(10 / 24) 薔薇十字館殺人事件 (10)

ダイニングに向かえばすでに金田一達以外が席についていた。
とは言え遅刻というわけではなく、十分間に合っていたが。
開いている席には自分の名前のプレートが置かれており、金田一は美雪と高遠に挟まれる形で席につき、千里はジゼルの隣に、そして―――彩羽は高遠の隣に指定されていた。


「彩羽さん、私と席変わる?」

「いえ、大丈夫です…ありがとうございます、千里さん」


高遠の隣が彩羽の席だと知った千里が席を変わろうかと提案してくれたが、それを彩羽が笑顔で断った。
彩羽本人から断られてしまえば何も言えなくなり、千里は『そう』と心配そうにしながらもジゼルの隣に座った。


(大丈夫かな…彩羽ちゃん…)

(彩羽…大丈夫か?)


斜め向かえに座った千里が高遠を睨むように見つめていたが、当の本人である高遠はケロッとした様子で流していた。
それを見ながら『相変わらず肝が据わてんなぁ』と殺人犯だと分かっているはずの高遠の隣を嫌がらない事に関心していた。
…が、金田一は今度は高遠が彩羽に何かするのではないかと冷や冷やしている。
彩羽を殺すつもりは『今は』ないとは思っているが…彩羽を守るつもりでいた巴川家の時でさえ彩羽を傷つける事を厭わないとはっきりと言っていたので、今回は無害とは言え犯罪者の気紛れがいつ起きるか分かったものではなかった。


「出来立てではございませんが、十分に温めてまいりました…ローストチキンでございます」


周囲が知人同士で参加しているわけではないというのもあって食卓は静かだった。
私語が厳禁なわけではなかったが、何とも言えない威圧感のようなものがあり彩羽も金田一達も何となく喋りにくいと感じてしまう。
運ばれたのはクロッシュで蓋をされて見えないが、説明からローストチキンらしく、金田一はその大きさから喜んでいた。
彩羽も目の前に置かれた料理を見る。
料理はクロッシュで被せられていたが、その皿には黒薔薇に、深いピンク色の蕾が接ぎ木された薔薇が添えられていた。


「温めたにしては…お皿が冷たい気がするけど…」

「ま、とりあえず!いっただっきまーす!」

「駄目です!お客様!」


美雪の言う通り皿は冷たく、温めたとは思えない物だった。
その疑問点よりも金田一は食い気に負けてしまい、クロッシュを空けようとしたが、毛利に止められてしまい手を止めた。
怒鳴るような声に金田一の手も止まり、彩羽は思わず毛利を見上げる。


「まず、十字架の形をした館そのものに祈りをささげていただき、その後一斉にクロッシュを開ける様にとキツク言われておりまして…」

「あ、そう…」


毛利も雇い主であるこの館の主、ローゼンクロイツからの指示にクロッシュは祈りを捧げた後に一斉にとキツク言われているらしく、誰よりも先に開けようとした金田一を咎めたというわけだった。
招待主からの指示ならば従うしかなく、金田一は諦めて手を引っ込めた。
毛利は一冊の本を取り出し、その十字架の館に捧げる祈りを読み上げる。
しかし…


「旧約聖書、伝道の書…第八章、『罪人で百度悪をなしても長生きするものがいるけれども私は知っている 悪人には幸福がない またその命は影の様であって長くは続かない』」


その祈りの言葉は不気味なものだった。
おどおどしい毛利の声もその不気味さは普通に読むよりも増し、彩羽は思わず息を呑む。


「なにその祈りの文句…」

「ヤな感じだな…」

「本当…それにここに添えてある花…黒薔薇なんて不吉…」


そう思ったのは彩羽だけではないようで、禅田や祭沢も思わずそう呟くほど不気味な言葉だった。
月読も同意の言葉を零すが、更に添えてある薔薇もまた不気味さを演出していると呟く。


「それではクロッシュをお開けください」


そんな禅田達をよそに、毛利は祈りを終えたとクロッシュを開けるよう指示をした。
金田一はやっと飯にありつけると先ほどの不気味さなど忘れたように嬉しそうな顔でクロッシュに手を伸ばし、彩羽も食事を楽しみにしていたがあの不気味な祈りの言葉が頭から離れられず気分が削がれた気分になりながらクロッシュに手を伸ばした。
ほぼ全員が同時にクロッシュを開ける。
すると――――


