(9 / 24) 薔薇十字館殺人事件 (9)

部屋に案内され、彩羽はやっと一息つく事ができ、ベッドに座りながら息を吐く。


「兄さんに連絡……って圏外だ…」


相変わらず従兄は過保護で、連絡するという約束で見送ってくれたのだが…残念な事に圏外だった。
まあ山の中なのだから仕方ないだろうと彩羽は思ったが、明智からしたらそんな事情知る由もなく…彩羽は『心配のし過ぎで倒れたらどうしよう』と思った。


(ただでさえ最近の兄さんピリピリしてるのに…)


彩羽は玄関ホールで会った男――高遠の顔を思い浮かべる。
最近明智の機嫌は悪く、彩羽と一緒にいる時でさえ不機嫌さを見せていた。
触らぬ神に祟りなし、と剣持や金田一、そして彩羽さえ深く聞こうとも触れようともしないほど明智の機嫌はあからさまに悪い。
明智に聞いても何も言わないが、彩羽は従兄の不機嫌の原因は高遠だと推測している。
それはただの予想でしかなかったが、今日高遠と再会してそれが確信に変わった。


「彩羽さん、いるかしら」

「あ、はい…どうぞ」


金田一や美雪ならまだいいが、高遠までもがこの館にいるとなると何か起こる事は必須となるだろう。
ましてや高遠は『起こす方』である。
はあ、と溜息を吐いているとノックが聞こえ彩羽は慌てて立ち上がって扉を開ける。


「あれ、はじめちゃんと美雪ちゃんも一緒だったんだ…」


扉を開けると声の主である千里がいることは予想済みだったが、その後ろには金田一と美雪もおり、彩羽は驚いた顔を見せる。
チラリと三人の後ろを見れば誰もおらず、彩羽は内心高遠がいない事にホッとしたような残念なような複雑に思う。
千里曰く、高遠と同行の理由を話してもらうため連れてきたという。
それには彩羽も気になった事でもあるので自分の部屋に来た事に納得しながらとりあえず中に入れ、適当にくつろいでもらう。


「それで…金田一君、どういう事かしら…なぜあの殺人者と君がここにいるのかしらね」

「それは…」


金田一は困ったように見せながら答えてくれた。
高遠も何者かに招待されてこの館に来た事。
その招待状には高遠も知らなかった『異母妹』の存在と、『異母妹』の命を狙うような文章が書かれていた事。
金田一を呼んだのは『異母妹』を守ってもらう事。
そして、『異母妹』が無事館から出れたら出頭するという事。
全てを話てくれた金田一に彩羽は黙り込み、千里はジト目で金田一を睨むように見た。


「あなたはあの男のそんな約束信用したの?」

「千里さんの言いたい事は分かるよ…でも…高遠は交わした約束は守る男だから」

「だからって信用するなんてありえない事だわ…あの男は殺人者なのよ?それも隼人を彩羽さんの目の前で殺す異常者…いくら身を隠していたとはいえ世話をしていた少女の目の前で弟を平気で殺せる人間の言葉なんて信用性はないわ」

「そ、れは…そうだけど……」

「そもそも『異母妹』がいるっていうのも真実味ないわね…あの男は犯罪をゲームと称して君に挑戦状を送り続けてる異常者でしょ?今回も君と勝負するために誘い出そうとしているのかもしれないわ」

「多分それはないと思う…高遠は俺を巻き込むけど…その時は回りくどい事をして俺を呼び寄せたり、あいつ自身変装して接触する事が多いんだ…それに妹を守ってほしいって言ってたあいつに嘘は感じられなかった…」


金田一は確かにそうかもしれないと思った。
高遠が金田一を巻き込むときは回りくどい事をして接触する時だって変装する。
こうして直接会いに来て何かを頼むことは初めての事だった。
もしかしたらこれも金田一を巻き込む手口かもしれない。
だが、どうしても今回は高遠が犯罪コーディネーターの仕事として動いているとは思えなかった。
なぜか『異母妹』の事も嘘ではないと思っていた。
千里はまだ何か言いたげだったが、まだそれほど親しい訳ではない少年にお節介かと思い言葉を呑み込んだ。


