ちゃぽん、と音をさせリィリンは温かいお湯に身を委ねる。
「なにか言いたげね」
鼻歌を歌いながらリィリンは泡立った湯船につかり、冷え切った体を温めているとぽつりとつぶやく。
先ほどから背後に案じる目線に耐えかねたのだろう。
後ろにはメイドが控えており、リィリンの呟きに深いため息を吐いた。
「良いのか?」
「何が?」
「誤魔化すな…あの半魚人の事だ…あの人間にバレたらどうなることか…」
「あら別に構わないんじゃなくって?だってあの人も私が遊ぶのを承知で数日も家を空けるんだもの…そのために私にカードを渡したのでしょう?」
『カード』というのはクレジットカードである。
これでいない間好きに遊びなさい、と言って渡したそれをリィリンは有効活用しているだけの話。
メイド…眷属は『そういうことじゃない』と言ってまた溜息をつく。
「お前、あの半魚人の種を貰おうとしてるだろ」
「ええ、それがなに?」
「あの人間が黙っていないぞ」
「そんな事知らないわ」
ベイジルはリィリンの初めての男遊びを知っても何も思わないだろう。
珍しいな、と思うだけでその男がどんな男かも調べもしないだろう。
リィリンに興味がないからでもなく、愛がないというわけでもない。
ベイジルは…いや、この世の人間は人魚という生き物を知らない。
伝説にもなっているのでそれなりに文字になって残っているようだが、それらは全て人間がこうであってほしいという願望。
人間達は本物の人魚と言う生体を知らないのだ。
だからベイジルはリィリンが人間と性行為できないと思い込んでいる。
だからこそ珍しくリィリンが仕事以外で男と深い関係にあっても気にもしない。
だが実際は違うのだ。
「ね、見て」
少し胃の辺りがキリキリしはじめた眷属にリィリンはザパリと足を挙げた。
眷属がその足の方へ目をやればいつも見る煌びやかな尾ヒレではなく、人間の足があった。
その足は正真正銘、リィリンの足。
人魚は人間にはならない。
しかし、人間のような足に一時的になることが出来る。
それが―――発情した時だ。
と、いうことは今リィリンは発情しているのだろう…あの半魚人の青年に。
プールの時リィリンは泳ぐあの半魚人を熱のこもった目で見つめていた。
その目は正しく得物を狙う獣の目で、それを見て眷属は『あーあ…こりゃやべえわ(半魚人が)』と思った。
今、タオルで濡れた体を拭ってリィリンが出てくるのを待っているであろう半魚人に眷属は同情の念を送っておく。
今夜、確実にあの半魚人は食われる。(ベッドの上で的な意味で)
人間ならば十字を切る勢いで眷属はツェッドを憐れんだ。
『もう出る』、と言ったため眷属は自分が濡れるのも気にせず泡だらけのリィリンを抱き上げ傍に置いてあった椅子に座らせる。
人魚は人間の足にはなれるが、それは交尾が滞りなく出来るようにという本能と進化なので歩けないのだ。
泡を体にくっつけるリィリンにシャワーをかけてやりながら眷属は話を続ける。
「孕むことが出来ると知ったらあの人間はお前をどうするんだろうな」
「さあ?殺すかも…なんたって私はあの人には興奮しないもの」
「あっさり言うなよ…大体お前が死んだら人魚は絶滅するだろ」
「あら、案外海で隠れている子がいるかもしれないわ…どうせ人魚は元々絶滅寸前だったんだもの…すでに絶滅してしまった子もいるじゃない」
「だがこれ以上人魚が減れば流石に完全に生態系が崩れる…今だってほいほい陸に上がって捕まったせいですでに壊れかけているんだぞ」
「ルゥルゥがいるわ」
「お前が死んだら妹も殺されるに決まってんだろ…お前の妹の命はあの人間が握ってんだぞ」
「だったら別の子が成り代わるだけ…人魚がいなくなったからって世界が壊れるわけではないわ」
「海の頂点に人魚がいてこその平和があったんだ…いつまでも他の奴に好き勝手にさせるな…それがお前らの役目だろ」
「そんな事知らないわよ…私に人魚姫になれっていうの?あの人人間と恋に落ちて結局王子を骨抜きにしたのはいいけど国王達に危険だって判断されて子供もろとも殺されたじゃない…私は嫌よ、そんな最期」
「あれはあれで馬鹿だっただけだ」
話ながら濡れた肌を拭ってやり、水滴が滴る髪の毛も拭う。
広い洗面台に移動し、髪を乾かし軽く括る。
パジャマを着させようと持ってきたがそれをリィリンが拒んだ。
「バスローブで結構よ」
「……本気であいつを抱くのか」
「じゃなきゃ今頃あの水槽で一人を満喫しているわ」
「…………」
『どうせすぐ脱ぐんだからいらない』、と言ってのけたリィリンに眷属は眉間にしわをよせる。
一応言う通りにバスローブを持ってきたが、ため息をまたつき水も弾くその肌に肌触りのいいバスローブを着させる。
渋々、と言った具合の眷属にリィリンは苦笑いを浮かべた。
「不満そうな顔…彼の何がいけないの?」
「あいつが駄目なわけじゃない…お前が孕むのが嫌なんだ」
「あらなぜ?」
「あの人間を思えば反対もしたくなる…分かっているんだろ?あの人間がお前を心から愛しているということを」
ベイジルがリィリンに向ける目線は人間の恋など興味がない眷属でも分かるほど熱っぽくねちっこい。
それほどベイジルはリィリンを愛している。
だからこそ性行為が出来ないのに手淫や口淫で毎晩相手させているのだ。
だけどリィリンはそれを意に介していない。
リィリンからしたらベイジルなど興味の対象にもならないのだ。
リィリンが興味があるのは種のみ。
出来た後の事を考えていないリィリンに溜め息を何度しても足りないくらいだ。
「あの人間はお前の子を殺すぞ…何匹作ろうが、一匹残らずな」
眷属は鏡越しにリィリンを見る。
リィリンも眷属を見つめ、眷属の言葉にリィリンは口角を上げて笑うだけだった。
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