(22 / 24) 薔薇十字館殺人事件 (22)

金田一はローゼンクロイツ…月読にトリックを暴くと断言した。
まず向かったのは祭沢が殺された応接室。


「扉を開けたせいで薔薇はめちゃめちゃだけど発見当時の状況はこうなっていた」


警察が呼べないためカメラマンをしている佐久羅に頼んで現場や死体をカメラに移してもらっていた。
ダブレットを使って現場の写真を皆に見せる。
現場検証をしているときに崩してしまい、今も入るために開けたため薔薇はぐちゃぐちゃに散ってしまい事件当時のままというわけではなかった。


「ほら見て!絵でも描くように薔薇が敷詰められている!どうやって扉を開け閉めできるっていうの?」


写真を見せる佐久羅に月読は薔薇が敷詰められ誰も踏んだ形跡がない扉の部分を指さした。
密室だった事を指摘したその瞬間、大きな音を立て金田一は持っていた杭を地面に突き立てる。
その音に高遠以外の誰もがビクリと肩を竦めて驚いた。


「その薔薇の密室を作り出した鍵はこの杭だ」


床は固く、推理しているときに試しに打ってみたが、男の金田一の手でも死体を貫通させて床まで突き立てるのは難しかった。
しかしその謎はもう解いている。
金田一はそれを証明するため先ほど祭沢の身体を貫通させて開いた穴に杭を突き立て部屋の外へと移った。
そして用意した紐を持ち二本引っ張る。
するとカタカタと音を立て応接室の部屋が回転しはじめた。


「回しきったら紐を抜いて次の紐を引っ張る…ターンテーブルの要領で回していけば扉の前に青薔薇を敷詰めた密室が完成する」

「これなら大した力もなく小柄な女性でも十分可能ですね」


この部屋は仕掛けが施されていた。
部屋全体が回転するように作られており、ローゼンクロイツはそれを利用して青薔薇が扉の前になるよう部屋を回転させ密室を作り出した。
高遠の言葉通り、これならば力はそれほど要らず月読だけではなく彩羽や美雪のような少女でも密室を作り出すことが出来る。


「この密室には二つの狙いがあった…一つは枯れた白薔薇の花言葉で祭沢さんを犯人に仕立て自殺をほのめかす事…もう一つは犯人の自殺によって事件が終わったかのように見せ次のターゲットを油断させて殺害しやすくするためだった」


杭を打ち付けるのも恐らくハンマーか何かで叩けば女性でも杭を突き立てるのは可能である。
月読はグッと組む手の力を入れる。


「今のお話は密室の作り方であって私が犯人だという証拠にはならないわ」


顔には焦りのように余裕さは少し消えていたが、まだ自分が犯人だと自白することはなかった。
今のはあくまでこのやり方をすれば密室を作り出せるという説明にすぎないと月読は言った。


「じゃあ禅田さん殺しではどう言い訳をするつもりだ?」

「言い訳もなにも…私にはアリバイがあるのよ?」


禅田の場合、月読には冬野と一緒にいたというアリバイがあった。
それに強く出れば金田一は表情を変えず、場所を変え、禅田が襲われた現場へと向かう。


「あの時届いたローゼンクロイツの指示は全員バラバラの時間とバラバラの場所で待てというものだった…全てはアリバイ作りの為だけどみんなに知ってほしいのはこの部屋の事だ」

「はじめちゃん、何に気付いたの?」

「俺達が今いるこの部屋が本当の南端の部屋と中も外の景色もそっくりに作られた全く別の部屋にって事にだよ」


部屋にはまだ禅田の死体が置かれていた。
布がかぶせられているとはいえ、死人に縁のない冬野達はそれぞれチラリと見える禅田の死体に顔を強張らせたが、金田一、彩羽、高遠は表情一つ変えずに平然と部屋に入る。
三人が部屋に入ったため仕方なく冬野達も部屋に入れば、金田一はこの部屋は本当は南端の部屋ではなく、南端の部屋とそっくりに作られたものだという言葉に冬野達は目を丸くす。