「それで…千里さんと彩羽はなんでここに?」


今度はこちらが質問する番だと金田一は千里と彩羽を見る。
彩羽はずっと黙り込んでおり何も話さず、千里が答えてくれた。


「私も招待状を貰ったの…彩羽は私の付き添いについてきてもらったのよ」

「ローゼンクロイツって人に覚えは?」

「ないわ…最初は悪戯かと思ったくらいよ」

「それでよく来ようと思いましたね」


玄関ホールの時高遠が確認した通り、恐らくこの館に呼ばれた人達にローゼンクロイツという人物との面識はないのだろう。
だが、悪戯かもしれないと答えた千里の話を聞き美雪はついそう聞いてしまった。
美雪の呟きに千里は少し気まずそう…というより、照れた様子で頬をかく。


「実は…は、初恋の人を探してて…」


千里はぽっと頬を赤く染め、頬に手を当てて照れる。
千里も美女であるからその姿はとても絵になるし可愛いが、その美しい口から発せられたその言葉は美女の照れ顔に見惚れる暇がないほど衝撃的だった。


「はつこい?」

「ええ…初恋」

「「…はつこいぃぃぃぃ!?」」


その驚きに思わず金田一と美雪は揃って声を上げてしまった。
改めて言われると更に照れるのか困ったように笑みを浮かべながらも頷いた。


「初恋って……っていうか初恋の人を探してなんでこんなところに!?」

「会った場所が薔薇に関係したところだったから…もしかしてって…二年前の事だけどどうしてもその人が忘れられなくって…」


『つい来ちゃった』、とハートマークも着きそうな声色で答える千里に美雪と金田一は思わずお互いを見合い、そして千里について来た彩羽を見た。
2人の無言の視線に、何が言いたいのか理解した彩羽はゆっくりと深く頷いて見せる。
彩羽の頷きに気のせいではないと察した2人は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。


「でも二年前って事は…26歳って事ですよね…それまで初恋はしなかったんですか?」


『初恋』と『二年前』と聞き、計算してみると明智と同い年の千里の初恋は26歳の時だと出る。
普通初恋は幼い頃に失恋として終える事が多く、恋バナが好きな女子としてつい美雪は聞いてしまった。
人それぞれのペースがあるから遅い人もいるが、やはり驚いてしまう。
そんな美雪の問いに千里は苦笑いを浮かべながらも答えてくれた。


「そうね…この年になるまで舞踊一筋だったし…家があんな場所にあったからね…友達と遊んだり恋するよりも帰って練習したかったのよ」


千里の言葉に金田一は『千里さんって意外と舞踊馬鹿なんだなぁ』と少し失礼な事を思ったが、ふと彩羽の母である初音が亡くなった後明智と対立した場面を思い出し納得する。
千里は明日香のように彩羽を嫌う事はなかった。
勿論気に入らないとは思っていただろうけど、彩羽の才能を見て感情より舞踊への情熱を取ったのだ。
その為ならばあの明智と対立しても苦ではなかったようで、彩羽が東京に移ったからと諦めたわけではないようだった。


「舞踊と言えば…東京進出おめでとうございます」

「あ、そういや初めて教室を開いたんでしたっけ…」


時折アスリートなども生活よりも練習に人生を費やす人もいるが、千里もそのタイプらしい。
何とも反応しがたい世界の人間の千里の言葉に金田一も美雪も曖昧に笑って返した。
しかしふと美雪はまだお祝いの言葉を言っていなかったことに気付き、美雪の言葉で金田一も思い出した。
2人の祝いの言葉に千里は笑みを浮かべお礼を言う。


「前から教室を出したかったから…彩羽さんが東京に行くって聞いて丁度いいって思ってね…それに彩羽さんには才能を無駄にしてほしくなかったし…教室も彩羽さんと一緒に探したのよね」


