――そして当日。
宝田と共に北海道に着いた金田一は宝田の運転で目的地へと向かっていた。
「すっごい霧ねぇ…本当にこんな山奥に館があるのかしら?」
当然の如く、金田一のオマケとして美雪と佐木、そして彩羽もついてきており、美雪は東京では体験できないほどの深い霧に感想を零した。
中心部から外れ、更に奥へと進むと山道を走っていた。
山道と言っても舗装されているのだが、郊外のため人や車とすれ違う数も進むごとに減っていた。
「あ、見えてきましたよ!ほら!浮島に立っている館!あれが山之内先生の別荘、露西亜館です!」
宝田が指さす方へ目を向けると、少し遠目だが湖の中央に建てられている大きな建物が見えてきた。
建物さえ見えれば、長く感じていた時間があっという間に短く変わり、金田一達を乗せた車は別荘である露西亜館の近くまで着いた。
「うわぁ!すっごい!!ああいうのロシア風建築って言うんですよね!宝田さん!」
「よくご存じですね!」
周りが湖に囲まれているため近くに作られた駐車場に車を止める。
車から降りると車内とは違った迫力さに圧倒される。
豪邸どころか城のような建物を別荘に持っているのは、流石ミステリー作家として有名になった人だけはあると彩羽は建物を見上げながら思う。
『なんか玉ねぎみたいっすね!』とビデオを回しながら零す佐木の言葉を聞きながら、更に彩羽は『巴川家も大きいけど、こっちも大きいなぁ』とも内心零した。
「お疲れさまでございます、宝田様」
近隣の国とは言え、テレビでしか見たことのない日本ではそうそうないデザインの建物に皆興味津々に見上げていると、一人の男性が近づいて声をかけてきた。
その男性を宝田は『田代』と呼び、頭を軽く下げる。
田代は宝田から初めて会う金田一達に振り向き自己紹介を始めた。
「わたくし、山之内の執事の田代と申します」
「どうも!金田一っす!」
「!…ほう…あなたがあの名探偵のお孫さんで…」
「え?」
田代 富士夫(たしろ ふじお)と名乗った執事に習い、彩羽達もそれぞれ自己紹介をしていき、最後に金田一の番となった。
しかし金田一が名乗ると田代が驚いたように目を見張った。
確かに金田一と言えばあの有名な探偵を思い浮かべる人が多いが、だからといって金田一という苗字を持つ人間は何も金田一一家しかないというわけではない。
大抵は『あの名探偵と同じ苗字なんですね』という反応だが、どうやら宝田が事前に連絡した時に金田一が金田一耕助の孫だというのを伝えていたらしい。
流石ミステリー作家の執事と言うべきか…金田一の孫と聞き興味深そうに金田一を見つめていた。
しかし戸惑った表情を浮かべる金田一に気付きすぐに笑みを浮かべて笑って誤魔化した。
館は湖の中央に立っており橋はないため、ここからは船で館に向かうしか移動方法はない。
戸惑う金田一をよそに田代は用意していた船に金田一達を案内する。
それほど距離はないため、船で移動するとあっと言う間に島につく。
しかし船は金田一達全員を降ろすと何故か戻ってしまった。
「あっ…ボートが戻っちゃった…」
「申し訳ありません…亡くなられた山之内先生のご指示でございます…先生の誕生日である5日後の午前0時を過ぎるまで外部の接触や電話の使用と携帯の持ち込みは禁止でその時まで迎えも参りません」
「だから携帯や連絡できる物を小屋に仕舞ったんですね…」
金田一達を置いて戻ってしまった船を見送っていると田代から説明がされた。
車を降りて田代に迎え入れられた際、彩羽達は連絡できるもの全てを傍に建てられていた小屋に置いていくよう言われた。
金目の物ではないが、携帯電話は貴重品でもあるため鍵をかけて没収されてしまった。
今どきの若者に携帯を取り上げるなど鬼畜な事をするなと思いながらも彩羽は従兄と連絡出来ないようにされて一瞬薔薇十字館の事を想い出す。
「それにしてもすごい別荘ねぇ!」
「本当ですね!絵になるなぁ〜」
「こんな立派な別荘を一人で住めるなんて…贅沢ね」
街と離れた場所に建てられているからか、ここが日本だとは思えない光景だった。