「――ッ!」


クロッシュを開けたその瞬間、突然強い突風のような風が吹きどこからか黒薔薇の花びらが部屋中に飛び散る。
その突然の出来事に誰もが立ち上がり目を瞑る。
彩羽も思わず席を立ち顔に向かって飛んでくる花びらに目を瞑っていると、強く引き寄せられた。
驚きのあまり目を開けば目の前は薔薇の花びらではなく、誰かのシャツが見えた。
背中に回された腕に強く抱きしめられ密着する形だったため飛び散る薔薇の花びらに襲われる事はなかったが彩羽はその温もりに思考が停まった。
ゆっくりと顔を上げれば…


「………」


――高遠がいた。
彩羽は高遠に庇われたのだ。
それに驚きのあまり声すら出なかったが、目も開けられなかったほど強かった風と花びらは次第に止み、全員瞑っていた目を開けてテーブルを見ると……テーブル一面に黒薔薇の花びらが積もっていた。
金田一からはその薔薇の花びらの下がチラリと見えたらしく、金田一も美雪を庇っていた腕を解きテーブルに敷詰められたように積もっている花びらを手でかき分ける。


「…!」


そっとかき分ければすぐにチラリと見えたものが現れた。
それを見た瞬間彩羽は目を丸くした。


「ひ、と…?」


それを見て彩羽は思わず呟く。
露わになったそれは―――人の顔だった。
金田一と高遠がかき分けると顔だけではなく全身が露わになっていく。


「う…嘘…!!これ……皇さん…!?」


全身が露わになったその姿に禅田が悲鳴を上げた。
どうやら顔見知りだったようで、テーブルに横たわる男を見てその人物の名を呟いた。


「花開いた薔薇と二つの蕾…花言葉は『永遠の秘密』…」

「永遠の…秘密?」


テーブルに横たわる男を見て高遠、金田一、彩羽以外の全員が唖然とし言葉さえ失くしている中、歌人である月読が落ちていた料理の皿に添えてあった黒薔薇を手に取り突然花言葉をポツリと零した。
花言葉に疎い金田一は『永遠の秘密』という月読の呟きに怪訝とさせ、そして高遠も月読に続ける。


「もう一つありますよ…黒い薔薇の花ことばは、『死ぬまで憎む』…そして―――『復讐の亡霊』」


高遠も落ちていた黒薔薇を拾い、様々ある黒薔薇の花言葉を呟いた。


(『永遠の秘密』…『死ぬまで憎む』…『復讐の亡霊』……それが黒薔薇の花言葉……)


2人が告げた花言葉に彩羽は胸がズキリと痛み、胸元を握りしめる。
チラリと高遠を見上げたが、辛くなりそっと視線を外した。
それを高遠は気づき、彩羽の泣きそうな表情に手を伸ばし彩羽に触れようとした。
しかし…彩羽は伸ばされた手に気付き思わず避ける様に後ろに下がってしまった。


「………」

「………」


避ける様に、ではなく…彩羽は高遠を避けるために後ろに下がった。
高遠の手を避けた彩羽は気まずくて高遠を見ていられず俯き、高遠は彩羽の考えを読もうとするようにジッと彩羽を見つめていた。
気まずい空気が流れたが、幸いな事に二人以外はテーブルに横たわる男に気を取られ彩羽と高遠の微妙な空気には気づいていなかった。
高遠は暫く彩羽を見つめていたが、これ以上彩羽が何も喋らないと分かると何でもない風を装いテーブルに横たわる男の首へと手を伸ばす。


「死んでるのか…?」

「ええ…」


調べたのは脈。
しかし調べるでもなく、男の肌は血の気が通っておらず、触れると冷たくなっていた。
金田一の問いに高遠は頷いて返し、テーブルに横たわっている男が死体だと分かると唖然とし、女性陣は息を呑んだ。


