(31 / 38) ツェッド (30)

退室したのはルゥルゥの食べ物を持ってくるように頼まれたギルベルトだけ。
ルゥルゥを保護すると決めて部屋の空気が穏やかになり、K・Kとレオナルドとチェインが水槽に集まって物珍しい人魚を眺めていた。


「やだー!やっぱ身近で見ると可愛いのね!」

「ですね!人魚は初めて見ましたけど物語通りです!」

「まあ人魚がいるって事が驚きですけどねー」


HLにいてもやはり人魚は空想の存在だと思っていたため、本物の人魚に特に女性のK・Kとチェインは興奮気味だった。
ルゥルゥは水槽越しに見られてオークションの記憶が蘇るが、オークションにいた人間と、今目の前にいる人間の目や表情が全く別なのに気づき、警戒して取っていた距離を縮めるためゆっくりとK・K達の前まで泳ぐ。
近くにいたK・Kの水槽にあてる手に重ねる様に手をやればK・Kは嬉しそうに笑みを深めた。


「やっぱり写真は不味いですよね…ミシェーラに送ろうと思ったんですけど…」

「あー…そうだな…少年とミシェーラ嬢を疑っているわけではないがどこで漏れるか分からないしな…写真や動画はちょっと不味いな…」

「情報漏れてルゥルゥちゃん以外の人魚ちゃんが捕まったら大変だものね…こればっかりはしょうがないわよね…」


レオナルドはルゥルゥの写真を撮って愛する妹に送ろうと思ったが、ふと相手が人魚だと思い出す。
勿論写真を撮る際はルゥルゥの許可を得て、だが、流石に今まで空想の存在だと思っていたほど世間に知られていなかった存在を写真にとって送るのは駄目かと思いスティーブンに聞くとやはり首を振られた。
スティーブンも愛娘に送ろうかなと頭の端で思っていたからスティーブンも残念そうにしており、K・Kも息子や娘に見せようと思っていたため残念そうに表情を作る。
世界の均衡を守る組織の者が、自分の私情のために人魚を危ない目に合わす事はできない。
それぞれ身内贔屓持ちの三人は肩を落とす。
そんな三人を見てルゥルゥは…


「別に構わない…人魚が捕まるなど今更だしな」


と言った。
その言葉にレオナルド達はギョッとさせる。


「今更って…他にも捕まってるの!?」

「人間の言葉を借りるならば『乱獲』という言葉が合っているか?私も姉様と仲間と共に大きな網で捕まった…オークションという市場では多くの仲間がいた……まあその仲間は今はもう食べられていると思うが」

「そんな…」


レオナルド達はショックを受けた表情を浮かべた。
ツェッドは同じ魚の仲間としてそのショックは大きい。
ライブラでさえ人魚の存在は架空だと思っていたため、ルゥルゥが珍しいと思っていたがどうやら違ったようだった。
ショックを受けるツェッド達を見てルゥルゥは首を傾げた。


「何を驚いている?お前達人間は私達の他にも多くの生き物を乱獲し滅ぼしてきたではないか…人魚を乱獲されている事に何を驚く必要がある」


ルゥルゥの言葉に誰も言い返せず言い訳すら出なかった。
それは正論だからだ。
人間が原因ではなく絶滅した動物もいるが、その多くは人間の乱獲が原因で絶滅した。
誰もが口を閉ざすが、ルゥルゥはそれがまた不思議でならなかった。
人間であるレオナルド達はルゥルゥに責められているように聞こえたが、ルゥルゥは元々そんなつもりはない。
ルゥルゥ達人魚は海の王者だが、だからと言って乱獲する人間に対しての憎しみも恨みもない。
ルゥルゥ達人魚だって気に入らない種族を多く絶滅に追いやってきたし、王者だからこそ強者が生き残り弱者が滅ぶというのを理解し受け入れている。
人魚が絶滅するのだって自分達人魚が弱かっただけだと受け入れるだろう。
だから人間達の反応が不思議でならなかったのだ。


「別にそこまで気に病む必要はないだろう?私達人魚だって多くの海の者を滅ぼしてきた…人間に絶滅させられた者達は弱者だっただけで、人間が強者だっただけの話だ…私はお前達を責めていると言う訳ではない…強い者が生き残り弱い者が死ぬ…それはお前たち人間が生まれる前からの自然の摂理だ」


