ちょい
グロ表現注意
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不思議とこれだけ多くの水が存在していてもドアの隙間から水が漏れたり水圧で壊れたりもせず、更にはリィリンが先ほどいた外につながるであろう扉だって開いているのに、そこに見えない壁があるように水は流れ出ない。
主催者の男はあっという間に酸素を吸う前に体が水に浸り動きが取られてしまう。
苦しみもがく中、口に入って来た水に違和感を感じる。
苦しさに開けた口からは水ではなく塩辛い水が入り、それは淡水ではなく海水なのだと知る。
目をうっすらと開け周りを見れば自分と同じようにみんな苦しみもがいており、同じ室内にいたリィリンへと目線を移す。
苦しみながらも彼はこの原因を作ったのがリィリンだと推理する余裕くらいはあるようで、リィリンを見れば、水中で纏めていない部分の髪の毛が舞っている中、彼女は本来水中で浮かぶはずなのに固定されているような車椅子に座りこちらを微笑みを浮かべて見つめていた。
背後から零れる月の光が神秘的で息が苦しくなっている事や今水中にいる事を忘れさせる。
しかし、それも長くはない。
「――――ッ!!!」
男とリィリンの間を黒い影が通り過ぎ、思わずその影に我に返り目で追えば男は絶句する。
目で追った先にいたのは人とも思えない化け物が男と同じくもがき苦しむ会場にいた人間を食べていたのだ。
男は神秘的な光景からあっという間に現実に、否…地獄に戻された。
その化け物から逃げようと男はどこに行けばいいのか分からないが、とりあえず唯一扉が開いているリィリンの方へと泳いで向かおうとした。
その間にも鋭い歯で招待した人達を食らう化け物に怯えながら、何とか奇跡的にも今のところ男は見つかっていなかった。
人間の血のせいで海水は所々赤く染まっており、それにも怯えながら泳いでいると…
「どこに行かれるのです?」
「―――!!」
真っ赤に染まり目の前が見えない先からリィリンが現れた。
男は反射的に止まろうとしたがあっと言う間に捕まってしまう。
リィリンは美しい笑みを浮かべ、男の肩に手を置き男の動きを止める。
またリィリンの美しさに魅入られかけた時、リィリンの顔が近づき男の唇をリィリンは自分の唇で塞いだ。
リィリンにキスをされ男は目を丸くする。
そのキスは触れ合うだけの軽いものだったがリィリンの美しさを気に入っていた男はもう周りの状況すらどうでも良くなっていた。
呆けているようにこちらを見つめる男にリィリンはクスリと笑った後、男を抱きしめ泳ぐ。
ふと男が足に当たる感覚に違和感を感じ目線を下せばリィリンのスカートの隙間部分から人間ではありえないものが見えた。
「…人魚…」
男はポツリと呟いた。
リィリンの着ているドレスから覗くのは人の足ではなく、魚の尾だった。
それは正しく―――人魚。
子供の頃母親に何度もその絵本を呼んでくれと頼んでいたほど男は人魚に憧れていた。
人魚姫など女の子が喜ぶものだが、男は物語に出てくる人魚に魅了され、こんなに美しいのなら下半身が人間でなくてもいいとまで思っていた。
その存在が今…目の前に…それもキスをして、腕に優しく抱きしめてくれる。
男は自分が人魚姫に出てくる王子様のような気分だった。
だからだろう…あんなにも苦しかった息が水中だというのに普通に呼吸が出来、言葉も出せることに気付かなかった。
すでに男はリィリンの魅力に憑りつかれていたのだ。
男の呟きにリィリンは笑みを深め腕に抱いていた男を天井近くに移し、バケモノが襲われている場面を見せる。
「見てください、Mr…とても素晴らしい景色でしょう?」
こちらをとろけたような表情で見つめる男にリィリンは優しく甘い言葉を零し、笑みを張り付けたまま下を見下ろした。
釣られたように男も下を見下ろせば下には抵抗も出来ずただ水槽に落とされた餌のように食われるだけの人間と、餌を喜々として食べ散らかす化け物の姿があった。
真っ青で美しかった海中が、あっという間に真っ赤に染まり汚くなっていく。
それを見ても男はもう恐怖はなかった。
あるのは自分が人魚に選ばれた王子だという優越感と、美しいリィリンを妻として手に入れれたという喜びだけ。
もはや人間が感じる嫌悪も恐怖もなかった。
「ええ、勿論…とても神秘的です…」
リィリンの腕に抱かれうっとりと同じ人間達が食われ絶命していく光景を見つめていた。
そんな男にリィリンは目を細め男の頭を抱き寄せ撫でてやる。
それがまた優しく、男は更にリィリンに魅了されていく。
しかし…
「さあ…メインディッシュと行きましょうか、Mr」
「メイン、ディッシュ…?」
1人、また1人…死んでいき化け物の腹の中に入っていくのを笑みを浮かべ美しいリィリンの胸元に抱かれながら見つめていた男の視界に、最後の一人が今…絶命した。
それを看取ったリィリンは男の頭を撫でていた手を止め男の顔を見下ろした。
リィリンの言葉に男はキョトンとさせ呆けていたが、リィリンは『ええ』と頷き男から離れる。
離れる自分に名残惜しそうに見つめる男にリィリンは男の手を取り引っ張って会場の中央へと向かう。
