(4 / 24) 薔薇十字館殺人事件 (4)

明智も彩羽も生理と連呼してます

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チャポン、と天井から水滴が湯船に落ち、小さな波紋を広げた。
湯船のお湯を下から掬い顔を濡らし、揺れる水面を見れば酷い顔の少女が見えた。
勿論この場には自分しかいないからその酷い顔の少女は彩羽である。
彩羽は浮かない顔を浮かべる自分を水面で見て乾いた笑みを浮かべる。


「…情けないなぁ…たかが生理の事で動揺するなんて…」


そう呟けば、自分の声が風呂場に響いて聞こえる。
チラリと風呂場のドアを見れば、曇りガラスには誰の影も映っておらず、先ほどの呟きが従兄に聞こえなかった事に安堵しながら彩羽は気を引き締める様にもう一度顔を濡らす。


(悩み、か……悩みって言えば…悩みだけど……でも…言えるわけないよね―――生理が来ないって…)


熱からか、それともまた考え込んでいるからか…ぼうっとしながら揺れる水面をただ無心に見つめ、彩羽は食べているときに聞かれた『悩みはないか』という言葉にそう心中でぼやいた。

――彩羽は生理が来ていなかった。

それは妊娠したというわけではなく…初潮の事である。
彩羽は生理どころか初潮さえまだ来ていなかった。
生理の事や性の事は学校で教わるため来ていないからと決して無知というわけではなく、知識だけはあった。
しかし周りが次から次へと初潮が来ているのに、自分はまだ来ない事を彩羽は焦りを覚えており、そのため今日美雪達の話に入っていけなかった事を気にしていた。
呆けていたのもその事に関して考えていたからだ。
一応彩羽も女の子であり、意識していないと言っても明智をきちんと男性だと認識している。
そのため、相談したいと思っていてもそれを明智に相談するというのは流石に明智が可哀想だと思いやめた。


(保健の先生か、千里さんと明日香さんに相談しようかな…)


これまで頼れる人がいなかった彩羽からしたら誰に相談したらいいのか分からなかったが、巴川家との壁も解決しあんなに毛嫌いされていた明日香とも和解した今、彩羽は頼れる同性を得て、学校も前のクラスメイトと比べて不動高校の生徒達は馴染みやすく美雪のおかげで友人も出来た。
そのため以前は選択肢が明智だけだったのが、今では相談できる人が増えた。
やはり性の事だからと同性の学校の保健の先生か、千里と明日香に相談しようかと悩んでいると、ふと一気に頭が冷えるのを感じた。


(でも…生理きちゃったら……)


相談したらきっと解決するのだろう。
初潮なんて個人差だから相談しなくてもいつかは来るのだろう。
彩羽自身も気にしていたから来てほしいという思いはある。
しかし、もしも実際生理が来たら…と彩羽は考え、寒気立った。
もし、来たら―――そう思うとゾッとさせてしまう。


(やめやめ!!ネガティプな方向に考えるのはやめよう!辛気臭くなっちゃうし!)


彩羽は悲観しそうになった自分に気付き慌てて頭を振って悲観な考えを吹き飛ばす。
完全には消えてくれなかったが、とりあえず落ち込むのを防ぐことは出来た。


「そろそろ出なきゃ兄さんに心配させちゃうかな…」


どれほど浸かっていたかは分からないが、すでに髪も洗い体も洗い終えており、体も温まりそろそろ出ようと立ち上がり湯船から出て蓋をする。
小さなタオルで頭を軽く拭いた後体の水気もふき取り、体にバスタオルを巻きつけ、洗面台にあるドライヤーで髪の水分をタオルで拭いながら乾かしい始める。
パジャマを着ないのは湿っぽくなるのを彩羽が嫌いだから。
洗面台にも冷暖房が付いているので風邪を引く心配はなかった。
彩羽の髪は肩より長く、乾かすのが面倒で時折乾かさなかったり、半乾きにしたままにすることもある。
しかし今回はそういう気分ではないため、乾いたのを確認した後ドライヤーのスイッチをOFFにする。


(とりあえず相談だけでもしてみようかな……事情を知ってる千里さんか明日香さんがいいかも…)


悩むのは止めたといっても、つい無心になっているときに考えてしまう。
彩羽は髪を乾かしながら誰に相談しようか迷っていた。
保健の先生の方が本業だし仕事だからきっと親身になって聞いてくれるし一緒に解決方法を見つけてくれそうである。
しかし保険の先生よりも彩羽の過去を知っている義理の姉二人の方が話しやすいかもしれないと、千里か明日香のどちらかに話そうと思った。
そうと決まればどちらに相談しようかと次の悩みを解決しようとしたその時、つ、と足に何かが液体のようなものが伝って垂れるのを感じ彩羽は視線を下げた。

