高遠は遊技場に移される事になった。
遊技場の扉は内側から開け閉めするにも鍵が必要となる唯一の部屋であり、危険人物を閉じ込める唯一の部屋でもあった。
すでに高遠が犯人だと思い込んでいる佐久羅達は高遠の腕を縛りその部屋に閉じ込める事に決めたらしい。
「ごめんなさい、私達は先に部屋へ戻ってていいかしら…ショックを受けた彩羽さんを休ませたいんです…」
千里はそう言って高遠から彩羽を遠ざけるように、彩羽を連れて部屋へ戻っていった。
千里と高遠の言葉なき協定と、彩羽の涙によって彩羽はただ騙された世間知らずのお嬢様だと思われていたため疑いもなく見送られた。
「彩羽さん!!あの男を庇うなんて一体何を考えてるの!!」
部屋に戻れば乱暴に扉を閉められ怒鳴りつけられた。
彩羽は終始うつむいていたが、千里も彩羽の行動が理解できない腹立たしさもあってかつい怒りをぶつけてしまう。
「あの人は犯人なんかじゃないです」
俯いていた彩羽はポツリと呟く。
その呟きは千里の耳にもちゃんと届いていたが、正直千里はそんな事どうでもよかった。
今回の事件に関わっていなくても高遠遙一という男は多くの犯罪を犯した殺人鬼であることには変わりはないのだ。
千里にとって今回の事件が高遠とは関係なくても、彼を庇う必要性はない。
彩羽がなぜそこまで庇うのか、そしてなぜそうまでして殺人鬼の高遠を信じるのか千里には全く理解が出来なかった。
理解が出来ないからこそ苛立ちも積もってしまう。
だが何も千里もただ彩羽を責めたいわけではないのだ。
白樹の言う通り、彩羽くらいの年齢の少女は危ない男に惹かれる事が多い。
怒鳴りつけてしまったのは少し大人げなかったかと千里は気持ちを溜息に似た息を吐いて落ち着かせる。
「あなたの考えてる事が全く分からないわ…隼人を殺されてるのになぜあんな殺人者を庇えるの…」
「…はじめちゃんが言ってたじゃないですか…あの人は妹を探しに来てるって…その妹をローゼンクロイツから守ってもらうようはじめちゃんに頼んだのに…なぜあの人が殺人を犯す必要があるんですか?」
まだ明日香や蓮の方が思考が読める。
それは双子や血の分けた姉弟だからというのもあるし、彩羽と赤の他人だからというのもあるが…それを差し引いても彩羽が何を考えて弟を殺した犯人を庇うのか理解ができなかった。
何だか頭痛がしてきた気がして額に手をやる千里は必死に沸き上がる怒りを抑える。
「だからなぜそこまで信じられるのかって話よ…そもそもその話自体嘘っていう可能性の方が高いわ」
「それはないです」
「……なぜ言い切れるのかちゃんと説明してくれるわよね」
もしも彩羽が実の妹だったのならすでにブチ切れて『いい加減にしなさい!!』と頬の一つや二つくらいは引っぱたいている所だった。
しかし妹のように思っているとはいえ彩羽とこうして話せるようになって日は浅いためそれは出来ない。
苛立ちを無理矢理抑えているのもあって千里の声は震えていた。
千里が怒りを抑えているのは彩羽も感じており、少し申し訳なく思う。
事情を知らない側からしたら彩羽は何がしたいのか全く分からない意味の分からない人間に見えるだろう。
人によればそんな自分と関わらないように避ける人間もいるはず。
だけど千里は話し合おうとしてくれている。
彩羽を少しでも理解してくれようとしている。
彩羽はそんな千里にもう嘘はつけなかった。
俯いていた彩羽はゆっくりと顔を上げて千里と目を合わせ―――
「私とあの人…高遠遙一は兄妹なんです」
はっきりとそう言い切った。
その言葉に千里は見事に固まり、目をまるくし口を開けて呆けていた。
しかしすぐに我に返ったのだが、あまりの衝撃的な言葉に信じきれず半笑いを浮かべる。
「もしかして…揶揄ってるのかしら…それとも仕返しのつもり?あなたに怒鳴ったから…」
「違います…私と兄は血の繋がった兄妹なんです…」
半笑いを浮かべるもその口は引きずっていた。
そんな千里をよそに彩羽は事情を説明した。
千里は母である初音とは血が繋がっておらず養子だというのは知っていたが、まるで映画のようなその言葉に頭が付いていけずつい椅子に力なく座り込み頭を抱えてしまった。
「待って、整理させて…じゃあ…あなたの本当の名前は高遠日和で、3歳の時に事件に巻き込まれてイギリスから日本にやってきて記憶が失ったから家族にも引き取られず施設に送られて、そこで初音さん達と出会って養子に迎え入れられて今にいたるって事でいいかしら?」
「はい」
言葉にして頭を整理しても、やっぱり理解が追いつけなかった。
あまりにも非現実すぎたのだ。
そもそも生い立ちが可笑しい。
事件に巻き込まれた事は否定はしない。
現に巴川家で殺人事件が起きたのだからそこはもう何も言うまい。
しかし当時イギリスに住んでいた彩羽が日本に移り、そのショックから記憶を失いそのまま家族の元へ返れず施設に送られるなどありえるのだろうかと思った。
専門家ではないから判断は出来ないが、そこが一番非現実だと思わざるを得ないのだ。
全く信じられず『あなたね!私を揶揄うのも大概にしなさい!』と堪忍袋の緒が切れて怒鳴ろうと思った千里だったが、彩羽の真剣なその表情と目を見て口を閉じた。
確かに非現実的ではあるが、彩羽のその真剣な表情にどうしてか嘘だと思えなかった。
完全に信じているわけではないが、千里はとりあえず嘘ではないと判断した。
「……明智さんはこの事知っているの?」
「………」
どっと疲れが襲ったのか、吐かれる息は深かった。
ふと千里は疑問に思った事を口にした。
高遠が実の兄だったという28年生きてきた中で一番の衝撃的な事実は千里が受け入れがたいものだった。
しかし嘘ではないという事だけはなんとか信じることはできた。
ただ、一つだけ問題があるとしたらあの彩羽を溺愛している男がそれを知っているのかという事。
知っているから千里と関係あるとは思わないが、あの明智が知っていて何の対処もしないわけもないのだけは知っている。
「…兄さんは何も知りません…私の記憶が戻ったのも…私が兄さんが追っている犯罪者と実の兄妹だというのも…何も…」
彩羽の言葉に千里は驚きはなかった。
知っていたらあの溺愛ぶりからしてこうして自由に自分の手の届く範囲から話すわけがない。
流石に本当の家族のように接していても『犯罪者と兄妹なんだ』とは警察の従兄には言いずらいのもあるのだろう。
「あの…千里さん…すみませんでした…心配かけさせてしまったみたいで…」
「ええ、本当に…正直あなたの考えてる事が全く理解できなくて殺人鬼の傍にいるときは生きた心地がしなかったわ…」
腹を立てていたのは何も千里だけではない。
彩羽も兄と話したいのに邪魔をする千里に腹を立てていた。
しかし、それは千里が自分を心配しての事だと冷静になって見ればすぐに分かり、彩羽も彩羽で子供っぽかったと反省した。
謝る彩羽に千里は冗談めいて返し、その言葉に彩羽は苦笑いを浮かべた。
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