先ほど暴れまわっていた化け物達は中央へと泳ぐリィリンと男を囲うように待っており、いつの間にか血で染まっていた海中は美しい青色に戻っていた。
男は何が始まるのだろうと不安げに自分たちを囲む化け物達を見回した後リィリンを見る。
男と向かい合うようリィリンは笑みをそのままに口を開いた。
「この者達は全て私の子供です」
「こ、子供?人魚の…子供?………ですが…その…」
「ええ、分かっています…貴方の言いたいことは全て…ですが、ここにいる者達は全て私の子供も同然の子達なのです」
「………」
リィリンの言葉に男は怪訝とさせた。
『子供』と呼ばれた者達を見渡すとそこには化け物しかいない。
男が思う…否、ほとんどの人間が思う『人魚の子供』とは、今男の目の前にいる美しい女の姿と同じ姿をしているはずなのだ。
時たま男の姿で描かれている人魚もいるが…それでも美しかった。
しかし周りの化け物達は人魚の子供というには…美しいなど程遠い姿だった。
それを察し言いにくそうにし問えなかった男の言葉にリィリンは頷く。
何度も化け物達が『人魚の子供』だというリィリンに男は戸惑いながら無言で同意した。
ここで頑として認めず機嫌を損ねるのを防ごうとしたのだろう。
しかし、そんな男の計算など無駄である。
男が頷いたのを見てリィリンは嬉しそうに笑う。
「そう!この子達は私が生んだ子供も同然なのです!私の大切な大切な仲間達!私と妹の唯一の仲間達!!ああっ!なんて素晴らしいのでしょう!!」
リィリンは男から手を放し、男の周りを泳ぐ。
時にクルリと宙を舞うように回転してみせたり、体を捻り反転させたりと自由気ままに泳ぐその姿に男はまた魅了される。
夢に見た…憧れた人魚が喜び、泳いでいるのだ。
イラストや絵画でしか見れなかった美しい光景が目の前に広がり、男も嬉しそうに笑みを浮かべ男も機嫌を良くし『はい、素晴らしいです』と答えた。
その答えに気を良くしたリィリンは両手を広げ声を弾ませる。
「ええ!本当に素晴らしいです!あなた達は本当に幸運!!私の大切な仲間達の―――糧に選ばれるなんて」
「……え…?」
男の前に戻り両手を広げ声を弾ませる姿もまた男にとって美しい絵画そのものだった。
だが、リィリンの静かな言葉に男は全てが止まったように感じた。
笑みを浮かべていた男の表情があっという間に強張り凍り付くのを見てリィリンは手を下げ笑みを深めた。
その姿もまた美しかった。
「あの…?今…なんて…冗談…ですよね?」
「いいえ、冗談ではありません…今日来た会場の者達や貴方達はとても幸運です…私の仲間の血となり肉となれるのですから」
男の耳にはちゃんと届いていた。
しかし男は自分が王子になった気分だったため、リィリンの言葉は聞かなかったことにしたかった。
だがそんな男の心情など気づいてるがどうでもいいリィリンは首を振り、首を振ったリィリンに男の顔は海よりも青く染め上がる。
慌てだす男にリィリンは気を良くしていた笑みを少し微かなものに返る。
その美しい青い目にはなんの感情など見れなかった。
「そ、んな……わ、私はこれまでベイジル様のために働いてきました…!!なぜ私まで…!!」
「ええ、貴方は今までベイジル様のためにとても働いてくれていました…でも貴方、近々ベイゼル様と対立している"あの方"に乗り換えようとしていますよね?」
「ッ!!…そ、それは誤解です!!私は…!私の全てはベイジル様に捧げております!!そんな…!裏切り者のする事などするはずがない…!!私は無実だ!!」
「あら、そうなの?でもベイジル様は貴方はもういらないとおっしゃられていますの」
「そんな…!!そんなの…あんまりだ…!!私はこれでまでベイジル様のために財産も会社も人間も全て捧げてきたというのに…!!それがこの仕打ちですか!!」
「そうなりますね」
「―――ッ!!!」
あっさりとした返しに男はついに言葉を失う。
返す言葉もなく絶句している男にリィリンは笑みを深める。
会話が途切れたのを合図に男の後ろにいた化け物が静かに男の肩に手を置く。
それにビクリと肩を揺らし後ろを振り向けば、化け物が餌を見て喜ぶようにニタリと笑いこちらを見えているのが見えた。
「ひ、ひい…ッ!!」
男は先ほどは楽しそうに同じ同族が食い殺されるのを見ていたというのに、自分の番になると顔を引きつらせ恐怖する。
逃げようと肩に置かれている化け物の手を振り払い逃げようとした。
しかし前方にも化け物がいる。
当然囲まれている男に逃げ場はなく、足元がガラガラだった男はそこから逃げようとしたが、勿論そんな隙化け物達が与えるわけがなく、水中の中でも呼吸が出来会話もできるとはいえそれ以外は人間のままの男は泳いで逃げるのだが…陸上生物が海中生物に勝てるわけがなく、簡単に男は足を捕まれ引き戻されてしまう。
男の情けない動きや声にリィリンはクスクスと笑みをこぼし機嫌よく部屋を泳ぎながら化け物に遊ばれながら食べられていく男を傍観していた。
その時のリィリンの瞳は歓喜に満ちていた。
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