その瞬間――――彩羽は悲鳴を上げた。


「彩羽!!?どうした!!」


彩羽の悲鳴はリビングにいる明智のところにも届き、明智は従妹の悲鳴に何かあったのかと飛んできた。
脱衣所の扉を開けて入れば洗面台から離れ壁を背もたれに自身を抱きしめ膝を立てて座り込む彩羽の姿が見えた。
その体にはまだ着替えていなかったためタオルだけが巻かれており、一瞬足を止めたが彩羽が何かに怯えている様子を見せていたためすぐに彩羽に駆け寄った。


「彩羽…大丈夫か?何があったんだ」

「――――た…」

「え?」

「生理が…!生理が来た…っ!!」


ここは高層にあるマンション。
セキュリティもしっかりしており泥棒や暴漢など侵入されるはずはない。
しかし世の中に絶対はない。
絶対にありえない、という言葉が文字通りならば警察は正に税金泥棒となっているだろう。
一瞬虫が出たのかと思ったが、それにしても怯え方が異常過ぎた。
彩羽に問えば小さい声でポツリと囁かれ、よく聞こえなかった明智はもう一度聞き返した。
聞き返す明智に彩羽は叫ぶが、その言葉に明智は呆気に取られる。
彩羽は生理が来たから叫んだのだ。
確かに座り込む彩羽の足元から洗面台を繋ぐように所々血痕の跡があった。
なぜ生理一つでこうも怯えるのか、呆気に取られていた明智の服を彩羽は縋る様に掴む。
それに彩羽の方へ顔を向ければ、彩羽は明智を涙を溜めた目で見上げていた。


「どうしよう…!生理来たら赤ちゃんが出来るって先生が言ってた!!兄さん!私…っあの男の赤ちゃん産みたくない!!あんな男の赤ちゃんなんか妊娠したくない!!!やだよ!!いやだ!!!赤ちゃんはいやッ!!!」

「ッ――、彩羽…!落ち着きなさい!!大丈夫…!大丈夫だ!修蔵さんはもういないんだ…!もうあの人は死んだんだ!!もうあの人が彩羽を穢すなんてことできない!!だから落ち着きなさい!!」


彩羽は混乱していると明智は気づいた。
混乱しているが故に義父が死んだと忘れてしまい、義父の子を孕むかもしれないという恐怖感に彩羽は声を上げた。
大きい彩羽の瞳から涙が溢れぽろぽろと零れる。
彩羽の顔は青ざめ、まるでこの世の絶望を見たように悲痛な表情を浮かべていた。
明智は混乱しながらも自分に縋り助けを求める彩羽を強く抱きしめ、彩羽に言い聞かせるように声をかけ続ける。
最初こそ『嫌だ』ばかり言っていた彩羽だったが、明智の言葉が届いたのか大人しくなっていく。


「あの、人が…死んだ…?」

「そうだ…修蔵さんは…巴川修蔵は階段に落ちて亡くなった」

「……でも…私…あの人と赤ちゃん出来る事、してた…」


明智の言葉で忘れていた義父の死を思い出した。
しかし、義父が死んだとしても、その直前まで彩羽は義父に乱暴されていたため自分のお腹に手をやれば、明智は彩羽に気付かれないよう辛そうに顔を歪ませた。
生理が来たから妊娠すると騒いでいた彩羽もまだ頭は混乱しているようで首を傾げる。
そんな彩羽に出来るだけ悲し気な顔を見せないよう、安心させるため笑みを浮かべ彩羽の頭を撫でる。


「修蔵さんが亡くなった後に妊娠したのなら、彩羽のお腹はもう大きくなっているはずだ…だから彩羽は妊娠していないよ」

「……ほんとう?」

「ああ…心配なら病院に連れていくが…」

「ううん…兄さんの言葉を信じる」


修蔵が死んですでに月日が経っていた。
もしも修蔵との最後の性行為で妊娠したというのなら、すでに彩羽のお腹は隠すことが出来ないほど大きくなっているはず。
明智も医師ではないから詳しい知識ではなく、間違っているかもしれないが、それだけははっきりと言えた。
明智の言葉に彩羽は自分のお腹を見る。
自分のお腹はぺちゃんこでお腹は大きくないし、太っているという訳ではなかった。
それを見て彩羽は心底安堵したような表情を浮かべ、大人しくなり納得した彩羽に明智も安堵の息を吐いた。