そう告げて千里は彩羽を見た。
それにつられて金田一と美雪も彩羽へ目をやり、彩羽は照れたように頬をかいた。


「家にいた時は嫌々やってたから面白くなかったんだけど…家のしがらみもなくなっておばちゃん達と一緒に練習するのが意外と面白くて…」


彩羽はあの後舞踊を辞めず続けていた。
辞めるのも考えていたが、教室に教え子が来て安定するまではとお願いされ、隼人と母の葬儀を受け入れてくれた事への恩もあってか断り切れず教室を探す事から手伝い、東京の教え子第一号となった。
彩羽的にすぐに辞めるつもりだったのだ。
巴川というブランドは案外広く広がっており、思った以上に教え子が増え彩羽はすぐに辞めれる状況になった。
しかし彩羽は主婦達と喋りながら練習するのが楽しくてズルズルと今に至っているという事である。
それから本格的に練習しようと思い、今は時々気晴らしに主婦たちと混ざって練習するが、主にマンツーマンで練習している。
はっきり言って、贔屓である。
他の教え子は大体4人から5人纏めて練習しているが、彩羽が本気で学ぼうと思っていると言い出してからこれ幸いと言わんばかりに明日香と千里が先生を抜擢し一対一で教えるよう手配したのだ。
それを聞くとよほど彩羽の才能はすごいのだと美雪と金田一は改めて思う。


「あ、もうこんな時間…」

「ああ、そう言えば夕食の時間だわ」

「確か場所は地下のダイニングとか毛利さん言ってましたよね」


毛利からあらかじめ夕食の時間を聞いており、金田一と美雪はそれまでに話しておこうと千里の部屋へ向かい、彩羽の部屋に訪れた。
時計を見れば教えてもらった時間に迫っており、金田一と美雪はついでに千里と彩羽と一緒にダイニングへ向かう事にした。
彩羽の部屋は階段からは少し離れた場所にあり、歩きながら4人は世間話をしていた。


「なあ彩羽…お前大丈夫か?」

「え?」


話している間…否、部屋にいる間も彩羽は何か考え事をしているように黙り込むことが多かった。
今も千里と美雪が女同士の話題で盛り上がっているため必然的に金田一はハブられてしまい、話題に入らない彩羽の隣に立ち様子を見れば思いつめたように真剣な顔で何かを考え込んでいた。
彩羽の様子に少し嫌な予感がしてつい声を掛ければ、金田一の『大丈夫』が何を指しているのか全く分からないと言わなばかりに彩羽はキョトンとさせ金田一を見上げた。
その表情に金田一は気まずそうに続ける。


「いや…ほら……高遠がさ…いるし……それにさっきから何か考え込んでるみたいだったしさ…大丈夫かなって思って…」

「…………」


金田一の言葉に彩羽は口を閉ざし、また黙り込んだ。
それを見て金田一は『高遠の話題はマズかったか?』と焦ったが、彩羽は『あのさ』と問われる。
彩羽を見れば彩羽は目線を泳がせどこか話すのを躊躇しているようにも見えた。
聞きにくい事でも言うのだろうかと待っていると、聞くことに決めたらしい彩羽が泳がせてた目線を金田一へ固定し、真剣なまなざしで金田一を見つめた。


「本当に……異母妹がいるって…言ってたの?」


高遠と金田一が一緒にいる事情は理解した。
どんな基準でローゼンクロイツは高遠や千里達を呼び出したかはまだ分からないが、高遠がここに来た理由は分かった。
彩羽は高遠が見覚えのない呼び出しに応じるほどのその理由が気になり、金田一に再確認する。


「あ、ああ…高遠も存在を知らなかったって言ってたけどね…」

「存在を知らない妹…」


彩羽が引っかかったのは『異母妹の存在を知らなかった』という部分だった。
それからまた彩羽は何か考え込んでしまい、金田一は気になるものの、まだ高遠との再会に心が追いついていないのだろうと思い見守る事にした。
ただ彩羽は母と義父への復讐を実行しかけたため、もしかしたら高遠に対し何かしら接触し挑発するような行動を起こすかもしれないという恐れもあったため一番注意しなくてはいけない人物でもあった。

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