(11 / 24) 薔薇十字館殺人事件 (11)

彩羽は手の中に納まっている物を見下ろす。
その手にはタオルが握られており、桃色の薔薇の絵が施されていた。
そのタオルは可愛いと思うし、オシャレだと思う。
だが彩羽はそのタオルを見て深い溜息を吐いていた。


(どうしよう…意外と千里さんの監視の目が厳しすぎる…)


タオルに不満があるわけではなく、彩羽は千里の監視の目が厳しい事に溜息を吐いていた。
千里は彩羽を守っているように常に傍にいて監視していた。
何に、とは愚問であろう。
―――高遠遙一。
彼に対して千里は強い敵意と警戒心を持っていた。
しかしそれは普通の反応である。
高遠は殺人犯であり逃亡犯であるのだ。
それも巴川家を隠れ蓑とし、『佐藤英二』という偽名と偽りの顔を作ってまで彩羽の傍にいたのだ。
更には彩羽の弟の隼人を殺害しその後逃亡した。
巴川家で事件を起こしたのは隼人だが、最後に全部持っていくような騒ぎを起こしたのは高遠である。
殺人犯を警戒するのは正しい判断であるのだが…


(これじゃ話する事さえできない…)


彩羽は千里の警戒心の高さに困っていた。
実は彩羽は高遠と話がしたいと思っているのだ。
再会してからずっと彼とはちゃんと話をしたかった。
だけど千里の監視が厳しくて高遠が彩羽の気持ちを汲んで話しかけてくれても彩羽と高遠の間に入られて話しどころではなくなってしまう。


(こうなったら…夜中に部屋に行くしかないかな…)


監視の目が緩むとき…それは―――皆が寝入った夜中しかない。
彩羽はそう思い、俗に言う夜這いをしかけようと思う程追いつめられていた。
ここに明智がいれば『そんな事させるとでも?』と更に監視の目が倍となっていただろう。
むしろ明智がここにいれば彩羽はこうして1人でいる事さえできないはず。


「彩羽さん、いる?」

「いますよ、開いているのでどうぞ」


はあ、と溜息が止まらないでいるとコンコンとノックの音がし、続いて千里の声がした。
さきほど千里の事を考えていたのもあって驚いたが、事前に一緒にお風呂に行く約束をしていたと思い出した。
彩羽の了解を得た千里は扉を開ける。


「準備出来た?」


荷物が増えるのは嫌だから、部屋でパジャマに着替えており、持っていくのは下着と配られたタオルのみ。
時間を決めて彩羽の部屋に迎えに行くという約束だった。
彩羽の部屋で集合なのは、勿論高遠を警戒しての事だという。
彩羽を守るためだというのは分かるし有り難いが、その高遠と話がしたいと思っている彩羽としては少し窮屈にも感じた。
しかし千里にまさか『高遠と話したい』とは言えず困りつつ言葉に頷いて返す。


「毛利さんから聞けば薔薇風呂みたいね…楽しみだわ」

「そうですね…薔薇風呂は初めてですし…でもタオルも薔薇が描かれていて、トイレの男女別けの絵も薔薇でしたし部屋だって薔薇や十字架ばかり…ローゼンクロイツって人、薔薇や十字架に凄い拘っているんですね…」

「そうね…そんな拘っている薔薇を凶器に使うなんて…やっぱり殺人鬼の考えてる事はよく分からないわ…」

「………」


彩羽はこの館から来てからの感想を述べた。
この館に向かう時も薔薇のアーチを潜らなければならない。
更には周りの垣根も薔薇に囲まれており、トイレの男女表示も男は青い薔薇、女は赤い薔薇で分けられていた。
食事の際も薔薇が添えられていたし、毛利に配られたタオルも薔薇が描かれている。
更にはお風呂も薔薇が浮かんでいるらしく、まだ入っていないが恐らくシャンプーやせっけんなども薔薇関係の商品なのだろう。
部屋だって薔薇が活けてあったし、薔薇十字の名の通り窓が十字型になっていた。
ここまで徹底している建物ということは、何らかの施設だったのだろうかと彩羽は思う。
だが、千里の呟きに彩羽は曖昧な笑みを浮かべて返した。
確かにここまで薔薇を愛しているのなら武器に使うなど邪道ではないだろうかと普通は思うものらしい。


