レオナルドはまっすぐ前を見ていた。
朝から入っていたバイトも終わり、ライブラに来ていたレオナルドはソファにくつろぎながら前を見つめる。
「なに見てるの?レオ」
一見ぼうっとしているように見えるレオナルドの頭にトン、と人狼であるチェインが降りてくる。
相手がザップではないため体重は掛けず、見下ろす彼女を落とさないよう顔を上げずに目線をそのままにレオナルドは真っすぐ前を指さした。
『あれ』と言わんばかりに指さすレオナルドにチェインはそのままその指の先を伝っていく。
そこには―――
「……陸に上がった魚」
ツェッドがいた。
その姿はまさに陸に上がった魚そのもの。
ぐったりと項垂れるように座るツェッドにチェインはポツリと呟き、レオナルドの隣に座る。
「さっきからああなんですよ…どうしたんすかね…」
「さあ…どう見ても何かあったって感じよね…」
レオナルドと同じく隣で項垂れるツェッドを見るチェイン。
それから二人は会話がなくただツェッドを見ていた。
しかし何となくそれも可哀想かとレオナルドは珍しいツェッドの様子も気になって声を掛ける事にする。
「ツェッドさん、ツェッドさん」
「……はい…」
「一体どうしたんですか?さっきから項垂れてますけど…」
「……………」
声を掛けてみればちゃんと返って来た。
が、あまり覇気がなく、落ち込んでいるようにも聞こえる。
その声と何かあったか聞いても返ってこない返答にレオナルドとチェインはお互い顔を見合わせる。
そんな時、タイミング悪くあの男が帰って来やがった。
「んなやつほーっとけ!ほーっとけ!!どうせタイプの女を見つけてナンパしてしけこんだのはいいが童貞君だから失敗に終わってフラれたんだろ!!」
「何言ってんすか!!SS先輩!そりゃツェッドさんだって恋しますけどあんたじゃないんだからそんな事しませんって!!ね!ツェッドさん!!」
憶測だけで物を言うSS先輩こと、ザップにレオナルドは流石にむっとさせる。
後輩であり友人であるツェッドがそんなザップのようにタイプの女性だからと言ってすぐにしけこむような事はしない。
その後失敗した成功したとかは憶測だと思っているためそこは流された。
チェインもレオナルドの言葉に頷いており、2人からのブーイングにザップは『んだと〜!?』と喚く。
そんなザップを無視しレオナルドは同意を求めツェッドへ顔を向けた。
レオナルド的に『そうですよ、あなたと一緒にしないでください』と言ってくれるのを期待したのだが…
「―――――」
「……え?ツェッド、さん…?まさか…え?」
ツェッドは言い返さずザップを見上げていた。
その表情はなぜ分かったのかと言わんばかりで、レオナルドはツェッドの反応にある意味ショックを受ける。
『本当に…しけこんだんですか…』と言わんばかりのレオナルドの目線に気づきツェッドは慌てて首を振る。
「ち、違います!!そんな発情したどっかの猿みたいなことしてません!!」
「そ、そうですか…よかっ…」
「―――ただ……好きな女性の下りは…合ってますが…」
「…………………え?」
ツェッドは慌てて兄弟子のような事をしていないと必死に弁解する。
兄弟子を見るような目で友人に見られるのは勘弁してほしかったからだ。
しかし聞き捨てならない言葉を聞き、レオナルドは…いや、その場にいる全員が凍り付いた。
まず、食いついたのは恋愛大好き女性陣である。
固まるレオナルドの隣にいたチェインは素早い動きでツェッドの隣に移動し、任務の報告書をスティーブンに渡していたK・Kがあっという間にツェッドを挟んだチェインの隣に座る。
その表情は喜々と輝いていた。
「やだ〜!?ツェッドっちってば恋してるの!?」
「えっ、あ、は、はい…」
「どんな人?」