「十字型のこの館は真ん中のホールに立つと端まで全部見渡せて確認できるから誰もこの図面を疑わなかっただろ?」


この館は薔薇と十字架を題材に作られた館だった。
持ち主がキリスト教だったからかは分からないが、それは徹底されている。
一階も地下も同じ十字架の構造をしており、更には一階と地下を行き来できる螺旋階段が中央にあるため誰もが一階と同じ方向で地下も作られているのだと錯覚させられていた。
しかし実際は地下の十字型の建物は中央の螺旋階段を中心に一階とは少しズレ位置に建てられている。
建てるのは地下からだから正確に言えば一階が地下と少しずれた位置に建てられていると言うべきか。


「つまり俺達がいる部屋は南端の部屋より30度ほど東にズレたここの上にあるはず…」


金田一の推理に高遠は『なるほどそういう事ですか』と落ちていた棒を手に取り扉を塞いでいる板を壊していく。
流石に慣れたもので、次々と板を壊していき、高遠は全ての板を壊して扉を開けると―――…


「離れ!?…ここは離れだったのか!?」


そこは十字型の建物とは少しズレた離れとなっていた。
薔薇で見えにくいが、それでも薔薇十字館の赤い屋根が少し離れた場所に見えていた。


「十字架という印象的な形を利用した巧妙な心理トリックだよ…俺達は二つの螺旋階段に方向感覚を惑わされていたんだ」

「どうして分かったんだ?」

「日の入り具合さ」


建物は地下と一階部分しかなく、外から見ても地下と一階の作りがズレている事には気づかない。
佐久羅がどうやって気づいたのかと問うと金田一は簡単に答えた。
禅田が殺害された時、金田一はふと何かに疑問を抱いた。
それは太陽に照らされる際に作られる影。
金田一は不意に窓から入ってくる十字架の影の位置がズレていることに気付いた。
悲鳴を聞きつけて駆け付けた時、十字架の影はほぼ真っすぐにカーテンに映し出していた。
しかし禅田が殺害された部屋の中に差し込んだ影は部屋の左側に傾いていた。
僅か10分足らずで日がそんなに移動するわけがない。
そしてこの建物の構造に気付いたのだ。


「でも待って!金田一君は窓から禅田さんの着物が見えたって…」

「それもトリックなんだ…あたかも禅田さんが襲われていると見せかけるために彼女の袖を引きちぎって自作自演していたんだ」


禅田の悲鳴だと思ったあの声は月読だった。
すでにあの時禅田は殺されており、金田一と美雪を呼び出した月読は部屋の中で息を潜めて隠れており、金田一達が来たのを確認すると、その辺にあった椅子や物を倒したり蹴ったりと襲われていると見せかけ事前に引きちぎっていた禅田の袖を金田一達に見せる事であたかも禅田が今襲われていると思わせた。


「俺達が地下に向かうのを確認したあんたは本当の南端の部屋の外に通じる扉から外に出た」


月読は金田一達が地下へ向かうのを確認した後、金田一達に追いつかないように気を付けながら薔薇のアーチを潜り西勝手口に向かい、アーチを茨で塞いだ。
小金井が死んだ原因である茨に毒が塗られているという思い込みを利用したものだった。
アーチを塞いだのは金田一達に自由に動かれて離れの存在に気付かれるのは避けたかったからだ。


「そしてあんたは俺達の後に冬野さんと一緒に降りてきた…そこで実に"不自然な発言"をしたんだ!」

「…っ!?」


月読は金田一の言う『不自然な発言』と言われても覚えはなかった。
金田一の言った『不自然な発言』とは――『何かあったんですか金田一さん、七瀬さん』という発言だった。
それは金田一と美雪が地下に向かい毛利と合流した際、騒動に気付いて冬野と一緒に一階から降りてきた月読の言葉だった。


「あの場には彩羽や千里さん、白樹先生やこの館を取り仕切る毛利さんもいた…普通は毛利さんに聞くか『皆さん何事ですか』と聞くものさ…なのに俺と美雪に聞いて来たのは上手く俺達に事件を目撃させたという油断からだ」