「あれ、彩羽ちゃんに千里さん!」


もうすぐ風呂場に着くという所で、後ろから声をかけられた。
振り返れば美雪と教師である白樹がいた。


「美雪ちゃんに白樹先生!先生達も今からお風呂ですか?」

「ええ、そうなの」

「はじめちゃんは?」

「準備したら行くって言ってたよ…犯人がいるかもしれないから先生と入れって…」


2人も殺されており、閉じ込められてしまったため単独行動はするべきではないと金田一が判断し、美雪に白樹を誘って二人で入れと言われたらしい。
一度彩羽を誘おうとしたが、丁度千里と風呂場へと向かった後だからか留守だったとも告げた。
偶然とはいえ鉢合ったので4人で風呂に入る事にした。
他愛ない話をしながら風呂場の扉を開けると、丁度月読が着替えている途中だった。
しかし…4人は月読の背中を見て驚いた表情を浮かべた。


「――――っ!」


月読も扉が開かれる音で人が来た事を知り素早くバスローブを羽織り退室しようとしていた。


「つ、月読さん…もう入ったのね」

「…お先に失礼」


気まずげにも声をかけると、頷きもなく返されそそくさと出て行かれてしまった。
冷たい印象だが、それ以上に…


(薔薇みたいな真っ赤な十字架…火傷か何かの跡かしら…)


背中にあったモノが気になった。
一瞬だったが、それはハッキリと美雪達の目に焼き付いていた。
月読の背中には大きな十字架が浮かび上がっており、恐らく火傷の跡なのだろう。


「さ、さあ入りましょうか…あんな事がありましたし…お風呂に入ってさっぱりして、寝てしまうのが一番ですよ」

「そうですね…」


彩羽も気になったのか美雪と同じく去っていった月読の扉を見つめていた。
そんな少女二人をよそに大人二人は気分を切り替えようと月読の事は触れずに風呂に入ろうと美雪と彩羽の背を押す。
まあ火傷の跡がある人間なんて沢山いると彩羽も美雪も気にはなるが今は触れずにいようと脱衣所へ向かった。
服を脱ぎ汚れものは袋に入れて分けて4人は風呂場へと入る。


「わあ!見て見て彩羽ちゃん!薔薇が浮かんでる!」

「本当!花から香ってくるのかな…薔薇のいい香りがするね!」


浴槽には白乳の入浴剤が入っているのか、白一色の水面に、赤と白の斑模様の薔薇と薄いピンク色の薔薇が浮かんでいた。
白色が二つの薔薇を際立たせており、優雅さを演出してた。
頭も体も洗い終え、4人は颯爽薔薇の香りのする浴槽に入る。


「これ、なんて名前の薔薇なんだろう…」

「これは『蓮花』って花よ…こっちは『美咲』」


目の前を漂う赤い薔薇を手の平に受け止めて香りを楽しむ彩羽の疑問に以外にも白樹が答えてくれた。
赤い薔薇は『蓮花』、ピンク色の薔薇は『美咲』と教えてくれた白樹に彩羽は意外そうに見る。


「へえ!先生、薔薇にお詳しいんですか?」

「ええ…父が昔から薔薇の研究をしていたの…昔住んでいた家は父が育てていた薔薇に囲まれて子供の頃が薔薇が私達の遊び相手だったわ」

「私達って…先生、ご兄弟がいらっしゃるんですか?」

「ええ…一人ね…ただ幼い頃に離れ離れになっちゃったから…顔も覚えてないけれど…」


白樹は昔、薔薇に囲まれて育ったらしく、その影響から薔薇が好きで薔薇の名前も覚えていると答えてくれた。
美雪はその白樹の言葉にハッとさせ、彩羽はじっと白樹を見つめる。


「ご兄弟って本当に一人だけなんですか?」


彩羽は白樹を見つめながらそう問う。
それは変な質問だった。
美雪も千里もなぜそんな質問をするのか分からないと言わんばかりに彩羽を見ており、白樹もキョトンとしながら彩羽の問いに頷いて見せる。


「ええ…兄が1人いたけど…小さい頃に離婚してしまってそれ以来会っていないわ」

「…そう、ですか……すみません、変な質問してしまって…」


頷いた白樹の言葉に彩羽は視線を落として謝る。
そんな彩羽に白樹は『気にしないで』と笑ってくれて、その言葉に彩羽も視線を戻して笑みを浮かべた。


(彩羽ちゃん…?)


