コンコン、と音を立て扉がノックされた。
彩羽は驚くことなく、ノックされた扉を開ける。
扉がノックされたということは訪問者が来たという事であり、扉を開ければ誰かがいるのは当然である。
彩羽は扉の前に立つ人物を見上げ、顔がほころぶ。
「やっぱり、お兄ちゃんだ」
扉の前にいたのは、実の兄である高遠だった。
最初は仮面をつけていたが、仮面を取ったその素顔は兄の顔。
その手には何やらA4サイズの封筒を持っていた。
彩羽の笑みに釣られたように高遠も笑みを浮かべた。
「久しぶりだね、日和」
相変わらず兄は幼い頃の名前で呼ぶ。
きっと彼にとって彩羽は昔のままなのだろう。
名を変え、姿も変わっても、愛すべき妹に変わりはない。
彩羽も特別名前に執着はしていないし兄が呼びやすいように呼べばいいと思っているので直そうとは思っていない。
彩羽は金田一達の誘いを断って兄を待っていた。
あのポケットの中にあった紙は兄がいつの間にか忍び込ませていたメッセージで、会って話したいというものだった。
いつ入れたか分からないが、彩羽はそれを受け入れて、金田一達には申し訳ないが『長旅で疲れたから仮眠をとる』と言って断った。
兄を部屋に招き入れ、二人はソファに向かい合わせに座る。
「お兄ちゃん…本当にお姉ちゃんの弁護士費用、いいの?私払えるけど…」
会うのは久々だが、実は手紙や電話などのやり取りを頻繁にしていたので、久々というのも少し違うかもしれない。
頻繁と言っても従兄である明智にバレてしまうのは両方共々避けたいので、週に一度ほどだろうか。
せっかく再会したのだから話したいというのもあるが、何より話し合わなければならない事があった。
それは、もう一人の異母兄妹である…美咲ジゼルの事である。
姉、ジゼルは薔薇十字館で起こした殺人で逮捕され、今裁判中である。
人を殺した事はやってはいけない事ではあるが、姉の場合同情できる部分はある。
それに一度も会った事がない姉であっても彩羽にっとては家族なのだ…放っておけなかった。
だから弁護士を雇って少しでも罪を軽くしたいと思い弁護士を探していた時に、タイミングよく兄から連絡があり、兄が弁護士を雇う話になった。
その弁護士費用含めた諸々を全て手配し払ってくれたのが、兄だった。
「日和はまだ学生なんだからそのお金は大事に取っておくべきだ…それにこれでもマジックで色々稼いでいる身だしね」
彩羽の申し訳なさそうな言葉に高遠は苦笑いを浮かべた。
妹の弁護士費用は払えない額ではない。
彩羽が姉の為に弁護士を雇うだろうというのは読めていた。
しかし養父が弁護士だったとは言え、もう養父も幼い頃に亡くなり、養母である初音が養父の関わる全てから彩羽を遠ざけたため養父の友人達とはもう縁が切れてしまい誰を雇えばいいのか分からない状態だった。
弁護士と言っても離婚専門、隣人トラブル専門など様々あり、その専門とした弁護士も多くいる。
中には詐欺紛いなあくどい弁護士もいるため、素人である彩羽はどの弁護士がいいのか困っていた。
その時に兄から連絡を受け、とんとん拍子に弁護士が決まり裁判が始まってしまったのだ。
一応姉に面会してはいるが、正直姉共々置いてけぼりである。
全て兄にまかせっきりなのは申し訳ないが、兄の言葉に少し安堵した。
「それで…様子は?」
「うん…最初は私が妹だって半信半疑だったみたいだけど、お兄ちゃんから送られた夢幻を見せたら信じてくれた…今は落ち着いてるみたい…裁判続きで疲れてるみたいだけど元気にしてる…まだ裁判中だけど、出所したら遊ぼうねって約束したよ」
兄はジゼルの事をあえて言葉では言わなかったが、彩羽はそれを察し、姉の事を伝えた。
高遠は『それは良かった』と笑みを浮かべ、彩羽の話を聞いていた。
「話ってお姉ちゃんの事?」
姉の話は自然と止み、一瞬その場は静まり返った。
彩羽は会話が止まり、兄に渡された紙に『会って話したい事がある』という文章を脳裏に浮かべ、『会って話したい事』とは姉の事なのだろうかと問う。
しかし高遠は首を振り、持って来た封筒を差し出した。
「これを渡しておきたくて待っててもらったんだ」