ルゥルゥの言葉にまた誰も答えられなかった。
ルゥルゥ的には励ましたつもりだったが、逆効果だったらしい。
『人間って訳分からないな』と心の中で毒ついているとギルベルトが台車に発泡シチロールを載せて戻ってきた。
そのお陰で気まずい空気も緩和され、誰もがほっと安堵する。


「ギルベルトさん、何を持って来たんです?」

「魚です…野菜にしようかと思いましたがどうやら肉類も食べられるみたいなので」


肉類、というのは自分達人間も食べると言ったルゥルゥの言葉からだろう。
それに顔を引きつらせながら『そ、そっか』と返すしかなかった。
ギルベルトの言葉を聞いてレオナルドはツェッドが新人として入ったばかりの頃、兄弟子であるザップの新人イジメですし屋に案内された時のツェッドの言葉を思い出した。
ギルベルトが蓋を開ければそこには氷と魚が入っており、魚を見たルゥルゥは目を輝かせ水槽に張り付くように見ていた。


「はい、どうぞ」


階段を上らなければ水槽の上へはいけないため、老人のギルベルトの代わりに、そしてまだ人間達には慣れていないだろうから同じ魚の縁でツェッドがルゥルゥにご飯を与える役割を与えられた。
発泡シチロールを抱えて階段を上がるツェッドに合わせてルゥルゥは泳いで水面へと向かう。
顔を出せば発泡シチロールから出された一匹の魚を受け取り、チャポンと水中に潜って腹からかぶりついた。
内臓は取られており海で捕まえて食べるより新鮮さはないが、何年ぶりの食事にルゥルゥはどの魚よりも美味しく感じた。
ガツガツと食べるとあっという間に骨も皮もなくなりまた貰いに水面に上がりツェッドに新しい魚を貰いまた水中で食べる。
それはさながら水族館のエサの時間だった。
スティーブンは一瞬イルカやアシカが餌を貰ているように見えて、無性に娘と水族館に行きたいと思った。
『今度の休みって…いつだったか…』と次の休みを思い出しているとルゥルゥは満腹になったらしく、魚を受け取らなかった。


「さて…仕事に戻るか」


スティーブンはチラリと腕時計を見る。
時間的にいい休憩となり、そろそろ仕事を再開しないと色々とマズイ。
特に次の休日に支障が起こる。
それでなくても三日も家に帰れておらず、電話越しの娘が寂しそうにしているのだ。(スティーブン視点)
あと少しで仕事も終わるので今日は帰れると張り切っていた。
スティーブンの言葉にクラウス達も丁度いい区切りだと思ったのか退室するスティーブンに続きクラウス達も出ていく。
スティーブンが出ていく際、護衛としてツェッド、レオナルドが任命され部屋に残った。
二人を残したのは、ツェッドは同族だからこの場の誰よりも信頼しているようだったからであり、レオナルドは警戒をしているルゥルゥが最初から彼だけ警戒していないのをスティーブンは目聡く気づいたからだ。
それにツェッドとレオナルドはライブラの中でも温厚な性格で、レオナルドは妹がいるということもあって抜擢された。
因みに暇つぶしとサボリでザップも残る気だったが、始末書を書かなければならない仕事があったためスティーブンに首根っこを掴まれ退室する羽目となる。
静けさが残る部屋でツェッドはテレビをつけてルゥルゥの暇を潰してやる。


「これはなんだ?」

「これはテレビです」

「テレビ?」


ツェッドの言葉にルゥルゥは首を傾げた。
テレビも知らないルゥルゥに驚きはしたが、海にいた彼女が人間の発明を知っているわけではないと納得し出来るだけわかりやすく教えてあげる。
全てを知ることはできないが、何となく理解したルゥルゥが次に興味を示したのはテレビに映っている人間が使用している物だったり言葉だったり動物だったりと様々だった。
まるで小さな子供の様に何でも興味を持つルゥルゥにツェッドと妹を持つレオナルドは聞いて来た問いすべてに答えてあげた。
そのためか、ルゥルゥはツェッドだけではなくレオナルドにも懐くようになった。