「皇って…まさか…あの時の…!?」

「ほう…この人とお知り合いですか?」

「ッ!―――いや!知らん!!」


小金井の反応や思わず呟いてしまったその言葉から明らかに死体である男を知っている様子だった。
しかしそれを問えば小金井からは否定の言葉が返ってくる。
高遠が周りを見渡せば、高遠と目があった禅田、冬野、祭沢が慌てて目を逸らす反応を見せた。


「…その人は皇 翔と言って皇生花チェーンの社長で…私の知り合いだった人よ…」

「なるほど…そうでしたか…」


黙り込む三人だったが、禅田が答えてくれた。
男…皇 翔(すめらぎ しょう)は禅田と知り合いだったらしく、彼もまた花に関する職業に就いていたらしい。
それに納得しながら高遠は脈を見るため一度テーブルに置いた黒薔薇にもう一度手を伸ばす。


「ところでこの黒薔薇は染められた生花です…しかも被害者には防腐処理…エンバーミングが施されている…これでは死亡推定時刻の特定が難しい…この処理に使われている薬品はブリザーブドフラワーと同じ物のようですね…」

「ちょっと!私が犯人だって言うの!?」

「待ってください!このディナーの準備をしたのが誰か忘れてませんか!?」


防腐処理をされているため、死んで時間が経っているのか、それともついさっき死んだのか調べるにも時間がかかるという。
その薬品はブリザーブドフラワー…冬野が仕事で使用しているのと同じ物だという高遠の言葉に冬野が犯人にされると思い反論しようとした。
その冬野を庇うように佐久羅が手を上げて意見を述べる。
確かに腐敗処理などという特殊な液体は知識がなければできない。
だが、客人である冬野が事前に仕掛けるには少し難しいのではと佐久羅は思ったのだ。
で、あれば…簡単に、自分達に怪しまれず行動できる立場の人間―――毛利に全員の目線が向けられた。


「ち、違います!私は本当に主の言いつけ通りローストチキンを温めて運んだだけで…」

「これは簡単なすり替えトリックと派手なマジックだよ」


勿論犯人でなければ…否、犯人でも普通は否定する。
それでも一番犯人に近い位置にいる毛利は否定しても疑いの目は晴れることはなかった。
このままでは殺人犯にされると顔を青ざめていると、金田一がトリックの種が分かったのかポツリと呟き、禅田達の疑いの目が一瞬だけ逸れる。


「これがダムウェーターですよね、毛利さん」

「はい…」


テーブルから少し移動して、すぐ傍にあるキッチン用のエレベーター…ダムウェーターの前に移る。
毛利の頷きを見た後金田一はダムウェーターの手動型の扉を開ける。
当然だが中には何も入っていない。
だが、奥にある壁を金田一がトントンと叩いた後、少し力を入れて押し込める様にすれば、壁であるはずの板が倒された。
その壁はただのハリボテの壁だったのだ。
その隠された奥には彩羽達に配られたクロッシュが人数分隠されており、一つ取り出してクロッシュを開けてみれば…そこには美味しそうに焼けているローストチキンが一匹丸ごと乗せられていた。


「これです!私が用意したお皿は…」

「最初からダミーのクロッシュが仕込まれていたんだよ」


このダムウェーターは上の階のキッチンと繋がっており、上で調理し出来上がった料理をダムウェーターを使って下のダイニングに運ぶ…という手順になっていた。
上の階にあるキッチンのダムウェーターの扉と、下のダイニングのダムウェーターの扉は反対側になっており、トリックを仕掛けた人間はそれを利用してダミーを元から用意し黒薔薇の方のクロッシュが金田一達に出される仕組みになっていた。


「マジックでは基本中の基本ですよ…テーブルに現れた遺体も同じです」


金田一に続けて高遠が説明する。
高遠は犯罪者ではるが、敏腕のマジシャンでもあるため、このマジックはすぐに分かった。
クロッシュを開けると薔薇がはじける様に細工しておき、金田一達の目を逸らした隙にテーブルの下に隠していた遺体をはりつけていた板を回転させて死体を出すという戸板返しの要領で行われた簡単なマジックである。