そう言って差し出された封筒を彩羽は受け取り中身を見る。
中には黒色のクリアファイルと、その底には鍵が入っていた。
クリアファイルと鍵を取り出して机に置き、兄を見る。
これが何?、と目で訴える妹に高遠は鍵を手に取る。
「この鍵は父が日和に残した家の鍵と、その家で雇われている人達の書類…まあ、ちょっとした履歴書みたいなものかな」
鍵は二つあり、それを一つにまとめているものだった。
高遠は『こっちが門の鍵で、こっちは玄関の鍵』と説明してくれるが彩羽は弁護士の時のように置いてけぼりだった。
『で、これは…』と鍵の説明を終えた後クリアファイルに手を伸ばした兄を彩羽は一度止めた。
「ちょっと待って…!ちょっと待って!……え…えっ?ちょっと待ってよ…家?家ってなに…どういうこと?それに雇われてる人って…」
「家は父が彩羽にと残した家で、雇われてる人っていうのは文字通りの意味だ」
彩羽は驚き過ぎて頭が追いついてなかった。
この家はどうやら実父が彩羽にと残した家らしい。
他にもあの薔薇十字館以外での兄の家、ジゼルに残した家などもあるらしい。
しかし父が自分に残した家とはいうが、そもそも家を所有するにもその分お金が必要なはず。
ローンだってあるし、ローンが完済されている前提で話すのなら、固定資産税があり、更には保険もある。
彩羽は兄が言わなかったら家の事なんて一生知らなかっただろう。
そのためその家の支払いはされず、国に没収されている可能性だってあった。
だが、兄の口ぶりからしてその家はまだ健在であることが窺える。
と、いう事は…
「もしかしてその家の維持費とかって…」
兄は何も言わず微笑んだ。
それは彩羽が考えている事の肯定という意味を持ち、彩羽は呆気に取られ家の鍵やファイルを見る。
「この…家に雇われてる人がいるみたいだけど……誰に雇われてるの?」
家の維持費は兄が払ってくれているらしいが、雇われているという人は誰に雇われているのかが気になった。
しかしここまで来れば誰に雇われているのか、何となく気づいてしまうが…彩羽は確認のため問いかける。
すると予想通りの答えが返ってくる。
「私が雇ったんだ…家の維持や犯罪防止でね」
やはり雇ったのは兄だった。
家は人が管理しないといずれ朽ちる。
それに家に人が住んでいないと分かるとホームレスの人や泥棒、他にも犯罪目的で利用される場合もあるため、それも含めて人を住まわせているのだという。
住み込みで雇っても窮屈しないほど広い家らしい。
「この家は日和のために残された家だ…だから日和が好きな時にいつでも泊れるように私が雇い、管理させている…彼らの経歴などはそのファイルに入れてあるからよく読んでおくといい」
そう聞いた彩羽はファイルに手を伸ばし、中を見る。
ファイルには三枚の紙が入れられており、どうやら雇った人は三人らしい。
女二人に男一人。
履歴書ではないが、三人の名前や顔写真、資格、更には家族構成、今まで働いていた経歴、学歴、生い立ちまでもが書かれていた。
さらに…
「…『強盗殺人』…『無理心中』…『詐欺』…『暴行殺人』……って…お兄ちゃん…なにこれ…」
書類を見ているとなんとも物騒な言葉が出てきた。
『詐欺』が普通に見えるくらい物騒な言葉を見て彩羽は高遠を見る。
呆気に取られている彩羽に高遠は『ああ』と声を零す。
「三人は過去に過ちを犯して行き場のない人達なんだ…彼らは身内や友人、周囲からも突き放されてどうしようもなくなっていたところを私が家の管理をするよう雇ったんだ」
「どうして?犯罪が犯した人がいやって言う訳じゃないけど…どうしてあえてそういう人達を雇ったの?」
「私も気晴らしにその家には時々お邪魔させてもらうつもりだったからね…その為には私が訪れても見て見ぬふりができる人間が必要だったんだ」
犯罪者を雇っているのは不安だとは思っていない。
もし不安に思っているなら兄が犯罪者だからとこうして会う事はないだろう。
だから犯罪者がどうとかではなく、犯罪を犯していない普通の人ではなく、あえて犯罪を犯した人を雇う理由が分からなかった。
その答えは至極簡単だった。
