(19 / 38) ツェッド (19)

「んっ、ン、…ふ、ぁ…」


ぱしゃ、とリィリンが動くたびに水音がリィリンの耳に届く。
リィリンは今プールに入りながらツェッドとキスをしていた。
初夜から今日まで夜は絶対セックスし、それ以外でもセックスはしないもののキスを何度もする。
セックスをしないのはメイドに扮している眷属に『あまりがっつくと嫌われるぞ』という一言で思いとどまったのだ。
その分、リィリンはツェッドとの夜を大いに楽しんでいる。
だからか、リィリンは毎朝機嫌のいい朝を迎えている。
ツェッドは緊急がないかぎりはリィリンの傍にいて妻を甘やかす夫になってくれた。
そんなツェッドにリィリンは思いっきり甘え、そんな自分に『私ってこんな甘えん坊だったっけ』と思う。
プールでやるのも悪くないと思っているとツェッドの携帯が鳴り、ツェッドとの甘い時間が終わった。


「旦那様、携帯が鳴っておられます」

「あっ、はい!すみません…エリザさん…」


メイド…エリザ(眷属入り)の言葉でツェッドは電話が鳴っているのに気づき、リィリンをプールサイドに座らせエリザから携帯を貰い渡されたタオルで体をふきながら何かを話してた。
ツェッドにプールサイドに座らされたリィリンはツェッドの動きを見る。
細くも鍛えられたその体をリィリンはうっとりと見つめる。


「すみません!リィリンさん…その…」


ツェッドに見惚れていると電話が終わったツェッドが申し訳ないようにこちらを見た。
どうやら緊急の仕事らしく、本当は引き止めたいと思いながらも良妻を演じてみる。


「構いませんよ…そういうお約束でしたからね」

「すみません…すぐに帰りますので…」


ツェッドはどうも忙しい会社に勤めているらしく、ほとんど休みのないらしい。
それを無理言ってもらっている分際でリィリンが我が儘を言えるわけがなく、ツェッドにプールから上がるかという問いに首を振って答え、手を振って見送った。


「お帰りはいつ頃に?」

「あー…ちょっとわかりません…」

「そうですか…」

「でも出来るだけ早く帰るようにします」


見送りに向かったメイドの問いにツェッドは困ったように頬を掻く。
この仕事は相手によって時間の前後がある。
しかもいつも相手が突然やってくるのでこうして緊急に出動することもあるし、長引くこともある。
自分なんかまだスティーブンよりマシで、兄弟子のしでかした被害のおかげで家にも帰れず娘の顔もろくに見られないと最近は機嫌が悪いのだ。
ギリギリ娘からの応援メールやら電話で八つ当たりは兄弟子に留まっているが、関係ないツェッド達からしたらはた迷惑である。(勿論兄弟子に対してである)
だが正直その気持ちは今ツェッドにも分かるのだ。
数日限りの夫婦生活だが、初恋の女性との生活は充実している。
だからこうして緊急で呼び出されることにも若干の腹立たしさがあった。
しかし自分を必要としてくれているというのもまた嬉しいので相殺されているが。
仕事だと言った時のリィリンの寂しそうな表情を思い出しツェッドは出来るか分からないが約束する。
その約束にメイドのエリザはホッとしたような表情で頷いた。


「そうしてくださると助かります…奥様は旦那様がいないとお寂しいのか元気がありませんので…」

「ッ……そ、そう、ですか…」


エリザの言葉にツェッドは顔を赤く染める。
しかし緊急の電話を思い出しすぐに表情を引き締め『じゃあ、行ってきます』と豪邸を後にした。
エリザはツェッドに頭を下げて見送ったあと、プールにいるであろう主人のもとへと戻る。


