紅茶を入れた後、彩羽は千里の部屋に戻り暖かい紅茶を飲んでお互い気持ちを落ち着かせていた。
月読との会話で彩羽も落ち着かなくなり、何かして気を紛らわせなければ考え込んでしまいそうになっていた。
だから千里との会話はいい気分転換にもなったし、心を落ち着かせる事も出来た。
千里も暖かい紅茶を飲み彩羽との何気ない会話をして気持ちを落ち着かせる事が出来たのだが…
「何か…外が騒がしいわね…」
人がそれほどいるわけではないこの館は部屋に籠れば静かだった。
外からの音が聞こえ、それがどこか焦ったような足音や声だったため、千里と彩羽は気になって様子を見に部屋を出る。
すると何人かが地下へ向かっているのを見て彩羽と千里も続くように地下に降りる。
地下に降りれば遊技場の前でみんなが集まっており、彩羽は金田一と美雪に声をかける。
「どうしたの?」
「それが…高遠がいなくなったんだ!」
金田一のその言葉に彩羽は目を丸くし驚愕する。
今兄は金田一と協定を結んでおり、尚且つ兄もまた金田一に対してどこか信頼を感じていたから逃げ出すことはないと思っていたのだ。
しかし中を見れば人の気配すらなく、兄の姿も当然にない。
どうやら毛利が昼食を運んで発覚したらしい。
「まずい!奴は人を殺すつもりだ!」
「え!?」
「みんな一か所に集まってください!奴から身を守らないと!!」
彩羽はどこか引っかかった。
何が疑問に思ったのかと聞かれれば答えられないが、何となく違和感を感じた。
しかし兄が脱走したのは事実で、彩羽は『もし殺人が起こったら今度こそお兄ちゃんが犯人にされる』と内心恐々としていた。
騒ぎに気付いていない白樹と佐久羅を金田一が呼びに行き、全員ダイニングへ集まる。
「これからどうするつもりだ?」
白樹は手ぶらだが、佐久羅は商売道具を持ってリビングにやってきた。
佐久羅の問いに金田一は集まった人達を見渡して答える。
「みんな絶対にこのダイニングから出ないでください…少なくとも全員固まっていれば、高遠も簡単には手が出せない」
「それは分かるけど…トイレとか…どうするの?」
「実は私も…ねえ金田一さん…2人一緒ならここを出てもいいでしょ?」
高遠の行動は流石の金田一も読めない。
だが、事件に慣れている金田一は他の人よりも危険な場面に対する対処は得意としていた。
それに金田一の言う事も一利あり、金田一の提案に誰もが従った。
しかし納得はしているが、生理現象までは抑えることはできず冬野は男性のいる前で言うのも恥ずかしいのか少し気まずそうに質問し、月読も同じく続く。
地下には遊技場やダイニングの他にもワインセラー室が二部屋、書庫が一部屋、そして男女別れた大浴場とボイラー室があるだけで、トイレは上の階しかなく、トイレに行こうにも地下から上へ上がる必要がある。
殺人鬼が潜んでいる中一人で行動するなど殺してくださいと言っているようではあるが生理現象は仕方ない。
せめて一人で行動さえしなければいいと判断したのか、金田一は月読の提案に頷いて返した。
我慢していたのか冬野はホッとしたように笑みを浮かべた。
「助かったー!トイレで変な歌、詠まないでよ?」
「しませんよ、そんな事」
自分の歌を『変な歌』と言われむっとさせる月読に冬野は『冗談よ、冗談』と笑いながら階段へ向かう。
その冬野に月読も続き、金田一は二人を見送った。
――螺旋の階段を使って上の階に上がり、冬野はトイレへと向かう。
トイレは階段を上がってすぐのところだったため、上の階に上がれば目視ができた。
高遠を気にしながら早くトイレを済まそうと冬野は先頭に立ち、その後ろを月読が続く形で移動する。
冬野は周囲を警戒するばかりで背後には気を配る事はなかった。
だからか…トイレへ向かう二人を姿を見せず監視するように二つの目が追っている事など気づきもしなかった。
冬野はまっすぐトイレへと向かい、そして――――後ろからナイフが投げられ壁に一輪の薔薇が突き刺さる。
「その薔薇、毒が塗られていますね」
そして、一人の男性の声がその場に響いた。
二人がその声の方へ振り返ればそこには―――脱走した殺人鬼である高遠遙一の姿があった。
「ここにいる全員があなたの殺人未遂の目撃者です」
高遠はそう言って階段の方へと目をやる。
そちらに目をやればそこには地下のダイニングで集まっているはずの金田一達の姿があった。
金田一は高遠がいることに驚きもなく、彼の言葉を繋げるように声を零す。