「おい、次はあれが食べたい」


質問攻めも少しずつ収まりつつあった頃、ルゥルゥが自分でチャンネルを回したがったため、防水加工され水槽の中でもチャンネルが回せる特殊のリモコンを与えると、ルゥルゥはちょうど開いていた番組で写っている物を指さす。
テレビ画面を見ればそこには犬が映っていた。
厳つい大型犬。
テレビでリポーターが『ブルマスティフ』と呼んでいた。
外界の国のほとんどは犬を食べない。
中にはそういう文化を持っている国はあるが大抵はペットだ。
勿論HLにも犬を食べる種族はいるだろうが、レオナルドとツェッドの周りではそんな友人も同僚も知り合いもいない。
そのため犬を食べたいと言い出したルゥルゥに二人は固まった。
ギギギとテレビから水槽の中にいるルゥルゥへ振り返る二人を余所にルゥルゥは目を輝かせながら犬が映っているテレビを見上げていた。
そんなルゥルゥを見ながら二人は『これが犬が可愛いとか犬が欲しいとかだったら癒されるんだけどな…』と思う。
レオナルドが『本当に何でも食べるんだなぁ』と感心していると…犬が映っていた画面がパッと変わった。


≪番組の途中ですが○○通りにて謎の津波が起こりましたので緊急のニュースをここでお伝えします≫


それは緊急ニュースだった。
画面は可愛い犬特集から津波に襲われたかのような街の姿に変わる。
しかし海に面していると言っても地震もなく自然と津波が生まれるという事は皆無であり、勿論地震なんか起こっていない。
テレビを見ればヘリコプターで撮影されているのか上から街を見下ろすように映っていた。
ツェッドはそれを見て既視感を覚えた。
ルゥルゥと初めて会った時と同じだったのだ。
津波と言っているが、見えない境界線の内側で水の浸水が止まり水が溜まっていた。
それはまるで透明の水槽のようだった。
ルゥルゥと出会った時もある程度の距離まで水が浸水し、まるで壁があるように途中で止まって水が溜まっていったのだ。
ツェッドはチラリとルゥルゥを見る。
ルゥルゥは興味ありげにテレビを見ており、ガラスに張り付いていた。


「ツェッド!緊急出動だ!来てくれ!」

「は、はい!」


ツェッドがルゥルゥを見ていたのと同時にスティーブンが部屋に入ってきた。
その後ろをザップが続き、ザップとレオナルドは今回は待機という形で残される羽目となる。
因みになぜザップが待機かと言えば、ルゥルゥの護衛という意味もあるがスティーブンもルゥルゥと対立していたのと似ていると気づき相手が人魚ならば火の属性を持つザップは役に立たないと判断したからだろう。
メンバーはレオナルドとザップ以外が出動していた。


「あれってツェッドさんが言ってたルゥルゥちゃんと同じ人魚の仕業なんすかね…?」

「さあな…テレビじゃ人魚なんて見えねえし分からん」


チラリとレオナルドはルゥルゥを見る。
ルゥルゥは水槽越しにテレビを真剣に見つめており、その顔から何を思っているのかは読み取れないがどこか何かを探っているようにも見えた。
レオナルドは『仲間の姿を探しているのかな…』と思う。



****************



○○通りは毎日大きな市場が開かれる。
その市場は週ごとに決まった市場が開かれ、今日は食料品店が出店するものだった。
本来なら学校帰りの学生から親子連れの様々な人達が集まり賑わっているのだが…


「これまた綺麗に予想が当たったな…」


その賑やかなはずの市場やその周辺は今、水が浸水し海底都市のようになっていた。
勿論スティーブン達が到着した時にはすでに巻き込まれた人達の命は消えていた。
スティーブンはもう一度自分の携帯を見る。
出動する前に確認した時と変化もなく、娘は遠く離れた家にいる。
恐らく今家政婦であるヴェデッドとニュースを見ているころだろう。
娘は父の仕事を理解しているから電話はしないが、心配させているだろうから終わったら電話してやらなければ…と考えながら巨大な水槽を見上げ、スティーブンはポツリと呟いた。
このニュースを見た時、恐らくツェッドだけではなくスティーブン、クラウス、K・Kは…ルゥルゥと対決した事あるメンバーなら既視感に襲われただろう。
スティーブンは予想した通り…―――目の前を泳ぐ人魚の姿を見てルゥルゥと同族の仕業だと理解した。