ただ、美雪は視線を落とした時の彩羽の表情がどこかホッとしたような…しかし残念そうに見えた。
心配そうに彩羽を見ていたが、話題はすでに別の物になっていた。
主に白樹と千里が話し込んでしまい、美雪も2人がいる前で彩羽に聞くわけにもいかず今の事は頭の端に残しておきながら彩羽と会話を広げる。
千里とばかり一緒にいるため、なんだか久々に会話をする気がした。


「ちょっとのぼせてきちゃったわ…結構長く浸かってたみたいね…彩羽さん、もう出ましょうか」

「はい」


4人とも話が弾んでしまい、思ったよりも長風呂になってしまった。
彩羽の頬が赤いのを見て千里は自身ものぼせてきたのを感じて上がろうと美雪と楽しそうに話す彩羽に声をかけると彩羽は頷いて湯船から上がった。
脱衣所で着替えをして出て行くと使用済みのタオルを入れるボックスがあったので、彩羽達はそれにそれぞれ配られたタオルを入れる。


「私はじめちゃん待ってるので先に戻っててください」


戻ろうと歩き出すと、美雪が三人にそう言って残ると言い出した。
それに千里と白樹が『何かあったら大変だわ』と犯人がまだ捕まっていないからと心配するが、美雪は『大丈夫です』と言い張るが、やはり大人たちの心配の表情は消えなかった。


「じゃあ私も残ります…それなら美雪ちゃんは一人じゃないですからいいですよね」


心配する大人たちに彩羽が名乗り出た。
立ち止まった美雪の隣に立ち、美雪の腕を組む。
そんな彩羽に白樹と千里はお互い顔を見合わせる。


「まあ、一人じゃなければ…」

「……でも危険だわ…彩羽さんはただでさえ…」


白樹は渋々だが了解してくれたが、高遠の事を知っている千里はいい顔はしなかった。
白樹がいるから配慮したのか、恐らく続く言葉はこうだろう―――『高遠もいるんだし』と。
この場にいる時は高遠ではなく遠山だし、流石に無関係の白樹に連続殺人犯がいる言って不安がらせたくはないと思ったのだろう。
まだ渋る千里に彩羽は笑顔を浮かべた。


「大丈夫ですよ千里さん…はじめちゃんもいますし…いざとなったらはじめちゃんが頼りになるのは千里さんも知っているでしょう?」

「………」


金田一は一見頼りがいがなさそうに見えるが、いざとなればその隠れた頭脳で難解を突破してきた。
少々体力や運動的に頼りないが、それでも場数を踏んでいる分信頼はあった。
千里も推理しているときの金田一を覚えているからか、まだ渋い顔をしてはいたが仕方ないと言わんばかりに頷いてくれた。
彩羽は後ろ髪を引かれる様子の千里の後姿を見送り、こそりと美雪に耳打ちされる。


「よかったの?彩羽ちゃん…私一人でも平気なんだけど…」

「うん…美雪ちゃんの事心配だったし、ここに来てからあまり話せなかったから」


美雪は彩羽と話せなくて寂しさがあったが、どうやら彩羽も同じように思ってくれていたらしい事が分かり嬉しそうに笑った。
千里が高遠を意識し警戒しているのは美雪にも分かり、千里は明智の代わりに彩羽の保護者として彩羽を守ろうとしているから彩羽も嫌がる素振りはできないのだろうと思った。
今日一日満足に話せなかった分楽しそうに会話に花を咲かせていると、丁度金田一が出てきた。


「あ、はじめちゃ…」

「はあ…最低の薔薇風呂だった…何より野郎三人…うち一人は犯罪者!…どうせならもっとこう――…」


出てきた金田一に声をかけようとした美雪だったが、金田一は彩羽と美雪に気付いていないのか深い深い溜息を吐き独り言を愚痴る。
どうやら男風呂も薔薇風呂だったらしいが、女好きの金田一からしたら同性との薔薇風呂は地獄絵図だったらしい。
しかも今は協力しているが本来なら敵対関係の高遠も一緒だったらしい。
それだけならまだ同情もした。
しかし次に金田一はデレッと鼻の下を伸ばしはじめ、お目付け役である美雪でなくても金田一が今エッチな妄想をしていると読めた。
美雪はむすっとさせデレデレな金田一の耳を掴んで引っ張る。


