(6 / 24) 露西亜人形殺人事件 (6)

彩羽は高遠と別れ、金田一の部屋の前にいた。
トントンとノックをすれば部屋の主の金田一の代わりに美雪が返事をし、彩羽は扉を開ける。
中には金田一、美雪、佐木がおり、美雪と佐木はソファに座っているがなぜか金田一はベッドに倒れていた。


「彩羽ちゃん!起きたんだ…おはよう」

「う、うん…おはよう……美雪ちゃん…はじめちゃん、どうしたの?」


探検はすでに終えていたが、彩羽は寝ているからと声を掛けずにいたらしく、笑顔で出迎えてくれる美雪に彩羽は嘘をついてしまった事への良心が痛みつい引きつった笑みを浮かべてしまう。
そんな自分に気付かない美雪にホッとしながら彩羽はベッドで死んだように倒れている金田一を指さす。
首を傾げる彩羽に美雪が答えようとした時―――ぐううう、と大きな腹の虫が鳴り、彩羽は全てを察した。


「もう10時前だもんね…夕食は確か10時30分って言ってたっけ…」

「ロシアは白夜の国ですからきっと夕食も遅いんですよ」

「馬鹿野郎!ここは北海道だぞ!そんな国と一緒にして何の意味があるんだっつーんだ!」


彩羽は兄との会話と、自分の家や兄が雇った人の事で頭が一杯だったから空腹を感じる暇さえなかった。
しかし言われてみれば確かに空腹を感じる。
10時と言えば寝ている人は寝ているし、多くの家庭が夕食を終え風呂も終えまったり家族や一人でテレビを見ているころである。
よほどお腹が減っているのか、野次を飛ばすがその時丁度10時を知らせる鐘が部屋に届いた。


「10時の鐘だわ」

「あと30分か〜〜!はらへったぁ〜」


10時になったのはいいが、食事まであと30分もある。
話したり何かをして集中していれば30分はあっという間だが、金田一は異常に腹が減っているので、30分は1時間2時間に感じるのだろう。


(ん?…俺の時計、5分も遅れてんじゃん…)


仰向けからうつ伏せになった際腕時計の時間が目につき、金田一は自分の時計の時間が5分ほど遅れていると気づく。
それと同時に、振っていた雨が強くなり、その雨が窓を強く打ち付ける。


「すごい雨…」

「大きい鐘の音が雨の音でかき消されそうね」


本来大きく聞こえる鐘の音が、強い雨の音でかき消されそうだった。
窓を見ると雨の量が多いからか、まるで滝の様に雨が流れ落ちていた。

――そして30分後。
やっと食事にありつけることができると金田一は上機嫌だった。
彩羽も出てきた様々な料理に舌鼓を打っていた。


「ん〜!うんめぇ!このボルシチ超うめえ!」


お腹と背中がくっつきそうなほど空腹だった金田一はやっと胃の中を満たすことができ、目の前に置かれた料理を食べていた。
目の前にはロシア料理の定番、ボルシチが置かれており、本物を食べた事はないが出された料理は日本人の口には合っていた。
しかし、皆静かに食事をするのに対し、周りの空気を読まないが如く金田一は音を立ててスープを啜っていた。


「はじめちゃん…お願いだから盛大に音を立てて啜るのやめて…!」


食べる様にスープを食せ、とは言わないまでもズズズと派手に音を立ててスープを食しているのは金田一だけ。
連れとして、幼馴染として美雪は恥ずかしくて顔を赤くしていた。
その隣にいる彩羽も金田一らしいと苦笑いを浮かべ、金田一は美雪の注意にムッとさせ、『まあまあ先輩』と美雪や金田一を宥めながらもカメラを回しながら食べる佐木を金田一は八つ当たりのように『飯食いながら撮るな!』と怒鳴りつけた。
執事の田代はいつも静かな食卓が賑やかだと笑みを零していると、後ろから桐江がワゴンを押して部屋に入ってきた。


「どうしたのかね、桐江くん…神明先生は召し上がらなかったのかね?」

「それが…お声をかけても返事がなくて…」


ワゴンの上には一人分の食事が置かれており、この場にいない神明の分である。
そのワゴンの上に残っている食事を見て神明が食事をしていないのだと田代は気付き桐江に声をかける。
桐江もノックや声をかけても返事がないのだと困ったように呟いた。
そんな話を聞きながら金田一は皿を持ち上げズズズと皿に口を付け啜る。
金田一のマナーのなっていない食べ方に美雪が『はじめちゃんってば!』と声を抑えながらも怒鳴る様に呼んだ。
金田一は不貞腐れたように美雪を横目で見ながら顔を上げて残りのスープを飲み干そうとしていた。
しかし、ふと天井に違和感を感じてそちらに目をやる。


「田代さん、この中二階の上って何があるんですか?」

「皆さまのお部屋になっております…金田一様、何か?」


田代に問われながら金田一は上を見上げた。
金田一が天井を見上げたので全員が釣られたように顔を上げて天井を見れば、そこには小さな雨漏りのようなシミのようなものが出来ているのが見える。


「あそこは確か…」

「神明先生の部屋…」


宝田と田代がそう呟くのを聞きながら金田一は先ほどよりシミが大きくなっている事に気付く。
シミを見た田代や桐江が不審がり、金田一達も心配だと言って全員で神明の部屋へ向かう事になった。


「神明先生?」


ノックを何度か試し、声をかけてもやはりうんともすんとも言わず静かなものだった。
寝ているにしても桐江や宝田に頻繁に声を掛けられれば起きてもいいはずなのだが、中から気配すら感じない。


「先生?どうかしたましたか?」


マスターキーで鍵を開け、扉を開けると中は薄暗い。
寝ているのかと思っていたが、ベッドは桐江が綺麗に整えてくれたままで、神明の姿はなく、コントラバスがベッドに寄りかかって置かれていた。
シャワーの音が聞こえているので、どうやら風呂場にいるらしいことは分かり金田一が浴槽に続くドアノブに手を伸ばし捻って開けると…―――神明が湯船にうつ伏せになり浮かんでいるのが見えた。


「きゃああ!!」

「神明先生!!?」


服を着たまま湯船でうつ伏せになって浮かび身動き一つしていない神明は明らかに息をしていない。
止められることのないお湯が満ち、湯船から止めどなくお湯が零れ落ち排水溝へと流れていく。
梅園の悲鳴が湯船に響き、彩羽も息を呑み言葉を失う美雪と身を寄せる。


「どうして…神明先生が…」


犬飼が唖然としたように呟き、その呟きに金田一は…


「『楽団は前から順に』」


そうぽつりとつぶやいた。
一瞬、謎解きの文章が頭に過ったのだ。
何か異変はないかと金田一は神明の遺体を見ていると、足元にある物が浮かんでいるのが見えた。
その浮かんでいる物に手を伸ばす。


「イワンですね…コントラバスの…」


金田一が手に取ったのは、応接間で見た楽器を持つ人形だった。
その楽器と同じ本物の楽器を山之内は用意しており、暗号文と合わせてやっと成立する暗号である。
その人形がなぜか神明の足元に浮かんでいた。


「じゃあ他の人形は…」


ここに人形があるということは―――…
弁護士代理人の有頭が呟いたのがきっかけのように金田一達は急いで時計塔の応接間へと向かって走る。
応接間へ駆け寄り扉をあければ…


「ない…!?ロシア人形が5体とも無くなってる!?」


そこにあるはずのロシア人形が5体とも全て無くなっていた。

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