――夜。
金田一は高遠と彩羽が兄妹だと信じてくれた。
美雪も幼馴染の兄が殺人犯だった事に複雑そうにはしていたが金田一が信じた事で美雪も信じてくれた。
あの後時間も遅いからと4人は解散となり、彩羽はやっと兄と話せたことで安堵したのかすぐに眠気が襲いベッドに潜り込んだ。
暫くしてまどろんでいると、ギシリとベッドの軋む音に彩羽は閉じていた瞼を開け、
「……不法侵入」
そうぽつりと呟いた。
その呟きに上からクツクツと笑うのを我慢する声が聞こえた。
「一応鍵をかけたんだけど…」
「あんな鍵、道具一つで簡単に外せる」
このやり取りに既視感を覚えた。
巴川の時にも同じやり取りをして彩羽は懐かしいと思ったが、しかしやはり当然だが相手の返しは違った。
頭の後ろに手を置いたのか体重がかけられまたベッドのスプリングがギシリと音を立てマットレスが沈む。
彩羽は侵入者が誰か分かっていたから怯える事もなければ慌てることもなく、横向きだった体勢を仰向けに変える。
すると目の前に兄の顔があり、彩羽と目が合うと兄は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「夜這い?」
「勿論…金田一君達の前で『では一緒に寝ますか』とか言ったら4人で寝ることになるじゃないか…それか日和が七瀬さん、僕が金田一君と寝ることになる…日和と七瀬さんならまだいいが僕と金田一君では絵面的に厳しいものがあるしね」
「別に兄妹だし、再会したばかりなんだからはじめちゃんも流石にそれはないと思うけど…」
侵入者は兄である高遠だった。
高遠とは解散となった時に一度別れており、これで二度目の逢引となる。
今回は金田一も気づかなかったのか金田一と美雪の気配はなく、高遠だけだった。
彩羽は離れ離れになっていた兄とはいえ特別兄と寝る事に抵抗はないのか、少し体をずらして兄が横になれるスペースを開ける。
とは言えシングルなので狭いが。
『狭いって言っても文句言わないでよ?』と言いながらも何も考えず男一人を受け入れる彩羽に高遠はちゃっかり潜り込み彩羽に腕枕をしながら引きつった笑みを浮かべる。
シングルに少女と成人男性の二人が一緒に寝るといくら男女関係なく横になれるよう作られているシングルベッドとはいえ狭い。
それは高遠が細身でも変わらなかった。
仕方ないので体を横にし、彩羽は高遠に抱きしめられる形で眠る。
兄とはいえ14年も離れて暮らしすでに赤の他人同様の男性が後ろから抱きしめて密着しても彩羽は動じなかった。
それどころか高遠の夜這いに疑問すら浮かばない様子だった。
まあ彩羽としては夜這いは言葉の綾だと思っているのだろうが、それが高遠は少し冷や汗を垂らす。
「………日和、一つ聞いていいかな?」
「ん?」
「もしかして明智警視とも一緒に寝てる?」
「ううん…別々だよ」
「そうか…」
高遠は彩羽が明智と一緒に暮らしているのは当然得ている情報である。
そして明智が彩羽の事を一人の女性として愛しているのも知っている。
だから男性と一緒のベッドで寝る事に躊躇がない妹に懸念した。
もしかしたら明智にも同じように受け入れているのではないか、と。
しかし返ってきた答えに高遠はホッと心から安堵する。
『あ、この間一緒に寝たっけ』と彩羽が思った事は気づかないまま、高遠は彩羽の頭を撫でやっと妹を愛でる事が出来る事への幸福を感じていた。
「ねえお兄ちゃん」
今度は彩羽が問いかけ、高遠が返事をする。
14年前ならそれが普通だったが今はもう二人とも別々の生活を送っており、高遠に至っては犯罪者なため声をかけても返事が返ってくることはない。
こうして名を呼んで普通に兄から返事が返ってくることが彩羽にとって不思議であり、そして幸せだと思えた。
「お父さんが死んだって本当?」
彩羽はずっと聞きたかった事の一つを問う。
その言葉に穏やかだった兄の気配がスッと冷え切る様に冷たくなるのを感じた。
その気配は言葉で表すとするのなら、まさに『怒り』。
彩羽はその怒りを感じながらも兄が答えてくれるのを待った。