「っ、そんなの…たまたまよ!あなた達二人が目についたから!」

「…失言ならまだあるぜ」

「…っ」


金田一に言われて月読は失言に気づいた。
しかしそれでも月読は認めずただあの場で金田一と美雪が最初に目についたからつい呼んでしまったのだと答えた。
そんな月読に金田一は表情を変えずそれだけではないと答えた。
それに息を呑んだ月読を見据えながら金田一は月読が祭沢殺害の際、青薔薇を読みに来たときに月読が読んだ『ゴルゴダの丘に咲く青い薔薇よ…』と歌ったその詩の中にある『温もりの泉に斑模様の薔薇を浮かべ 彼を癒しながら 青薔薇と枯れた白薔薇をもってその命を奪った矛盾を』という言葉に失言があると言った。


「あの『温もりの泉』って例の薔薇のことだろ?」

「そうよ」

「そんで『斑模様の薔薇』って蓮花の事だろ?」

「そうよ…!!それが一体―――っ!」


それがどんな失言なのか、分からず月読は苛立ちを積もらせた。
しかし月読も己の失言に気付きハッとさせる。


「気付いたか…覗きでもしない限り男湯に浮かんでいた薔薇が女湯と同じだと分からないことに!犯人だからこそ分かる事だ…館の主として毛利さんにどの薔薇を入れるか指示を出していたんだからな!」

「…っ」


旅館などでも湯は女湯と男湯で異なったタイプで楽しませる事が多い。
確かに男女共に同じ湯にするところもあるが、しかし美雪のように異性の知人と一緒に来ない限り、一人できた月読が男湯の浮かんでいた薔薇を知る事は不可能なのだ。
毛利に聞いたという言い訳をしようにも、共犯者でない限り毛利は否定するのは目に見えている。


「第三の失言は私から話しましょう」


腕を抱き黙り込む月読の失言はまだあった。
今度は金田一ではなく高遠がそれに気づき、高遠が話す番となった。


「あなたが私の正体を暴こうと読んだ歌です」


それは遠山が高遠遙一という殺人鬼だと気づいた際に月読が読んだ歌だった。
『赤きバラはかく語りき 悲しきニオベの娘よ そなたを射止めし 銀の矢を放ちたる者は オリンポスの神にあらず…血塗られし地獄の使者』という歌。


「あれは崩れ落ちるニオベの娘の像から取ったものですね?発見当初片腕が失われていた状態だったと言われた姿は着物の片袖がちぎられた禅田さんを想わせる」


ニオベの娘の像は当初片腕が失われた状態で発見された。
禅田の殺害を見立てと言い出し月読はニオベの娘の像になぞらって歌を歌った。
それを失言だという高遠の言葉に月読は焦る事はなく笑みを浮かべて高遠を睨みつけた。


「犯人…つまりあなたは!像の見立てとして背中に矢を突き立て右袖を引きちぎった!――それを今、認めたわけですよね!地獄の傀儡子!!」


高遠の言葉に月読はまだ自分が犯人ではない事を証明できると思った。
しかし、高遠はそんな月読の言葉に肩をすくめてみせ、そして…


「まったくお粗末な犯人だ…―――失望、しましたよ」


そう零し嘲笑のような笑みを浮かべた。
その言葉と笑み、そして彼からの殺気に月読はビクリと肩を揺らし、金田一は殺人犯としての顔を見せる高遠に表情を険しくさせた。
彩羽は殺人犯としての兄の姿に顔を強張らせる。


「なによ…なんなのよ!!一体!!」


追い詰められ始めた月読は腹立たしさが抑えきれず思わず叫んでしまう。
そんな月読をよそに高遠は周りを見渡した。


「ではみなさん、あの時禅田さんの片袖を引きちぎられていたのを直接見た方はいらっしゃいますか?」

「あの時は私が入口でみなさんを止めていましたし、入り口からはテーブルが邪魔で禅田さんの身体はほとんど見えませんでした…」


高遠の問いに金田一以外が首を振ってこたえた。
彩羽も高遠と目が合ったが、首を振る。
あの時、毛利が入口に立ち彩羽達を引き留めていたため死体どころか部屋にも入っていない。
それどころかテーブルが壁となり禅田の身体は頭と足元しか見えなかった。


