某所にある豪邸。
そこはベイジル・ロッドという男が所有する豪邸だった。
その豪邸は痛いくらいに静まり返っており、人の気配すらしない。
「ええ、失敗したようです」
多くある部屋の一つに一人の男が携帯を耳に当てながら立っていた。
月の光に照らされる男はシルクハットを被り杖を持ちモーニングコートの出で立ちをしている。
その男はリィリンの前に現れた男だった。
広すぎる部屋に置かれている高級ソファに座りながら話を続ける。
≪――――≫
「ご安心ください、その男は殺さず捕らえてあります」
足を組み電話相手に返事を返し足元を見下ろす。
そこには気を失っている老人――ベイジル・ロッドが横たわっていた。
その体には縄で縛られており口には布で塞がれていた。
主人が仕えている相手であるはずだが、男には彼への敬意が見えない。
電話相手が何か言いそれを聞いていると廊下から数人の足音が聞こえ、男は相手の話を聞きながら扉へ目をやる。
その瞬間、扉が勢いよく開けられ、そこには熊のような大柄の男、目元に傷がありスーツを着込む色男、褐色銀髪の男が入ってきた。
男達は部屋にいる男とそして足元にいる老人を見て怪訝としたが何か言おうと大柄の男が口を開きかける。
それを見て男は無言で口元に指を持っていき静かにするようジェスチャーし、男達は黙る。
常識や知能はあるようで男はご褒美の様に微笑んだ。
「人魚の気配が経ちましたので恐らく何者かによって私との縁が切れたのかと…いかがいたしましょうか…陛下がお望みならば人魚を探し捕まえ首輪を付けてプレゼントさせていただきますが」
男は人魚…リィリンに対いて特別な事はしていない。
男はただ記憶を消しミッションを与えただけだ。
それは所謂操るというのものに当てはまり、その縁がブツリと切れたのを感じた。
人魚を捕まえる、と聞き男達からの殺気が強まり、男は無意識に口角を上げた。
≪―――≫
「畏まりました…ではまた…」
電話の相手からの答えに男は残念そうに肩をすくめてみせ、電話を切る。
そして改めて侵入者である男達を見た。
「失礼しました…それで、貴方方は何者でしょうか?ここの主人と何かご予定が?」
「…我々はライブラだ」
「ライブラ……ああ、ライブラですか」
電話を切り男は侵入者達に話しかける。
男は男達がライブラと知っても平然としていた。
足を組み直す男の無警戒に対して男達…クラウス達は謎の男に警戒していた。
「ライブラの方々がなんの御用でしょうか」
「その男を渡してもらいたい」
「おや、この男を…ですか……ふむ、それは困りました…私のご主人様からこの男を連れてこいと言われておりまして…貴方方に連れていかれると私がご主人様に怒られてしまいます」
「ああ、なら君も来てくれても構わないよ?そちらの方が色々と手っ取り早いしな」
「それも困りましたね…私が捕まればご主人様に迷惑をかけることになりますし……私は何もしていないので捕まる理由もございませんしね」
「それはこちらが判断することであって君が判断することではないな…それに主人とやらに迷惑をかけるというのであれば、その主人とやらと一緒に来てくれても構わないがね」
「それこそお断りですねえ…私のミスでご主人様の手を煩わす事など配下として失格ですから」
男はライブラの申し出を断った。
それに一々苛立たせるときりがないのでクラウス達は断られた事に腹は立たないがスティーブンは目の前にいる謎の男も裏関係の人物だと読みついでに捕まえようと思った。
ベイジルという男の素性は大分前から洗っていた。
写真も入手しており生い立ちの情報も手に入っている。
妻だと思った女性がツェッドの想い人の人魚だったのは驚いたが、ルゥルゥから事情を聞いていたため、ベイジルだけを捕まえに来た。
そしているはずのベイジルは不審な男の足元で転がっていた―――という訳ではある。
男は見た目からしたらそれほど怪しくは見えないが、気配や雰囲気が隙の見せない者のそれだった。
恐らくやり手以外では普通の優男にしか見えないだろう。
だがライブラを相手にこんなにも余裕綽々ならば例え一般人であろうと肝が据わっているという事になる。
口での戦略はザップとクラウスよりもスティーブンの方が最適である。
しかしどうあっても捕まえようとするライブラに男は困ったように『ふむ…』と零す。
