その場は重い空気が流れていた。
神明が死体で見つかり、その足元には5体のロシア人形の内、一体が見つかった。
それも神明が持つコントラバスの人形である。
応接間に行ってみれば残りの4体の人形は無くなっており、全員言葉を失った。
「皆さま、暖かいロシアンティーでもどうぞ…落ち着きますよ」
沈んだ空気の中、田代と桐江はロシアンティーを淹れて持ってきてくれた。
彩羽も田代からロシアンティーを受け取り砂糖を少し入れて飲む。
甘みと暖かさで落ち込んでいた気持ちが落ち着いてきたような気がした。
「有頭さんによると…神明先生、後ろから撲殺されていたらしいですね…」
「一体誰が…と、とにかく警察に連絡を…」
「無理ですよ…忘れたんですか、山之内先生の誕生日が来るまで外部との連絡はシャットアウトされているんですから」
検死は医学の知識があるらしい有頭がしてくれた。
簡単な検死ではあるが、その結果、後ろから撲殺され神明は亡くなったというのが分かった。
宝田が連絡をと言うが、そもそもこの推理合戦が行われる際、持って来た携帯は湖の傍に置いてある小屋に厳重に保管しており、この館には連絡出来るものはない。
船も誕生日が来るまでは迎えは来ず、必然的に彩羽達は閉じ込められた事になる。
「で、でも…どうして犯人は神明先生の遺体の傍にロシア人形を?」
神明の遺体の傍には5体のロシア人形の内一体が浮かんでいた。
ロシア人形は参加者たちは持っていっていないため、犯人が持っていき神明の傍に浮かばせた事になる。
「――見立て、じゃないですかね」
その梅園の問いに答えたのは、ローゼスだった。
誰もがローゼスへ目を向け、彩羽も兄の言葉に視線を窓の傍に立つ兄へと向ける。
「忘れたのですか?例の暗号を…『楽団は朝礼で前から順に首を刈られた』――神明さんと共にバスタブに放り込まれたロシア人形は5体の人形の中で一番背が低いコントラバスのイワンでした」
「それじゃあ神明先生は暗号文に見立てられて殺された…?」
「ち、ちょっと待ってください!前から順にって事は確か二番目に背が低いのは私と同じチェロ奏者のエミールだったはずじゃ…っ!」
ローゼスの言葉に犬飼が繋ぎ、その2人の言葉に宝田が立ち上がる。
ローゼスの推理通りなら、次に殺されるのはイワンの次に背の低いエミールという事になる。
誰だって青い顔もするだろう。
自分が次に殺されると言われたようなものであるのだから。
しかし慌てふためく宝田をローゼスの傍に立つ幽月がクスリと笑ってみせた。
「相変わらず気が小さいのね、宝田さん…ローゼスさんも人が悪いわ、神明先生一人が殺されただけで次々に殺人が怒るような言い方して…そんなミステリー小説じゃあるまいし見立て殺人なんて馬鹿馬鹿しい」
確かに神明は自殺ではなく殺されたとみていいだろう。
だがテレビや小説のようにこれから人が次々に殺される連続殺人事件が起こるなんて確証はない。
神明は恨みを買っているような人だった事もあり、神明はこの場にいる誰かに恨まれ殺されただけで、連続殺人なんて起きない…そう幽月は思っていた。
しかし、それに異論を唱える者がいた。
「果たしてそうでしょうか…思い出しませんか?山之内先生の初期の代表作…『露西亜人形殺人事件』…あの小説では館に集まった5人の人間が露西亜人形に見立てられて次々と殺されていき、そして最後には誰もいなくなってしまった…ただ一人、真犯人
指揮者を除いて…」
山之内の代表作であるその本の内容と今回の事件は似ていた。
神明が見立て殺人という殺され方も、人形や参加者達の数も合っていた。
「
指揮者?」
「ええ…いうなれば殺人協奏曲の指揮者というわけです」
金田一は山之内の小説は見た事がなく、露西亜人形殺人事件と言われても内容は分からない。
しかし神明が見立て殺人で殺されたというのはローゼスの推理だけではなく、犬飼もそれに賛同していた。
もし見立て殺人ならば、殺人鬼の名は犬飼の言う通り
指揮者なのだろう。
犬飼の言葉に静まり返ったその時、12時を知らせる鐘が鳴り響き、丁度有頭が部屋に戻ってきた。
「さて…もう12時ですし…皆さんそろそろ部屋に戻りましょうか」
有頭は手に持っていた人形を暖炉の上に戻す。
その人形とは、神明の傍に浮かんでいたイワンだった。
濡れていたが有頭が乾かしたのか置いても暖炉の上を水浸しにすることはなかった。
その人形を見て宝田は怯えた様子で立ち上がり人形を指さした。
「べ、弁護士さん…その人形…!遺体と一緒に浮かんでいた物でしょう?そんなところに置いといていいんですか?」
「でもこの人形は山之内先生の暗号の一部ですから…なるべく元の通りにしておくべきかと…それに5日の深夜0時まで続行するよう指示されていますし…いずれにせよ迎えが来るまではこの館に留まらざるを得ないわけですから…」
「も、勿論よ!こんな事で諦めてたまるものですか!」
死体と一緒に浮いていた人形は、自分が次のターゲットかもしれない宝田にとっては不気味でしかなかった。
相変わらず顔を青ざめる宝田に有頭も困ったように呟いた。
有頭も警察を呼んでさっさと事件を解決したいと思ってはいるが、迎えにくるまで連絡できる物が一つもないため仕方なく依頼を続行するしかなかった。
そこまで言われてしまえば梅園は強気の姿勢を見せる。
彼らには彼らの事情があれど、お互いお金に困っているという共通点がある。
人が殺されたが、それ以上に何十億という遺産は諦めきれないものがあった。
「では…私は先に休ませてもらいますか…明日の推理合戦に備えてね…Good Night、カルテットの皆さん」
「じゃあ私も…」
「あっ!ちょっと待ってください!」
今日はこれ以上考えても進まない、とこれで切り上げることになった。
ローゼスは一瞬妹である彩羽へ目配せし部屋を出て行こうとし、それに幽月達も続けて部屋へ戻ろうとした。
その彼らを金田一は止める。
自分を見る彼らを金田一は一人一人見渡しながら注意を促した。
「部屋に戻ったらドアに必ず鍵をかけてください…この中の誰かが訪ねてきても迂闊に開けない事…いいですね?」
「ち、ちょっと!それどういう意味!?」
「もう分かってるでしょ、梅園さん…この館は氷みたいに冷たい湖で外界と切り離された密閉空間なんです…外から殺人者が侵入してきた可能性は極めて低い…つまり、神明さんを殺した犯人、『コンダクター』はこの中にいるかもしれないだ」
金田一のその言葉で、その場の空気は凍り付く。
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