『機嫌を直せ、リィリン』


プールへ向かえばリィリンの姿がなかった。
プールサイドに立って中を見ればリィリンが水中で座っていた。
それを見てエリザはメイド姿を解除し眷属の姿になり水中にダイブする。
ボコボコと勢いよく泡が立ちそれを無視しながら主人の下へと向かい、背を向けるリィリンに声を掛ける。
それでも何も言わないリィリンに眷属は若干ニヤついてしまう。
その気配を感じたのかリィリンが振り返りギロリと鋭い目で眷属を睨みつけ、眷属はその睨みにサッと目を逸らす。
主人とはいえ人魚が恐ろしいのは眷属とて同じなのだ。


『あまり不貞腐れると膨れた頬が戻らなくなるぞ』

『うるさい…ツェッドさんはもう行ってしまったの?』

『ああ…出来るだけ早く帰ると言っていた…何をしているのかは分からんが信用してやれ』

『信用はしているわ……別に…信用していないわけじゃないもの……』

『じゃああれか、寂しいのか』

『……………』


自分の言葉にまた背を向ける主人に眷属は目を細め笑った。
それは馬鹿にしてるとか揶揄っているからだとかではなく、嬉しいのだ。
自分はリィリンの眷属で、他に仲間はいる。
だけどリィリンには妹しかいないのだ。
人魚は数を減らしている。
下手をすれば人魚は絶滅するだろう。
だからリィリンだけは生き残ってほしいと思っていた。
他の生物は男と女、どっちかが一人生き残っても繁殖は出来ない。
だが人魚は違う。
人魚は他の生物と同じく一人で繁殖は出来ないが、相手は誰でもいいのだ。
例え相手が犬でも、セックスさえできれば繁殖できる。
だから一人さえ生き残ってくれさえすれば人魚はいずれまた海の王者として帰還できる。
だから眷属達はあの男の機嫌を損ねるのが一番怖かった。
だからこそ、あの半魚人と交わる寸前まで反対したのだ。
しかし…拗ねたように背を向けるリィリンを見て眷属はどこか嬉しく思った。


(春が来た…そう仲間に言ってみたが案外本当かもしれないな…)


人魚は相手が誰であろうと孕む。
その種は一見誰でもいいように見えて、実はそうではない。
人魚はイケメン好き、というわけではないが好みがあるのだ。
人間というだけで発情するものもいれば、人間を嫌い動物ばかりと交わり子を成す者もいる。
どちらも愛情はない…ように見えて、ある。
リィリンはまだ気づかないが、人魚の子供は愛情がなければ生まれないのだ。
リィリンがそれに気づくのはもっと大人になってからだろう。
人魚は親がいなくても育つのだ。


『お前、あの男より半魚人と一緒になった方が幸せになれるかもな』


つい、ポロリと言ってしまった言葉。
その言葉を放った瞬間にその場の空気が凍り付いた。
リィリンへ目をやれば背を向けたままだがこちらに殺気を向けている。
冷や汗はでない。
リィリンは何だかんだ言いながらも眷属を絶対に殺すことはしないからだ。
何も言わないでおくとリィリンは殺気を仕舞う。


『幸せって、何を持って幸せなのかしらね…』

『お前らはあれだろ…子を孕み繁栄することだろ』

『……あの人…中に出したら子供が出来るってきっと知らないんだわ…じゃなきゃこんなに簡単に中には出さないもの…』

『子を作りお前を手に入れようとしているのかもしれねえだろ』


リィリンの言葉に『ありえねえだろ』とは思った。
子供ならまだしもあの半魚人はもう大人だ。
いくらなんでも子供の作り方を知らないとは思えなかった。
だが、絶対にないとも言えなかった。
彼は言ったのだ。
『自分は作られた存在だから他に仲間がいないのだ』と。
だけど眷属は思う。
そうであったとしても、彼との子が生まれリィリンがあの人間から解放されますように、と。
眷属の言葉にリィリンは…


『だったら嬉しいな』


と小さく呟いた。
その呟きは眷属に届き、眷属はリィリンの心を見た気がする。


『さあ、もう上がろう…服を着替えてあの人をお前が一番に出迎えるんだ』


眷属の言葉に頷くリィリンを抱き上げ水面へと上がる。

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