(22 / 38) ツェッド (22)

眷属はリィリンの話の先が見えず怪訝さを強くさせる。


「それで、そのバードラムという男がなんなんだ?」

「あの人アシュフォード財閥にあの男の情報を、そしてあの男にアシュフォード財閥の情報を売ろうとしていたようよ」

「それは……二重スパイ、という…もの、か?」

「どちらかといえば金の亡者ね…条件の良い方に入る前に両者に情報を売って一儲けしようとしてたのでしょう…金持ちほど金に目がないものだもの…分かりやすい人間だったわ…」


バードラム・コフ・コンフォードは死体を愛好する趣味を持ち、ベイジルはバードラムが開くというゲームに呼ばれていた。
ゲームの内容はなんの変哲もない普通の少女達を100人集め、2人の人質を盾に強制的にゲームを参加させ殺し合わせると言うものだった。
ベイジルはそれに投資をし、更にはバードラムの身を護るガードマンも用意してやった。
そのため最後の戦いでは一番に呼ばれ見晴らしのいい場所で傍観していた。
だが予想外にもライブラが乱入し、逃げ足が速いベイジルは間一髪SPと共にその場から逃げ出すことが出来た。
そのゲームにアシュフォード財閥も呼ばれたかまでは分からないが結局バードラムはライブラの手によって殺された。
家族も妻も子もいないバードラムの資産や会社などは全てアシュフォード財閥に吸収されたと聞く。
ベイジルはそれを悔し気にしていたが、リィリンは『流石だ』とアシュフォード財閥の手回しの速さに関心した。
バードラムは多少なりとも賢い方だと思っているが、それ以上に馬鹿だとも思った。
まだどちらを天秤にかけるのはまあよくある事だからいいだろう。
バードラムは隠しているつもりだっただろうがベイジルとアシュフォード財閥にはすでに知られていたがどちらも目を瞑ってくれていたのだ。
それを己の立場をはっきりと理解せずゲームと称してどちらが自分に投資してくれるのかと試したがためにバードラムは消された。
あの男の生死の分かれ目は、好奇心だろう。
あのゲームさえなければもう少し生きれたのかもしれない。
でも結局はあと数日の違いの話ではある。


「ライブラに消されたけど、どっちにしろバードラムは消される運命でもあったんでしょうね…」

「それは…もしかして…」

「そうよ…元々アシュフォード財閥はバードラムを始末するつもりだったのよ」


あのゲームがなければ、バードラムは数日後、『裏切り者』としてアシュフォード財閥に消されていた。
それを聞き眷属は怪訝とリィリンを見る。


「…あの男をアシュフォード財閥が消すつもりだったとしてもあの男をアシュフォード財閥が手を汚して消すほどの価値があるとは思わないのだが…」


怪訝とする眷属にリィリンはくすりと笑う。


「そうね、アシュフォード財閥ほどの組織が動く価値はあの男にはないわ…でもね、なんでもいいのよ…」

「なんでもいい?」

「ええ…何でもいいの……ベイジルという男が、その傘下の者達が、潰せるというのなら、理由なんかあってなきようなも…アシュフォード財閥は本格的にベイジルを舞台から降ろすつもりみたいね」


ここまで見て分かる様に、アシュフォード財閥とベイジルは仲が悪い。
裏社会は今、ベイジル側とアシュフォード財閥側と真っ二つに分かれており、優勢はどちらも同じ―――と言われているが、実際はアシュフォード財閥の方が強いとリィリンは思っている。
今は犬猿の仲である両家だが、実はベイジルは一度アシュフォード財閥に勧誘されたことがあった。
だがベイジルは断った。
それは見栄と嫉妬だった。
あちらは裏社会とはいえ代々から続く由緒正しい家柄がトップの組織。
しかしベイジルは一から上り詰めた男。
アシュフォード財閥の当主はベイジルよりも若く、貧乏人であろうと無名であろうとチンピラであろうと能力と才能さえあれば認めてくれる。
ベイジルも年老いていながらも一代で裏に名を上げるほどの才能を認められ傘下に入らないかと勧誘した。
しかし成り上がりだったベイジルは己の力を過信し誇りに思いプライドが高かった。
若くして頂点に立ち裏社会では名の知れたブランド物の家の出だった当主からの勧誘を嫉妬という感情で跳ねのけ、それ以来ベイジルが敵視しているのだ。
そう…ベイジルとアシュフォード財閥はライバル同士と言ってはいたが、実際はベイジルが一方的に敵視し、アシュフォード財閥は軽くあしらっている程度の温度差がある。
一方的に敵視されれば当然アシュフォード財閥もベイジルを毛嫌いするようになり、折り合いが悪くなるのは当たり前だった。


「アシュフォード財閥の当主のお嬢様もそろそろこの遊びには飽きたみたいだったけど…ライブラの乱入でタイミングを逃したみたいね……まあ、あの程度のミス、アシュフォード財閥には痛くも痒くもないのだろうけど…」


眷属は呑気に話す生みの親を見て呆れたように半目で見る。


「呑気に言っている場合か?あの男が消えればお前もどうなるか…アシュフォード財閥は寛容だがお前をあの男の妻として敵視していないとも言えないだろ」


眷属の第一は主人であり生みの親でもあるリィリンと、リィリンの妹の安否である。
それ以外は二の次で、ベイジルは底辺にいる。
眷属の心配はアシュフォード財閥にリィリンが狙われていないか、というものだった。
アシュフォード財閥はプライドの塊であるベイジルに比べて寛容だが、敵として認識されると厄介な相手である。
アシュフォード財閥と敵対するという事はオルコット家とも敵対されるというのも同じで、更にはアシュフォード財閥には有能な側近が、オルコット家には主人を守るメイドがまた厄介なのだ。
まだアシュフォード財閥とオルコット家の当主に敵視されるならまだマシだが、それが側近たちにも敵視されるのはいくら海の王者である人魚やその眷属でも戦うのは骨が折れる。


