彩羽と千里は時間になるまで金田一の部屋にいた。
指定された時間は彩羽達の方が早いため、金田一達よりも早くに部屋を出て二人でダイニングへ向かう。
「あら、毛利さん?」
「巴川様?なぜこちらに…」
「私達はローゼンクロイツから貰った手紙に指示されてここに来たの…もしかして毛利さんも指示を貰っていたの?」
「はい…私には11時50分に地下のダイニングに来るようにと…」
「私達も同じよ」
時間通りにダイニングへ向かえば、すでに毛利がいた。
毛利も彩羽と千里の姿に首を傾げており、自分達も同じ時間帯、同じ場所に来るよう言われたと答えれば、毛利はホッと安堵の息を吐く。
恐らく殺人者であろうローゼンクロイツから呼び出され恐々としていたが彩羽と千里の登場で一人ではない事に安堵していたのだろう。
暫く三人で他愛ない話に花を咲かせていると、上から誰かが階段を下りる音が聞こえた。
それも何か焦っているようにドタドタと派手な音を立てており、その音に何かあったのかと三人は螺旋階段を見上げる。
すると丁度金田一が姿を現し、その後ろには美雪と白樹の姿も見えた。
「どうかしましたか?」
「毛利さん!?」
焦っているようにも見える金田一に世話係の毛利が金田一達に声をかけ、金田一は彩羽と千里だけだと思っていたためか毛利の姿に驚いた表情を浮かべていた。
「どうしたの?」
急いでいる様子の金田一達に彩羽がそう問いかけ、金田一が焦りながらも答えようとした。
その時、金田一達の声や走る音に気付いたのか金田一達の後ろから冬野と月読が階段を降りてきて来た。
「騒がしいわね…」
「何かあったんですか?金田一さん、七瀬さん…」
「説明は後だ!みんな来て!!」
金田一はよほど急いでいるのか、説明もしないままついてくるよう言い走った。
突然の事にその場にいる全員が戸惑いを隠せなかったが、金田一と美雪の跡を彩羽も着いて走ったため、その流れに千里と白樹が彩羽を追いかける様に走り、冬野達も状況が読めないながらも4人の後を追いかける。
向かった先は南端の部屋だったが、そこには高遠が立っていた。
高遠は数人の足音に気付き背を向けていたが振り返り金田一を見る。
「おや、金田一君」
「高遠!」
「その様子、何かあったようですね…」
焦っていたからか、高遠の姿に金田一は思わずミスを犯した。
それに気づかないまま、高遠は金田一の様子に何か起こったのだと察し、表情を険しくさせる。
そんな高遠に金田一は問いかけた。
「あんたいつからそこにいた?」
「大体10分ほど前からですね…ローゼンクロイツからのメッセージに地下南端にある部屋の扉の前に来るようにとあったのでね…」
「この上の部屋で禅田さんが襲われたんだよ!」
「窓から着物の柄が見えたんです!」
金田一と美雪はまさに犯人に襲われている最中の禅田に遭遇した。
外からだったのと、そこからでは中に入れないのもあってこうして遠回りしなければならなかった。
金田一と美雪の言葉に高遠は動じることなくすぐに理解し扉を開けた。
高遠が立っていたその扉をあければ金田一と美雪が見たという禅田が襲われた部屋に続く螺旋階段が近くにあり、金田一達はその螺旋階段を上がり禅田が襲われた部屋へと向かった。
しかし、全員部屋に辿りつき目の前に飛び込んできた光景に言葉を失くした。
「ぜ、禅田さん…」
彩羽が思わずつぶやく。
金田一達の目の前に飛び込んできた光景…それは――――倒れている禅田の姿だった。
部屋は争ったように机や椅子が倒れており、棚も外れて転がり中身も床に散らばっていた。
「俺達が確認しますからみんなはここから動かないで!」
「は、はい…」
咄嗟に金田一がそう言うと毛利が頷いた。
冬野達も金田一の言葉に従うように動かないのを確認した後、金田一と高遠は禅田に近づく。
倒れている机のおかげで彩羽達には禅田の身体は見えなかった。
だから禅田が生きているのか気絶しているのか彩羽達からは分からなかった。