ロシア風建築というのもあってまるで異国に来たみたいと彩羽は感嘆の声を零す。
金田一以外が感激したように声を零すと、丁度建物にある鐘が鳴り、辺りに鳴り響く。
「さあこちらです…みなさんももうお揃いのはずですので」
田代に案内され、彩羽達は館の中に入る。
中に入ってもその豪華さは見事な作りを彩羽達に見せ、出迎えてくれた。
入って早々広々とした玄関に、奥へと続く廊下の隅々までもが細かい装飾で飾られており、一般人として育って来た彩羽達を圧巻させていた。
「おお!宝田君か!」
「神明先生…もう始めていらっしゃるんですか?」
ホールに続き、これまた豪華で広々とした階段が出迎えてくれたが、その階段を一人の男が降り、宝田を見つけて声をかけてきた。
その男を宝田は神明と呼び、神明と呼ばれた男を見れば酒に縁がない高校生の彩羽達でもその男が酔っていると分かるほど顔を真っ赤にしていた。
というよりは、片手には酒の入ったグラスが握られていたのだからすぐに気づくだろう。
宝田は神明と親しそうにし、神明は宝田から美雪と彩羽へと目線を移しニヤリと笑った。
「いいじゃないか、私の唯一の趣味なんだ……そちらの可愛いお嬢さん方は?」
「巴川彩羽です」
「七瀬美雪です…あの…ひょっとしてミステリー評論家の神明先生じゃ…」
美雪は神明と聞き『もしや』と思い一か八かで聞いてみた。
どうやらその読みは当たっていたらしく神明は自分を知っていた若い女性に上機嫌となって笑った。
「いやいや、よくご存知で…私はマスコミ嫌いであんまり表には出ないんだが…もしかして宝田君の例の助っ人がこの二人の美少女かね?」
「い…いえ…それはあたし達じゃなくて…あっちの方で……」
神明は上機嫌になりながら彩羽と美雪に近づいてきた。
近づけば酒の匂いが強くなり、まだ酒に慣れていない高校生である二人は神明の手前表情には出さなかったが、内心不快に感じていた。
神明は二人の足先から頭のてっぺんまで何度も目線を滑らしていたが、その目線は明らかにいやらしさを見せていた。
あからさまなセクハラに彩羽も美雪もあまり関わり合いになりたくはないタイプだと認識する。
神明は宝田が助っ人を連れて来ると聞いていたため、その助っ人が麗しい美少女二人かとニタニタと笑いながら呟くも、その夢を美雪が壊し、現実に引き戻させた。
指差された方へと目をやればそこにはイケメンでもブサメンでもない至って普通の高校生が立っているのが見えた。
もう一人高校生がいたが、そちらは珍しそうにカメラで建物を映していたため違うと判断したのだろう。
美少女二人に上機嫌だった神明だったが、あっと言う間に不機嫌へと変わる。
「あ?あの頭悪そうなガキが?」
「せ、先生!そこまでおっしゃらなくても…!お言葉ですが彼は高名な私立探偵のお孫さんでIQも180だそうで…」
絡まれるくらいなら我慢できる。
嫌だが、それだけなら何とか交わす事が出来る。
義父に比べれば酔っ払いのセクハラなんて可愛いものだ。
だが、幼馴染である金田一を馬鹿にするのは許せなかった。
しかし彩羽が何か言う前に宝田が慌ててフォローをしてくれて、喧嘩になることはなかったが、その言葉を聞いて新たな人物が降りてきた。
「へえ、そりゃ驚いたなぁ…」
その声にその場にいた全員が上を見上げた。
二階の階段に金田一達と近い年齢の少年が立っており、その少年は強気な目で金田一を見下ろしていた。
「そんな人と謎解き合戦が出来るとは光栄ですね」
「そういうあんたは?」
金田一が問うと少年は応えてくれた。
少年の名は『犬飼高志(いぬかい たかし)』と言い、金田一達と同じ高校生らしい。
山之内とは家が隣だったのが縁で親戚同様の付き合いをしていたという。
「今回はどういう訳か遺産相続人の候補者に選ばれましてね…よろしく……ところで…えっと…」
「金田一!」
あちらは名乗ったが、金田一はまだ名乗っていなかった。
どう呼んでいいのか迷っていた犬飼に金田一は名乗る。
『よろしく、金田一君』と改めて挨拶しながら犬飼は降りてくる。