「2人ともすごい…」

「これで私の疑いは晴れたわけですね…」


すぐにトリックを暴く二人の頭の回転の速さに佐久羅は驚きが隠せなかった。
その2人のおかげで疑惑が晴れたとホッと安堵していた毛利だったが、高遠がそれを否定した。


「それは違います…たった今証明されたのは毛利さんの無実ではなく、このトリックが誰にでも出来たという事実にすぎません――つまり、ここにいる誰もが容疑者だという事ですよ」


高遠と金田一が暴いたのは、毛利の無実ではなく…マジックのようなトリックの方。
毛利の無実どころか、自身も含めて、その場にいる全員の容疑を証明してしまったのだ。
当然禅田達は自分がやってないと思うが、それを証明するものは何一つない。


「黒い薔薇よ…二つの蕾よ…その饒舌なる沈黙よ…願わくばこの場にて…我らの秘めたる罪を…明かしたまえ…」

「ッ―――やめろおおお!!!」


緊迫した空気の中、月読が突然歌を歌い出した。
クロッシュに添えてあった黒薔薇と白薔薇の花をそれぞれ全員に花を見せる様に差し出し歌う。
そんな月読に誰もが困惑したが、一人だけ…小金井が月読のその歌を聞き声を上げた。


「もうやだ!!もう帰る!!!」

「小金井様!?」

「私も行くわ!」

「私も!」

「こんなところに長居は無用だ!」

「お待ちください!皆さま!」


顔色を悪くした小金井が背を向け帰ると言い出し玄関へと向かう。
それに続き、禅田達も帰るとその場を後にした。


(無理もないよね…人が死んでて自分が疑われるかもしれないんだもの…)


彩羽は心の中でそう呟いた。
高遠と金田一が暴いたのは誰かが犯人だというのではなく、この場に居る全員が犯人の可能性があるというもので、悪化してしまっていた。
それに何より人が1人死んでいるのだ。
人の死にはもう慣れてしまったし、父の死によって反応が鈍くなった彩羽からしたら彼女達の反応の方が正しいのだ。
冷静な金田一達を残して小金井達は外に出てしまった。


「ど、どうするの…はじめちゃん…」

「…とりあえず俺達も外に行くしかないな」


自分達しか残されていないダイニングの静けさに、美雪が不安そうに問うと金田一と高遠はお互い顔を見合わせ彼らの後に続くしかないと言った。


「大丈夫ですか?歩けますか?」

「え、あ、はい…」


金田一が歩き出し、美雪もそれに従う。
彩羽もそれに続けようと思ったとき、高遠に話しかけられ彩羽は驚いた表情を一瞬浮かべたが、高遠の問いに頷いて返す。
頷く彩羽に高遠は小さく笑みを浮かべ『そうですか』と返しならが彩羽の腰に手をやり歩き出そうとする。
その仕草は自然で、従兄同様高遠も女性の扱いには慣れているようだった。
しかし…


「彩羽さんに近づかないでください!」


彩羽も特別嫌がる事もなく高遠にエスコートされながら歩き出そうとした時、横から腕を引っ張られ高遠から放された。
腕を掴む方へ振り返ればそこには千里がいた。
千里は高遠を睨んでおり、その目に映る高遠は『殺人鬼』として映っていた。


「失礼しました…"以前の癖"が治っていないもので…」

「…よく言いますね…『佐藤英二』として私達の家をただ隠れ蓑にしていたくせに…今更世話係面しないでいただけません?もうあなたと彩羽さんは無関係なのですから」


高遠は敵意を向けられてもにっこりと笑みを浮かべていた。
両手を上げて降参したように見せる高遠に千里は顔を顰めた。
まだ千里は高遠を許していなかった。
『まだ』というのは少し可笑しい表現だっただろうか。
千里は彩羽との壁が無くなり、彩羽を妹として可愛がるようになった。
以前はただ才能だけを見ていたが、彩羽も千里や明日香達に心を許してくれはじめていたから才能だけではなく彩羽自身も見る様になった。
そのため可愛い妹を騙しただけでなく、彩羽の目の前で弟を殺した高遠が許せなかったのだ。
もう会うこともないだろうと思っていたのに再会し、そして高遠があまりにも普通に彩羽に接触してくるものだから腹を立てていたのだ。
金田一の話を聞かなかったら即刻警察に突き出しているころだろう。