家を管理する者が必要なのは先ほども言った防犯の意味もある。
しかし犯罪者達を雇ったのは、高遠も時々訪れるつもりだったから逃亡犯が訪れても見て見ぬふりが出来る人をと考えた結果同じ犯罪者だった。
「でもだからってお兄ちゃんがお金出して雇わなくても…そりゃ私はバイトしてないし、していたとしても人を雇う程稼げるわけないし…お母さんの家具とか売ったお金だって雇い続けるほどあるわけじゃないけどさ…」
しかし、だからといって兄が金を出して雇い続ける理由になるのだろうかと彩羽は思った。
家の維持費でさえ兄が出しているというのだから彩羽は罪悪感を強く感じていた。
兄にだって心安らかに過ごせる場所は必要だが、そのために大金を払い続ける必要はあるのだろうかと疑問に思った。
姉の弁護士費用と言い、今回の事と言い、彩羽の思う以上に兄は稼いでいるらしい。
そんな妹の疑問に高遠は笑った。
「必要じゃなければ流石の私も無駄なお金は使わないさ…彼らはもう行き場がない…犯罪者だと隠してもバレて職を失った者達ばかりだったのを拾ったというわけだ…一度どん底を味わった彼らは手に入れた居場所を必死に守るだろうね…だからこそ簡単に私を売る事はない…それはつまりあの家には裏切る者はいない、ということだ」
犯罪で手に入れた金でも金。
高遠はどちらかと言えば裕福な家庭の子供で、お金の大切さは苦労した人にくらべると軽いだろうが、それでも修業時代を経験しているためお金の大事さは十分理解している。
高遠だって慈善事業をしているわけではないのだ。
三人もの人間を雇ったのは自分と彩羽だけの居場所を保たせたかっただけの事。
彩羽が手入れするにも管理するにも広すぎて大変、自分も仕事が多忙なため定期的に家に向かうことはできない。
そのため後ろめたい人を雇ったのだ。
その答えに納得したようなそうでないような…彩羽は複雑に思う。
しかしここで自分が雇うよと言えない自分もまた悔しかった。
父が彩羽のために用意したとはいえ、兄も利用し兄自身のために必要なら彩羽がお金が勿体ないからと断る理由にはならない。
兄は世間からしたら犯罪者なのだから。
「それに裏切ったらどうなるか…教え込んでいるしね」
そう笑う兄に彩羽は引きつった笑みを浮かべた。
背後ににっこりと笑いながらナイフを握りしめ雇った三人を脅す兄の姿が見えた気がした。
兄が自分と一緒に過ごす前提で事を進めている事を知り、彩羽はどこか安堵の笑みを浮かべる。
「…私…お兄ちゃんに嫌われてるんだって思ってた…」
ぽつりと呟かれた彩羽の言葉に今度は高遠が呆気に取られる番となる。
高遠の目線に気付き、兄へ顔を上げれば、兄の見たことのない呆気に取られた顔に彩羽は困ったように笑い小首を傾げた。
「薔薇十字館でお兄ちゃんとお姉ちゃんが言っていた黒薔薇の花言葉…『永遠の秘密』…『死ぬまで憎む』…『復讐の亡霊』って聞いて…」
安直だとは思うが兄と本当の意味で再会した際にマジックで貰った薔薇は黒薔薇だった。
あの時は従兄の言葉を半信半疑だったが、覚えていた。
従兄以外の男性(実の兄だったが)から花を貰ったのは初めだったし、顔を隠すためとはいえあんな印象的な姿で見事なマジックをされれば忘れろと言われて忘れれるわけがなかった。
だから薔薇十字館で兄と姉の花言葉を聞き、兄はもしかしたら自分を嫌っているのかもしれないと思ったのだ。
高遠はその言葉を聞き、薔薇十字館の際の疑問が、ようやく解かれた気がした。
あの時…皇翔(すめらぎ しょう)の遺体がマジックの方法で出てきた際、彩羽は高遠を避けるような様子を見せていた。
それが嫌われていなかったと安堵しながら彩羽にあの時の黒薔薇を送った本当の意味を教えた。
「花言葉には裏と表の意味があるんだ」
「裏と表?」
「そう…先ほどの言葉は裏の言葉…どの花にも恐ろしい花言葉がある」
花言葉に関したら高遠の方が知識が豊富で、彩羽は全く知識はない。
自分の言葉に繰り返して呟く彩羽に高遠は頷く。
「私があの時渡した花言葉は表の方―――『この世界は二人だけ』という意味であり、『決して滅びることのない愛、永遠の愛』を意味する」
