金田一と美雪は二人で少し遠出していた。
バスから降りたその場所は民家や店などなく木々に囲まれた森深い場所。
バス停も無人で、申し訳ない程度に雨風を防ぐ壁や屋根が設置されている程度だった。
「美雪…本当に良かったのか?」
「?」
「相手は高遠だ…何が起こるか分からねえぞ?」
「もう!何度も言ったじゃない!はじめちゃんを一人で行かせてやきもき帰りを待ってる方が私よっぽどやなの!」
金田一は引き返すなら今だ、と美雪に最後の確認をするも何度目か分からない問いに美雪は何度目か分からない回答をした。
その言葉に金田一は困ったように頭をかく。
(本当はまだ美雪を帰せるなら帰したいけど…こうなったら梃でも動かねえからなぁ)
金田一は美雪の頑固さも知っているためそう思いながらも内心素直にうれしいと感じていた。
しかし本当は美雪だって連れてきたくはなかった。
ただあの時…高遠からの連絡があった日に美雪もいたから隠す事が出来なかっただけで、もしもその場に一人だけだったら金田一1人で向かうつもりだった。
あの時、彩羽は舞踊の教室に行っていたためいなかった。
彩羽は巴川家で起きた事件から東京に越してきてから舞踊を本格的に習う事にしたらしい。
千里と明日香が開く東京の教室に通っており、その日は丁度通う日だった。
「でも…彩羽ちゃんに何も言わなくてよかったの?後で仲間はずれにされたって怒らないかな…」
「言うかもな……でも高遠が関わってるなら彩羽は呼ばない方がいい…」
「そうだよね…長い間じゃなかったけど…彩羽ちゃんの傍には高遠さんがいたものね…隼人君の事もあるし…彩羽ちゃんも気まずいだろうし…」
美雪の言葉に金田一は頷く。
(高遠が本気で彩羽に惚れてるかなんて分からないがあまり彩羽と高遠を接触させない方がいいだろ…高遠は彩羽を殺す気はないみたいだが傷つけるのに戸惑いもないみたいだし…なにより彩羽の弟を彩羽の目の前で殺した奴だからな…)
高遠は自らその身を『佐藤英二』と偽って彩羽の世話係として傍にいた。
その理由は身を潜めるのに丁度いい――というわけではなく、彩羽に一目惚れをしたから傍にいたかったというものだった。
流石にそれを丸々信じる事はできなかったが、彩羽に惚れているというのはありがち嘘ではなさそうだった。
高遠の彩羽を見つめる目や態度は決して敵意があるようでも、何も思っていないようでもなく…少なくとも好意を感じられた。
ただそれだけなら美雪の言うように気まずいから連れてこなかったという事になる。
しかし高遠は惚れていると言った彩羽の弟を戸惑いもなく殺したのだ。
隼人の死因は、頸動脈を切った事での出血性ショック死だったという。
高遠はまだ7歳だった隼人の首を切って殺したのだ。
それも愛していると言った彩羽の目の前で。
高遠なりの配慮なのか、彩羽の目は塞がれていたが、それでも彩羽にとっては悪夢のような光景だっただろう。
彩羽は高遠の事は何も話さないが、殺人を犯したとはいえ隼人は彩羽にとって大切な弟なのは変わらない。
だからきっと高遠を憎んでいると金田一は思ってる。
だからこそ彩羽になにも言わず高遠の呼び出しにも応じたのだ。
「しかし…高遠に妹…それも腹違いの兄妹がいたとはなぁ」
「なんか想像つかないわよね…私達が知ってる高遠さんとは…」
金田一の呟きに美雪も頷いて返した。
金田一は高遠に呼ばれてこんな森深い場所まで来ていた。
しかし金田一を呼んだ高遠もまた『誰か』に招待されたという。
公園でマジックを披露していた時、子供を介して高遠宛に送られた招待状にはこう書かれていた…
薔薇十字館にて青薔薇の完成披露会を執り行いますのでぜひご参加ください。
…と。
その手紙の送り主は―――ローゼンクロイツと書かれていた。
しかし高遠はローゼンクロイツという人物に見覚えも聞き覚えもない。
薔薇は好きではあるが青薔薇の完成披露会に呼ばれるほど薔薇に通じているわけでもない。
犯罪者として顔が知られている以上、馬鹿な人間が悪戯に高遠を煽ろうとしているとも考えらた。
無視しても別に構わないものだと高遠は思ったが、更に手紙にはこう書かれていた。
――なお、高遠様がおいでになられない場合、同日この場に招待されている高遠様の異母妹のお命を頂戴いたします。
と。
それを見て高遠は参加せざるをえなくなった。
そしてそれこそ金田一を呼んだ理由でもあった。
高遠はその異母妹を守ってほしいと敵である金田一に依頼してきたのだ。
高遠は人を殺すのは得意だが、守るのは不得意。
そのため自分とは真逆の存在である金田一に異母妹を守ってほしいと接触してきた。
受けてくれたお礼…ではないが…その条件として、異母妹が無事に館から出れたのなら、警察に出頭すると約束をした。
その言葉を信じ金田一は高遠の願いを受け入れ、警察にも言わずにこうして人里離れた場所に来ていたのだ。
とはいえ、高遠と出会った頃にはすでに金田一達が知っている犯罪者の高遠しか知らない。
家族と言えば高遠が復讐を決め殺人を起こしたきっかけとなった母親…近宮玲子と、過去を語った時にチラリと話した義父の存在のみ。
まさか妹がいたとは金田一も想像していなかった。
自分の父親が母親以外の女性と関係を持ち、子供を作っていた事を平然と言える高遠を思い出し、改めて少し感覚がズレているなと再確認していると車のクラクションが金田一と美雪の耳に届いた。
そちらに目をやると一台の車が止まり、一人の男性が現れた。
「金田一様と七瀬様ですね?館の主人よりお客様のお世話を申しつけられております毛利と申します」
出てきたのは薔薇十字館の主人から世話を頼まれている毛利という50歳ほどの男性だった。
迎えに来た毛利に美雪が申し訳なさそうに聞く。
「あの、本当にいいんですか?私達招待されてるわけじゃないのに…」
「問題ございません…お客様の大切なご友人ゆえぜひお連れしてほしいとご要望ですので…それにもう一組のお客様も妹様をお連れしたいと仰られた方もいらっしゃいますのでお気になさらないでください」
金田一と美雪はローゼンクロイツと名乗る人物から招待されていない。
しかしローゼンクロイツからは断る事無く承諾したという。
今回は数日泊るとの事でその分二人分の食事や準備が増える事になり、申し訳なく思っていた。
しかし増えた客は金田一と美雪だけではないようで、もう一組の客人も妹を連れて参加するらしいと聞き、美雪は安堵した。
毛利に車のドアを開けもらい、金田一と美雪は後ろへと乗り込もうとする。
だが金田一はその車の中にいる人物に足を止めた。
「やあ、来てくれて感謝しますよ」
「当たり前だろ…あんたとは約束があるからな」
その中にはすでに高遠が乗っていた。
巴川家の事件以来、高遠は犯罪コーディネーターとして多くの人間に復讐などの犯罪の手助けをしていた。
その度に金田一とぶつかり、今や高遠は金田一のライバル的な位置となっている。
その高遠の姿に緩みかけていた気を引き締め、金田一は高遠を睨むように見つめる。
そんな金田一とは反対に相変わらず強い眼差しで見てくる金田一の言葉に高遠は目を細め微笑んだ。
7 / 24
← | back | →
しおりを挟む