「はじめちゃん…禅田さんは…」
「駄目だ…背中にボーガンの矢が刺さっていてもう死んでる…」
「…っ」
おずおずと問う美雪の言葉に金田一は首を振った。
彩羽達からは机が壁となって見えないが、倒れている禅田の背中にはボーガンの矢が刺さっており絶命しているのが分かった。
それを聞いた冬野達からも息を飲む気配を感じた。
「殺される前に乱闘があったようですね…ご自慢の着物の袖が引きちぎられている…それにこの…辺り一面に散らばる真っ赤な薔薇は…」
「まあ…!また見立てだわ…!」
グロくはないとはいえ、やはり人の死に免疫のない冬野達はショックだったらしい。
言葉さえ失う中、高遠は淡々と状況を整理していく。
その高遠の言葉に月読が声を上げ、全員が月読へ振り返った。
「赤い薔薇の花言葉は『私を射止めて』…その言葉通り彼女はローゼンクロイツに射止められたのです!!」
赤い薔薇は部屋中に散らばっている薔薇の事を指すのだろう。
その花言葉通りにボーガンの矢が刺さって射止められた禅田に誰もが唖然としていた。
「あれ、佐久羅さんは?」
金田一も花言葉は強くはないが、今の段階で否定も肯定もできない。
他に見落としているものがないかと部屋を見渡そうとした時、佐久羅の姿がないことに気付く。
金田一のその呟きに毛利も佐久羅がいない事に気付き、毛利が探しに向かった。
――佐久羅が見つかったのはそれからすぐの事だった。
彩羽達にはダイニングの方へ移ってもらい、高遠と部屋を見ていた金田一と高遠を毛利が呼びに来たのだ。
毛利には施錠を他のでいるため、金田一と高遠が出て行き地下の扉に鍵をかけてもらった。
佐久羅はある程度毛利から聞いていたのか青い顔をさせながら金田一の『どこに行っていたのか』という問いに一枚の封筒を差し出した。
それは金田一や彩羽達と同じ白いシンプルな封筒だった。
中を見れば金田一達と同じく時刻と場所が書かれた紙が二枚あった。
「ローゼンクロイツの指示に従ってたんだが…まさかその間に禅田さんが…」
佐久羅の姿がなかったのは、指示された場所では金田一達と鉢合う事がなかったからだった。
ローゼンクロイツからのメッセージには佐久羅は12時丁度に部屋の前で待つようにという指示が書かれていた。
そのメッセージを見ながら金田一は自分と美雪は同じ場所同じ時刻だったが彩羽と千里は別の場所だったので、全員の場所と時刻の聞き込みを始めた。
「冬野さんもメッセージを受け取りましたか?」
「え、ええ…私には12時に北側の部屋の前っていう指示だったわ…そうしたら階段下からあんた達が騒いでいるのが聞こえたのよ」
「月読さんは?」
「私も冬野さんと同じです…部屋を出たところで冬野さんとお会いしたので一緒に行きました…」
一緒に階段に降りてきたのは、金田一と美雪、彩羽と千里のようにたまたま同じ指示だったからだった。
次に金田一は毛利を見た。
「毛利さんは彩羽と千里さんと一緒だったけど二人と同じ指示だったんですか?」
「はい…11時50分にダイニングに来るようにと…」
「白樹先生は?」
「私は11時55分に一階のホールって…」
金田一と美雪が禅田のいる部屋へ駆け付ける際最初に鉢合ったのは白樹だった。
白樹も金田一達と同じ時刻に指示されていたらしい。
白樹の次は――高遠を見る。
「遠山さん、あんたは?」
「私は11時45分からずっと地下の南端の前で待っていましたよ…何が起こるのかとドキドキしながらね」
流石というべきか、それとも呆れるべきか…連続殺人が起こっているのに次は何が起きるのか楽しんでいる様子だった。
そんな兄に彩羽は顔には出さないまでも内心苦笑いを浮かべる。
「俺と美雪に届いたメッセージは同じだった…11時55分に南端の部屋の外に来いとあった…だから二人で西の勝手口を出て薔薇のアーチを通ってきたんです…」
