ツェッドはすぐにクラウスに連絡をし、恥ずかしながら事情を話した。
勿論、電話でだが、その間はリィリンとは少し距離を置いている。
≪彼女の傍に…?≫
クラウスに連絡すれば予想通り怪訝とした反応が返って来た。
ツェッドの住んでいる場所はライブラの一室で、当然そこにリィリンを連れていくことなどできない。
事情があって寮に住んでいて部外者は入れないと言えばリィリンが『では家を借りましょう』と簡単に言ってのけた。
リィリンは呆気に取られているツェッドをよそにメイドにタブレットを受け取り不動産屋のサイトを開く。
彼女一人に選ばさせるわけには行かないが、ツェッドは上司に黙って一時的とはいえ住処を変える事はまずいかと思い断りを入れてクラウスに連絡をした。
出たクラウスにツェッドは最近自分が惚れている女性の事を述べ、『彼女のそばにいたいんです』と言って数日の外泊の許可を求めた。
別に許可を求めなくてもツェッドも子供ではないのだからいいのだが、やはり緊急時の時困ると思ったのだ。
「急な事ですみません…でも…彼女…今すごく不安定みたいで…彼女が僕に傍にいてくれと…ですから僕も傍にいてやりたいんです…」
≪なるほど…その間ずっと彼女に着いていてやるつもりかな?≫
「できれば…」
≪…………≫
「あっ、でも…勿論緊急な時とか、どうしても顔を出せと言われれば出します!」
ツェッドも無理を承知で頼んでいるのは知っている。
だけどあんな泣きそうになりながらも無理に笑顔を浮かべている彼女を見て放っておくことはできなかった。
だから駄目と言われても無理にもぎ取るつもりだった。
確か有給休暇が溜まっていたな、と思う自分は少し兄弟子に似てきたのかもしれない。
無言になった電話にツェッドはドキドキと緊張を高める。
≪分かった…許可しよう≫
「!――本当ですか!?」
≪ああ…私もその女性を悲しませることは心苦しい…皆には私から言っておこう≫
「ありがとうございます!」
≪なに、謝ることではないさ…彼女が心からの笑みを取り戻せることを祈っているよ≫
そう言ってクラウスは電話を切った。
ツェッドは小さくガッツポーズを作り、スティーブンに電話しなくてよかったと心底思った。
リーダーを無視するわけではないが、事実上仕切っているのはスティーブンだ。
しかしスティーブンは頭の回転が速い分厄介である。
生真面目なツェッドではスティーブンに口で勝てるわけがないのだ。
先ほども言ったが、なんだか自分が兄弟子に似てきたとツェッドは若干嫌になりながらそう思う。
やはり昼を一緒になる事が多く、同じ師から学んだという理由で一緒に組むことが多いから移ってしまったのだろうかと推測し、ツェッドは『これからはレオ君だけ誘おう』と決心した。
「ツェッドさん?もうお話は終わったんですか?」
「あっ!すみません!はい、終わりました!」
ツェッドが電話を終えるのを待っていたリィリンはツェッドが電話を切るのを見て声を掛けた。
車椅子に押され近づいてくるリィリンにツェッドは笑顔で頷いた。
その笑顔にリィリンも笑みで返す。
だが先ほどもあってか、ツェッドの目には悲し気な笑みにしか見えず、やはりズキンと心を痛める。
「それで…上司の方はどのように?」
ツェッドは自分の出生を少しほんわかと誤魔化しながら伝え、今は師から離れ会社の寮みたいな場所に住んでいると伝えた。
寮だから勝手な行動は出来ず、電話で許可を取ってくると言ってクラウスに電話したのだ。
リィリンはそれを信じ不安そうに上目遣いでツェッドを伺う。
その表情が愛らしくてほっこりさせながら笑って見せる。
「大丈夫だそうです」
「まあ!それは良かったです!」
「あ、でも…連絡が来たら…その…」
「ええ、分かっています…お仕事も大事ですもの…でもちゃんと私のところに帰ってきてくれるのでしょう?」
「勿論です!」
「ふふ、だったら私は良い子で待っています」
ツェッドの仕事がどんなものかリィリンは深くは聞かなかった。
そもそもツェッドに興味があるのは種だけで、ツェッドそのものに興味はない。
どんな仕事をしていようとリィリンには関係のない事だった。
強く頷くツェッドにリィリンはホッと安心したような笑みを作り、その笑みにツェッドも胸を撫で下ろす。
「荷物とかは大丈夫ですか?」
少しだけリィリンの元気が出たのを見て安心していたツェッドだったが、ふと一緒にいる数日の間荷物をどうしようかと思う。
それを口にすればリィリンは『ああ、大丈夫ですよ』と答え、そして…
「もう用意は済んでおりますもの」
ケロッとした顔でリィリンは言い、ツェッドはなんのことか分からず首を傾げた。
****************
連れられて来たのはでかでかと聳え立つ豪邸だった。
「……リィリンさん…ここは…」
「今日から住む家です…ごめんなさい、今すぐ借りるにしても急すぎたのでこんな小さな家しか用意できなくて…」
(ちいさ……小さい!?これで小さい!?リィリンさん…!?あなた一体何者なんですか!?)