「恐らく僕の血凍道は効果はあっても人魚には通じないだろう…まずはK・Kの雷撃で弱らせた後僕の血凍道で凍らせ…」

「ま、待ってください…!」


水への対策として、水に最も効果があるであろう氷と電気で対処しようとした。
相手が人魚であれば保護する対象となるからだ。
人魚が空想の存在ではないと分かり、更には人間の手で乱獲され数が少なくなっていると知った以上危害を加えられたからと人魚を殺すのは間違いだろうし、何よりルゥルゥがテレビ中継を見ているだろうから彼女の同族を殺すのは賢いやり方ではないだろう。
ただこれだけの死人を出している以上、あちらが構わず殺しに掛かってきたと言うのなら正当防衛も視野にいれなければならない。
これは車の中で全員に通達している事であり、(ツェッドとK・Kは渋ったが)全員納得している。
氷はルゥルゥの時にあまり効果はないと知ったスティーブンはまずK・Kの電撃で気絶させる必要があるなと呟き実行させようとするスティーブンにツェッドが慌てて止めた。
止めに入られたスティーブンは怪訝とした目でツェッドを見る。
ツェッドは信じられないと言う顔で大きな水槽を見上げていた。


「どうした?」

「あ…あの…電撃も凍らせるのも…止めてもらえませんか…」


ツェッドの制止にスティーブンの怪訝とした目が深まる。
今は動きはなく助ける存在もいないが、人魚がまた動き出し被害が大きくなるかもしれない。
ライブラという組織に籍を置いている以上この事件を放置するのは出来なかった。
『なぜだ』と問うスティーブンにツェッドは戸惑った後ゆっくりと口を開いた。


「彼女、なんです…」

「何がだ?」

「彼女が…僕が好意を寄せていると…言っていた…人、です…」


ツェッドの言葉にスティーブン達は目を丸く、大きな水槽へと振り返る。
しかし奥へ泳いでしまったのか人魚の姿は見えなかった。
スティーブンはツェッドへ目をやるも、ツェッドも信じられないという顔をしていた。
好意を寄せていたというのは聞いていた。
毎週日曜日が彼と彼女の甘い逢引だというのも。
と、なると…ツェッドは彼女が人魚だと知っているという事である。


「人魚だったのか…」

「い、いえ…僕も知りませんでした…」

「知らなかった?」

「はい…僕といた時彼女は確かに人間でした…車椅子に乗っていましたが足もちゃんと人の足でしたし……その…彼女の体も…」


車椅子に乗っていたのは人魚の尾だったからだと言われると納得は行く。
だがツェッドは彼女の…リィリンの足が人間の足だというのをちゃんとその目で見ていた。
勿論肉体関係にあったため体もくまなく見ており、ツェッドに違和感はなかった。
ただ…とツェッドは呟いた。


「ただ…人に比べると異様に体温が低く冷たかったですが…」


その呟きにスティーブンは大体の見当がついた。
言葉を悪くすればツェッドは騙されたのだろう。
ここはHLなのだから人魚姫のように人になれる薬がないとは言えない。
むしろない方が考えられない。
そうなると…ツェッドはリィリンが人魚だと知らずに恋をしたと言う事になる。
ならばツェッドを責められないだろう。
K・Kは手に持っていた銃をフォルダーに戻しスティーブンを見る。


「どうするつもり?私はツェッドっちの初恋の人を撃つのは嫌よ?相手が悪意があれば別だけど…」


K・Kはツェッドの甘くすっぱい恋を応援していた。
振られたと言っていたが、それでもツェッドを応援しており、いつか別の人を紹介しようかとも考えていた。
K・Kに問われスティーブンも戸惑う。
スティーブンも腹黒だと言われ私設部隊を使い決してクラウス達に教えられない事も平気でするほど冷徹ではあるが…仲間意識というものくらいはある。
ツェッドが初めて愛した存在を簡単に切り捨てるのはスティーブンも心が痛い。


「僕が行って説得してみます…それまで時間を下さい…」


ツェッドの言葉に三人はツェッドを見やる。
ツェッドの顔は真剣で、強い意志を感じされた。
スティーブンはクラウスを見る。
番頭と言われ指示を出しているのはほとんどスティーブンではあるが、自分達のリーダーはクラウスである。
決定権は全てクラウスにあるためスティーブンはクラウスの判断に従うつもりでクラウスを見た。
クラウスはツェッドの願いに…


「君の願いは分かった…やってみるといい」

「ありがとうございます!」

「ただし…1時間立っても戻ってこなかったら……すまないが行動に移させてもらうがいいかね?」

「はい…1時間も時間をくれただけありがたいです…」


本当なら1時間だけではなく、説得させれるまで時間をやりたかった。
だがそれが出来ないのが現状で、ツェッドもそれは分かっているから文句も言わないし、思わない。

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