ツェッドが呼ばれたのは繁華街だった。
正確に言えば、繁華街だった場所、である。
「これは…水?」
ツェッド達は目の前の光景に目を丸くしていた。
メンバーの前にはいつもの風景があった。
しかし、そこには水が溜まっており、壁やガラスがないのに関わらずまるでガラスで隔たれているように水の壁があった。
青いその水中にはすでに息絶えている一般人と、そして化け物がいた。
その化け物は魚の生き物を進化させたようなもので、化け物達は次から次へと水死体を食べ散らかしていた。
「これは…なんだ?水か?」
「分からない…だが放っておくこともできないだろう…スティーブン」
「ああ…分かった。」
水、ということで氷を操るスティーブン、雷を操るK・K、そして魚との混合のツェッドが主だろう。
クラウスは着いた時からすでに生存者がいないのを見てスティーブンに水を凍らせてるよう指示をした。
水の中にいるのならそのまま凍らせればすべて終わる。
「エスメラルダ式血凍道―――"
絶対零度の風"」
相手を一瞬で凍結させる技をスティーブンは選び放った。
それで化け物達は凍り付いて死ぬ…と思っていたのだ。
その読みは半分当たり、水の塊は凍り付いた事は凍り付き、化け物達も動かなくなった。
「さて…あとは撤収だけか…すまなかったな、ツェッド…結局君の出番もなく彼女と二人っきりだったのに呼び出して…」
「あ、いえ、気にしないでください」
ここにはスティーブン、クラウス、ツェッド、K・Kがいる。
そのメンバーは水に有利な者達で、火を扱うザップ、そして目以外は普通のレオナルドは留守番となっている。
白い息を吐き出しながら振り返るスティーブンにツェッドは首を振る。
正直目の前の氷の塊を見て来る必要ってあったのだろうか、とは思ってはいるが、しかしだからと言って自分が必要じゃないなどとは思わない。
戦場では何が優勢で何が劣勢なのかが分からないのだ。
水に雷が勝つのは常識だが、そんな常識HLでは通じないのも事実。
ツェッドが首を振った時、地面からゴゴゴ、と不気味な音がしているのに気づく。
その場にいた4人はその音を聞き周りを見渡した。
するとマンホールの蓋がカタカタと動き始めた。
しかもそれだけではない。
給水栓もガタガタと揺れ始めていたのだ。
「なんだ…?」
不気味な音にスティーブン達は怪訝とさせる。
その分警戒を高めたその時―――マンホールの蓋が吹き飛んだと思えばそこから水が溢れ出て来た。
「水!?―――まさか…!まだ敵がいるのか!?」
給水栓もマンホールのように吹き飛び更に水嵩が増す。
壁も何もない場所だというのに水嵩が増すのを見て疑問に思った。
周りを見渡せば、凍り付けた水のようにまるで透明な壁があるかのようにある一定の範囲だけに水が溜まっているようだった。
クラウスがその見えない壁を破壊しようとしたが、クラウスの力でさえその壁は破壊できず水はどんどんと量を増していく。
警察達が封鎖していてくれたおかげで4人以外の人間はいないことだけが幸いだが、スティーブンは咄嗟に携帯を見て娘のGPSを確認する。
娘はまだ学校に通っておらず、今は編入の準備をしつつカウンセリングに通っている。
そのため今の時間帯はまだ娘は外にいた。
携帯を見ればどうやら娘はここにはいないようで、離れている場所にいるのを見てスティーブンはホッとする。
しかしホッとするのも束の間…水はあっという間に水嵩を増す。
「ヴィエントデル――――ッ!!!」
このままでは水死体となりかねないと思い、地に足がつく今のうちにこの水も凍らせようとした。
だが、ゆらゆらと揺らいでいる水面に化け物の顔が浮かび、それを認識した瞬間手が伸びスティーブンの顔をその大きな手で掴んだ。
ザバリと水面から上がってきたのは、今の水嵩の高さで潜っていたとは考えられないほど大きな体を持つ化け物だった。
シャチのような顔をした化け物にグググと力も入れられ、人間以上の力の強さにスティーブンは痛みに顔を歪める。
だがスティーブンの技は足さえ無事であれば使える為、痛みに耐えながらももう一度『絶対零度の風』を繰り出そうとしたが、足が浮かないのに気づく。
「Mr.スターフェイズ!!」
『やばいな』と呑気にもそう思っているとツェッドの声が彼の耳に届く。
その瞬間スティーブンに与えていた痛みはパッと止み、視界もクリアとなる。