「そして事件を目撃した…つまりあなた方二人はローゼンクロイツに第一発見者として選ばれ殺人ショーに呼ばれたのですね」
全員の出された指示の聞き込みを終え、金田一は禅田を発見するまでの自分達の指示や行動を告げた。
金田一も高遠と同じくローゼンクロイツに第一発見者としてされた事には気づいており、神妙な顔で頷きかけた時、高遠は偽名の名前を呼ばれ、自身を呼んだ人物へ目をやる。
高遠を呼ぶ声に金田一や周りにいる全員もその人物―――冬野へ目をやった。
冬野は緊張した面持ちでありながらも高遠をキッと睨みつけており、彩羽はその表情に嫌な予感がよぎる。
「遠山さん!あんたが犯人ね!」
その予感は的中し、なぜか冬野は高遠を犯人呼ばわりをしはじめた。
その突拍子もない言葉に金田一はぎょっとさせる。
「冬野さん!?」
「どういう事ですか?」
「だって今の話が全部本当なら遠山さん以外に犯人は考えられないじゃない!」
「興味深いですね…」
遠山と名乗る人物があの殺人鬼である高遠だと知っているのは金田一、美雪、彩羽、千里のみ。
一瞬金田一は遠山が高遠だと気づかれたのかとドキリとさせたが、どうやら違ったらしい。
しかし安堵はできない。
逆に犯人にされ逆上した高遠が冬野を殺すというのもなくはないのだ。
高遠をチラリと見る金田一と同じく彩羽も兄である高遠を横目で見る。
彩羽も金田一同様冬野に危害を加えないかハラハラしていた。
「金田一君と七瀬さんが殺人ショーに出くわしたのが11時55分…そこからアーチを通って西の勝手口から中に入り真っすぐ行くとホールには白樹さんがいる…地下のダイニングには毛利さんと巴川さん達…その後騒ぎを聞きつけて降りてきた私と月読さんが合流して地下の南端の部屋に行くと遠山さんが扉の前にいた…つまり、犯行後に犯人が南端の部屋から逃げるとしたら必ずどこかで誰かと出くわしてなきゃいならないのに誰とも会っていないの!この状況で誰にも会わずに禅田さんを殺すことが出来たのは遠山さん!あんたしかいないじゃない!」
冬野の言葉に誰もが高遠を見た。
その目は疑っている目で、金田一や彩羽以外誰もが高遠が犯人だと思っているようだった。
兄が犯人だと疑われ、彩羽は慌てて高遠を庇う。
「ま、待ってください!冬野さん!それじゃ余りにも自分が犯人ですって言っているようなものじゃないですか!!もし遠山さんが犯人ならそんな自分にすぐ疑いがかかるような場所には行きませよ!!犯人ならまず自分が疑われないようにするはずです!そうでしょ!はじめちゃん!!」
「あ、ああ…確かに遠山さんが犯人ならまず自分を疑ってくれと言っているようなあの位置に立つのは少しあからさますぎる…」
「そう思わせる作戦っていうのもあるわ!」
「待って、冬野さん!なら…佐久羅さんはどうなんですか!?廊下を真っすぐ行けば南端の部屋じゃないですか!」
冬野の推理通りならば、あまりにも犯人ですと自白しすぎており逆に怪しくなってしまう。
これまで多くの事件を解決して来た金田一に賛同を求めれば、驚きながらも金田一は頷いてくれた。
彩羽と金田一の言葉も筋が通っており冬野は一瞬言葉を詰まらせた。
しかしどうしても高遠が犯人だと思い込んでいるようで、負けじと声を荒げたが、次は白樹が高遠を庇う。
彩羽は白樹が兄を庇ったのに驚いた表情を浮かべて白樹へ目をやる。
どうやら白樹は高遠を兄だと疑っているようで、庇ってくれたようだった。
しかし対して疑いをかけられた佐久羅はぎょっとさせ慌てだした。
「おいおい!俺は指示に従っただけで…」
「白樹さん!待ってちょうだい!さっきあの部屋を見たけど彼が指示された場所に繋がる扉は内側から釘で打ち付けられて彼からは開けれないわ!だから佐久羅さんには当時犯行は無理よ!」
「そうです…不可能ですよ…鍵が無くなっているのもありますが巴川様の仰る通り、部屋の扉は内側だけではなく外側からも釘で打ち付けられていてビクともしないのですから」