「リィリン…今からでも遅くはないだろう…今からでもアシュフォード財閥に助けを求められないか?アシュフォード財閥はあの男のように目は節穴じゃないからお前の能力を買ってくれるだろう…すぐに海には帰れないかもしれないがあの男よりも優遇してくれるはず…アシュフォード財閥ならルゥルゥを取り返してくれるはずだ…お前は妹が大事なのだろう?ならばなぜ…人間に助けを求める事が自分のプライドを傷つけるとでも思っているのか?あの男のもと首輪をつけられ生き地獄を味わうくらいならまだアシュフォード財閥のもとに縛られていた方がマシだろう…」

「…………」

「プライドなんか捨てろ…妹が大切ならな」


アシュフォード財閥と敵対するくらいならば、まだ傘下に入り手足となって動かされる方がまだマシな生活が送られるだろう。
あの半魚人ともこうして偽りの生活をしなくても済むはずだ。
それにベイジルはリィリンを愛してはいるが物としか見ていない。
だからリィリンに自分以外の男を嗾けることが出来るし、こうして好き勝手に野放しにさせれる。
リィリンを『自分の物』だと思っているから、リィリンがどんなに男と寝ようと恋をしようと必ず自分の元へ戻ってくると思っているのだ。
だけどいくら妹を人質に取られているとはいえリィリンも返り討ちに出来る実力はある。
所詮ベイジルは権力と金があるとはいえ普通の人間なのだ。
人魚は凶暴で強いが、それでも誰もが逆らえないというほどの力はない。
その為に眷属という人形を有しており、それが守ってくれる。
眷属がいるかぎり人魚は守られ、眷属は命令さえあればベイジルなど片手で片付くような存在だった。
だがリィリンはどんなに眷属達が言っても決して首を縦には降らなかった。
眷属はそれが不思議でならず、時折苛立って仕方なかった。
人魚は海の王者でなければならない…それが眷属達の考えである。
諭すような眷属にリィリンは目を伏せた。


「…プライドなんてあの男の妻にされてから粉々に砕け散ってないわよ」

「だったら!」

「私だってルゥルゥのためなら人間に縋ることだって厭わない…あの子が帰ってくれるなら…あの子を助けてくれるのなら…一度でもいい…あの子に触れさせてくれるのなら……誰の奴隷にだってなれる…だけど……それは無理なの…」

「なぜだ!お前なら出来るだろ!?プライドがないのなら簡単だろ!!俺達に命令さえしてくれればいいんだ!!お前はただおれ達にあの男を殺してルゥルゥを探せと命じてくれさえすれば――――」

「あの子の心臓を取られても…そんな事言えるのかしら」

「―――!」


眷属はリィリンの言葉に目を丸くさせ息を呑んだ。
信じられないと言わんばかりにリィリンを見つめるも、笑顔一つも浮かべないリィリンを見てリィリンの言葉は嘘ではないのだと分かった。


「ルゥルゥの心臓を取られたのか…」


眷属の呟きにリィリンは頷く。
その頷きを見て眷属は息を吐く。
その吐かれた息は震えており、しかし少し落ち着くことが出来た。
そしてなぜリィリンがベイジルをさっさと殺さないのか理解した。


(あの男…よりにもよって人魚の心臓を……)


心臓…その臓器はどんな生き物でも最も大切な臓器の一つである。
一つしかないその臓器は欠ければどんな強き生物でも死ぬだろう。
だが、人魚は違う。
人魚も勿論死に至るほどの怪我を負わされると死ぬ。
だが人魚は心臓をくり抜かれても死ぬことはない。
脳を含んだ内臓が抜かれても時間が経てば再生するが、心臓はそうはいかない。
抜かれても死ぬことはないが、他の内臓とは違い再生することはない。
人魚から心臓をくり抜けば死ぬことはなく心臓さえ無事であれば寿命が尽きるまで生きていられる。
だがひとたび心臓が潰されたり切られたり危害を加えられると呆気なく人魚は死ぬ。
恐らくベイジルはその情報をどこからか得てリィリンが大切にしている妹、ルゥルゥの心臓を取り出しその心臓を盾にリィリンが逆らえなくしたのだろう。
それを知り眷属はギリ、と奥歯を噛みしめ拳を握る。
人魚にとって心臓を取られるという行為は恐怖なのだ。
他に惨めに殺されたり痛めつけられたりと死に対しての恐怖は人魚にはない。
だが心臓を取り出され傷つけられる恐怖がどの生物より強かった。
それは人魚ではない眷属が分かる感情ではないが、その行為は屈辱にも値するものでもある。


「…分かった…俺はもうこれ以上何も言わん…心臓を取られている以上お前も俺も動けはしないだろう…」

「…………」

「…俺もアシュフォード財閥に賭けることにしよう」


アシュフォード財閥がリィリンのために動いているというわけではない。
あちらは目障りなハエを払い落す感覚なのだろうが、それでもリィリンを敵視せずリィリンが解放さる結果に賭けるしかない。
それを恩に手足となれと言われてもあの男の手で死ぬまでいるよりはマシだ。
そう思い眷属はこれ以上口出しはしないことに決めた。
その決意にリィリンは小さな声で『ごめんなさいね』と謝った。

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