彩羽は千里の部屋へ向かい、千里の傍に着いていた。
「千里さん、喉乾いたでしょう?飲み物持ってきますね」
「ええ、お願いね…」
千里は火事が相当トラウマのようで疲れたように椅子に座っていた。
ベッドに横になった方がいいと言ったが、断られてしまった。
暫く何気ない会話で気持ちを落ち着かせ、彩羽は飲み物を取りに向かった。
キッチンはすでに金田一と美雪の姿はなく、ボヤ騒ぎを起こしたフライパンも綺麗に片付けられていた。
換気もきちんとした後に去ったのか煙臭さはない。
毛利に薔薇の紅茶を頂く許可を貰っているのでお湯を沸かすためやかんを火にかける。
「あら…先客がいらしていたんですね…」
お湯が沸くまで待っている間にコップやら紅茶やらを用意していると、声が聞こえた。
そちらに目をやれば歌人である月読がいた。
月読は先客がいた事に意外そうな声を零しキッチンに入る。
「えっと…巴川さん、でしたよね?」
「はい…巴川彩羽っていいます」
月読は彩羽の名前がうろ覚えだったのか確認するように声をかけ、彩羽は改めて自己紹介をする。
二日同じ建物にいたのに覚えていないのは寂しいが、仕方ないと分かっている。
殺された小金井達や世話係の毛利を含めてこの館には13人もいるのだし、知り合いならまだしも金田一達以外赤の他人が招待されて集まっただけの集まりだから全員の名前を覚えていないのも無理はなかった。
月読は『そう、巴川彩羽さんっていうのね』と覚えるように繰り返した後、自分も自己紹介した。
彩羽も覚える様に繰り返したあと、クスクスと笑い出し、月読は突然笑い出いした彩羽にキョトンと首を傾げて見せた。
「どうしました?」
「ごめんなさい…二日も一緒にいるのに改めて自己紹介するのがなんだかおかしくって…私達、同じ屋根の下にいるのにその人の事何も知らなかったんだなって…」
二日といえど、事件に巻き込まれた同じ被害者同士。
彩羽は高遠の事があり千里か金田一達と一緒に行動する事が多く、月読たちはそれぞれ部屋に籠ったりとお互い干渉することもなく今に至った。
だから今更自己紹介をするのが彩羽は少し愉快に思えた。
彩羽の言葉に月読は目を瞬かせたが、すぐに『そういえばそうですね』とお互い無関心だったと今更気づく。
「月読さんはどうしてこちらに?私は千里さんが落ち着くような飲み物でもと思って来たんですけど…」
「私もです…さきほどのボヤ騒ぎでなんだか落ち着かなくって…飲み物でも飲んで落ち着こうかと思い来ましたの」
「あ、じゃあ私薔薇の紅茶を淹れようと思ってるんですけど、ついでですし月読さんの分も用意しましょうか?まだお湯が沸いてないのでちょっと時間かかっちゃいますけど」
「でも…いいんですか?」
月読も千里同様少し顔色が悪かった。
彩羽は火事に対して月読たちのようにトラウマはないから、ボヤ騒ぎだったと分かっても安堵の感情しかない。
だから月読と千里のために落ち着くように紅茶を淹れる事に苦はなかった。
彩羽も巴川家で精神的に不安定だった時、何気ない行動すら億劫だったのを覚えているから、彩羽なりに気遣っていたのだ。
申し訳なさそうな目で見てくる月読に彩羽は安心させるように笑顔を向け、頷く彩羽に月読は彩羽の言葉に甘える事にした。
「ねえ、巴川さん…巴川さんは確か高遠って人と知り合いだったと言っていましたよね?」
「!…は、はい…」
言葉に甘えることにしたとはいえ、何でもかんでも彩羽任せというのも申し訳なく思ったのか月読も手伝う。
キッチンに立ち手を動かし、お茶請けも用意し出し、二人はお湯が沸くまで傍にあったテーブルに座って談話していた。
その中で、月読は彩羽に気になっていた事を聞く。
その問いに彩羽は声が堅くなる。
それに月読は自分が彩羽を責めていると勘違いし謝る。
「あ…ごめんなさい、あなたを責めているわけでも疑っているわけでもないの…ただあなたのような普通の子が殺人鬼と顔見知りだった事が不思議に思っただけなの…誤解させてしまってごめんなさい」
「いえ…月読さんが不思議に思うのも無理はないです…」
彩羽が高遠の共犯者だという疑いは恐らくもう誰も思っていないだろう。
彩羽は高遠に利用された可哀想な子だと皆思っているに違いない。
月読はただの興味で聞いてしまったが、彩羽の反応に少し聞いてしまった事を後悔した。
しかし、それでもやはり好奇心には勝てなかった。
「あの時あなたのお姉さんと高遠って人が言っていた事って本当なの?」
月読の問いに彩羽は少し間を置きつつ頷いて返した。
そして千里と高遠の言葉通りの筋書きを月読に伝える。
月読は聞けば聞くほど波乱万丈な彩羽の生い立ちに同情めいた目線を送る。
特に利用された事も同情するが、何より弟を殺されたことだろう。
「弟さんをあの人に殺されてさぞあの人を恨んでいるでしょうね」
「……そう、ですね…」
月読の言葉に彩羽は上手く返せなかった。
俯く彩羽に月読は怪訝とさせたが、すぐに『弟を殺され悲しんでる姉』だと思ったのか、何も問わなかった。
「ならもう安心ね」
「え?」
「だって、あなたの弟を殺したあの人は今地下の遊技場にいるんだもの…それにもう事件が解決しているわ…あとは警察に引き取ってもらえばあの人を法が裁いてくれるわ」
「………」
彩羽は月読の言葉に開きかけた口を閉じ、何も答えなかった。
否、答える事が出来なかった。
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