「いででで…!!何すんだよ!」

「変な事考えてるからでしょ!」


美雪に耳を引っ張られ金田一は涙目で美雪に振り返る。
ムスッとさせる美雪の背後には彩羽もいたが…金田一がエッチな妄想をしているのを感じた彩羽も怒っておりにっこりと笑っているがそのオーラはドス黒い。
女子二人のオーラに金田一は風呂に入り体が温まっていたのに一瞬で冷え切ってしまった。


「っていうか美雪…お前先生と一緒に風呂入りに行ってたんじゃないのか?先生を一人で帰らせたのかよ」

「行く途中で彩羽ちゃんと千里さんと会ったのよ…私ははじめちゃんを待ってようかなって思って…心配した彩羽ちゃんが付いてきてくれて、先生は千里さんと一緒に部屋に戻っていったわ」

「俺を待ってるって…別にいいのに」

「だって!心配だったんだもん!いくらはじめちゃんが沢山事件を解決してるからって言ってもはじめちゃん、運動神経ぜんっぜん駄目だし…絶対襲われても逃げきれないと思ったから…はじめちゃんなんて犯人からしたらひ弱だから恰好の餌食じゃない!」

「………おい、そこまで言う必要はないと思うんだが?」


美雪からわざわざ『自分を待っていた』というのを聞いてニヤニヤ顔でいたが、更に続けられた言葉に一気に地面に落とされた気分となった。
『確かに俺はあの高校生探偵とは比べ物にならないほど運動音痴ですけどー』と拗ねる金田一に美雪は『そうね…同じ探偵なのに不思議ね』と慰めるでもなく納得してしまう。
とりあえず金田一は肩を落としながら『俺探偵じゃねえから』と言っておいた。
そんな2人のやり取りを彩羽は思わずくすくすと笑い声が零れてしまう。
彩羽の笑い声に二人はキョトンとさせ彩羽を見つめた。


「ごめん、なんか…2人のやり取り見てたら笑えて来ちゃって…」

「ひでえ!美雪に苛められてる俺を笑うかよ普通〜!」

「イジメてなんかいないじゃない!本当の事を言ったまでよ!」

「これ!これが苛めてるっていうんですぅ〜!彩羽もそう思うだろ!?」

「まあ…でもはじめちゃんが運動音痴なのも犯人の恰好の餌食なのも事実だし…」

「うわーーん!幼馴染二人に苛められてる俺超可哀想〜〜!」


味方がいないと嘘泣きをする金田一に美雪は呆れ顔を作り、彩羽は笑みを深めた。


(やっぱり二人といると落ち着くなぁ…)


先ほどのやり取りで無意識に緊張していて強張っていた体が解れたようで、彩羽は二人の存在が意外と自分の中では大きい事に気付く。
勿論、一番大きいのは従兄の明智である。


「ところで…先生から何か聞き出せたか?」


金田一は彩羽の笑みを見てホッとした。
薔薇十字館で再会してから彩羽の顔には緊張しか見えなかったから金田一は心配していたのだ。
原因は分かっている。
高遠だ。
弟を目の前で殺したあの殺人鬼とまた再会するとは彩羽も思っていなかっただろう。
それに佐藤英二としてずっと心からの信頼を向けていたという複雑な思いもあるのかもしれない。
だから彩羽が笑顔を見せてくれたことに安堵した。
彩羽の表情が和らいだのを見て金田一はふざけるのを止めて美雪に問う。
先生と風呂場に行かせたのは心配もあったが、何より先生から何か情報を聞けないかという下心もあった。
美雪は金田一の問いに頷いた。


「中でちょっとだけ話したわ…確か…先生にはお兄さんがいるみたい」

「お兄さんが?」

「うん…先生の両親は薔薇の研究をしてたみたい…でも両親は先生が幼い頃に離婚していてお兄さんとは離れ離れになったって…小さい頃だったから顔も覚えてないんだそうよ」

「…離婚で生き別れた、か…なんかますます先生が高遠の妹かもしれない可能性が高くなってきたな…」


湯船に浸かっていた時に聞いた話を金田一にも教えた。
その話は彩羽も聞いており金田一が聞くという事は、やはり高遠の妹を探しているのだと彩羽は察しがついた。
あの部屋では『高遠の妹を守るためにきた』としか説明してくれず、千里と自分には『高遠の妹を探してる』とは話してくれなかった。
だが、彩羽も何となく予想はついていたから『やっぱりか』と思う。
しかし、金田一の呟きに…