「そう…直接禅田さんの遺体を見たのは私と金田一君だけです」

「でも聞いたわ!!着物の袖が引きちぎられてるって!あなたが―――っ!!」


すぐさま反論を言おうとするも月読は自身の失言に気付いた。
言葉を飲む月読に高遠は目を細めて笑う。


「私はちぎれた袖が右とも左とも言っていない…なのにあなたはニオベの娘を引き合いに出し今また右袖と言った…遺体の袖を引きちぎった張本人だからですよ」

「―――ッ」


今度こそ月読は言葉を失くした。
死体を見た金田一と高遠以外のあの現場で、禅田の引きちぎられた着物の袖が右か左かどちらか分かる人物など禅田を殺し本人しか知りえない情報だった。


「ッ…私は…犯人じゃない…!」


それでも月読は認めなかった。
案外しぶとい犯人だが、高遠は予想していたようであるものを取り出して月読に見せた。


「これを見ても?」

「えっ!?それは…!」

「あなたがちぎった禅田さんの片袖です」


それは禅田自身がデザインしたという薔薇の着物の袖だった。
月読はその袖を見て目を丸くして驚き、思わず後ろへ手をやった。
それを見て高遠は『そこでしたか…失礼』と断りを入れながら月読の後ろのスカートに手をやった。
それを見て彩羽は月読以上に驚いた表情を浮かべる。
そんな妹に気付かず高遠は月読のスカートから取り出したものを見せる。


「これが金田一君と七瀬さんに見せつけた右袖でしょ?私が見せたのは禅田さんの左袖です」


一歩間違えればセクハラと訴えられる方法で月読が隠していた禅田の右袖を発見する高遠に金田一は『無茶をしやがる』とつい零してしまう。
やっと兄の行動を理解した彩羽も『お兄ちゃん…それやりすぎ…』と思わず心内で思ってしまう。
禅田の左右の着物の袖を見せつけられた月読はふと笑った。


「見事ね…名探偵…―――私の本当の名前は『美咲ジゼル』!二年前!5人の犯罪者に青薔薇と共に葬り去られた『美咲蓮花』の娘よ!!」


もはや月読に残された道は罪を認める事のみ。
しかし、月読の言葉に冬野は小さな悲鳴を零す反応を見せた。
月読ジゼルという名前は偽名だった。
本名は『美咲ジゼル』だという。
『美咲蓮花』という名に冬野だけではなく白樹と千里も反応する。


「思い出したわ…『美咲蓮花』…世界初の完璧な青薔薇を発表した薔薇ブリーダーね」

「ええ…あの日…ローズグランドホテルの『世界薔薇博覧会』に青薔薇を出品するため母と私は前日から泊っていたの…」


白樹が火災の事を教えてくれた時にもチラリと話したが、白樹がなぜ火事に巻き込まれたのか…
白樹は子供の頃両親が薔薇に携わる仕事をしていたからか白樹も薔薇に興味を持ち、ローズグランドホテルには自分が作った薔薇を出店するためにホテルを訪れていたのだ。
千里もそうだ。
千里は本職は舞踊だから副業に当たるが、薔薇の会社を立ち上げ新種の薔薇を開発している。
母から薔薇の名前を貰ったと聞いてから薔薇に興味を持ったのだ。
そのため白樹同様自分の薔薇を出品するため千里は開発者数人とホテルを訪れていた。
だから両者共に不可能と言われている青薔薇の開発に成功した『美咲蓮花』の名前はよく知っていた。


「青薔薇を世界で初めて完成させた母は私の誇りだった…でも…―――関係者のみの発表会の夜!母はあんた達5人に…!!」


月読は…ジゼルは一輪の花を取り出した。
それは見事に美しい青い薔薇だった。
世界で初めての薔薇を母の形見として、そして怒りを忘れないため、ジゼルはずっと大切に青い薔薇を持っていた。
手の平に乗せている青薔薇をジゼルは5人のうちの1人である冬野に差し出すように向け、冬野はビクリと肩を揺らす。


