高遠は自身の部屋に置かれている椅子に座り時計を見上げた。
(そろそろでしょうか…)
カチコチ、とリズムを刻みながら鳴らすその音は普通なら心地よいのに、今は音がなり針が進むごとに緊張が高まっていく。
高遠は彩羽へ会いに行くために時計を見ていた。
彩羽が高遠と話がしたいと思っているのと同じく、高遠も彩羽と話がしたいと思っていた。
しかし彩羽には千里が、高遠には金田一の監視の目があったためお互い二人きりで話す機会が得られず一日が終わりを告げようとしていた。
だからあの時キスを装って彩羽に『暫くしてからまた伺います』と伝え、今、高遠はその言葉通り彩羽に会いに行こうとしていたのだ。
(柄にもなく緊張するとは…私もまだ人間の感性が残っているという事か…)
ただ普通の女子高生に会いに行くだけなのに、高遠は心臓が壊れるのではないかと言わんばかりに鼓動を速め緊張していた。
初めて客の前に舞台でマジックを披露した時でさえこんなにも緊張していなかった。
今が人生で最大に緊張している瞬間とも言える。
時間を決めてはいないが、もうそろそろいいだろうかと椅子から立ち上がり、部屋を出る。
彩羽の部屋の前に立ち静かに深呼吸をし、震える手でノックをする。
「は、はい…」
ノックをした後少し間をあけながらも彩羽は返事をしてくれた。
戸惑った様子ではあるが、高遠が名乗れば『開いてます』と返ってきたので断られなかったことにホッと安堵の息をつき、ドアノブを握り扉を開けた。
彩羽の部屋なのだから彩羽しかいないはずだった。
しかし―――
「よ、遅かったな」
彩羽の部屋には金田一と…美雪がいたのだ。
その二人の姿を見て高遠は話をする前に全てを察する。
「………君はほんっと…空気の読めない人ですね…金田一君…」
高遠はあれほど緊張し興奮していた気分が金田一と美雪の姿に嘘のようにスッと冷めていくのを感じた。
不機嫌そうに目を細めてそう呟き自分にだけに殺意を向ける高遠に金田一はにかっと笑ってみせた。
その笑みは普段なら好印象に映るのに、今では腹立たしく見えた。
しかし、金田一の行動も読めないほど浮かれていたらしい自分にも落ち度はあり溜息を吐き殺意を引っ込める。
「なんだよ…お前の悔しがる顔を期待したんだけどな〜」
「君が僅かな事も見逃さない子だと見落としていた私の落ち度もありますからね…まあ、悔しいというより腹は立っていますが」
溜息を吐き殺気を仕舞う高遠に金田一は『ちぇ』と唇を尖らせるが、高遠には『君がそれをやってもあざといどころか不快にさせるだけですよ』と仕返しされた。
そんな憎まれ口をたたく高遠に『うっせえ』と返して二人の慣れあいは終わったのか、高遠は諦めの溜息をもう一度吐いて扉を閉めて部屋に入る。
美雪は金田一の傍にいたため高遠の殺気をとばっちりに受けてしまい、青い顔で『だから言ったじゃない!彩羽ちゃんを移した方がいいって!』と金田一に小声で言っていた。
美雪は美雪で高遠と彩羽を二人きりにさせないつもりなのが高遠に聞かれてバレバレだが、元々高遠は美雪は金田一のオマケ程度としか認識していないので気にもしていなかった。
「…ごめんなさい…一応断ったんだけど…」
「いいんですよ…誰も金田一君の図々しさには勝てませんからね…仕方のない事です…それに金田一君の図々しさを予想できたのに考えもしなかった私も悪いんですから」
「をい、どういう意味だそれ」
「そのままの意味ですよ」
ベッドに座っていた彩羽が申し訳なさそうに高遠に謝るが、こればかりは仕方ないと彩羽に伝えた。
しょんぼりさせる彩羽は可愛らしく、不機嫌だった気分が少し晴れた気がした。
そんな自分に『現金だな』と思いながら図々しい図々しいと言われた金田一がムスッとさせるもバッサリと切って捨てる。
「人の逢引をよくもまあ邪魔できますね…その図太い精神が羨ましいです」
「うっせー!大体犯罪者と彩羽を逢引させるわけにはいかないだろうが!」
大げさに溜息を吐き明智と同じように嫌味を零す高遠に金田一は噛みついてみせる。
もしも彩羽と高遠との逢引を許した挙句に頂かれたと明智に知られたら被害は金田一に集中するだろう。
それどころか八つ当たり対象である剣持達一課も広がる可能性だってある。
明智班の平和は金田一に掛かっていた。
