと怒られるのも当然だし、いくら何でも不躾である。
リィリンは戸惑いながら近づく女を見た後このパーティーを開いた男を見た。
男はリィリンの行動に何か不手際をしたのかと顔を真っ青にする。
それを見てリィリンは笑みを深め口角を上げる。
その笑みはいつもの作り物ではなく、本当に心からの笑みだった。
「さあ…お食事の時間よ」
そうリィリンが呟いたその瞬間、床に垂らされていた小さな水たまりがあっと言う間に会場全ての床に広がり…
―――その会場は一瞬にして水で満たされた。
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