どうやらツェッドが三叉槍でスティーブンの顔を掴んでいた化け物から解放させてくれたようで、スティーブンは化け物と対峙するツェッドを見た後足元を見る。
そこにはやはり化け物と同じ腕が足を抑えているのが見え、スティーブンは溜息をつき、指を噛んで血をにじませる。
そして、『絶対零度の小針』で相手を凍らせる。
更には…
「三人とも!!凍らせるから飛べ!!」
そう無茶振りを三人に振り、そのまま表面的な水面をも凍らせた。
その氷の強さは飛び上がった4人が着地しても壊れず、化け物が全身凍るほどだった。
「ちょっと!!行き成り凍らせるのやめてくれない!?」
「すまんすまん、急を要することだったからな」
「だからって…」
「喧嘩してる場合じゃありませんよ!!次が来ます!!」
「「次?」」
スティーブンの声に咄嗟に動いたため助かったが、一秒でも遅かったら 化け物達と同じように足元を凍らされ身動きができなかっただろう。
化け物を相手にしていたのはスティーブンとツェッドだけではなかったようで、振り返れば文句を言うK・Kの後ろにも同じく凍り付いた化け物がおり、クラウスを見ても状況は同じだった。
因みにスティーブンの足を掴んでいる化け物も水ごと凍っていた。
苦情を言って来たK・Kを宥めているとツェッドの声にK・Kもスティーブンも、そして見守っていたクラウスもツェッドが指さす方へと目をやる。
そこには最初に凍らせた氷の塊があり、凍り付いたアイスブロックの中に何か巨大な何かがこちらに向かって泳いでいるのが見えた。
「ちょ、ちょっと!!腹黒!ちゃんと凍らせてないじゃない!!」
「そんなはずは…」
泳いでいるそれを見てK・Kが声を上げた。
K・Kもスティーブンを信用しているから驚きが強いのだろう。
スティーブンも中までしっかりと凍らせたはずだと目を丸くしていた。
しかし現に氷を何かが泳いでこちらに向かって来た。
近づくにつれにその姿ははっきりとさせ、その姿に4人とも目を見張った。
「「「い、イッカク!?」」」
それは海のユニコーンと呼ばれるイッカクだった。
イッカクはそのまま突進してきて氷を破った。
イッカクがHLにいることも驚きだが、更には驚かされたのはその大きさだろう。
普通の大きさより数倍の大きさをしており、イッカクは口をパクリと開けてこちらに向かって突進してきた。
咄嗟に4人は隅へ移動すればイッカクはそのまま氷の地面に化け物達もろとも突っ込んで海に潜るように地面に消えた。
ファンタジーのような光景に一同言葉を失いお互い顔を見合わせていた。
しかしスティーブンはハッと我に返る。
「ま、まずい!!氷が破られた…!水が溢れ出てくるぞ!!」
突然のイッカクの登場に唖然としていたが、イッカクが消えたその場にはぽっかりと空いた穴があった。
その穴から水が溢れでてまた振り出しに戻った。
忠告した途端端に残り水で濡れた氷で滑ったK・Kが思いっきり転げ、全身ずぶ濡れとなった。
「スカーフェエエエイス!!!」
「ぼ、僕のせいか!?それ僕のせいなのか!?」
転げたK・Kをクラウスが駆け寄り起こす。
起こされたK・Kは羞恥に顔を赤く染めてギロリと氷を作ったスティーブンを睨みつけた。
スティーブンはそう叫びながらまた氷を張ろうとした。
しかし―――
「―――ッ!!!」
「ツェッド!!」
ツェッドが足を掴まれ引っ張り込まれ、水の中に入っていく。
水嵩は今膝下しかないが、どうやらこの水は普通の水とは違うようでイカックのように背の高いツェッドの姿は水に隠れてしまった。
―――ツェッドは魚との交配種。
その為水の中での行動は可能だった。
息もボンベを外せば不自由はなく、ツェッドは足を引っ張っているソレを見下ろす。
ツェッドがソレを見た瞬間、彼は驚愕の表情を浮かべた。
「…ッ!!」
足元には化け物がいると思ったのだ。
とても膝下までしか水嵩がないとは思えない深さと、その深さの割には明るい水中にも驚きだが、ツェッドは目の前の…―――人魚に驚いていた。
化け物だと思っていたツェッドの足を少女の姿をした人魚がガッシリと掴んでおりこちらを鮮やかな赤色の目で見つめていた。
その少女はツェッドをジッと見つめたと思えば何故かガッシリと掴んでいた手を放し、ツェッドから離れる。
その隙にツェッドは水から上がった。
「大丈夫か!?ツェッド!」