「……そうですね、交渉してくださいませんか?」
「交渉だと?」
何か考えていると思っているとどうやら捕まえるのをやめる代わりに何かを交換条件として出そうとした。
しかし男の服装などではベイジルの屋敷で働いているメイドや執事と結びつけるのは無茶があり、どう見ても客人である。
スティーブンは怪訝とした後クラウスをチラリと見る。
クラウスも目で頷き、スティーブンもリーダーから許可を貰い、『…話くらいは聞こう』と条件を聞く。
その返しに男は『ありがとうございます』と微笑んで見せた。
「交渉と言っても簡単な事です…この人間を我々に渡してもらう代わりにコレを差し上げます」
男の言葉と共にクラウスの背後から気配を感じ、三人は振り返る。
そこには無表情のメイドがいた。
気配は普通で警戒すべき存在ではないと思うが、その普通の気配というのがまた怪しく思ってしまう。
そのメイドは静かに机に向かい、そっと手に持っていた布に包まれている何かを机に置き、布を取ってライブラ達に見せる。
「これは……心臓?」
メイドは物言わず静かに去り、再びライブラと男だけとなった。
メイドを警戒していたが、しかし…メイドが持って来た何かは一つのケース。
透明のガラスが張られている円状型の物で、その中には液体と―――心臓が入っていた。
しかもその心臓は体内にないというのにドクンドクンと動いていた。
心臓を見せられギョッとさせ、男を見る。
男は心臓の入っている入れ物を手で差し出す。
「はい、貴方方はこれをお探しに来られたのでしょう?この心臓は偽りなく貴方方が保護されている人魚の心臓です」
男の言葉に表には出さなかったが、三人の中で困惑が生まれた。
ここに来たのはベイジルを捕まえるのもそうだが、ルゥルゥの姉であるリィリンの心臓を取り返すためにこの屋敷に来ていた。
最初は別々に侵入したのだが侵入した三人はこの部屋で合流した。
その間三人とも一人もメイドや執事など人と鉢合ったりせず、更には人の気配すら感じられなかった。
先ほどのメイドも表情という表情がないようだったし、ルゥルゥのように元々表情が乏しいのなら違和感はなかったが、あの無表情を見て違和感を感じた。
スティーブンだけではなく、クラウスとザップもあのメイドは操られていると考えていいだろう。
それに誰かとの電話でも『人魚との縁』と言っていたのでリィリンを操っていたのもこの男と見て間違いはないだろう。
ジッと見つめてくるライブラ勢に男は『誤解しないでくださいよ?』と続ける。
「この心臓は私が取ったわけではありません…取ったのはそこに転がっている人間です」
「……心臓は返してもらおう…しかし、そちらの交渉に乗るわけには行かない」
手を上げて自分はやってないポーズを見せるが、全く信用が出来ないのも事実である。
「残念ですね…まあ、貴方方に捕まると陛下に叱られますし…そろそろ退散いたしましょう…こう見えて私にも門限というものがありましてね」
「そんな事許すとでも思うか?」
ベイジルの屋敷にいる時点で交渉の余地はない。
男が余りにも怪しいのだ。
クラウスはグローブをグッと握りしめ、スティーブンの足元から冷気が上がり、ザップの手に血法が握られる。
それを見ても男は焦る事なく、クラウス達に肩をすくめて見せ立ち上がり笑う。
「申し訳ない…陛下にこの人間だけは逃がすなと言われておりましてね…保護された人魚と心臓は貴方方に献上いたしましょう…貴方方はこの世界の平和に貢献してくださっている方々ですからね…そのご褒美という訳です」
「逃がすわけがないだろ?」
ベイジルへ手を伸ばす男が一瞬にして凍り付いた。
スティーブンが血凍道で凍らせたのだ。
クラウス達もこれであと男達を回収するだけで終わる―――と思われたのだが…
パキン、と何かが割れる音と共に三人に向かって黒い何かが飛んできた。
三人はそれぞれの技で反射的に反撃しており、後ろへ下がるとその黒いのが何か良く見えた。
「犬…?」
それは犬だった。
否、正確に言うと…犬の化け物である。
見た目は犬だが、目玉は飛び出し体は腐っており、腐り落ちた所から骨が丸見えになっていた。
その犬はまるで映画で見るゾンビ犬のようで、その犬が現れた瞬間に異臭があっという間に広がっていた。