「ち、ちょっとまって!確かに私も青薔薇は欲しかった!でも!美咲さんを殺すつもりなんてなかった!!」


ジゼルは5人を絞り出し、すでに4人もの人を殺害していた。
残ったのは冬野ただ一人。
冬野はジゼルの睨みに怯える様子を見せながら言い訳じみた事を告げる。
冬野の言い訳はこうだ。
あの日の夜、冬野を含む5人は仕事に行き詰まりを感じていた。
5人とも顔見知りだったわけではなく、青薔薇を盗み事業を再生しようと偶然にも集まったのだ。
ガラスケースを割ったのは小金井だった。
その割れたガラスを誤魔化すために火を付けた。
火事を起こしたいわけではなく、予定ではすぐにスプリンクラーが作動して火が消えるはずだった。
しかしなぜかスプリンクラーが作動せず、火は大きくなるばかり。
祭沢が上着を脱ぎ火を消そうとするも大きくなってしまった火は消えるばかりか更に勢いを増すばかり。
火災報知器が鳴る中慌てる5人に気付いたのが――ジゼルの母、美咲蓮花だった。
恐らく火災報知器の音で青薔薇を見に来たのだろう。
そこで自分のブースである青薔薇から火が上がり、その前に5人の男女が集まっているのを見てしまえば誰だって駆け付け、犯人としか言いようがない5人に事情を聞こうとするだろう。
しかし5人は逃げるどころか美咲蓮花を殴って気絶させた。
やったのは皇だった。
冬野は驚いたように皇を見たが、皇は倒れる美咲蓮花を見下ろしながら『事故ってことにしよう』と言い放った。
皇は事業の再生を望み危険を冒して放火とし窃盗をしようとしていたのに美咲蓮花がそれを訴えれば事業再生どころか人生が終わる。
そして続けてこう言った。

―――美咲蓮花はここで死ぬんだ!鍵も壊して閉じ込めるんだよ!

と。
それを聞き千里も彩羽も言葉を失った。
軽い気持ちで放火をし、そして殺人をする皇とそれを見て見ぬふりをし共犯となった冬野達はあまりにも身勝手過ぎたのだ。


「あの火事で何人死んだと思ってるんだ!!もしかしたら俺の妹だって…!!」

「ごめんなさい…っ!本当にごめんなさい…!!」


佐久羅はふつふつと湧き上がる怒りを抑えきれず、火事の原因となった冬野を批難した。
『俺の妹だって』、という言葉に白樹は驚いたように佐久羅を見たが、怒りで周りが見えていない佐久羅には気づかれなかった。
千里も言葉はなかったがやり場のない怒りで顔を顰め座り込み泣き崩れる冬野を睨んでいた。
千里はあの火事を生き残ったが、一人の研究者が意識重体となり後遺症が残ってしまったのだ。
小さな会社で大企業に比べたら売り上げや実績はそうないが、それでも研究者を含む従業員たちとは仲良くやっていたのもあって、大切な従業員に重傷を負わせた冬野達が許せなかった。


「なぜ…冬野さん達に殺されたのを知っていたんですか?」


話を聞く限りでは冬野達が放火をし、ホテル火災が起き、多くの人が亡くなった。
それまでは分かった。
しかしなぜ母親である美咲蓮花が冬野達に殺されたのをジゼルが知っているのかという素朴な疑問が彩羽の中に生まれた。
彩羽の問いにジゼルは母が死ぬところを思い出しているのか顔を顰めながら教えてくれた。


「母から聞いたのよ…」


薔薇を見に行った母が戻ってこないのを心配してジゼルも火と煙に包まれているなか、展覧会の会場に向かったがすでに皇達によって扉は固く閉ざされてしまっていた。
火の回りが早すぎてすでにホテル中が火の海だった。
気を失っていた母もジゼルの声で気が付いたが、すでに衰弱しており鍵もかかっているのに気づいてからは逃げるのを諦めた。
だがせめて娘だけでも生きてほしいと心から願った。
その時、母が言ったのだ。


―――あの5人に見つかったら…あなたまで…!