「"無関係"とはよく言ってくれますね……あなたは本当に無関係だと思っているんですか?」

「当たり前でしょう…殺人鬼と関係があるなんていい迷惑だわ」


千里は相手が人を平気で殺せる人間だと分かっていながら面と向かえるほど度胸のある人間だった。
そうでなくては舞踊の世界で生きていけないだろうし、父を亡くし跡継ぎさえも亡くした巴川家を明日香と共にとは言え率いる事はできないだろう。
身内にちょっかいをかける犯罪者として高遠を認識しており、千里は高遠がただ彩羽をオモチャとして扱っているようにも見えた。
そもそも佐藤英二でないのなら彩羽と関わる意味が理解が出来なかったのだ。
彩羽との間に入り込む千里に高遠も内心苛立たせていた。
この場が自身が作り上げた舞台ならば即千里は亡きものにしているであろうほど高遠は千里に苛立ちを覚えていた。
彩羽は高遠の目が笑っていないのを見て慌てて止めようとした。


「あの…待って!千里さん!私達は…―――」


高遠は殺しのプロ、そして千里はただの一般人。
戦って勝つのがどちらかなど実際戦わなくても予想できる。
彩羽は二人の間に入りこれ以上高遠の怒りに触れないよう千里を宥めようとした。


「何してるんだ?もう皆外に出てるぞ?」


その時、中々姿を見せない三人に気付き、迎えに来た金田一が顔を出した。
金田一のおかげで緊迫していた空気が緩和され彩羽はホッと安堵の表情を浮かべる。
金田一の登場で気も削がれたのか高遠も殺気を千里に向けるのを止め、千里も邪魔が入りこれ以上高遠と一緒にいたくないと思ったのか彩羽の手を引っ張って歩き出す。


「彩羽さん、行きましょう」

「は、はい…」


腕を引っ張られ強制的に歩かされた彩羽はチラリと高遠へ目をやった。
目が合った高遠は彩羽には殺意のない素の笑みを見せてくれたが、彩羽は気まずげに視線を逸らした。


「おい高遠…彩羽にちょっかい出すなって」

「ちょっかいなんて出しているつもりはないんですがねぇ…あちら(千里)が勝手に誤解しているんですよ金田一君」

「いやあれお前がちょっかい出してるからだろ…」


2人が外に出たのを見送った後金田一は高遠に注意をした。
高遠からしたら千里の方がちょっかいだしているようにしか見えず、自分はただ彩羽と話していただけだと主張し、金田一は呆れた。


「そもそもお前彩羽の前で隼人を殺しておいてよく彩羽に話しかけられるな…」

「あの時は彼女に危機が迫っていたものでね…つい手が出てしまったんですよ」

「嘘をこけ…彩羽に恋慕してた隼人が許せなかっただけだろ」

「おや、鈍い君にしては鋭いですね」


高遠は彩羽の目の前で彩羽の弟を殺した。
咄嗟に彩羽の目を隠したとはいえ、殺したという事実が隠せるわけではない。
そして、隼人を殺したのは一概に彩羽が危なかったからという理由ではないのを金田一は知っている。
高遠は少なくとも彩羽を好いている。
だからこそ隼人を殺したのは嫉妬も含まれていたのだろう。
弟を殺した本人を目の前にして平然としてられる彩羽もだが、やはり相変わらずどこか感性がズレていると金田一は溜息をつく。


「千里さんもいるんだ…あまり彩羽にちょっかい出して皆に正体をバラすなよ…」

「それはこちらのセリフですねぇ…今の私は遠山だと打ち合わせしておいたのにさっそく高遠と呼ぶ君に私は少し心配ですよ」

「………サーセン…」


高遠が妹を守ってほしいと言ったから金田一はここにいるのであって、高遠の尻拭いの為ではない。
まだ巴川家の事件だって記憶に新しいのだ。
高遠が犯人ではなかったが、最終的に高遠は巴川家で人を殺している。
千里にとって高遠はあまり彩羽に近づいてほしくない相手である。
それを忠告すれば高遠に忠告返しをされ、先ほど遠山ではなく高遠と呼んでしまった自覚もあり金田一は気まずげに目を逸らして謝っておく。
とりあえずこれ以上痛いところを突っつかれたくはないと外に向かい、高遠もそれに続く。