「違うと思う」


彩羽は否定した。
彩羽の言葉に美雪と金田一は目を丸くして彩羽を見た。


「なんでそう思うんだ?」

「だって先生の生き別れたご兄弟って一人だけって言ってたじゃない?」

「うん…兄だけって言ってたわね」

「だから先生が異母妹じゃないと思う」


彩羽は金田一達の怪訝な目を向けられても表情一つ変えず首を振ってみせた。
はっきりと違うと言い切る彩羽に金田一は更に怪訝さを深め、『だからどうしてそう言い切れるんだ?』と更に理由を聞こうとした。
その時…


「あの…」


誰かに声をかけられた。
振り返れば世話係の毛利がおり、流石に毛利の前で高遠の妹の話などできず彩羽をチラリと意味ありげに目をやった後平然を装い毛利に向かい合う。


「なんですか?」

「お取込み中すみません…お使いになったタオルはこちらの籠に入れておいてください」

「はーい」


毛利の言葉に金田一は言われた通り使用済みのタオルを籠に入れる。


「ところで皆さまお済みでしたら最後に私も湯を使いたいのですがよろしいでしょうか?」

「あ、祭沢さんは今入るみたいですよ?」


毛利の言葉に金田一は先ほどすれ違った祭沢の事を教える。
世話係として教育は行き届いているのか毛利は客人の最後に入るつもりだったらしい。
祭沢が入ったという事はまだ入れないという事になり、毛利は少し残念そうにしていた。


「それにしても毛利さんて、本当のホテルマンみたいですねえ!」

「え、ええ…実は少しだけホテル勤めをしていたことがありまして…」


何となくそう思ったから言った言葉だが、毛利はどこか気まずげに答えた。
金田一は毛利の変化にピクリと反応させたが、質問をするまでに先ほど入ったばかりの祭沢が出てきた。


「祭沢様…お早いですね…」

「くそ!」


シャワーだけ済ますにしてはあまりにも早い祭沢に、毛利がそれとなく声をかけるも祭沢は毛利に気付いていないように苛立ったように使用していないタオルを籠に投げ入れる。


「俺が悪いんじゃないだ…悪いのはあの皇と小金井だ…!」


ブツブツと何か文句のような事を言っており、それに彩羽達が唖然と見つめているとその目線に気付いたのか怯えた様子を見せた。


「そんな目で俺を見るな…!悪いのは俺じゃない…!!俺は潔白だ!!」


祭沢にはどんな目で見えたのかは分からないが、4人の目線に耐えきれないと言わんばかりに祭沢は彩羽達から逃げる様に姿を消した。


「なに、急に…」

「そんな目で見るなとか言ってたけど…」

「け、潔白?」


足音をさせ逃げる様にその場から去っていく祭沢に4人とも唖然としていた。
彩羽達は祭沢の行動が全く読めず、お互い顔を見合わせているとまた男風呂の扉が開かれる。


「おや、お揃いで…どうしたんですか?」


中から出てきたのは高遠だった。
毛利以外のその場の人間は高遠の本性を知っているので、突然現れた高遠に驚きの表情を浮かべる。
特に美雪は思わず金田一の後ろに隠れてしまった。


「なあ祭沢さんどうしたんだ?」

「さあ…先ほど祭沢さんが入って来たと思えば浴室を見て出て行きました」

「浴室を見て?」

「そういえば祭沢さんってなんだか混乱してたみたい…」

「あと変な事ブツブツ言ってたわよね…俺はやってないとか…小金井と皇が悪いんだとか…よくわからない事…」


祭沢が入って来た時丁度高遠が出ようとしていた時らしく、その場面を見ていた高遠は金田一の問いに答えた。
先ほどの様子も可笑しかったため、金田一も高遠も頭に入れて置くことにした。
とりあえずこの問題はもっと情報が集まってからにすることにし、話もひと段落したということで毛利は金田一達に先ほどの問いをもう一度した。


「ところで、最後に私も湯を使ってもよろしいでしょうか?」


この館は彩羽達の部屋にトイレと浴槽もないため、従業員もこの風呂場を使うしかないらしい。
金田一の他にも佐久羅もいたが、どうやら佐久羅は金田一よりも先に出ており、祭沢も先ほど逃げる様に風呂場から出て行ったため最後は高遠となった。
高遠が『ええ、どうぞ』と塞いでいた扉を譲れば、毛利は安堵の表情を浮かべ『ありがとうございます』と言って入っていった。


