日曜日。
それがツェッドが週に一度紙と斗流血法・シナトベを使って行うショーの日。
いつも色々な人やビヨンド達が見に来てくれて楽しんでくれる人達を見るのが嬉しかった。
ツェッド的にはいつも楽しんで気楽にショーを行っていたのだ。
自分も楽しむことでお客も楽しめると気づいたから。
だけど、最近はその楽しいショーも緊張へと変わる。
それは……
(あ…今日も来てくれた…)
彼女が見ているから。
ツェッドは日曜日にいつもの時間に行くと常連や噂を聞きつけて来てくれたお客が集まっていた。
常連に『待ってたぜ!』と言われその声に答えながらツェッドは無意識に彼女を探す。
彼女は不思議な人(ヒューマン)だった。
ツェッドが来る時はいないが、気づけばそこにいる。
いつ来たか分からないが、彼女はあの日以来毎週来てくれていた。
(相変わらず綺麗な女性だなぁ…)
彼女は青い髪を長く伸ばし、その青い髪が太陽に照らされ綺麗だった。
瞳も青空というよりは太陽の光に照らされる海の淡い青色というべきだろうか。
彼女は足が悪いのか車椅子に座っており、いつも誰かに押してもらっていた。
それはメイド服を着ており、人間の世界には疎いツェッドでも彼女が富裕層の人間だと知る。
服装はいつも地面に着くほどのスカートを穿いており、足元は見えない。
ツェッドは人間と魚の交配種である。
人間と魚が交尾して出来た、というわけではなくある血界の眷属が作り出した世界で唯一の存在だった。
だから仲間はいない。
魚と人間の交配だから人間の素材もあるし、異種同士の結婚だってここにはある。
だから人間と交配種が恋をするなんて出来ないわけではない。
―――そう、彼は恋をしていた。
あの夜…最後に声をかけてくれたあの時から…彼女に恋をしていた。
恋をしているから、彼女が余計に美しく見え、そしていつも楽しんでいるショーが緊張していた。
ふわり、と紙を浮かせ色々動きを乗せるショーをお客は喜んでいた。
そしてチラリと見た彼女も喜々とした笑みを浮かべ手を叩いて拍手してくれた。
それにツェッドはほっとさせる。
最後の技を見せれば、お客はそれぞれお金を箱に入れてくれる。
それにツェッドは礼をし、去り際に掛かる声に返す。
「ツェッドさん、今日もとても素晴らしかったです」
「あ、ありがとうございます……リィリンさん」
客がまばらとなる時、彼女――リィリンは必ずツェッドに声をかける。
それは車椅子が場所を取ってしまって邪魔になるからと彼女は言った。
勿論ツェッドはそんな事はないと言った。
しかし彼女はツェッドが何を言っても最後に声をかけるのだ。
ツェッドはリィリンと知り合いになり、何度もリィリンがこうして声をかけてくれるがやはり緊張してしまい、言葉が上手く回らない。
もっと色々知りたいのに言葉が出てこないのだ。
顔に熱が集まるのを感じて今自分の顔が真っ赤になっているのだろうと思い少し情けなく思う。
絶対変な人だとリィリンに思われていると思うとここから逃げ出したくなる。
「ツェッドさん、この後お暇ですか?」
「この後ですか?…そうですね、大丈夫です」
いつもは短い会話をして別れるのだが、この日は違った。
リィリンはツェッドの予定を聞き特に予定がない事を知ると嬉しそうに、にっこりと笑みを浮かべ、胸元で手を合わせる。
「では少しお話しませんか?」
「え……え!?お、お話…ですか…!?」
「ええ!私ツェッドさんの事もっと知りたいと思っていましたの……あの…やっぱり、駄目、ですか?」
「い、いいえ!!大丈夫です!!はいッ!!」
ツェッドは悲しそうな、不安そうなリィリンの上目遣いに思わず頷く。
『何が大丈夫なんだ』と自分で突っ込んでいたツェッドにリィリンは嬉しそうに綻ばせた。
リィリンとツェッドは傍にあったベンチに移動し、リィリンはわざわざメイドに車椅子からベンチに横抱きに抱き上げられて座る。
ツェッドは恋している彼女との話しをどう盛り上げようか、失敗したらどうしようかと思いながら鼓動を今までにないほどの速さで鳴らしながら呆然と突っ立っていた。
「ツェッドさん?」
「―――っ!?」
そんなツェッドをリィリンが首を傾げながら声をかけ、声をかけられたツェッドはハッとさせる。