大きな物を背負いながら金田一は『で?』と高遠に声をかけ、金田一の言葉に高遠はもう一つ備え付けられていた椅子に座り首を傾げて見せた。
本当は分かっているはずの高遠の仕草に今度は金田一が溜め息をついた。
「本当は何しに来たんだ?」
「ですから言ったでしょう…彼女との逢引だと…その耳はきちんと機能していますか?いいお医者様をご紹介いたしましょうか?」
高遠は殺意を引っ込めても苛立ちは隠さなかった。
彩羽と二人で話したかったのに金田一が空気を読まず邪魔をしてきた腹立たしさからつい言葉に棘がある言い方をしてしまうのだ。
『闇医者ですが』、と続ける高遠の言葉や態度に金田一も流石に穏やかにはいられず睨むように見つめた。
「やめて、二人とも…喧嘩をさせるために2人を部屋に入れたわけじゃないんだよ…」
睨み合っていると彩羽が溜め息と共に止めに入る。
2人が睨み合っているのは自分も原因ではあるが、何も二人を喧嘩させるために部屋に引き入れたわけではない。
金田一と高遠を拒まなかったのは、諦めもそうだが、何より隠すのが難しいと彩羽も思っていたからだ。
金田一と高遠は彩羽の言葉に睨み合うのをやめ、お互い視線を逸らす。
お互い大人げなかったと思ったのだろう。
そんな2人に美雪はホッと胸を撫で下ろし、彩羽は高遠へ目をやる。
高遠も彩羽の視線に気づき、二人は見つめ合うように顔を合わす。
「やっぱりはじめちゃんを誤魔化せないと思う…特に今回の目的が目的だし…」
「……そうですね…まあいずれは気づかれると思っていましたし……仕方ありません…」
彩羽の言葉に高遠は頷いて返した。
これは彩羽だけが決めていい物ではないため、高遠が承諾してくれたことに少し安堵する。
2人だけが理解できる会話に金田一と美雪はお互いを見合う。
「話してくれるんだな?」
「ええ…本当は二人だけの秘密にしたかったんですが…金田一君を呼んだ理由では難しいでしょう」
「理由やら目的やら…どういう意味だよ…」
彩羽の『目的』だの高遠の『理由』だの金田一は首を傾げ怪訝とさせて高遠と彩羽を見た。
彩羽は困ったように眉を下げ、高遠は表情を変えずに金田一を見返し『実は』と呟き――…
「私達は兄妹なんですよ」
爆弾を投下した。
当然金田一と美雪は言葉を失い、その場は静まり返る。
「……え?きょうだいって…誰と誰が?」
「聞いてました?やっぱり医者を紹介しましょうか?闇医者なので保険は利かず一般の治療費の倍を請求されますが」
「誤魔化すなよ!兄妹って言ったよな!?お前と…彩羽が…兄妹!?」
「ええ兄妹です…腹違いですが」
夜中ではないが、時間帯は夜。
4人しかおらず話していたのも金田一と高遠のみ。
高遠も小さい声では話しておらず、耳が聞こえない人間か、耳垢が信じられないほど溜まっている人間か、耳が遠い老人でない限り高遠の言葉はちゃんと耳に届いているはずである。
だが、金田一は聞き返した。
それに呆れたように返せば怒鳴られ、高遠は呆れ顔で『やっぱり聞こえてるじゃないですか』と零した。
否定しない高遠に金田一は…否、金田一と美雪は彩羽を見て、そしてまた高遠を見て、彩羽へ視線を戻す。
彩羽も首を振らない事から高遠の言葉は嘘ではないのだろう。
「で、でも…彩羽ちゃんって4歳からの記憶しかないって…」
「そ、そうだよ!!なのに兄妹って…彩羽もそれを信じるのかよ!!」
美雪の呟きに金田一は復活した。
彩羽は4歳からの記憶しかない。
3歳までの記憶はなく、施設から明智の叔父夫婦に引き取られ、そして今に至るまで至って普通…とは言い難いが犯罪者とは無関係の人生を送っていた。
それが突然高遠と兄妹だと言われ金田一も美雪も信じれなかった。
しかし彩羽は驚きを見せる金田一と美雪の反応に困ったように笑みを浮かべ、頷いてみせる。
「思い出したの」
「思い出したって…いつだよ…」
「……隼人が…殺された時…」
「「…!」」
簡単に思い出したと言うが、金田一や美雪から見てそんな素振りはなかった。
あれから巻き込まれた事件で関わり顔を合わせてきた明智もそんな事一言もいていなかった。
一体いつ思い出したのかを問えば…金田一と美雪は顔を強張らせた。
美雪は辛そうに眉をひそめて彩羽を見つめ、金田一はチラリと高遠を見る。
