あの後、金田一と美雪が様子を見に来ただけで彩羽は千里と部屋から一歩も出ず籠っていた。
部屋を出る理由がないというのもあるが、彩羽も朝から色々な事があり少し疲れたのもあった。
千里も心配なのか一緒にいてくれて寂しさは感じなかった。
しかし―――突然静けさを破るようにけたたましい音が鳴り響く。
その音は火災報知器の音だった。
「か、火事!?た、大変だわ!!早く逃げないと…!!」
ジリリ、と火災報知器の音は彩羽の部屋まで届いていた。
その音に一番に反応したのは千里だった。
千里は誰が見ても取り乱し、青い顔をさせながら彩羽の手を引っ張って部屋を出た。
彩羽は慌てだす千里に押され目を丸くしてされるがままに手を引っ張られて部屋を出たのだが…他の人達も同じように慌てた様子で部屋を出た。
それは火事が起こっているのだからパニックになって可笑しくはではなかったが、彼らの反応に少し違和感を感じた。
白樹は『助けて』と叫び、月読は『母』を叫び、佐久羅は『許し』を乞い、冬野は『だから言ったのよ』と叫び、毛利は『エレベーターではなく非常階段で降りてください』と注意を促した。
千里も白樹と同じく『助け』を求めパニックになりかけていた。
「すみませーん!みんな驚かせちゃったみたいで〜」
するとキッチンから金田一が顔を覗かせ謝りながら出てきた。
キッチンと部屋はすぐそばにあるため、廊下で集まったような冬野達は金田一へ振り返る。
彩羽もキッチンの方へ目をやれば暖簾から煙が見えた。
「金田一君!」
「いやいや!腹減ったんで何か作ろうかと思ったらオリーブオイルに火ついちゃって!もう消えたんでご心配なく!」
中を覗けば、コンロにあるフライパンから白い煙が上がっていた。
どうやら煙が立ち込めて火災感知器が勘違いしたようである。
「よかった…今度は火事じゃなくて…」
「気を付けろよ!寿命縮んだぞ!」
「ほんとすみません〜」
白樹はホッと胸を撫で下ろし、千里も心底安堵したように息を吐く。
彩羽は金田一の言葉に引っ掛かりを覚えたが、後ろから来た美雪の苦笑いを見て彩羽はこれは金田一が仕組んだことだと気づく。
『美雪ちゃんも大変ね』と冬野達に小声で労われば美雪からは苦笑いを深めた笑みを返された。
「でもあんなちょっとの煙と警報で皆さん凄い過剰反応でしたねぇ…―――ひょっとして…火事の経験があるとか?」
金田一の言葉に彩羽以外の冬野達はそれぞれ反応を見せた。
気まずく目を逸らす者、息を呑む者、顔を強張らせる者…様々だが、その反応に金田一はそれが答えだとすぐに気づいた。
「そういや毛利さん…ここエレベーターなんてないっすよね?なのにエレベーターは使うなってどういう意味ですか?」
「…!」
金田一は何か確認したいから火事のような状況を起こした。
その確認とは、彼らが火事の経験があるというものだった。
高遠の正体がバレる前に『火でも起こせば』という言葉に冬野達が反応したのを見てふと疑問に思ったのだ。
結果は金田一の想像した通りではあったが、美雪と彩羽はその結果怒られてしまい、金田一を心配そうに見つめていた。
そんな幼馴染二人の目線をよそに金田一はエレベーターがない館での注意を促す毛利の言葉に注目した。
毛利は金田一の問いにハッとさせ金田一から視線を逸らす。
「以前ホテルに勤めてたって言ってましたよね…」
「………」
「これは俺の直感だけど…今ここにいる人達って全員ホテル火災にあったりしてませんか?」
金田一の問いには誰も答えなかった。
苛立ったように声を荒げた佐久羅や冬野さえ目線を逸らしたり俯いたりと何も答えずにいる。
それでも金田一は続ける。
「それが今回の事件に関係あるかもしれないんだ…話を聞かせてくださいよ」