「さて…私達も部屋に戻るとしましょうか…もう夜も遅いですし、また何が起こるか分かりません」

「ああ、そうだな…」


犯罪者に仕切られるのは複雑だが、高遠の言葉もその通りなため、金田一達は螺旋階段を使い部屋に戻ろうと歩き出した。
歩いている間は静かだった。
誰も話すことはなく、足跡だけが4人の耳に響く。
夜だから余計に静けさに響く音が大きく聞こえ、彩羽は心臓がこれでもかといわんばかりに激しく鼓動を繰り返していた。
それは緊張していたからだ。


「では…」


高遠と金田一、美雪の部屋は隣通しだった。
それは金田一と美雪が高遠の連れだというのもあるのだろう。
階段を上がり一番近い部屋は高遠の部屋だった。
金田一達に一言言ってから部屋に戻ろうとする高遠を見て彩羽は…


「ま、待って!」


思わず背を向ける高遠のスーツに手を伸ばした。
彩羽の突然の行動に金田一と美雪だけではなく高遠までもが目を丸くし驚いた表情を浮かべる。
それに気づかず彩羽は高遠のスーツをギュッと握りしめ、高遠を切羽詰まった表情で見上げた。


「あの…私…!」


何か言おうとした彩羽の唇に高遠の人差し指が触れる。
それに反射的に口を閉じてしまい、彩羽はキョトンとした顔で高遠を見上げる。
そんな彩羽に高遠は目を細めゆっくりと彩羽に近づき…


「―――――」


耳元で何かを囁いた。
その言葉に彩羽は目を丸くさせる。


「キャーー!キャーー!!」

「ワーーーっ!!ワーーーっ!!」


彩羽が驚いて反応が遅れていた間、先に我に返った金田一と美雪が声を上げて両者同時に駆け寄り彩羽を捕獲し高遠から遠ざけた。
高遠はマネージャーを装っていた時と同じ反応の二人に愉快そうに笑みを浮かべ、抵抗も対抗もせず彩羽を見送る。


「おまっ…な、なにやってるんだよ!!ちょっかい出すなって言ってんだろ!」

「ちょっかいとは失礼な…海外では挨拶にキスをするのは当たり前ですよ…ちょっかいではなくコミュニケーションと言ってほしいですね」

「うそこけ!!お前のそれは100%欲望が詰まったセクハラだろうが!!明智さんに怒られるの俺なんだからな!!」

「別にいいのでは?警視の嫌味などただの嫉妬でしょう…あんな意味のない嫌味など無視すればいいんですよ」

「おまっ!馬鹿か!彩羽関係の明智さんは鬼なんだぞ!悪魔なんだぞ!!」


あのフェミニストが美雪にまで嫌味をいうわけもなく、あの高レベルな嫌味が自分に全て向けられるのだ。
特に高遠と明智は彩羽を巡って巴川でも対決していたので、更に嫌味のレベルが上がりそうな気がする。
そう思いながらも明智の嫌味な幻聴が聞こえるようで、金田一は必死に高遠がキスをしたであろう頬を拭う。


「は、はじめちゃん…痛い…痛いんだけど…」

「我慢しろ!高遠菌を拭ってやってんだから!」

「高遠菌って…」


ごしごしと強く拭いすぎて彩羽は痛みに顔を顰めた。
しかし大事な幼馴染よりも金田一は明智の方が恐ろしいらしく聞く耳持っていない。
むしろ金田一の中では、高遠(連続殺人犯)<<明智(エリート警視)の方が恐怖度は高いらしい。
高遠を菌類扱いする金田一に彩羽は苦笑いを浮かべ、高遠本人は『君も失礼な人ですね』と声のトーンを落とす。
不機嫌さを隠さないのは金田一達が見知った人間だからだが、何より高遠もまた明智が気に入らないからだ。


(まあ、キスはしてないんですけどね)


そう思いながらも口にすれば何をしたのかバレるので言わないでおく。
とりあえず『あまり彼女を傷つけるのやめてくださいね、人を殺して八つ当たりしますよ』と釘を刺しておき、早々と部屋に戻っていった。
勿論…それを聞いて金田一が青ざめながら拭くのをやめるのを見届けながら。

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