逃げようとしない娘に放った言葉にジゼルは母は誰かによって閉じ込められたのだと知ったのだ。
自分がいない間に何があったのかと問うもそれ以降母からの返事はなかった。
結局、ジゼルも煙を吸い過ぎたせいか気を失い、気づいたら病院のベッドの上だった。


「亡くなった母は何故か五輪の薔薇を抱えていたの…唯一皇翔(こうしょう)だけは焼け残って分かった…それで気が付いたの…青薔薇の権利を譲れと迫っていた男の名前が同じ文字を持つことに!」


あの日、青薔薇の開発に成功し一躍有名となった母の前に何人もの人が声をかけた。
多くは称賛や、多少の嫉妬もあった。
だが、薔薇と同じ名前を持つ男…皇はしつこく青薔薇の権利を譲れと言って来た。
青薔薇の権利を譲ってほしいと言って来た人間は勿論いたが、皇は他の人間よりもしつこく、ジゼルは覚えていたのだ。


「私は直感した!母からのダイイングメッセージ!焼けた薔薇の名前を持つ5人の人間が母を死に追いやった罪人だとね!!」


それが分かると母が亡くなった事の悲しみが怒りへと変わった。
皇の名はすぐに分かったがあと4人の名前は分からない。
調べるにしても高校生だったジゼルに焼け残った薔薇を調べるツテもなく、火元の傍にいたためか恐らく焼けすぎて調べても分からなかっただろう。


「私は真相を知るためにただ一人名が分かっている皇翔を薔薇十字館に呼び出した」

「この館はあんたの持ち物なのか?」

「いいえ、兄の物よ」


金田一の問いにジゼルは首を振って答えた。
ジゼルにも兄がいるらしく、兄の所有しているこの館に皇を呼び出したのだという。
ジゼルのその言葉に誰も反応はしなかったが、ただ一人…高遠は静かに目を細めた。


「皇翔に『美咲』と『蓮花』を見せたらすぐに反応をした…私は皇から残る4人の名前を聞き出そうとしたけど…」


名前さえ分かっていれば呼び出すのも簡単だった。
呼び出された理由も知らずに呑気にも薔薇十字館に訪れた皇にジゼルは母の名と同じ『美咲』と『蓮花』をティーポットに入れて出せば表情をすぐに変えた。
そして動揺が隠せない皇に母を殺した事、あと4人の名前を聞き出そうとした。
しかし皇は吐くことなく逃げ出そうとし、それをジゼルは追いかけ階段を上がっていた皇のスーツに手を伸ばし―――皇を階段から落下させてしまった。
皇はすでに息がなかったという。
例え事故とはいえ…ジゼルは人を殺してしまった。
憎い相手ではあるが殺すつもりはなかった。
ただ後の4人の名を聞き出し、事件を公表するつもりだった。
だが事故でも殺しは殺し。
パニックになったジゼルは自首するでもなく街を歩き回った。
そしてある公園でジゼルは見つけたのだ。


「パニックを起こした私は街を彷徨って…あなたを見たの…」


ジゼルが見つけたもの…それは高遠だった。
偶然その公園には高遠がピエロの仮面を被って子供達にマジックを披露している所だった。
ジゼルは横目で高遠へ目をやり―――


「私の兄を…」


そうはっきりと言った。
その言葉に彩羽はこれでもかと目を丸くし驚愕の表情を浮かべ、ジゼルを見た。
彩羽と高遠が異母兄妹だと知っている金田一と美雪と千里もジゼルの言葉に驚いたように高遠と彩羽を見つめる。


「なぜ私が兄だと…?」


高遠はチラリと呆気にとられている彩羽を見た後すぐにジゼルに視線を戻し、自分を兄だと言い切る根拠を問う。


「あなたが子供達に見せていた薔薇が…『夢幻』だったから」


あの時、初めて人を殺し街を彷徨って行きついた公園で兄と出会った。
ピエロの男が持っていた薔薇を赤から透明の薔薇へと変えるマジックを偶然ジゼルは見た。
ジゼルは驚いた。
そのマジックにではなく…―――透明の花びらを持つ薔薇をピエロが持っている事にだ。
その薔薇を見た瞬間、二年前に亡くなった母の言葉を思い出した。


――夢幻はお父さんがお母さんだけに残した世界でたった一つの薔薇なんだよね!