直に聞いても誰も話てくれないと思ったから金田一は火事だと思わせるやり方をした。
火事に巻き込まれたと教えてくれた千里でさえ詳しくは教えてくれなかったため、そう行動せざるを得なかった。
しかし、
「そんなの知らないわ!」
「俺も話す事なんて何もねえよ!」
「時の流れは決して戻らないもの…忘却の優しさは薄紅色の花びらのよう」
このやり方をしてもやはり誰も口を頑なに閉じており、冬野、佐久羅、月読とみんな本当の火事ではない事に安堵しつつ部屋に戻っていった。
千里もボヤ騒ぎだったと安心しながらも話す気はないのか黙って部屋へ戻ってしまった。
「金田一様…人には誰でも触れられたくはない過去がございます…そこを抉り出そうとすると思わぬ災難に見舞われるかもしれません…お気を付けください」
毛利も怒りはしなかったが、そう金田一に忠告し戻っていった。
それを見送った後彩羽は金田一達に声をかける。
「ねえ…えっと……高遠さん、どうなったの?」
彩羽は火事に対置して千里達のようなトラウマはない。
そのためボヤ騒ぎに対しても安心したという感情しか残らなかった。
しかし様子の可笑しかった千里が心配ですぐに千里の元へ向かおうとは思っているものの、やはり兄の事が気になり金田一に聞く。
とは言え傍にはまだ白樹がいたから『お兄ちゃん』ではなく『高遠さん』としか呼べないのだが。
「高遠なら地下の遊技場に閉じ込められてるよ…あいつの事だからすぐに抜け出しそうだけど…今のところは大人しくしてくれてるみたいだ」
「そう…怪我とかは…」
「してない…両手を縄で縛られてるけど、まああいつの事だからとっくに解いてるさ…今頃遊技場で遊んでるんじゃないか?」
金田一は出来るだけ明るく、そして重たくないように教えた。
高遠はあの呼び出しはあからさまに自分を犯人だと思わせたがっていると気づいており、だからこそ自分に罪を被せようとする犯人に殺意を向けている。
金田一が『犯人をどうするつもりか』という問いに、高遠は『死んでいただく』とはっきりと答えた。
それは流石に事件に慣れつつあり、反応も淡白な彩羽にも伝える事はできず、ただ出来るのは彩羽に出来るだけ安心させる事である。
肩をすくめて何でもないように答える金田一と、『な?』と同意を求められ驚きつつ空気を読み引きつり笑いで頷く美雪を信じたのか、彩羽は『そう…よかった』と安堵の表情を浮かべる。
「じゃあ、私千里さんの事心配だから…はじめちゃん…高遠さんの濡れ衣、絶対に晴らしてね…」
白樹がいなければ兄と呼べるのだが…しかし、兄がせっかく隠してくれたのを自分が無駄にするわけにもいかない。
それよりも彩羽は兄の濡れ衣を晴らしてもらう事を最優先とした。
人任せなのは心苦しいが、だからといって推理が出来るほどの頭脳はないのを自覚しているのだ。
金田一は彩羽の心からの言葉に『ああ、任せろ』と頷いて返した。
その言葉に彩羽は笑みを浮かべ、千里の部屋へと向かう。
「巴川さんって本当、優しい子ね…自分を利用していた高遠さんをあんなにも心配するなんて…」
「そ、そうなんです!!彩羽ちゃんって昔からいい子なんですよ〜!ね!はじめちゃん!!」
「そ、そうだな!彩羽は昔っから人の心配ばかりしてたなー!」
残っている白樹の彩羽を見送りながらポツリと呟かれたその言葉に美雪と金田一はドキリとさせた。
白樹は高遠本人からも彩羽を利用していたような口ぶりだったのを聞いていたため、そんな男でも心配する彩羽を感心したように見つめていた。
本当は高遠と彩羽は実の兄妹だったから、兄を心配していたとは美雪も金田一も言えず、言葉を詰まらせながらも何とか誤魔化すことが出来た。
19 / 24
← | back | →
しおりを挟む