「それって…」
「私は一人の男として日和を愛しているという意味」
特に黒薔薇はその色からしてネガティブに捉えられることが多く、ポジティブでもその言葉は重い。
その為相手に黒薔薇を送るのは注意しなければいけないだろう。
しかし、だからこそ高遠は黒薔薇を彩羽に贈ったのだ。
彩羽は高遠を兄としか見ていなかったため兄の言葉に目を丸くする。
だが、予想は出来ていた事だとすぐに冷静になった。
(…まあ…確かに…恋愛としてみないと例え愛している妹でもキスはできないよね…)
高遠が佐藤英二だった頃、彩羽は兄に告白を通り越してプロポーズされた。
それだけなら妹を一人にしたくなくて後で兄だとバラす前提でプロポーズをしたと思っただろう。
しかし高遠は彩羽にキスをした。
それも唇に、だ。
頬なら分かるが、いくら妹が可愛いからと口づけする兄はいない。
だから最初こそ驚いたが彩羽は納得した。
高遠は席を立ち、一人納得する妹の隣に座り、妹の華奢で小さな手を取った。
「日和…やっぱり、一緒に暮らさないか?」
佐藤英二という偽りの人間を演じていた時も彩羽は恋愛感情に対して反応の薄さを見せていた。
だから実の兄からの告白に薄い反応を見せるのは想定内である。
高遠はそれよりも、と彩羽に会ったらいつか言おうと思っていた事を伝える。
それは共に暮らさないか、という誘いだった。
父が残していた家で会う事も考えていたが、やはり愛した人を他人の手に渡しておくのは嫌だった。
「愛しているんだ…心から…兄妹だという枷が気にならないほど、日和を愛している…だから私の傍にいてほしい…私を選んでほしい…あんな男じゃなく、私を…」
『あんな男』、とは明智の事だろう。
明智も彩羽を愛しており、それはすぐに気づいた。
従兄と紹介されたが、高遠は妹に恋愛感情を持っていたから普通の人間なら恋愛とは結びつけないであろうその言葉にとらわれることなく、明智は従妹である彩羽に恋をしているのにすぐに気づいた。
彩羽は真剣な目で見つめてくる兄に息を呑み、戸惑った表情を浮かべる。
「私達、兄妹だよ」
「それがなんだっていうんだ?…戸籍から言えばもう兄妹ではなくなったじゃないか」
「お兄ちゃんは…隼人を殺した人……」
「そう…私は犯罪者だ……犯罪者に法律なんて意味をなさない」
「私お兄ちゃんをそういう意味で見れない」
「それでも構わないさ…一緒に暮らしていくうちに情が移るものだ」
「そんなの愛情じゃないよ」
「それもまた一つの愛じゃないか?」
「お兄ちゃんはそれでいいの?同情で…情が移って愛されて…」
「日和が手に入るのなら…日和が私の物になるのならどんな形の愛でも構わない」
日本では法律上、いとこ婚は許されるが、兄妹での結婚は許されない。
昔は近親婚は許されてはいたが、今では禁じられている。
その理由は近親交配による子供への影響によるものである。
近親で交配され生まれた子供は両者の劣性遺伝子を持っている可能性が高くなってしまい、障害を持つ子供が生まれる事が多いのだそうだ。
いとこ婚は日本では法律上許されてはいるが、海外では禁じているところもあるほど、近親婚はデメリットが多い。
高遠の言う通り、戸籍から見れば彩羽と高遠はもう赤の他人となっており結婚は可能だ。
だがいくら戸籍という壁がなくても、彩羽と高遠に流れている血は決して越えられない壁として聳え立っているのだ。
それに高遠と彩羽は従兄妹でもあるため、普通の兄と妹以上に濃い血を持っている。
彩羽と高遠が血で繋がって生まれてしまった以上、どうやってもその事実は覆したくても覆せない。
(お兄ちゃんとやっと再会できて一緒に暮らしたいのは私だって同じだけど…)
しかし、彩羽自身正直に述べれば『兄と暮らしたい』というのも確かにある。
それが従兄や金田一達への裏切りになるとしても、兄としての高遠を彩羽は決して嫌いではなかった。
隼人を殺したことは決して許してはいけない事だけど、それでも兄を嫌いにはなりきれなかった。
「もしお兄ちゃんと一緒に暮らすことになったら…はじめちゃん達とはもう…」