二人はある一点を見つめていた。
二人の目線の先には…
「そういう事さ…―――月読ジゼル!いや…!ローゼンクロイツ!」
「――っ!!」
月読がいた。
月読は薔薇が壁に突き刺さり驚いていたが、金田一に名を呼ばれハッとさせ振り返る。
振り返れば金田一だけではなく彩羽や白樹、毛利など全員が揃っており、犯人を知っていたであろう高遠と金田一、そして美雪以外は驚いた表情で月読を見つめていた。
冬野は恐る恐ると月読から離れ毛利達のところまで下がった。
「よくやってくれた、高遠」
「ま、私には金田一君をここに付き合わせた借りがありますからね…これくらいはお付き合いしますよ」
彼らの会話からして高遠が逃げたのも演技だったらしい。
恐らく次のターゲットであろう冬野には事前にトイレに行くよう頼み、犯人である月読と二人きりになってもらい犯行を金田一達が目撃するという計画だったのだろう。
彩羽達は冬野と月読が上の階へあがった時に知らされた。
事前に言わなかったのは、彩羽達の部屋を一人一人回っていれば月読に気付かれる可能性があったからである。
しかし月読は疑いの目を向けられても自白するでもなく、笑って見せた。
「冗談じゃありませんわ…私が薔薇を振り上げたのは放たれた殺人鬼に命を狙われる恐怖を薔薇に込めて読んでみたくなったからですわ」
冬野を殺そうとした場面を見られたというのに月読は白を切るつもりだった。
そんな月読の言葉に高遠は『ほう』と感心したように声を零し、壁に刺さっている薔薇を抜く。
勿論毒の可能性が高いためハンカチで茎の部分を覆って持っている。
「ではこの薔薇のトゲで自分を引っ掻いてみてください」
そう言って高遠はハンカチで薔薇を持ちながら月読に差し出す。
しかし月読はその薔薇を受け取るどころか身を引かせた。
「できるわけないよな?一突きで死ぬ猛毒だろうから」
「あら、その薔薇は歌を詠む為にあのアーチから折ってきたものですもの!毒が塗られている可能性は十分にありますわ!それに高遠さんが私を殺すために毒を咄嗟に塗る事だって出来るでしょう?」
月読の言葉も一利あるものの、歌を詠むだけに毒が塗られているかもしれないアーチから折って来たというのは少々納得しきれないところもある。
しかしそれ以上にまだ高遠が犯人だと言い出す月読に、彩羽は思わず兄を見た。
兄は犯人に仕立てられ薄ら笑いを浮かべ目を細めてみせた。
そのため感情は見えない。
「…面白い事を言いますね」
「よせ!高遠を挑発しちゃいけない!」
「だったら!私を犯人扱いするのやめてくださる?みなさんもそう!私と!この殺人鬼と!どちらのいう事を信じるの!?金田一さんだっていくら名探偵の孫とはいえ殺人鬼と手を組むような人の言う事を信じられる!?」
その言葉に誰もが黙り込む。
金田一は『高校生探偵』とは違い、表には一切でない。
だから金田一耕助は知れ渡っていてもその孫までが名探偵だというのは広まっておらず、今回は高遠と手を組んでいるのもありあまり信用性は欠けていた。
とは言えみんな月読が冬野を殺害しようとしていた場面を見ていたのもあり月読の言葉を鵜呑みにすることもできなかった。
静まり返る中、美雪と彩羽は心配そうに幼馴染を見る。
「いいぜ…今からローゼンクロイツが仕掛けた謎を一つ残らず暴いてやる」
金田一は相変わらず推理の事になるといつものおどけた様子を引っ込め、だらけた顔はきりっと真剣な表情へと変わる。
場違いながらもその表情を見ながら彩羽は『いつもその表情でいれば周りの誤解も解けるのになぁ』と内心ぼやくが…それはそれで美雪が大変かとすぐに撤回する。
「この事件のキーワードは二つ…一つは二年前のホテル火災だ」
『火災』と聞き彩羽達以外の顔色が変わった。
みんな表情を強張らせ、顔を顰める。
思い出したくない記憶が蘇ったのだろう。
千里もそれに耐える様にグッと拳を握っていた。
「ローズグランドホテルの事ね…」
「そう…オープニングイベントで薔薇の展示会を開催したその日の夜に起き、何百人もの死者を出したあの原因不明の大火災だ」
「………」
あのボヤ騒ぎの後、金田一と美雪は白樹から火災の事を教えてもらった。
『ローズグランドホテル』で行われた薔薇の展示会。
その日の夜に大火災は起こり、二年も経つのに未だ原因は不明となっている。