「それにしてもこんな屋敷で推理合戦とは流石ミステリー界の重鎮、山之内恒聖…シチュエーションも先生の初期の傑作『露西亜人形殺人事件』にそっくりだ」
親戚のような付き合いをしていたためか、山之内の小説をよく読んでいるらしい。
感心したように呟く犬飼に神明が悪態のような言葉を投げつけた。
「ハッ!相変わらず素人探偵気取りだな!高々近所のつまらん殺人事件をまぐれで解決したからっていい気にならんことだ」
そう言いながら神明は階段を上がり、すでに一室と言ってもいいほどの広さのスキップフロアにある酒などが置かれている一室に向かう。
『桐江君、ブランデーだ』と言って金田一達の前から姿を消す神明を見送りながら彩羽は『まだ飲むんだ…』と呆れたような目線を送った。
「いい気なものだ…すっかりこの館の主人の気分でいるよ…」
「最近お酒の量が増えておられるようで…評論の現行も以前のようなキレが無くなって…」
「―――離婚がよっぽど堪えたんじゃない?元々その離婚だって身から出た錆だけど」
また新たな人物が現れた。
今度は女性で、彩羽達の前に現れたその女性は何とも色っぽさを見せる大人のお姉さんだった。
『こりゃはじめちゃんが鼻の下を伸ばして美雪ちゃんに耳引っ張られるパターンかな』と思い美雪を見たが、美雪は何故かその女性を熱のこもった目で見つめ、その姿はどこか感激した様子を見せていた。
「嘘っ!『死者の砂時計』でミステリー大賞を取ったあの梅園先生!?」
「う〜ん!画になりますねー!流石ビジュアル系作家!」
美雪は結構ミーハーな所があるのを彩羽は忘れていた。
彩羽も小説を読むし、世間もそう疎くはないとは思うが好きな作家などはあまりいない。
小説だって作家で購入するのではなく、あらすじで購入するタイプだ。(そして推理物なら最後の犯人発覚場面を見てから見るという邪道タイプだ)
「ひょっとして梅園先生も遺産相続の候補者なんですか?」
「らしいわね…山之内先生は私の師匠みたいなものだから…もっとも、遺産なんて貰わなくても私の稼ぎだけで十分潤っていますけど」
そう言って梅園はスキップフロアに置かれているソファに座る。
そんな梅園を目で追いながら宝田は金田一と犬飼に小声で話しかける。
「見え張ってるんですよ…あの人一発屋なんです」
「一発屋って?」
「処女作、『死者の砂時計』は完璧なまぐれでその後の作品はまるでミステリーになっていないからあれは"盗作"じゃないかって噂があるくらいで…それに最近交通事故起こしましてね…彼女、賠償金で大分苦しいとか…」
「―――宝田さん、ヒソヒソ話はやめてくれる?おたくの編集長に言い付けるわよ」
「そ、そんな!ちょっと金田一さんと打ち合わせしているだけで…」
「あっそう、私達と遺産相続戦やる気満々ってわけね…ふーん、やっぱり嘘じゃなかったんだ!株で大借金を抱えたっていう噂!」
「梅園先生!やめてくださいよその話!単なる噂ですよ!」
神明ほど刺々しさはないものの、不穏な空気が流れる。
彩羽は美雪と佐木に『なんだかみんな訳ありみたいね』と小声で呟けば、二人も同じことを思ったのか頷いてくれた。
その時、少女の悲鳴が聞こえた。
「きゃあ!何をするんです!は、放してください!先生!!」
「どうしたんだね、桐江君?君じゃ棚のボトルに届かんだろう?」
「結構です!一人で取れますから!」
その声は先ほど神明が姿を消した場所からだった。
覗き込めばそこには完全に酔っ払いとしか言いようのない神明が1人の少女を後ろから抱き込んでいるのが見えた。
手助けしていると装っているが、あれはどう見ても女の子にセクハラをする酔っ払いにしか見えない。
彩羽も美雪もどうしようかと考えていると、ふと金田一の姿がない事に気付く。
「あれ…彩羽ちゃん、はじめちゃんは?」
「え?あれ…いない…」
ミステリー評論家の決定的な瞬間、と佐木はビデオを片手に先ほどから夢中になっており、しかし酔っ払いとは言え流石に絡まれるのが怖いのか金田一に頼もうと振り返った時、金田一の姿はどこにもないことに美雪が気づいた。
出て行くタイミングを見計らっていた彩羽に聞くも、彩羽も金田一の行方は分からないという。