「えっと…髪は長くて深い海のように青くて、瞳は光に照らされている水のようで…声もまるでセイレーンのようで笑顔がとても魅力的な人です…その人は足が不自由なのか車椅子に乗っていました…でも…とても素敵な人で…彼女を見ていると…こう…この当たりがきゅっとなるんです…」
チェインの問いにツェッドは先ほどの疲れたような表情を一変させ、パアアと明るくなり恋する乙女と成り代わる。
ツェッドは彼女を思い出しているのか、頬を染めながら胸元に手を伸ばす。
切なそうにしながらも幸せそうなツェッドにK・Kもチェインも『分かるわ〜!』と頷いていた。
「私も旦那の時そうだったもの〜!!いいわよねぇ!青春!!傍にいられるだけで幸せって感じで純粋だわっ!!」
「ですね!」
どの時代も女は恋バナが好きらしく盛り上がっていた。
K・Kは昔の自分を思い出しており、チェインも頬を染めてコクコクとK・Kに頷き、ただザップは弟弟子の恋バナに『ケッ!』と零しレオナルドの隣にドサリと座る。
それはなんだかレオナルドには不貞腐れたように見えた。
「その人とはどこで出会ったんすか?」
元々レオナルドもツェッドの恋を否定するつもりはない。
少し驚いただけで、すぐに我に返って気になった事をツェッドに聞いた。
その質問は女性陣方も気になっているのか、更に言えば男性陣…クラウスやスティーブンも珍しいツェッドの恋に興味があるのかこちらを見ていた。
ツェッドは目を輝かせる女性陣の目線と興味津々の仲間の目線に恥ずかしくなって顔を少し俯かせた。
「彼女、とは…その、日曜日のショーで…会いまして…それから毎週ではないんですがたまに来てくれて…彼女はいつも終わった後僕と話て帰ります…」
「あんら〜!!!やっぱりお互い何か惹かれ合っているのかしらね!」
「あ、いえ…一目惚れしたのは僕なんですけど…彼女がどうかは…」
「でも分からないよ?もしかしたらあっちも一目惚れかも…」
「そうよねぇ!なんたっていつも終わった後話して帰るんだもの!!脈がなければとっとと帰っちゃうものなのよ、女って!」
「そっ…そう、ですよね!やっぱり…そうですよね……じゃなきゃあんな事しませんし…」
「「あんな事?」」
「はい…えっと…その………まあ…なんていうか……はい…」
「やーだー!なにー!?気になるんだけど!!」
「吐いた方が楽になるよ?」
「うう……えっと………キ…を…で、すね…」
「「きを?」」
「キ、キスを…されそうになりまして…はい…」
「……………」
「……………」
室内が一瞬静まり返った。
それは主に話していた女性陣が口を閉じ思い出しているのか真っ赤な顔をしているツェッドを凝視していたからだ。
しかしその沈黙もすぐに解かれる。
「キ、キスですってえええ!?えええええ!!?なにそれ!!本当!?ツェッドっち!!」
「はっ、はい…み、未遂っていうか…なんていうか…してませんでしたが…っていうか…できなかったんですが…しそうになりました…」
「それめっちゃ脈ありだよ!?それ絶対相手も好きなんだよ!じゃなきゃキスしようとしないでしょ!?っていうかなんで未遂!?」
「ぼ、僕が…とめました…」
「「なんで!!!?」」
「は、恥ずかしかったし…何より付き合ってもいないのにキキ、キスなんて…!!」
「あらツェッドっちってば案外古風な考えなのねぇ…でも据え膳食わぬは男の恥っていうじゃない?やっちゃえばよかったのよ!ぶちゅーって!!」
「や…やっちゃ…!?ぶ、ぶちゅー!?」
「そうだよ…ついでにそのまま一夜を明かせばよかったんじゃない?あっちも絶対その気があるし、貴方結構奥手っぽいからさっさと既成事実作っちゃえばいいんだよ」
「い、一夜って…!!既成事実って…っ!!や、やめてくださいよ!!彼女とはまだそんな関係じゃないんです!!彼女を汚さないでください!!」
どうやらツェッドにとって彼女は神聖なイメージらしく、顔を今まで以上に真っ赤にさせて泣き出すように声を上げて顔を覆う。