そう昔の自分が母に聞けば、母は笑顔を浮かべながら首を振った。


――実はね、もう二株あるのよ


自分の父が母にだけに贈った薔薇だと思っていたジゼルは母の言葉にキョトンとさせる。


――あなたにはね、お母さんは違うけれどお兄さんと妹がいるの

――もう二株は、そのお母さん達か、お兄さんと妹が持っているんだそうよ


その言葉は薔薇以上に衝撃的だった。
ずっと母と二人で暮らして父の顔なんて覚えていなかったから兄妹がいるなんて考えた事もなかった。
それも腹違いの兄妹。
母が兄と妹の母親を『達』と呼んでいたので恐らく三人とも腹違いなのだろう。
ショックではあったが、一人っ子だと思っていた自分に兄妹がいたことが嬉しくもあった。
あの頃は会ったことのない兄と妹の想像ばかりしていたのも今ではいい思い出である。
ジゼルはそう語り逸らしていた高遠を見た。


「あなたの顔…ニュースなんかでも見覚えがあったからすぐに分かったわ…」


透明な薔薇は世間には知られていない。
もし知られていたら青薔薇と同じく世界的に有名になっていただろう。
その世界に三株しかない薔薇は父が家族に贈った特別な薔薇だった。
だからピエロの男が母が言っていた腹違いの兄なのだと確信をもった。
だが己の腹違いの兄がその人物だと分かった。
自分の兄は想像だにしない人物――連続殺人犯の高遠遙一だったのだ。


「実の兄が殺人鬼だったという事実が私に復讐への勇気を与えてくれた!!」


多くの復讐劇のストーリーを作り上げ、己が作り出した芸術に泥を塗れば犯人である依頼主であろうと高遠は容赦なく殺す。
捕まっても逃げ出すのを繰り返している高遠はよくニュースに顔出しで流れていた。
彩羽もテレビを付ければ見ない日がない時だってあった。
巴川家の事件で記憶を取り戻した彩羽は兄の顔がテレビのニュース番組で流れあれやこれやと批判されているのを聞いて傷ついたし悲しくなり、そして複雑な気持ちだった。
彩羽と反対にジゼルは兄が殺人鬼だという事実に復讐へ駆り立てられた。


「そして火事の日の宿泊客の内!薔薇の名前を持つ人達に脅迫めいた招待状を送りつけた!!あなた達もここに来たという事は何かやましい事があったんでしょ!?」


母が作った青薔薇を手の平に乗せ高遠に背を向け佐久羅達に青薔薇を向けて睨みつける。
佐久羅、白樹、毛利、千里と一人一人彼らの目を責めるような目で見つめるジゼルに佐久羅と千里は黙り込み、白樹は戸惑う素振りを見せる。
そして…


「申し訳ございません!!私はローズグランドホテルの支配人だったんです!!防火システムの不備に気づきながら…ッ!!」

「…そんな事だろうと思ったわ」


毛利は耐えきれなくなり崩れ落ちる様に土下座をする。
毛利もあの事件に関与していた。
直接ではなく、殺意もなかったが、毛利はホテルの防火システムの不備に気づいていたが直そうともしなかった。
その結果、母は焼け死んだ。
否、母だけではなく…多くの人が死んだ。


「そして高遠さん!あなたは犯人役としてお招きしたのよ!!」


ジゼルは毛利から高遠へと視線を戻す。
高遠を招いたのは元から犯人に仕立てるためだった。
金田一と美雪というオマケが付いてきてしまったが、高遠さえ来てしまえば後は復讐を果たし兄に罪を擦り付けるだけ。
途中で正体をバラせば誰もジゼルを犯人だと疑わないという計画だった。
しかし金田一の存在がジゼルの計画の歯車を狂わせてしまう。


「…そうでしたか」


高遠は案外『家族』という存在に弱い。
離れて暮らしていた母を殺されて復讐を決めたほど、高遠は『家族』に対して好意的な感情を持っている。
だが、対して敵と見なした存在に冷徹さは『家族』への甘さに比例するように強い。
高遠は兄を嵌めようとした妹にたいして淡々とした反応を見せていた。
その空気は冷たく、『家族』であろうと高遠はジゼルを『敵』として認識したようだった。
懐に手を入れる兄を見て彩羽は慌てて兄と姉の間に入り込み、姉であるジゼルを庇うように立った。


「待って!やめてお兄ちゃん…!!」


彩羽の言葉に庇われたジゼルは勿論、金田一達以外が驚愕した表情を浮かべた。
彩羽はハッキリと高遠に向かって『兄』と言ったのだ。
彩羽も高遠の妹だった事に驚きが隠せない周囲よりも、庇われたジゼルの驚きは大きい。