「会えないと覚悟しなければいけなくなるだろうね…日本には金田一君や明智警視がいるからいずれ彩羽を奪われてしまう可能性が高いから海外で暮らす事になるだろう」
金田一達と会えなくなるか、兄の人殺しを止めるか…彩羽は選択を迫られた。
高遠の手を取れば彩羽と高遠は海外に逃亡という事になる。
日本が高遠を国際手配をしなければ海外で逮捕される事はそうそうない。
殺人を犯さなくても高遠にはマジックがあるからそれで食べていけるだろう。
まだマジックで修行した際のコネもあるため彩羽には貧しい思いをさせる事はないだろうという自信があった。
彩羽は考えた。
兄を取るか、他人を取るか。
普通なら兄を取るだろう。
腹違いで3年しか一緒にいられなかったが兄妹だと認識していた。
14年も離れ離れになっていても彩羽も高遠の間には愛情の違いはあれど絆があった。
「人殺しはもうしない?」
「……日和が望むのなら…お金の事はマジックでも十分日和を養えるから安心してほしい…ただ人を殺さなくなっても逃亡生活はきっと変わらないだろうから安息の地というのは決して訪れないと思うが」
人殺しに執着はしていない。
それに彩羽にも人を殺させたいとは思っていない。
高遠にとって彩羽は白色そのものの人間だと思っている。
純白の色。
純粋で、何も穢れのない存在。
母親とはまた違う穢してはいけないと思う存在。
彩羽は義父に穢されたと言うが、高遠にはそうは思えなかった。
穢されていないとか乱暴されていないとかではない。
彩羽は穢されてもなお白くあり続けている存在だと思っている。
だから自分以外の人間にその穢れのない白色を染められたくはなかった。
自分を恐れ嫌う養父との生活の中でも、母を亡くし復讐するために費やしてきた時でも、救いは母への復讐と…そして心から愛した妹だけが心の支えだった。
「………」
高遠は『人を殺さない代わりに全てを捨てて自分を選んでほしい』と彩羽に突きつけた。
脅しではないが、それは脅しも同じだった。
彩羽は口を閉ざす。
兄の手を取る事でもう兄が罪を犯さないのならその手を取る方が世のためであろう。
彩羽は人を殺す事も、隼人を殺した事も許せない事だと分かっているが、兄を処刑台に送りたくはなかった。
兄が好きだったからだ。
男としてではなく、家族として。
被害者の家族にとっては彩羽も人殺しの高遠と同類なのだろう。
だけど彩羽も高遠同様どこかズレていた。
しかし、それでも彩羽は即決は出来なかった。
「お兄ちゃん…ごめん……すぐには答えられない…」
「そうだね…行き成り聞いた私にも非がある…ゆっくりと考えるといい…答えはいつでもいいから…」
頭にはこれまで関わってきた人達が浮かんだ。
金田一、美雪、剣持、いつき、フミ…そして明智。
明智の顔が浮かび彩羽は兄の差し出された手に伸ばしかけた手を止めた。
高遠もその日に決める事ができるものではないと承知で彩羽に聞いたので、謝る彩羽に首を振ってくれた。
そして高遠は申し訳なく俯く彩羽の顎に指をかけゆっくりと顔を上げさせる。
「でもこれだけは覚えておいてほしい…私は兄としてではなく、一人の男として日和を愛しているって…日和への愛情は決して家族としてではないって事を…あの巴川家で言った言葉は嘘ではないって…それだけは疑わないでいてほしい」
高遠は何よりも自分が彩羽に向けている愛情がただの家族愛だとは思ってほしくはなかった。
それだけは自覚してほしいと伝えた。
彩羽は真剣な兄の表情とその目に戸惑いながらも頷く。
「あの家は日和の家だからね…私に遠慮なんかしないでどうしても一人になりたい時…金田一君や明智警視にも知られたくない事があったらこの家を訪れるといい…彼らには日和の事は家の主人だと紹介しているし私と日和が兄妹だということも知っている…明智警視や金田一君などの周囲の事も話してあるから彼らが来ても時間稼ぎくらいはなってくれるだろう」
頷いてくれた妹を見つめ、高遠はそう囁いだ。
その声は優しく、言い聞かせるようで、彩羽はまた頷いた。
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