「今日、俺が鳴らした火災報知器に俺達を除く全員が異常に反応した…あれはどう考えても昔火災に巻き込まれた人の反応だ」
金田一の言葉に誰もが口を噤む。
忘れたい記憶であっても、トラウマは決して忘れられずきっかけさえあれば簡単に蘇る。
千里から二年前の火災の事や、高遠の『火を放てば』という言葉に反応を見せたのを思い出し、金田一はあの騒ぎを起こしたのだ。
結果は見ての通り金田一の思う通りの結果となった。
「みんなローズグランドホテルの火災にあってる、と俺はみている…その火災の裏にある何かが今回の事件の動機だ…そしてもう一つのキーワードは―――薔薇の名前だ」
「薔薇の名前?」
キーワードは二つと金田一は言った。
その一つが『火災』
そしてもう一つは『薔薇の名前』だという。
思いもしない言葉に白樹が思わず聞き返すと金田一は頷いて説明する。
「先生の名前、『紅音』が薔薇名前と同じと聞いて分かったんです」
「なるほど…最初に殺された皇翔(すめらぎ しょう)も『皇翔(こうしょう)』という薔薇の名前ですね…」
金田一の言葉に高遠が感心したように零す。
金田一達の通う学校の教師である白樹の名前は『紅音(べにね)』と言うらしい。
白樹からはその名は薔薇と同じ名前だと聞かされ金田一は気付いたのだ。
そして最初の被害者である皇(すめらぎ)。
彼の苗字と名前を合わせると、紅音のように『皇翔(こうしょう)』という名の薔薇の名になる。
「俺達以外の招待客の全員の名前には薔薇の名前が入ってる」
二人目の犠牲者である小金井。
彼の名前である『睦(むつ)』という名前の薔薇も存在していた。
三人目の被害者である祭沢の『一心(いっしん)』と、四人目の被害者の禅田『みるく』という名の薔薇も存在している。
金田一の説明に毛利達もハッと気づいた。
「私の名前の『八重姫』も薔薇の名前よ…」
「確かに…私の名前『ミカド』という名の薔薇もあります…」
「佐久羅さんの名前、読み方は違うけど『京(みやこ)』という名前もあるんだ」
「ああ、そういえば…」
冬野の名前である『八重姫』という薔薇も存在し、漢字は違うが毛利の『御門(みかど)』という名前の薔薇も存在している。
佐久羅も名前の『京(きょう)』も読み方は違うが『京(みかど)』という名の薔薇もある。
そして…
「私も薔薇の名前よ」
正しくは『千里香』という名ではあるが、千里も彼らと同じく名前に読み方も漢字も同じの薔薇の名が刻まれている。
名付けたのは母親だった。
亡き母は花が好きで、娘と息子達には全て花の名を付けている。
千里は薔薇。
明日香は牡丹。
蓮(れん)は文字通り蓮(はす)から取っている。
母はそれを娘たちによく話してくれたから自分達の名前が花の名前だと三人とも知っていた。
千里達を見渡した後、金田一は背を向けていた月読へ視線を戻した。
「ただし月読さん…あんただけは薔薇の名前を二つ持っている!」
白樹の名前が薔薇と同じ名前だというところから招待客の全員が同じく薔薇の名前だと気づいて金田一は書庫で薔薇の図鑑で確認した。
その中で『月読』『ジゼル』だけは苗字と名前で薔薇の名を持っていたのだ。
「それが何だというの?ただの偶然でしょ?」
薔薇十字館という名の館に、薔薇の名が付いた招待客に世話係。
偶然とは思えなかった。
その中でも苗字と名前二つに薔薇の名が入っているのは月読だけなのだ。
しかしだからと月読がローゼンクロイツだという証拠にはならない。
月読の言う通り偶然という場合も確かにある。
「俺はこう考えている…ローゼンクロイツは殺すべき人物の特定ができていなかった…分かっていることはホテル火災の当事者である事と薔薇の名前を持つというこの二つだけ…だから条件にある人に片っ端から脅迫状めいた招待状を送りつけ、その内容によって罪悪感を持つ人を呼び出した…そして更にターゲットを絞るために使われたのが―――この『美咲』と『蓮花』だ」
そう言って取り出したのは、まだら模様の『蓮花』と、薄いピンク色の『美咲』だった。
その薔薇は彩羽にも見覚えがあった。
あの薔薇風呂に浮かんでいた薔薇だったのだ。
それを見てただ一人…冬野だけは息を呑み顔を青ざめた。
「皇の遺体に添えられた薔薇がこれだと気づいた小金井は怯えて自ら毒の棘に掛かった」
「この二つの薔薇にどんな意味が?」
小金井も酒ばかり飲んでいた印象しかなかったが、薔薇の種類を見分けることができる程度は薔薇に通じていたようで、薔薇が蓮花と美咲だと気づいた小金井は怯えて自ら毒で殺されたという。