しかし彩羽の弟を殺した本人である高遠は涼しい顔をしており顔色一つ変えずじっと彩羽を見つめていた。
彩羽は泣き出しそうな顔をしており、それが痛ましく見えたのか高遠は彩羽の隣に移り俯く彩羽の肩を抱いて慰める。
それを『お前が悲しませてんだろ』と金田一は思ったが、彩羽が嫌がる素振りを見せず逆に身を寄せているのを見て口を閉じた。
「でも3歳の頃の記憶なんて覚えているものなの?」
唖然としながらの美雪の言葉に俯いたまま彩羽は頷いた。
「少ないけど…幼少期の記憶が鮮明に覚えてる人もいるみたい…」
思い出した切っ掛けは最悪になったが、思い出した記憶は頭に残って記憶されていた。
だから彩羽は高遠が兄だと思い出したのだろう。
面影があったし、名前が同じだった。
そして何より…
「幼い頃からお兄ちゃんはマジックが好きだったから…よく練習していたマジックを見せてくれたもの…」
彩羽はよく兄にマジックを見せてもらった記憶が多く残っていた。
今のように上手くはなかったし、失敗もしたが、それでも楽しい記憶として残っていた。
「でもさ…高遠、お前…俺が彩羽の事を知っているかって聞いた時お前『知らない』って答えただろ…それに明智さんと俺が問い質した時だって知っているようには見えなかった」
巴川家で高遠の正体を暴いた時、高遠は決して彩羽を名前では呼ばなかった。
代わりに『彼女』と彩羽を呼び、その後に金田一が『彩羽と知り合いだったりしないか?』と聞いた時だって否定した。
嘘を吐いたと言われればそれまでだが、金田一としては腑に落ちなかった。
「あの時は記憶喪失で私の事を覚えていないのに一方的に兄だと名乗りたくはなかったんですよ…すでに別の人生を歩んでいるようでしたし…記憶がないのに知らない人が…それも犯罪者に兄と言われて喜ぶ人間なんかいないでしょう?私は別に混乱させたかったわけではありませんでしたから…」
「まあ、そうだな…」
「それにあの時言った言葉は全くの嘘というわけではありませんので」
「どういう意味だそれ…」
「私は彩羽という少女を知らない、という意味です…私が知っているのは高遠日和です」
高遠は『彩羽』は知らない。
明智『彩羽』も、巴川『彩羽』も全く知らない人間だと認識している。
高遠が知っているのは『日和』であって、『彩羽』ではない。
金田一と美雪は聞き慣れない名前に同時に首を傾げて見せ、思わず彩羽を見た。
2人の目線に気付いた彩羽は迷いなく答えてくれた。
「日和っていうのは本当の名前なの…彩羽は名前も忘れてしまった私にお母さんとお父さんが付けてくれた新しい名前…本当は高遠日和っていうの」
彩羽の言葉に金田一は高遠が嘘をついていないというのは納得いったが、正直『屁理屈じゃねえか』と思った。
というか、つい呟いた。
当然高遠からは肩をすくめて返されただけである。
(なるほど…だから白樹先生を高遠の異母妹じゃないって分かったのか…)
金田一は彩羽が高遠の妹だというのは納得した。
そしてお風呂に入った後の事を思い出す。
彩羽は金田一と美雪が白樹を高遠の異母妹じゃないと断言した事への疑問が今解決した。
高遠と彩羽は三年の短い間だが一緒に暮らしていたというので二人は異母兄妹という認識はあるようだし、高遠が知らないと言っていたのは彩羽も知っており、だから白樹が異母姉妹ではないと言ったのだろう。
白樹は生き別れた兄と幼い頃と一緒に暮らしていたとも言っていたから。
もしも白樹が高遠と彩羽の姉妹ならば、彩羽や高遠も彼女の事は覚えていたはずである。
その生き別れた兄が高遠ではなく、高遠とは別の異母兄だったというオチならば別ではあるが。
そこまで考え、金田一はふと気づく。
「待てよ…彩羽とは腹違いとか言ってたよな…じゃあ…ローゼンクロイツの『異母妹』って彩羽の事か?……でもそれじゃあ少し可笑しくないか?ローゼンクロイツの言っていた『異母妹』を高遠は知らないって言ってただろ…もしローゼンクロイツの言う『異母妹』が彩羽なら高遠は嘘を言っていた事になるよな」
金田一は高遠に頼まれてこの館にいる。
高遠の『異母妹』を守るために金田一はここにいるのだ。
だが、それを依頼する際高遠は『知らなかった存在』だとはっきりと述べた。
しかし先ほど語った通り高遠は『彩羽』は知らないが本来の名前である『日和』は知っているという屁理屈を述べつつも彩羽の事は妹として認識していた。