そんなツェッドをよそにリィリンはトントンと自分の隣を叩く。
それは隣に座れ、という指示である。
ツェッドはそれに驚愕した。
と、いうか心臓が飛び出た。
正直にいって、今のこの状況からして遠慮したい。
だが…リィリンの『ツェッドさん?座らないんですか?』という上目遣いにツェッドは負けた。
所詮はツェッドも男というものである。
ゆっくりと緊張した体でツェッドはリィリンの隣に座る。
と、言っても意識しすぎて二人の距離は空いていた。
「………」
「…!!」
人一人分開いているその空間をリィリンは無言で見つめていたが、横に体をずらしてその空間を埋めた。
せっかく空間を開けて緊張を少しでもほぐそうとしていたのに、相手が距離を縮めてきてしまい、ツェッドは心臓が口から出るんじゃないかと思うほど驚き、そして緊張が増した。
好いた女性の隣に座るほど緊張するものはない、とツェッドはその日学ぶ。
「ツェッドさん」
「は、はい…」
「あなたに触れてもよろしいでしょうか?」
「はい……………はい?」
カチンコチに固まったツェッドをよそにリィリンはニコニコ顔で声をかける。
それに緊張しすぎて頭に入らず、頷いていると……聞き捨てならない言葉を耳にした気がした。
思わず流れで返事をしてしまい、それに気付かずリィリンは『はい』を『YES』と勘違いした。
「ちょっ…リィリンさん!?」
リィリンはツェッドからYESを貰い嬉しそうにそっとツェッドの手へと触れる。
人間と魚の交配種とはいえ、彼の肌は熱に弱い。
魚よりかは強いが、人間よりかは弱い。
人間の手に触れられると火傷はしないものの人間が人間に触れるよりも温かく感じる。
レオナルドや仕事仲間達に触れられるのは不快ではない。
だが、それが好いた女性となるとどうなるか……混乱する頭でツェッドは火傷でもしたらどうしようかと思った。
もし触れただけで火傷でもしたらリィリンが責任を感じてこれから先触れてくれなくなりそうで……嫌だった。
触られるのは緊張してしまうためあまり触れてほしくはないがそう思った。
しかし…
(熱くない…?)
そっとツェッドの手にリィリンの手が触れた。
ツェッドは熱さを感じるであろうその手を期待した。
しかしその手は普段レオナルド達に触れられるような熱さはなく、ひんやりとした手をしていた。
それは…体温そのものがないような冷たさだった。
それに戸惑っているとリィリンはツェッドの手を広げて見せる。
「まあ、なんて立派な水かき…それにヒレも…とても素晴らしいですのね」
「……っ」
「お顔に触れてもよろしくて?」
「は、はい…」
人の体温を感じさせないリィリンに多少の不審さを感じていたが、リィリンの褒め言葉にツェッドは顔に熱を籠らさえる。
手を広げて水かきを見つめリィリンはうっとりとさせる。
腕のヒレも痛くないようそっと触れる。
次は顔に興味が沸いたのか、冷たいリィリンの手がツェッドの頬へ伸ばされ、ツェッドは好きな女性にじっと見つめられることになった。
正直顔が近くて、そして目と目を見つめ合うこの状況で、ツェッドの息は止まった。
そんなツェッドに気付かず、リィリンはうっとりとさせたまま頬にやっていた手を擦って撫でる。
リィリンの手から人の肌では感じさせないすこし温かい体温と、柔らかな肌触りが感じられた。
リィリンにとってそれは人で言えば赤ん坊の肌と等しくいつまでも触っていたいと思えるものだった。
顔だってリィリン好みだ。
人間の顔のつくりはあまり好みではないリィリンはツェッドはありだった。
むしろドストレートだった。
立場が立場でなければ速攻お持ち帰りで食っていた。(ベットイン的に)
意外と肉食らしいリィリンの下心など知らずにツェッドは緊張で体を強張らせている。
リィリンは動かないツェッドをいいことにツェッドの頬から顎のラインを指の背で撫でるように沿っていき、そのまま頬を撫でた。
それはまるで大切な人に触れるように優しく、そういう事には純粋無垢なツェッドは一杯一杯だった。
リィリンはすでにツェッドに触れるのに夢中で、ツェッドの緊張なんてなんのそのだ。
(ああ…彼はなんて美しいのでしょう…)
素直に言えば、リィリンは欲情していた。
足が熱くなってきていたからそうなのだろう。
だけどツェッドも童貞だが、リィリンも処女である。