聳え立つ豪邸は、今までに見たことのないほど豪華な家だった。
この家は富豪の旅行者に貸している部屋らしいが、それにしても豪華すぎる。
元々リィリンはその身なりや雰囲気、口調から富裕層の人間だと思っていたツェッドだったが、これで本当に富裕層の人間だと確信した。
そして同時に身分の違いに若干失恋という文字が見え隠れしつつあった。
そんなツェッドをよそにリィリンは『さあ、入りましょう』と言って自動で開いた門からメイドに車椅子を押され入る。
リィリンの声にハッとさせツェッドは後に続き入っていく。
豪邸にもレベルがあるらしく、庭はよくテレビで見るハリウッド俳優の家ほど広くはないが、サッカーができるくらいの広さがあった。
リィリンが車椅子に乗っているので勿論バリアフリーになっており、段差なくリィリンは家に入っていく。
「すごい…」
ツェッドは思わずそう零してしまう。
そう言ってしまうほど、この家は広く豪華だった。
しかも中庭のような場所にはプールまであり、水の気配にプールへ歩み寄って見てみる。
その後ろをリィリンも続き、笑みを浮かべていた。
「このプールはツェッドさんのために用意しました」
「僕のために?」
「ええ…あなたは水の中の方がよろしいかと思いまして…」
ツェッドは会っている時に色々体の事を話した。
その時にいつもは水槽に入っていると聞いていたため、リィリンはプールがある家を探した。
プールはあるが、やはり小さかったりと中々納得できるプールの大きさはなかったが、やっと探し出しその日に契約したのだ。
老人の名前を出せばおそらくもっとランクの上の家を紹介してくれだろうが、ツェッドと遊ぶ時くらいあの老人の事など忘れていたかった。
ツェッドはリィリンの言葉に感動したように胸を震わせていた。
彼女が自分を思いこの家にした、という事だけでもツェッドにとって感激ものである。
「私、あなたが泳いでいるところを見てみたいです…ね、入ってみて?」
「い、今、ですか?」
「ええ、今」
リィリンの言葉に感動が困惑に代わる。
戸惑うツェッドの顔を見てリィリンは笑みを張り付けたまま『早く』と急かせた。
正直入るには戸惑いがないが、なぜ今はいらなきゃいけないのかという疑問が強く、しかし彼女の願いも叶えてあげたいとツェッドは結局頷いた。
リィリンの期待した目に負けて、濡れるからズボンだけ脱いで既に水が張ってあるプールに入り、ツェッド専用の特注品のボンベを外して適当な場所に置く。
ズボンを脱いでもウェットスーツのようなものを着ているので全裸ではない。
水音を立てて入るツェッドをリィリンは笑みを浮かべたまま目で追う。
ツェッドは入ったままどうしたらいいのか分からなかったため適当に水面を移動したり時折水面に入ってみたりした。
すると耳に何かが水中に落ちた音がし、後ろを振り返った。
『!!―――リィリンさん!?』
そこにいたのはリィリンだった。
リィリンは足が不自由である。
そんな人が水中で泳げるわけがない。
今だってふわりと水中に舞うスカートの隙間から裸足の素足が見えたが、動いている素振りはない。
ツェッドは驚きながらもリィリンのもとへ慌てて泳いで向かう。
『大丈夫ですか!?リィリンさん!!』
人間であるリィリンが水中で喋れないを気づかないほどツェッドは混乱していた。
こちらに腕を広げて伸ばすリィリンの細い腰に腕を回し引き寄せて上へあがろうとしたのだが…
『―――ッ!!』
リィリンの顔が近づきツェッドの唇とリィリンの唇がくっついた。
ツェッドはそれに目を丸くし驚き、上へあがらなければという焦りも忘れリィリンを凝視し、その姿に更に目を見張る。
水中でのリィリンはいつもより更に美しさを増していた。
水中に舞うその髪は陸にいるよりも青みが深くなり、瞳も色味を増し綺麗さが極まっていた。
肌も水中にいるにも関わらず白さが増し、なんだかみずみずしく感じる。
驚きながらも彼女に魅了されているツェッドにリィリンは笑みを深め、首に腕を回し、また彼の唇を奪う。
『ッ!、ん…っ』
今度は触れるだけの口づけではなかった。
驚き無防備になっているツェッドの口内に舌を入れリィリンは角度を変えながら何度も何度も深い口づけをする。
ツェッドはリィリンの口づけに夢中になりつつあり、腰に回していた腕を強くさせ引き寄せた。
その間もリィリンの口から酸素らしき泡が上がり、ゴボリ、と泡が上がる音にツェッドはハッとさせ、上へ上がる。
「大丈―――、」
ざぱ、と音を立てて水中から上がったツェッドにリィリンはまた唇を奪う。
離れたと思いツェッドはリィリンの名を呼ぼうとするもまたキスされた。
それを繰り返しまた深い口づけに変化し、ツェッドはリィリンに魅入られていく。
うっとりとさせるツェッドの顔を見てリィリンは目を細め、また愛らしい彼に口づけをし、水中に潜っていった。
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