『騙したな?』と疑いの目で自分を見る金田一に高遠はまた『嘘じゃないですよ』と答えた。
「ローゼンクロイツの言っていた『異母妹』は日和ではありません」
「その証拠は?」
「私が14年もの間探していたのに見つからなかった日和をなぜ他人であるローゼンクロイツが知っているのですか?日和は明智彩羽として、そして巴川彩羽として別の人生を歩んでいました…それなのになぜ私の異母妹を日和と結びつけることができたんです?そもそも日和は千里さんの付き添いとしてきたと言っていました…もしもローゼンクロイツが私の異母妹を日和としているのなら日和にも招待状が送られるはずではないですか?」
「それはそうだが…でもお前『とうの私ですら知らなかった妹』とか言ってなかったか?」
「ええ…実は日和の他にも妹がいましてね…君にも告げた通りもう一人の妹の事は知らなかったんですよ」
『私達三人の母の誰が父の本妻で誰が愛人かは分かりませんがね』と呟き、更には『まだ異母兄弟がいるかもしれませんね』とも続ける高遠に金田一と美雪は顔を引きつらせた。
金田一と美雪の両親は至って普通の両親である。
金田一の母親はあの有名な探偵の血を受け継いでいるという点で普通ではないが、それでも父も母もそれぞれ浮気もせず美雪と金田一を産み育ててくれている。
もしかしたら高遠のように浮気して別に子を儲けているかもしれないが、それを疑えばきりがないだろう。
だから高遠が平然と異母兄弟がいるという事をはっきりと言えるズレた神経が信じられなかった。
「やっぱり異母兄弟がいるんだ…」
彩羽の呟きに金田一と美雪はハッとさせる。
2人は彩羽の複雑そうな表情を思い浮かべる。
一般家庭に育った人間は、異母兄弟と聞いて嫌がったり複雑に思うはず。
高遠が兄だというのを信じるにせよ彩羽は高遠家と離れて暮らしており一般家庭の弁護士の家で育ったのだ…さぞ実の父が自分の母以外と子を儲け悲しんでいるのだろうと思った。
しかし…
「この館にいる女性って年下いないからお姉ちゃんだよね…」
彩羽は嬉しそうな顔をしていた。
兄とは別の姉妹がいた事を喜んでいるのだろう。
それを見て金田一は『やっぱり高遠の妹だわ』とここで初めて高遠の血の繋がりを認める。
「日和は妹の方がよかった?」
「姉でも妹でも嬉しいよ…明智家の時はひとりっこだったし…弟は隼人がいたし…お姉ちゃんも妹も欲しかったから…」
大切な妹が嬉しそうにしているからか、会うのが楽しみだと呟く妹を高遠は暖かな目で見つめていた。
「ん?でももう一人の妹は知らなくて彩羽の事は知ってたのか?」
金田一は高遠に色々言いたい事があった。
だがありすぎてもはや何を聞けばいいのか分からない状況となり、ふと気づいたことを聞く。
金田一の問いに高遠は頷いたが、すぐに顔を曇らせた。
「ええ…3歳までイギリスで一緒に暮らしていましたので…ですが3歳の時…日和は事件に巻き込まれ行方不明になったのです…」
そう答える高遠は悲し気な表情で彩羽を見つめ、彩羽の頬を撫でる様に触れる。
その瞳は慈しんだ目であり、愛おし気だった。
高遠のその言葉に金田一は北海道での疑問が解けた。
あの時高遠が過去を語る時彩羽を見て顔を顰めたのは、すでに彩羽が妹だと気づいており、彩羽が行方不明となった時の事を思い出していたのだろう。
『なぜ行方不明になったのか』、という疑問がすぐに浮かんだが、金田一は兄の顔で妹を見つめる高遠と、妹の顔で兄に身を寄せる彩羽を見て口を閉ざした。
聞きたい気持ちはある。
だが、どうしてか二人の間に入るのが躊躇われたのだ。
(なんだ…じゃあ彩羽を愛してるっていうのはただの兄の感情だったのか…)
高遠が彩羽の兄だった…それは衝撃的だが、彩羽の反応からして嘘ではないと信じることにした。
しかしそうなると高遠の告白に違和感を感じたが、金田一はそれが妹への愛情だと思い至った。
『それにしても行き過ぎてるけど…』と続け金田一は一瞬明智が脳裏に浮かび、明智が従妹を妹ではなく一人の女性として見ていた事も思い出したが…気づいたらいけない気がして気づかないふりをした。
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