「なにこれ…どういう事!?」


外にであれば本来薔薇のアーチを潜って館から出れるはずが、そのアーチの入り口は同じ薔薇の壁に塞がれていた。


「どけえ!こいつでぶち破ってやる!!!」


招待客の中で一番挙動不審になっていた小金井が、外に設置されていた椅子を持ち上げ大きく振りかぶって薔薇の壁を無理矢理破ろうとしていた。


「おい!止めた方がいいよ!」

「危ないですよ!」

「煩い!殺人鬼がいる館やで!!棘の方がマシだ!!」


佐久羅と白樹が止めようと声をかけるが、小金井は聞く耳持たず薔薇の鋭い棘で手に傷を作りながらも逃げ出したい一心で椅子で薔薇の壁を壊そうとした。
しかし突然その小金井の動きが止まり……―――小金井はゆっくりと倒れた。


「小金井さん!!」


ピタリと動きを止めたと思えば突然倒れた小金井に辺りは困惑させた。
ピクリともせず倒れたままの小金井に金田一が駆け寄ろうとしたが、それを高遠が止める。


「―――毒です」

「!?」


金田一が駆け寄ろうとしたのを高遠は金田一の肩に手をやり止めた。
無暗に触れて金田一も毒にやられるのを防ぐためだ。
金田一を呼んだのは妹を守ってもらうためであるし、何より自分の作り上げた舞台以外で金田一が死ぬなど許しがたい事でもあった。


「このアーチを埋め尽くする薔薇の棘には引っ掻いただけで死に至らしめる猛毒が塗られているのでしょう」

「うそ…じゃあ小金井さんは…」

「死んだの…!?」


皇の死体の次に息する暇なく小金井が死亡し、人の死を目の前にした冬野達は唖然としていた。
そんな冬野達をよそに慣れている高遠は閉じ込められたと溜息を吐く。


「やれやれ…これでは外に出る事が出来ませんね…」

「そんな馬鹿な…ここじゃなくても周りの垣根をどこでも突破すれば…!」

「――試してみますか?」

「…っ」


出られないと告げる高遠に祭沢が足掻くように言葉を呟くも、その微かな希望は高遠の言葉によって消え失せた。
毒がアーチを塞ぐ壁だけに塗られており、周りの垣根は無事だという証拠もなければ実験するにしても動物などいない。
自分達しかいないこの場で周りの垣根に毒を塗られていないという確信がない以上無暗に薔薇に触れるのは愚策とも言えた。


「あっ!そうだ!警察!!警察に連絡すれば助けてもらえるかも…」

「無理です」

「な、なんでそう言い切れるんだよ!」

「館について部屋に案内された時電話しようとしたんですけど圏外でした」


佐久羅が外に連絡すれば外から助けてくれるのではないか、と電話の存在を思い出したがそれを彩羽が否定した。
思わず怒鳴る様に問えば、彩羽がすでに圏外だということを証明しており、確認のためそれぞれ自分の携帯を見れば電波が通っているという三本の棒は消えており、圏外という文字だけが表示されていた。


「毛利さん!中に電話は…」

「それが…電話もないようでして…」

「もう!!どうなってるの!この館は!!」


ただこの館に来たのは、招待状を送られたから来ただけなのに閉じ込められただけではなく事件に巻き込まれてしまった。
小金井のように自分も死ぬかもしれないと思うとどうしようもない恐怖感と同時に怒りも沸き上がってしまう。
声を荒げる禅田に高遠は静かな声で呟く。


「ですから先ほど申し上げたのです…猛毒が全ての薔薇に塗られているかどうかそれは分かりません…しかし一か八かで飛び込めば小金井さんのようになるかもしれない…我々は心理的にも物理的にも閉じ込められてしまったんですよ…―――ローゼンクロイツが作り上げた…この薔薇の檻にね」


高遠は殺人鬼としての余裕があった。
それが周囲にどう見えたかは分からないが彩羽は高遠の言葉に少しだけ混乱しかけた頭が冷えていくのを感じた。
少なくとも、数日は閉じ込められるのは決まったのだ。
今焦っても仕方ないと彩羽は館の中に戻る高遠の背を見送りながらそう思う。

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