では彼はどこに行ったのか…彩羽も美雪も首を傾げていたその時…―――神明の傍に酒の入ったボトルが突然独りでに落下し、その衝撃で割れてしまった。
その音に酔っていた神明もハッと我に返り、落ちてきた棚へ顔を上げると、ひょこりと金田一が顔が出てきた。
「すみませ〜ん!神明先生にボトルを取って差し上げようかと思ってつい手が〜」
「貴様…!わざと!!天下の神明を舐めくさって…!!覚えておれ!!」
明らかに金田一の表情や口調からわざとだと分かった。
意外だったのが金田一をその場で殴りかかろうとしなかった事だ。
実は小心者だったからか、それともそれよりも質の悪い後からネチネチと報復するタイプなのかまでは分からないが、これで金田一と神明は不仲が決定してしまった。
まあ、酔っ払い相手なので誰も気にはしないだろうが。
こちらに向かって来たので彩羽達は慌てて離れる。
ドスドスと怒りを表す足音を立てながら部屋に戻ろうとした神明の足が止まった。
「幽月君…」
「聞こえましたよ、神明先生…相変わらずお見苦しいですわね…それじゃ遺産相続の勝負なんて出来るのかしら?」
神明が足を止めたのは、ある女性が見えたからだ。
二階から降りてきたその女性を神明は幽月と呼んだ。
幽月は名を来夢(ゆづき らいむ)と言い、挿絵画家である。
彩羽は彼女を見て足を止めたから親しいのかと思ったが、どうやら違うようだった。
幽月の言葉に神明は顔を顰め睨むように彼女を見上げる。
「ハッ!古今東西のミステリーを全て読破しているこの私と勝負だと!?片腹痛いわ!!」
「私もそう思ったのでちょっと助っ人を…」
怒りをあらわにする神明をよそに幽月は軽くあしらっていた。
助っ人を連れてきたのはどうやら宝田だけではないようで、幽月も助っ人を連れてきたと丁度集まっているからというのもあり皆に紹介した。
「ご紹介しますわ…奇術師のスカーレット・ローゼスさんです」
((奇術師…))
騒ぎに気付き幽月と来ていたのか、その助っ人が幽月の声と共に姿を現す。
階段を下りるその人物は男性で、黒髪でスーツに身を包んでいた。
ただそれだけなら身なりがきちんとしている男性に見える。
背も高く無駄な肉もついていないすらりとした体系で、男性にしては細いが至って普通の男性である。
ただ一つ…顔の上半分が覆われるドミノマスクと呼ばれる仮面を被っているのを除けば。
それも気になるが、金田一、そして彩羽の二人が気になったのは『奇術師』という言葉だった。
「どうかしましたか?」
彩羽と金田一があまりにも見過ぎたので見ていた事に気付かれてしまった。
どうしたかと問われてしまい彩羽はどう話をしようか迷っていた。
彩羽と、恐らく金田一の頭の中には…一人の男が浮かんでいたが、流石に『犯罪者ですか』とは直球には言えなかった。
しかしあわあわと慌てる姿をみんなに見せる前に金田一が答えた。
「いや、その…その仮面は…」
「ああ、これは傷痕を隠しているんです…以前奇術の練習中に酷い怪我を負いましてね…」
「怪我…そうですか…」
彩羽も『よくやったはじめちゃん!!』と切羽詰まっていたのを無意識に助けてくれた金田一に感謝を述べながら自分も同じことを思っていたという意味を装いコクコクと無言で頷いて見せる。
どうやら仮面は怪我を負っていたからというが、金田一は納得したような言葉を零すもその声色や表情は釈然としていない。
彩羽も『そう言うのだからそうなのだろう』とは思ったがやはりどこかで納得はいかなかった。
ただお互いちょっと気になる程度だし、本当に怪我をしているなら失礼だからと金田一も彩羽もそれ以上追及はしなかった。
するとまた新しい登場人物が現れる。
「えー、みなさんお揃いでしたら、そろそろ時計の塔の応接間へお越しください」
言い方から見て、候補者ではなく山之内側の人間らしい。
その言葉はついに推理合戦が始まるのだと思わせるもので、候補者たちは緊張した様子はなく余裕で笑みを浮かべていた。
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