その金田一の説明に高遠は首を傾げた。
「あの時月読さんは黒く染められた薔薇を手に歌を詠みながら一人一人に向けていった…あれは薔薇の種類をしっかりと確認させるためだろう…あの薔薇は美咲と蓮花を接ぎ木して黒く染めたものだ…呪いじみた黒薔薇の花言葉…過去の罪を表す二つの薔薇…そして突然現れた皇翔の死体!ここまで演出されれば見に覚えのある人間がパニックを起こすのも無理もない」
「それで小金井氏は自滅した…なるほど…『未必の故意』というわけですね…」
『未必の故意』――つまりは犯罪を行おうとするのではなく、結果的に犯罪好意になってしまう事をさし、それに対して構わないと思う容疑者の心理状態の事を指す。
ローゼンクロイツである月読は皇の死体を見せた後に黒く染められた黒薔薇の花言葉をその場にいる全員に聞こえるように呟き、一人一人に薔薇を隅々まで見せて動揺を見せた人間に一先ずターゲットに絞った。
その結果が小金井の死である。
「その後祭沢を含む三人の人物があの薔薇風呂に入れなかったのを見て犯人は罪人を完全に絞り込むことが出来た…そうだよな、月読さん…」
あの時はまだ殺すべき相手をある程度見つけただけにすぎず、確かな確信を得たわけではなかった。
だからこそローゼンクロイツは毛利に薔薇風呂に浮かべる薔薇を『美咲』と『蓮花』にするよう指示を出したのだ。
この二輪の薔薇を見て風呂に入れなかった人間こそが、ローゼンクロイツが手間をかけてまで殺したいほど憎むべき罪人なのだから。
「どうしてそんな事が分かるっていうの?薔薇風呂に誰が入ったのかなんてずっと中を監視しなければ分からないでしょう?まして男性のお風呂だなんて!」
「分かるさ…大浴場に置かれているタオル回収ボックスでね!」
薔薇風呂に入らなかったのを見て殺す相手を見極めたという金田一の説明は無理があると月読は言った。
そもそも月読は見なくても女性だというのは分かる。
同じ女性なら監視は出来なくはないが、異性の男風呂を監視するなんて女の月読に出来るわけがない。
それを指摘すれば簡単に証明できると金田一は言い切った。
金田一は場所を移し、地下へと降り回収ボックスの前までやってきた。
「あんたはローゼンクロイツとして毛利さんに一人一人違う薔薇柄のタオルを配るよう指示した…そして入浴時間が終わった後回収ボックスを調べた…使わなくてもタオルはここに回収される事になっていたから濡れていないタオルの薔薇柄で誰が風呂に入っていなかったのか特定できる仕組みだ」
「あのタオルの柄にそんな意味が…」
「なるほど…風呂場に行ったにも関わらず入れなかったとしたら…それは湯船に浮かぶ『美咲』と『蓮花』の意味を知る者に限られる…」
「だからあの時祭沢さんはお風呂に入らなかった…祭沢さんは湯船に浮かぶ『美咲』と『蓮花』の意味を知っていたから…はじめちゃんを待っている間に来た禅田さんと冬野さんも入ったけどすぐに出てきたから二人は湯船に浮かぶ薔薇の意味を知っているって事ね…」
彩羽も千里とのタオルの柄が違う事に気付いていたが、そこまで意味があるとは思わなかった。
せいぜい殺人とは無関係の館側のサービスか何かかと思っていた。
しかし実際は殺すべき相手の見分けをしていたと聞き、彩羽は『じゃあ理由があってお風呂に入れなかった人も殺されるのだろうか』と何となく思う。
金田一の推理で『男風呂は監視が出来ないから犯人じゃない』という異論は消えてしまった。
「そんなの推論でしょう?言っておきますけど私には祭沢さんや禅田さんを殺すことは不可能だったはずよ?私には完全なアリバイがあるのよ!」
それでも月読は自分が犯人ではないという証拠があり、その余裕を崩さなかった。
祭沢は見事な密室であった。
禅田の時だって襲われた時冬野と一緒にいたのだ。
密室を崩すことも、アリバイを崩す事も不可能だという自信があった。
しかし…
「話はまだ終わってないぜ…薔薇風呂の後に発生した祭沢さん殺し…あの薔薇密室の謎を今から暴いてやるよ」
金田一もまた、自身の推理に自信があった。
自信があった、というよりも一つ一つ解いた確かな証拠とトリック崩しである。
金田一の真っすぐ力強い目で見つめられ、月読は顔を強張らせてみせる。
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