「おにい、ちゃん…?」


ジゼルは高遠から自分を庇う少女に驚いた。
なぜ赤の他人が自分を庇うのかと思ったのだ。
だが高遠に向かって『兄』と叫ぶ少女に更に驚きが隠せなかった。
男を『兄』と呼ぶ存在は『妹』という立場の女だけ。
しかし自分は高遠の妹だったと最近になって発覚した。
そして自分以外に高遠を『兄』だと呼ぶ存在と言えば―――


「あなたが……私の…妹…」


高遠とジゼルの妹だった。
高遠が兄だと知っていたため、高遠ばかり意識していたが、まさかこの場に妹までもが来ていたとはジゼルも思っていなかった。
それぞれ母に似たのか高遠もジゼルも彩羽も似てはいなかったのも気づかなかったのだろう。
三人は兄妹だと言われてやっと気づく程度にしか似ていなかった。
唖然としたジゼルに高遠は彩羽に腕を掴んで引っ張り、もう一人の妹であるジゼルにナイフを向けた。
その瞬間、赤い薔薇が血のように散り、抵抗もなく刺されたジゼルは地面に倒れてしまう。


「お姉ちゃん…っ!!」


倒れるジゼルを見て白樹が手で顔を覆い悲鳴を上げるが、その声は彩羽には届いていない。
彩羽は兄が姉を刺したと思いショックを受けていた。
姉が倒れたのを見て兄の腕から逃げ出すように姉に駆け寄る。
高遠も彩羽を拘束するつもりはないのか、簡単に腕から彩羽を解放し、倒れている今日初めて会う姉に駆け寄る妹を見送った。


「高遠!貴様!!」


金田一も高遠がジゼル…自分の妹を刺したと思い怒りに任せて胸倉を掴んだ。
しかし高遠は顔色一つ変えず胸倉をつかむ金田一の手を払い除ける。


「飛び散ったのは薔薇の花びら…刺されたという暗示をかけたのです…刺したのはこの起爆スイッチです」


その際金田一は尻もちをついてしまったが、高遠の言葉に目を丸くし立ちあがる。
彩羽は姉の傍に駆け寄るも刺された場所に血がべっとりついていないのを見て疑問に思ったが、兄がナイフを抜きその刃先にある黒く四角の無機物を見て兄は姉を刺したわけではないとやっと気づいた。
あからさまにホッと安堵の表情を浮かべる彩羽をチラリと見た後倒れるもう一人の妹を見下ろした。


「復讐を果たして私に罪を擦りつけたら最後は証拠隠滅のためにこの館を消そうとするはずだと思ったんです」

「よく分かったな…」


高遠は犯罪を犯す人達を多く見てきた。
手助けをし、犯人がミスを犯せば殺してきた犯罪者だが、だからこそ起爆スイッチに気付いたのかもしれない。


「さて…手分けして爆弾を探しましょう…茨のアーチを吹き飛ばすためにもね」

「…ここを出たらどうするつもりだ」

「約束通り出頭しましょう…おかげさまで、妹は無事ですからね…中々大体なトリックを仕掛けるあたり確かに私の妹ですよ」

「なんだよそれ!」


爆弾を探し、その爆弾を利用して毒が塗られている茨のアーチを吹き飛ばして脱出をしようと高遠は提案した。
とはいえそれしか方法はないのだが、金田一は確認するように脱出した後の事を問う。
妹が犯人となってしまたったが、その妹も彩羽も無事だったということで、最初の約束通り出頭の意思を示した。
美雪は二人の会話を聞いてついクスリと笑ってしまう。
そんな美雪をよそに高遠は妹達の傍に落ちていた青薔薇を拾い、その薔薇をマジックで青薔薇と白薔薇へと変える。


「とはいえ真相を暴かれたら全員を巻き沿いにして死のうとするなどそんな子供じみた行為なら私なら決してしません…犯罪芸術家たるもの…物語のエピローグはもっと美しく鮮やかでなくてはならない…」


その薔薇をジゼルの胸元にそっと置き…


「彼女は私に少しも似ていませんよ」


そう呟いた。
彩羽はその声が少し寂し気に聞こえた気がした。

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