その姿は女性陣には好評なのか先ほどから『可愛い』ときゃっきゃと二人で盛り上がっていた。
ツェッドらしいと言えばツェッドらしいが、正直女性陣が盛り上がっているため自分も盛り上がれなくなったレオナルドは少しだけツェッドをこんなにも惚れさせた女性に興味が出た。
しかし、レオナルドは忘れていた。
人の幸を最も嫌う者の存在を…
そして隣から『ケッ』と鼻を鳴らす声でレオナルドはハッと気づく。
「なぁ〜にが彼女を汚さないでくださぁ〜い!だ!!なに穢れを知りませんアピールしてんだっつーの!!その女もその気があるんならとっとと食っちまえばいいだろ!女なんか一発やりゃぁあっちから骨抜きになんだ…悩む暇あればその女としけこめばいい!魚類と寝てくれるっつー貴重な女なんだ、とっとと種まいて物にしちまえ!」
ザップ・レンフロという男を一言で言い表せば―――クズである。
クズもいいとこである。
特にお金と女の事になるとクズというよりはキング・オブ・クズである。
スティーブンからも『度し難い人間のクズ』と爽やかな笑みで彼の師を前に言うほどクズであり、チェインからも『SS(シルバーシット、銀色ウンコの意)』と呼ばれるほどのクズである。
もうこの説明で分かった通り、どうしようもなく救いようもその手立てもない完璧なるクズである。
そんなクズを兄弟子にもつツェッドはその言葉にピクリと反応させ、手で覆っていた顔を上げて兄弟子へと目をやる。
先ほどまで真っ赤に染まって照れていた顔が恐ろしい形相に代わっており、ザップの隣にいたレオナルドはとばっちりを受け体を硬直させた。
「あなたと一緒にしないでいただけますか?とても不愉快だ」
「んだとゴラ!せっかく先輩様がアドバイスしてやってるっつーのにんだよその言い方はよぉ!」
「余計なお世話だと言ってるんです…そもそもあなたが彼女の事を例え『女』と称しても呼んでほしくはないですね…彼女が穢れます」
「言っただけでか!?女って言っただけで穢れるってか!?―――そもそもだ!そもそもお前その女に神聖な妄想を抱いているようだが出会って間もなくキスしようとする女が神聖か!?清らかか!?ありえねえだろ!ありゃどう見たってビッ―――」
それは一瞬だった。
そう、一瞬でツェッドは血で作った三叉槍を作り出しザップに向かって放った。
クズだクズだと言っているが彼は恐らくクラウスに次ぐ実力者…ザップは言いかけた言葉を切って顔をずらして避ける。
三叉槍を投げたツェッドは表情なく兄弟子を見下ろしていた。
「それ以上彼女を侮辱する言葉を言えば許しませんよ」
「…へぇ…どうなるって?」
「―――去勢します」
「は…?」
「去勢します。…そもそもあなたのその無教養でデリカシーのなさは私生活の乱れからくるものだと推測されますから、まずその女性関係から絶った方がよろしいでしょうし。」
「ちょ…ちょっと待て!それはいくらなんでやりすぎだろおい!!」
「そうですか?ソレがあるからあなたは女性関係が淫らとなり僕だけではなく主にレオ君に被害が及ぶんですよ?それにあなたのその愛人関係でライブラの皆様にもご迷惑が掛かっている……弟弟子としてもう見逃せません…それに知ってます?動物って去勢した方が病気になりにくいんですよ」
「だれが動物だ!誰が!!いいぜ!その喧嘩買ってやんぞゴラァ!!」
どこから取り出したのか鋏を手にシャキシャキと音を鳴らす。
それにレオナルドは思わずゾワリとさせ、股間を庇う。
同じく男性陣であるクラウスとスティーブンもシャキシャキさせジリジリと近づいていくツェッドを見て前かがみになった。
ザップも股間を死守するべく立ち向かい、兄弟喧嘩が勃発した。
女性陣達は『やったれ〜!』やら『今のはザップっちが悪い』と全面ツェッドの味方だった。
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