「死んだよ」
静まり返る中、答えた兄の言葉に彩羽は『そっか』と小さく呟いた。
兄に背中を向けていたが、振り返って向かえ合わせに体勢を変える。
腕枕をしてくれていたため向かえ合わせに体勢を変えるといつもより兄の顔が近かくて、改めて兄の顔が整っていると認識する。
「お兄ちゃんは17歳までお父さんと一緒に暮らしてたんだよね…」
彩羽はあまり父に縁がない人生を送っていると自分でも感じていた。
義理の父である明智の叔父には死なれ、巴川修蔵には性的虐待され、高遠の父とも3歳までしか一緒にいる事ができなかった。
高遠の父にもいい思い出があるかと問われればないが、幼いからこそ、実父だからこそいい思い出が欲しいと願うものらしい。
しかし高遠の反応は意外なものだった。
「日和があの男を父と呼ぶ必要はない」
「え?」
兄の顔を見れば高遠は顔を顰めていた。
北海道の時は父の事を少ししか話していなかったため彩羽は兄と父がそれほど仲が悪かったかと疑問に思う。
「お兄ちゃんとお父さんって仲悪かったっけ?」
「あの男は父ではないよ」
「お父さんじゃない?」
「ああ」
思わず肘をついて少し上半身を起こして兄を見る。
父ではないのなら、誰なのか。
それは声にはしなかったが顔に出ていたし、兄も察したのだろう。
「あの男は本当の父親じゃない…僕と日和の母達と関わりがあったみたいだけどあの男の遺伝子は僕達には継がれていないよ」
「じゃあ育ての親って事?」
「そうだね…まああの男は僕達を母から何らかの理由で預かって育てているようなものだったし…僕の母を愛していたようだけどそこに僕達への愛情はなかったのは確かだ」
「……」
「養父は僕達の父親を酷く恐れているようだったからね…日に日に実父に似ていく僕を酷く恐れていた…僕の周りに何か事件が起こる度にあの男は僕が何かやったのではないかと疑っていたくらいだから僕達の実父も真っ当な人間でないみたいだが…」
彩羽は3歳までしか父や兄との思い出がない。
思い返せば兄は父に甘えた様子は見せなかったし、父はいつも自分達兄妹に壁を作っているように接してた。
それに幼い彩羽を世話していたのはいつも兄だった。
兄は父と話す際必ず彩羽を庇うように立って父と接していた。
恐らく兄も父が自分達を恐れ嫌っているのを勘付いており、彩羽を守ろうとしてくれていたのだろう。
父を同じとしても母親が違うのに。
普通なら忌み嫌う存在なのに。
彩羽は起こしていた体をベッドに沈めなおし、改めて自分は守られてきたことに気付かされた。
「ねえお兄ちゃん…一つ聞いていい?」
一人は犯罪者ではあるが、二人の人物に無条件に愛され守れたことを知った彩羽はとても幸せだと思った。
しかし、ふと、母が違うという言葉が頭を過り、彩羽は一つ疑問を思う。
高遠は彩羽の問いに『ん?』と首を傾げ、質問に答えてくれようとしていた。
しかし彩羽が気になった事は少し勇気がいり、思わずシーツに顔を埋めて兄から顔を逸らしてしまう。
「私のお母さんの事…知ってる?」
疑問に思ったのは、母の事だった。
兄だって養父の日記を見るまで母親の事は知らなかったのに、自分の母親の事なんて知りもしないだろうとは彩羽も思った。
だがもしかして、という淡い希望もあった。
誰が自分を養父に預けたかは分からないが、養父に預けたというのなら母親は養父と知り合いだったかもしれないという淡い期待を彩羽は持っていた。
緊張して心臓が煩いくらい激しく鼓動している彩羽をよそに、高遠は…
「知ってるよ」
と答えた。
その言葉に彩羽はシーツから顔を上げ、大きな目を更にまん丸にさせ高遠を見上げる。
「ど、どんな人?その人…会えないかな…私の事…娘って知ってるのかな…」
どんな理由があって手放したのか…それは分からないが、理由はどうであれ彩羽はまず母に会いたいと思った。
しかし彩羽の問いに高遠は悲し気な顔を浮かべ、小さく首を振った。
高遠が首を振り悲し気な表情を浮かべたのを見て彩羽は膨れ上がっていた興奮や緊張、期待が一気に萎んでいくのが分かった。