一人だったため無実を証明する証拠は何一つない。
そのため焦っていたが、なぜか千里が庇ってくれた。
確かに千里とはこの館で会ってから何度か話したりして親しくなったが、庇われるほど親しいわけではないと佐久羅は思っていたから驚いたのだ。
巴川の言葉に毛利も助け舟を出してくれた。
佐久羅が犯人ではないという証拠は二人が証明してくれた。
と、なると…
「ほら!やっぱり遠山さんが犯人よ!こういうのってアリバイがないっていうんでしょ!?」
「本当にあんたなのか!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
恐らく彼らは恐怖や混乱で判断が鈍っているのだろう。
更には早く解放されたい、早く犯人を見つけて安心したい、という感情もあり、数の暴力というのもあった。
不安が感染し、どうしても高遠を犯人にされそうな雰囲気に金田一も慌てて冬野達を宥めようとしたその時―――
「赤きバラはかく語りき 悲しきニオベの娘よ そなたを射止めし 銀の矢を放ちたる者は オリンポスの神にあらず…血塗られし地獄の使者…―――っ、あなたは高遠遙一さんですね!?」
「…っ!」
月読がギリシア神話の一節を読みはじめ、彼女にみんな注目していた。
月読は怯えた様子で高遠を見つめ…そして―――月読は遠山が高遠だと当てたのだ。
その月読の言葉に金田一と彩羽は息を呑み、冬野達はその聞き覚えのある名前に目を丸くさせた。
「高遠って…逃亡中の殺人犯!?」
「地獄の傀儡子とか名乗ってるイカれた殺人鬼か!?」
「うそ…!」
「月読様本当なのですか!?」
「さっき金田一さんが『高遠』って読んでいたわ…それで思い出したの…どこかで見た顔だなって思っていたの…」
毛利の問いかけに頷いて見せる月読の言葉に、それまでの空気が一変し、緊迫した空気へと変わった。
皆疑いの目で見つめていたその目は恐怖へと染まっていく。
「金田一君!あんた知ってたの!?」
「あ、いや…!黙っていた事は謝る!でも高遠は今回の事件の犯人じゃない!!こんな狡賢い奴が自分に疑いがかかる計画を立てるはずがないんだ!!」
「おやおや…まさか君にこんなに庇ってもらえるとは思いませんでした」
「いやそうじゃなくて!」
この館に来たときに、金田一は高遠から紹介されていた。
古い友人だと紹介されていて知りませんでしたというのも不自然である。
隠し通せないと分かった金田一は隠していたことは謝るが、金田一自身今回の犯人が高遠だとは思っておらず高遠を庇う。
疑われている当の高遠はあっけらかんとしており、宿敵関係である金田一に庇われる事をどこか楽しんでいるようにも見えた。
そんな高遠に金田一が呆れていると佐久羅は隠していたナイフを取り出し高遠に向ける。
「みんな!この男から離れろ!」
「やめろ!佐久羅さん!」
「黙ってろ!」
金田一達は高遠を良く知っているが、佐久羅達はテレビで見るしか彼を知ることはない。
そのため、逃亡中の殺人鬼という言葉に恐怖を掻き立てられ、『高遠が犯人ではないか』という疑いが、『高遠が犯人だ』という確信に変わってしまった。
しかし佐久羅達の気持ちも分からなくもない。
恐らく金田一達も高遠という男を知らず今日あったばかりの人間だったのなら佐久羅と同じ考えだっただろう。
しかし金田一は高遠と言う男を知っており、それは彩羽も同じだった。
彩羽は高遠の前に立ち、兄を庇う。
「や、やめてください!!まだ犯人だって決まったわけじゃないです!!」
「犯人に決まってるだろ!殺人鬼なんだぞ!!それも自分と関係ない人間を殺してる異常者!!こいつが犯人に違いないだろ!!」
「た、確かに殺人を犯してますけど…でも…今回は違います!!」
「なんでそう言い切れるんだよ!!まさかあんた…こいつの共犯者なのか!?」
彩羽も今回は高遠が犯人ではないと信じている。