「彩羽、大丈夫か?もしも不安なら女性の友人を呼ぶが…」


彩羽が落ち着きを取り戻したのを確認しながら明智は頭で何人かの異性の友人の顔を思い浮かべる。
異性よりも同性の方が彩羽も安心できるだろうという配慮だった。
しかし彩羽は暫く黙り込んでいたが首を振り抱きしめてくれる明智の肩に頭を預けた。


「…いい…呼ばないで…兄さんが傍にいて…」


すり、と甘えるようにすり寄る彩羽に明智は場違いながらも…喜びに胸を詰まらせた。
頼られている喜び、そして好意を持っている相手からの甘えに、明智はついときめいてしまった。
しかしすぐに『彩羽が辛い想いをしているのに自分は何をしているんだ』、と冷静になり何とか『ああ、傍にいるよ』と返す事に成功した。


「彩羽、このままじゃ風邪を引いてしまう…血は私が拭いておくから一度体についた血を流しなさい」


一先ずこのままでは襲いかねないとも思いながら、彩羽を風呂場へ避難させる事にした。
彩羽は明智のギリギリな理性など気づきもせず従兄の提案に頷く。
下半身を流すだけだし、彩羽よりも明智の方が時間がかかるだろうとタオルを巻いたまま風呂場へと入り、風呂場で体の水気を拭う事にした。
曇りガラス越しで従妹が脱いで裸になるのを見て明智は慌てて目線を彩羽から床に向け、片づけを開始する。
出血と言ってもそう多くはなかったが、タオルは捨てるのを前提に使うしかない。
警察として血には慣れているため嫌だとは思わないが、この血が好きな異性の生理の血だと思うと…まあ明智も男なため心が落ち着かなくなった。
しかしいい歳をして生理というだけで悶々するのもどうかという理性はあるため、少し複雑な気持ちとなる。
タオル一枚を汚すだけに留まったが、明智はふと気になった。


「彩羽、少し答えにくい事を聞いてもいいか?」

「なに?」


汚れを流すだけなので彩羽は風呂場で待機していた。
曇りガラスでも動いている従兄の姿は確認できて、曇りガラス越しではあったが従兄が傍にいると思うと安心できた。
少しずつ冷静を取り戻す彩羽に明智は言いにくそうに『答えにくい質問』をしたいと言い出し、その『答えにくい質問』の内容に首を傾げながら頷く。


「生理用品や下着はどこに仕舞ってある?」

「…………」


明智は血が垂れるだろうし、気持ち悪いだろうからと生理に必要な物を持ってくると伝えた。
勿論下心なんてあるわけがない。
しかし、彩羽からは返事がなかった。
それに動かしていた手を止め、『彩羽?』と呼びかける。
すると観念したように彩羽は応える。


「実は……持ってないの」

「持ってない?」

「うん…今まで生理なんて来た事なかったから…」

「………」


今度は明智が黙り込む番だった。


(と、いう事は…これは……初潮…って事か…)


ハッキリ言おう。
悶々とするなという方が無理である。
明智は今までの恋人は自分と同い年か、年下や年上としても5歳も差がある女性とは付き合ったことはない。
彩羽への恋心を持っていながらも自分よりも群と年下の少女に手を出さなかったのは、恐らく11歳も年下の少女に本気で恋をしている事を認めたくはなかったのだろう。
ロリの気はないと明智は自分では思っている。
彩羽に恋をしたのだって子供だからではなく、彩羽だから好きになったのだと。
決して彩羽が11歳も年下だからではないのだと。
その証拠に同じ年頃の少女を見ても欲情しないし、彩羽と同じく美少女の美雪にだって性欲を感じた事はなかった。
だから決してロリコンではないのだと明智は誰に言うでもなく言い訳をする。
しかし、今好意を持つ11歳も差のある少女が初潮を迎えたと聞いて心が震えているのも事実である。
『生理に性欲が沸く性癖持ってなかったはずなんだが…』と生理で興奮する自分に悲しくなりながら彩羽に拭き終えた事を伝えた。


「とりあえずタオルかハンカチを挟んでおきなさい」

「うん」

「生理用品は私が買いに行ってくるから…辛いだろうけどその間待っててくれ」


生理の血が付いたタオルを持ったまま明智はそう彩羽に伝え脱衣所を出て行った。

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