「日和の母親はもういない…彼女は亡くなったんだ…」
その首を振ったのは、会えないからかもしれないと思った。
彩羽の事を知らないからだとも思った。
しかしそれは彩羽の悪あがきであり、彩羽は最悪な予想が頭をよぎり、現実にしたくないからそう思っただけだった。
だが、現実はそう甘くはなく高遠から出された言葉は残酷なものだった。
「どうして…」
「通り魔に襲われたと養父の日記には書いてあった」
「………」
母は彩羽を出産し退院した後すぐ、通り魔に殺され死亡したらしい。
母は日本ではなく海外にいたらしく、17年も経った今も犯人はまだ捕まっていないのだとか。
彩羽は母が亡くなったと聞きショックを受けた。
高遠を見上げていた顔を俯かせ、気持ちを落ち着かせるためか息を吐くもその息は震えていた。
「お母さんの事どれくらい知ってるの?」
泣きたいのを我慢しているのか、ぎゅ、とシーツを握る彩羽の肩に高遠は腕を回し、彩羽に寄り添う。
高遠は母を亡くした彩羽の気持ちを理解してやれる。
高遠も母親を醜い人間達に殺されたのだ…母親を亡くしただけではなく誰かに殺されたと知った彩羽のショックさは理解できた。
彩羽は高遠の慰めで落ち着いたのか、兄がどれだけ母の事を知っているのか気になった。
「名前、職業は知っている…それ以上の事も…彼女の事はネットで調べれば詳しい事が書かれているからね…」
「ネット?なんでネット……通り魔の事件で?」
高遠が知っているのは妹の母の名前と職業だけ。
それも養父の日記に出てきたから知りえた情報ではあるが、それ以上にネットにある彩羽の母親の情報の方が詳しいという。
しかし彩羽はなぜ一般人であろう母の個人情報がネットで出てくるのか…怪訝とさせた。
通り魔に殺されたと言っていたから通り魔事件の事で有名になったのかと思えば…
「いや…日和の母親は有名な大女優だったんだ」
「……え?」
兄に否定された。
否、通り魔事件もありがち間違いではないが、それ以前に彩羽の母親は有名だったらしい――――大女優として。
母の死を知った彩羽も流石にそれには目が点となった。
「女優?私のお母さんが?」
彩羽は自分が至って普通の人間だと思っている。
金田一のように血筋的に飛び抜けた得意な物があるわけでもなく、あったとしたら舞踊の才能だけ。
頭も良い方ではあるが、それは彩羽の努力の結果である。
それが…そんな自分が、大女優の血が流れているというのは…やはり信じきれなかった。
そんな彩羽をよそに高遠は知りうる情報を彩羽に与えた。
「名前は近宮日向、芸名はなく本名で活動をしていたらしい…アメリカとイギリスを中心に世界で活躍しており海外では知らない人はいないくらい顔を知られているらしい…女優をする前は様々なアルバイトをして食いつないでいた苦労話が有名だね…映画はもとよりテレビドラマや舞台、ミュージカルもそつなくこなす天才だったらしい…何でもやる人だったから有名作品からB級・C級などの作品にも出演しているらしい」
兄から与えられる情報は正直多すぎて何が何だか分からなかった。
どうやら母は女優業が天職で、更には楽しむ性格だったからか有名監督であろうとマイナー監督であろうとオファーが来ればスケジュールが開いていればなんでもござれな人だったらしい。
楽しんで演技をしているのが観客にも分かり、ファンにも丁寧に対応し、スキャンダルもなかったことから、好印象を持たれていた女優だったらしい。
しかしその中で彩羽は一番引っかかる言葉に気付く。
「近宮…?」
それは母の苗字だった。
近宮、近宮…と何度も呟き、彩羽は思い出したのか呆気に取られた顔で兄を見上げた。
その顔や反応で妹が気づいた事を察した高遠はにっこりと笑った。
「そう…僕と日和は異母兄妹であり、従兄妹でもあるんだ」
その言葉は重く彩羽に落ちてきた。
彩羽はそれを聞いて、文字通り目をまん丸にして驚いた。
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