一度として異性とそういう関係になった事がなかった。
と、いうよりはする相手がいなかった。
表向きで夫の籍を持つあの老人では欲情もせず、相手はするが手淫か口淫のみ。
あとは老人だから回数も多くはなく、あっちもあっちで中に入れたい邪な感情は枯れていないのか愛人で抜いている。
リィリンが相手にしているのはただリィリンが美しいからだ。
リィリンはどんな美女であろうと劣らない。
だから男の性を持つあの老人はセックスが出来なくてもリィリンに相手をさせる。
それでもリィリンは全くあの老人に欲情するどころか発情もしない。
そんなリィリンが初めて異性として欲したのが、ツェッドだった。
リィリンにとってのツェッドはどんな美形な人間の男よりも美しく、そして逞しく見える。
理想の男性だった。
無意識にリィリンの目はツェッドの唇へと向けられ、ゴクリと唾を飲み、
(おいしそう)
そう思った。
そしてリィリンは魅入られたようにうっとりとさせツェッドに顔を近づけ、そして―――…
「リィリン、さ、ん…ッ!!!」
「…!」
肩を掴まれ離された。
リィリンはその手と声にハッとさせ目の前のツェッドを目を丸くしながら見つめる。
リィリンが見るツェッドは顔をいつも以上に真っ赤にさせリィリンから顔を背けていた。
そこでリィリンが今自分が何をしよとしていたのかに気付く。
「あ、あの…今日は、もう……し、失礼します!!!」
ツェッドは顔を背けたままリィリンを見ず立ち上がりトランクを手に去っていった。
それをリィリンは声を掛けようとするも、目にも止まらない速さで走っていったため、リィリンは声を掛けそびれた。
それが残念で眉を下げ残念そうに溜息を零す。
そんなリィリンを傍に控えていたメイドが口を開く。
「急ぎ過ぎだ、リィリン」
「だぁって…おしそうだったんだもの…」
その言葉にリィリンはむすっと頬を膨らませながらメイドを見上げる。
この主人に無礼ともいえる態度をとるメイドは、普通のメイドではない。
このメイドは外見は正真正銘どこにでもいるメイドだが、中身はリィリンが作り出した眷属である。
眷属は化ける、というよりもすり替わると言って方が正しいだろうか。
対象の人間を食べる事でその人間になれるのだ。
それも気づかれずに。
そのためリィリンについているメイドはほぼ眷属にすり替えられており、その事に周りの人間は気づいていない。
メイドは主人に溜息をつく。
「だとしても、だ…恋人でもないのに行き成りキスするのはどうかと思うぞ」
「あら、でも人魚の多くは男を襲って子を成しているわ…私のお母さまだって人間の男を襲って子を成したのよ?おばさまも…おばあさまだってそうよ」
「だからお前らは絶滅寸前なんだ…そうやってがっつき陸に上がるから狩られるんだろ……少しは節操というものを弁えろ」
「それが人魚というものよ…人間が幻想を抱きすぎているんだわ…私達だって動物だもの」
「…………」
『あと男が甲斐性なしなだけよ』、と言ってのけるリィリンにメイドは言い合う気にもならないらしく何も返さなかった。
『帰るぞ』、と呟きリィリンを車椅子に乗せ直し、リィリンとメイドはそこから去っていく。
車椅子を押されながらリィリンはツェッドを思い浮かべる。
あの柔らかく少し温いが人間にはない冷たい体温。
リィリンが求めた男性像そのものだった。
キスしようとしたことを思い出し、リィリンは自分の唇へと手を伸ばしクスリと笑う。
そんなリィリンに気付いたメイドがマジマジとリィリンを見る。
「しかし…行き成りキスをしようとするとは…よほどあの半魚人が気に入ったのか?」
リィリンは何事も興味無さげに過ごしている。
それは海の生き物として生を受けたものとして、そして昔から乱獲されてきた人魚として陸の物は不快さを感じるのだろう。
だから半魚人とはいえ、HLのように異界風の男に興味を持ち、更にはキスをしようとしたリィリンに驚いていた。
メイドの言葉にリィリンはそっと唇に伸ばしていた手を腹部…子宮がある部分へと触れ…
「ええ…あの人と今すぐ子を成したいと思うほどに…」
うっとりとさせた。
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