「は、はい…大丈夫です…」
捕まらないよう気を付けながら自ら上がったツェッドはまだ氷が残っている端へあがる。
ツェッドが上がったのを見て三人はホッとなどするが、水音が聞こえ、その方向へ目をやった。
そして先ほどのツェッド同様ソレを見て目を見張る。
ツェッドも氷へ上がり振り返る。
そこには…水面から顔を覗かせるあの少女がいた。
少女はツェッドをジッと見つめており、その周りには化け物達が4体傍に仕えるようにいた。
「あれは…人魚…?」
恐らく、呟いたのはクラウスだろう。
しかしそれを気にする余裕はない。
それもそのはずである―――少女の下半身が魚の姿だったのだ。
水は透明度が高く、少女の姿がはっきりと見えた。
少女は隠すものがないため惜しげもなく小さな胸を露わにしていたが、胸元には傷痕が見えた。
髪は深く鮮やかな赤色をしており、髪と同じく真っ赤な瞳でじっとツェッドを見つめていた。
その下半身は魚の形をしており、その鱗は美しい淡い桃色をしていた。
「なぜ…伝説の存在である人魚が…」
クラウス達も流石に人魚は見たことがないのか、本物の人魚を前に唖然としていた。
そんなクラウス達をよそに少女の姿をした人魚はすっと音なくツェッドに向かって泳ぐ。
ツェッドは引き込まれたこともあって警戒し血で作った三叉槍を手に取り、スティーブン達も唖然としていたが人魚が動いたのを見て我に返りそれぞれ動けないがいつでも反撃できるよう警戒していた。
「お前……"姉様"の匂いがする」
「ねえさま…?」
「それに水の者の匂いもする…」
人魚はツェッドの傍に寄り、匂いを嗅ぐ。
ツェッドの体から懐かしい匂いを感じ取った人魚は目を細める。
笑いもしないその表情だが、どこか表情が和らいだ気がしてツェッドは戸惑う。
「そうか…お前、"姉様"の"種"か…」
人魚は一人で納得し、そしてツェッドから離れる。
化け物達の傍まで戻り、人魚は化け物の一匹に何か耳打ちをした。
耳打ちされた化け物は(表情は分かりにくいが)眉間にしわを寄せ人魚を見る。
「よろしいのですか」
ツェッド達は初めて化け物の声を聞いた。
意外と流暢に喋るなと頭の端でそう思った時、頷いた人魚を見た化け物達が一斉に水に潜り姿を消した。
「おいお前」
「!」
一体何なんだ、と思っていた時、ツェッドは人魚に声を掛けられた。
少女の人魚は偉そうな口調だが、魚が半分入っているからか、どうしてか人魚に対し敵対心がなかった。
沈んでいった化け物を見送っていたツェッドが自分を見たのを確認し、人魚は目を細める。
「お前は大切な"種"だから生かしてやる」
そう言って人魚もまた化け物同様水に潜り姿を消す。
ツェッドはまた意味の分からない事を言われたが、逃がしてしまうという思いもあり慌てて追いかけようとした。
だが人魚が姿を消した瞬間ツェッド達を囲っていた透明の見えない壁が突然消滅し、溜まっていた水がバシャリと流れ出る。
既にイッカクに開けられた穴は元の地面に戻っており、コンクリートだけがのこされていた。
「これは…逃げられたというわけか…」
「ああ、そうみたいだな……しかし、さっきのは一体何だったんだ?」
「"種"、とか言ってたわよね…あと"姉様"とも…」
静けさが残り、怪訝とさせる三人はツェッドを見た。
ツェッドは彼等の目線に気づいてはいたが、ツェッド自身なぜ逃がしてくれたのかが分からず唖然としていた。
「ツェッド、何か気づく事あるか?」
「…いえ…『姉様』や『種』も何を言っているのか全くわかりません…」
既に水は広がり地面をただ濡らすだけ。
ただ給水栓が壊れているため水は出ているが、そこは警察や専門職の人達がどうにかしてくれるだろう。
ただ被害の大きさからまた書類が増えて愛娘が待つ自宅への帰宅が遠のく…とスティーブンは頭を抱えたくなる。
「ツェッドも分からないようだし…とりあえず今日は帰るとするか…」
伝説だと思っていた人魚が目の前に現れ、そしてその人魚は訳も分からない事を言い出し、彼女がしでかした被害でタワーとなってくるであろう書類の事を考えるともはや頭痛がしてきた気がする。
今は考えても仕方ない、とスティーブンは今日も残業決定だと確信し、明日の自分に任せることにした。
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