食事を終えて彩羽は千里と別れて部屋に籠っていた。
部屋に籠った方が千里も気を使って一人にしてくれるのもあって、隙をついて兄の元へ向かおうと思っていたのだ。
せっかく記憶が戻って再会できたのに、傍にいられないのは彩羽も辛い。
でも半分は傍にいる事への戸惑いもあった。
隼人の事もそうだが、何より以前の兄と違って人を殺すのを何も思わない人間になってしまったからだった。
14年前の兄は年相応の少年だった。
マジックが失敗し、それを妹に見られて恥ずかしそうにする兄はもういないのだと思うと少し寂しく思う。
だからこそあの山神、由良間、夕海、左近寺はそんな兄を悪魔に変えた憎き相手である。
何より彩羽の血の繋がらない母であり伯母でもある近宮玲子を手帳一つで殺した連中である。
例えその手帳に価値があっても、殺してでも奪おうなんて考えの人間にあの手帳を持つ資格はない。
兄の行動は世間からして間違っていると思うが、彩羽自身それほど間違っているとは思っていない。
彩羽もまた母と義父を殺害しようと本気で思っていたからだろう。
そう思うと兄とは外見では似ていないが、中身は案外似ているのかもしれない。
(これが漫画だったらよかったのになぁ…)
彩羽は溜息を吐き、頬杖を突いて窓から美しい薔薇を観賞していた。
よくよく考えれば結構なハードモード人生である。
父とは覚えている限り会った事はなく、生まれてすぐに実母を亡くし、3歳までしか血の繋がった家族である兄と一緒に暮らせず、事件に巻き込まれ記憶を失う程の恐怖を味わい、送られた施設は最悪、義父には恵まれたが義母は自分を愛しすぎて可笑しな方向へ向かってしまい義父を殺害し、その後変態男と再婚し、その変態男である二人目の義父には性的虐待され…そして、兄との再会するも、その兄はすでに殺人鬼と化している。
まさに悲劇のヒロイン設定である。
唯一の救いは幼馴染二人と、従兄の存在だろうか。
しかしこれは現実。
もしもこれが漫画のキャラの設定なら応援できるが、自分では遠い目しか出来ない。
今まさに遠い目で窓越しで美しい薔薇を見ていた彩羽の耳にドアがノックされる音が届く。
「はい」
「毛利にございます…ローゼンクロイツ様からのメッセージをお届けにあがりました」
ノックの相手は毛利だった。
兄の事を考えていたのもあり、高遠かと思っていた彩羽は相手が毛利だと気づき緊張して強張らせていた体から力を抜き、ドアの下の隙間から差し出された一枚の手紙を取りに向かった。
「えっと…『午前11時50分ぴったりに同封しております見取り図の赤い丸の場所にお集まりください。時間をお守りいただけない場合は 今度薔薇の棘にお気を付けください』……これって、強制よね…」
手紙の中には二枚の紙が入っていた。
その一枚目を見れば脅迫同様の指示が書かれており、二枚目には薔薇十字館の見取り図が印刷されていた。
指示には『赤い丸の場所』と書かれていたので見取り図を見れば地下のダイニングの部分に赤い丸が書かれていた。
「ダイニングに来いって事、だよね…時間まであと30分…どうしよう…はじめちゃんかお兄ちゃんに相談しに言った方がいいのかな…」
時計を見れば指示された時間まであと30分ほど時間があった。
その間に金田一か高遠かのどちらかに相談した方がいいのか彩羽は悩み、相談しに行くことにした。
すでに3人もの人が亡くなっている。
それも自殺や事故ではなく殺人。
自分がターゲットにされるかは分からない以上慎重に動いて損はないだろう。
そう思い彩羽は金田一ではなく兄の元へ向かおうとした。
その時再びドアがノックされ彩羽は扉を開く。
扉を開けば千里が立っていた。
「千里さん?どうしたんですか?」
「ちょっと聞きたい事があって…」
聞きたい事、と言われ彩羽はドキリとさせた。
高遠との関係を問われるかと思ったのだ。
問われれば素直に答えるが、千里にバレればきっと明智の耳に入るだろう。
そうなると過保護さが増してしまう事も想像できる。
大げさだが、学校が終われば直行で家に帰れと言われそうである。
いや、むしろ殺人鬼が接触する恐れがあるとかなんとか言って警察に護衛を付けさせ、更には自分が送り迎えしそうである。
しかしそんな彩羽の心配をよそに千里は手に握っていたあるものを彩羽に見せる。
それは彩羽と同じ白いシンプルな封筒だった。
「これが届いたの…中は11時50分にダイニグに来てくれって指示の手紙が届いて…もし私だけだったらって思うと怖くて…」
「それなら私にも届いてます…場所も時間も同じですね…」
「え…彩羽さんにも?」
中を見せてもらうと彩羽と同じ指示が出されていた。
三人も殺されている中で届いた指示の手紙に千里は次に殺されるのは自分かもしれないと怖かったらしく彩羽の言葉にホッと安堵の息を吐き、胸を撫で下ろす千里に彩羽は頷いて見せる。
「はい…多分私達以外にも全員に指示が出されてると思います…私も不安でおに…、はじめちゃんに相談しに行こうと思ってたところだったんです」
危うく『お兄ちゃん』と言いかけた彩羽は慌てて金田一の名を出した。
どっちかに相談しに行こうとしていたので間違いではない。
千里は気づいていないようで『じゃあ金田一くんの部屋に行きましょう』と彩羽の部屋を出て金田一の部屋へ向かう。
その後に続きながら彩羽は『お兄ちゃん』と言いかけたが気付かれなかった事に安堵していた。
「金田一君?ちょっといいかしら」
金田一の部屋へ向かい、ノックをする。
金田一も千里の声で彩羽達だと分かり扉を開けてくれた。
部屋の中に入ればそこには美雪の姿もあった。
「あら七瀬さんもいらしてたの?」
「はい…ローゼンクロイツからこんな手紙が届いて…」
「私達もなの…私達は11時50分にダイニングって書いてあったけど…あなた達は?」
「俺達は11時55分に南の端の部屋の外になってました」
美雪が千里に手紙を渡し、千里も美雪に手紙を渡した。
千里が美雪の手紙を見ているのを彩羽も覗き込み、金田一も美雪の手にある手紙を覗き込む。
どうやら美雪と金田一、彩羽と千里は同じ場所と時間帯だが、金田一達と彩羽達は別の場所を指示されているようだった。
「…やっぱり行かなきゃ駄目よね…」
「そうですね…この脅しの文章が本当かは分からないですけど…全くの脅しっていう証拠もありませんし…」
「そうよね…下手に逆らってあなた達に怪我でもさせてしまったら親御さんに顔向けできないわ…」
『特に明智さんにはね』、と彩羽を見ながら零す千里に金田一は苦笑いを浮かべる。
彩羽が特別な訳ではない。
明智の溺愛っぷりが成したことである。
当の本人である彩羽は考え事をしていたからか自分を見る千里と金田一にキョトンと呆けた顔を見せていた。
顔が整っている分、キョトンとしている顔も愛らしく映るが、金田一は彩羽の反応に彩羽があの高遠の妹だと信じられずにいた。
全く信じていないわけではない。
高遠の言葉も彩羽の言葉も信じているのだが…殺人を芸術と考えミスをする依頼者を平気で殺すような異常者の兄を持っているようには見えないという意味である。
まだ警視である明智の従妹(または妹)だと言われた方がしっくりくる。
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