ゾンビ犬は死に、突然現れたゾンビ犬に目を丸くしていると、パキパキと何かが砕ける音が三人の耳に届き、人の声と人の声と言えない声が重なったような男性の声が聞こえた。
ハッとさせ顔を上げればこそには信じられない光景が広がっていた。
「まったく…あア…まッタク…ヒドイ…クックック!だかラ人間ハ好きデスよ!!」
音の方へ目をやれば、そこには男の人間がいたはずなのだが人間はいなかった。
いたのは羊の体に蛇のしっぽ、背中には蝙蝠のような羽が生えており、人間のようにシルクハットを被りモーニングコートを身に纏っていた。
それはよく本で見る悪魔そのものだった。
突然の悪魔の姿に目を丸くするクラウス達に男…悪魔はクツクツと喉を鳴らして笑う。
「流石ライブラの方々デすネ…ワタシの姿を見てモ怯えナイとハ……申し訳ナイですガ、もう時間ガないのです…ココで帰らセてイタだきマしょウ…デハ…マタ…」
「そうはさせるかよ…!」
自分の姿を見ても一般人のように腰を抜かしたり驚きの声を上げるでもなく、ただ目を見張るだけの反応をするライブラの面々に悪魔は機嫌よく笑う。
そして懐から懐中時計を取り出し、蓋を開けると片眉を上げる仕草を見せ、ベイジルを持ち上げてここから去ろうとし、足元から体を消していく。
それを見たザップが血法の七獄で捕まえようとするも血の糸はそのまま悪魔の体をすり抜けてしまう。
悪魔は驚くザップをよそに、静に一礼して完全にベイジルと共に消えた。
悪魔が消えるとその場は静まり返る。
「すんません、逃げられました…」
逃がしてしまったザップは二人に謝る。
罰が悪そうに謝るザップにクラウスとスティーブンは首を振った。
「いや、ベイジル・ロッドを逃がしてしまったのは痛いが、仕方ない」
「しかし…悪魔、か…なぜ人間界に悪魔が単独でいるんだ?」
「あの男が悪魔を召喚したんじゃないんすか?あの人魚の件が失敗した対価で連れていかれたとか…」
「そうだといいんだが…」
机には心臓は残っており、一先ず目的の一つは果たされた。
ベイジルを逃がしてしまったのは痛いが、悪魔が相手でこのメンバーでは深追いは賢明ではないと判断し心臓を返してもらえただけでいいことにしようと思った。
しかし、悪魔という存在はスティーブン達も知っておりいたことに驚きはないが、悪魔は遭遇率は非常に低い。
それは悪魔を呼び出すには儀式が必要だし、生贄も最低血が必要で簡単に召喚できる相手ではない。
そもそも悪魔を呼び出すにはよくある悪魔召喚の本などの知識が必要で、その文字は英語では書かれていないモノが多い。
それにスティーブンの血凍道で凍らされても自身の力で脱出し、ザップの血法からも逃げるほどの悪魔は到底素人であろうベイジルが呼び出せるクラスの悪魔ではない。
と、なると…
「ベイジル・ロッドは裏社会の重要人物ではあるが悪魔を呼び寄せるほどの力があるとは思えない…もしかして魔力使いが関わっているのかもしれないな」
クラウスの言葉にスティーブンは何か考えこむ仕草を作る。
「ということは…一度"あの方"に聞きに行くという事になるか…」
「げっ…!俺あの人苦手なんすよ!行くなら旦那達で!ほら!俺はレオのお守がありますし!ね!ね!!」
疑問に答えられるかは分からないが、スティーブンが思い描いた人物に聞いても損はないだろうと言う考えだったが、ザップは嫌そうな顔を作り、一歩後ろへ下がる。
あからさまな態度にスティーブンは苦笑いを浮かべる。
「そこまで苦手か…」
「あの人が苦手っていうか……まあ、色々ありまして…」
「なるほど、若い魔力使いに手を出したのか」
「ゔ…」
「お前の事だ、どうせ愛人が鉢合い仕置きされたって所か?」
「うぐ…ッ、そ…そうっす…」
痛いところを突かれザップはもう一歩下がる。
ザップの性格上女に手を出すのはもはや慣れているが厄介な相手に手を出されスティーブンは溜息が隠せない。
基本部下達のプライベートには口を出さない方針ではあるが、あまりにも行き過ぎる場合口を出すどころか制限しなければならないかもな、と思いながら『今後は相手を見なさい』と注意するが、ザップ相手ではその注意が聞いているかは不明である。
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