高遠の『異母妹を守るため』だというのを彩羽は信じていた。
だから今回の犯人は兄ではないと言いきれた。
だが彩羽と高遠の事情を知らない佐久羅達にとっては共犯者にしか見えず、彩羽をも犯人だと思い込み始める。
「わ、私は…」
「彩羽さん!何考えてるの!!いくら元はあなたの世話係だったからってあなたを騙していた人を庇う必要はないのよ!!」
これでは彩羽も犯人にされかねないと金田一は彩羽を庇おうとした。
その時、彩羽の腕を引っ張り高遠の前から遠ざける者がいた。
その物は彩羽の義理の姉である千里だった。
千里は彩羽を助けるために彩羽の腕を引っ張り高遠から引き離した。
千里は高遠に対して好意的な感情は一切ない。
自分の家を隠れ蓑に利用しただけではなく血の繋がりがなく人を殺したとはいえ弟を姉である彩羽の目の前で殺害した人間である。
彩羽の事は妹のように思っているため、彩羽も巻き込まれ犯人にされてはたまらないと思ったのだろう。
あからさまな説明口調も、彩羽が高遠の共犯者かもしれないという疑いから逸らすためでもあった。
今は興奮や恐怖で判断力が鈍っており、佐久羅はそのあからさまな説明口調の千里の言葉を疑うことなく、『世話係?』と首を傾げた。
それを予想していたのか、千里は『そうです』と頷いて見せ、そして更に説明を加える。
「この男は名前と姿を変えて巴川家を隠れ蓑として利用していたんです!当時は色々あって彩羽さんは精神的に不安定だったんです…それを世話係としてやってきたこの男は優しい言葉で騙して彩羽さんを利用していたんです!!」
「ち、違います!千里さん!」
「いいえ!!彩羽さん…あの男を庇うのはやめなさい!あの男は逃げる際隼人を…私達の弟を殺したじゃない!!確かに不安定だった当時のあなたの傍にいてくれたのはあの男だったかもしれないけど!あの男の優しい言葉や態度は偽物だったのよ!!あなたが恩を感じる事なんて何一つないんだから!!」
「違います…!違うんです!!私達は―――」
巴川家のあの事件の後、高遠は逃亡してしまい結局捕まる事無く今に至っている。
高遠の口からもなぜ巴川家に正体を隠してまで侵入していたのかまでは分からないが、異常者のために彩羽が犯人扱いされるのは嫌だった。
それに高遠は知らないが千里は彩羽が犯罪に加担しているとは思っていない。
千里の言葉に佐久羅達は困惑気味の表情を浮かべる。
その話が本当かどうか疑っているのだ。
彩羽は兄の危機に周りが見えておらず千里が庇ってくれていると気づいていない。
高遠は兄なのだと言いかけたその時―――
「"彩羽お嬢様"」
騒然とした中、高遠の落ち着いた声が不思議と大きく聞こえた。
懐かしい呼び方に彩羽は目を丸くして高遠へ振り返る。
高遠はナイフを突きつけられやってもいないのに犯人扱いされているというのに冷静を保っており、その表情はどこか嬉しそうに見えた。
振り返った彩羽と目が合うと高遠は目を細めて笑みを浮かべ…
「庇ってくださってありがとうございます…まさか裏切った私をあなたが庇ってくださるとは思ってもみませんでした…私はあなたを利用しあなたの弟を殺してしまったというのに……本当に…あなたはお優しい方なんですね…やはり隠れ蓑としてあなたを選んでよかった」
そう答えた。
それは千里の言葉を肯定しているのと同じだった。
高遠は彩羽を守るため、言葉を交わさないまま千里の案に乗った。
千里はまさか高遠が乗ってくれるとは思ってもみなかったのか微かに目を丸くさせたが、すぐに安堵の表情へと変える。
彩羽は兄に庇われたというのは理解したが、どうしてか拒まれたようにも思え、彩羽の瞳から涙が零れ落ちた。
高遠…否、佐藤英二の言葉、そしてその言葉に涙をこぼす彩羽の姿を見て佐久羅達は千里の言葉を信じ、彩羽への疑いの目は同情へと変わった。
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