深い意識が少しずつ浅くなり、彩羽は目を覚ました。
目を瞬かせればカーテンを引いているに関わらず部屋は薄暗く暗闇にしては明るかった。
「あ、彩羽ちゃん起きた?」
「…美雪ちゃん?」
朝方にしては明るすぎる部屋に彩羽は疑問に思っていると横から声が掛かり彩羽はそちらに顔を向けた。
そこには幼馴染の美雪がおり、彩羽と目と目が合うとにっこりと笑みを浮かべ『おはよう』と声をかけてきた。
「おはよう?…って…なんで美雪ちゃんがいるの?」
「ちょっと色々あってね…」
美雪は意識や言語もはっきりとしているのを見て、完全に目が醒めたのだと思い、これまでにあった事を話した。
宝田の死、部屋にあった数々の仕掛け、不安がるみんなのためにローゼスがマスターキーを持って部屋に閉じこもった事全て。
彩羽はそれを聞き驚いた。
正直途中で目が醒めたのも覚えておらず、自分が寝ている間にそんな事が起きていたのかと残っていた眠気も覚めていく。
(お兄ちゃん、大丈夫かな…)
マスターキーを持って自ら閉じこもった事でみんなを安心させた兄を彩羽は心配していた。
兄の事だから心配はいらないだろうし流石に食事は持ってきてもらえるだろう。
ただ妹として兄を心配していた。
しかしその瞬間、彩羽のお腹の虫が鳴った。
「…………」
彩羽は空気を読まないお腹を手で押さえベッドにうつ伏せになって沈む。
同性とは言え人前でお腹がなるのが恥ずかしくて彩羽はベッドに沈んだが、美雪は笑う事はなかった。
「もう12時だもん、無理もないよ」
顔を隠してもチラリと見える耳が赤いのを見て、美雪はフォローを入れる。
どうやら彩羽はあのまま12時まで眠ってしまったようで、それを聞いて『どうりでお腹減るわけだ』と思った。
「田代さんに言って何か作ってもらってもらうね」
金田一達はもう済んでいるらしいが、美雪もまだらしく、席を立ち田代か桐江に昼ご飯を作ってもらおうとした。
しかしそれを彩羽が止める。
「あっ!ま、まって…」
「どうしたの?」
引き留めたのはいいが、彩羽は美雪に話ていいのか迷っていた。
睡眠薬を盛られたのは確かだろうが、食事のどれに入れられたかは流石の彩羽も分からない。
だから無暗に不安を煽っていいのか迷っていた。
「なんでも、ない…あの、田代さんに軽い物って言っておいて」
結局彩羽はいえなかった。
毒ではないというのもあるが、食べ物に入れられていなかったら美雪を不安がらせるだけだと思ったからだ。
美雪は少し様子の可笑しい彩羽に首を傾げつつ頷いて返し、部屋を出て行った。
―――昼食はサンドイッチを作ってもらった。
彩羽は少し食べるのが怖かったが、空腹を感じていたのもあるし、食べても眠たくなるだけだと思い背に腹は代えられぬと空腹を満たした。
「はじめちゃん、佐木君、ここにいたんだ」
サンドイッチを食べた後、美雪と彩羽は金田一と佐木を探していた。
2人は応接間にいた。
何やら金田一は佐木と桐江とビデオを見て考え込んでいた。
美雪の声に気付いた金田一達は、美雪の隣に彩羽が要る事に気付き、『彩羽、起きたんだな』と安心した笑みを見せた。
「何見てるの?」
「応接間に置かれてた人形だよ…コントラバスのイワンが一番小さいだろ?その次にチェロのエミール…でもビオラのオリガと第二のバイオリンのターニャがどっちだか分からないんだよ」
「分からない?」
「どうして?」
三人が見下ろすそのビデオカメラを彩羽と美雪も空いている席に座り見下ろした。
そこにはこの館に来たばかりの時に取った犯人に奪われる前の5体の人形が映っていた。
一番端の小さい体を持つコントラバスのイワン、そして次に小さいチェロのエミール。
この人形と同じ楽器を持っていた神明と宝田は亡くなっており、次は…となったが、ビオラのオリガと第二バイオリンのターニャの背が同じ様に見えるし、楽器で見分けつけようとしても素人目では両方似すぎてどちらがビオラでどちらが第二バイオリンか分からなかった。
それを悩んでいた時、彩羽と美雪がやってきたのだ。
「なあ美雪、彩羽…どっちがビオラでどっちがバイオリンなの?俺には同じにしか見えねえんだけど…」
「うーん…私もよく分かんないなぁ…」
「人形サイズだと一緒に見るわね…」
美雪は幼い頃からピアノを習っていたし、彩羽も一応お嬢様育ちなため、何か分かるかもしれないと思って聞いてみた。
しかし美雪からは首を傾げられ、彩羽も同様に首を傾げられた。
彩羽も付き合いとかでオペラやコンサートとかも行ったりはするが、聞く側で楽器自体に詳しいわけではないため、楽器と言ってもよく分からないのだ。
従兄なら分かったかもしれないなと彩羽が思っていたその時…
「大きさが違うのよ」
幽月が教えてくれた。
話しているのを聞こえた幽月は悩む金田一達に助け舟を出してくれた。
「あら、巴川さん…目を覚ましたのね」
「あ、あはは…はい…ご心配をおかけしました…」
「いいのよ…ただローゼスさんが心配していたから扉越しでも声をかけて安心させた方がいいかもしれないわね」
金田一の傍に彩羽の姿に気付き、幽月は『おはよう』と言ってくれた。
幽月にも迷惑かけたと彩羽は恥ずかしそうに笑えば、ローゼスが心配していたから安心させてあげてほしいと幽月は彩羽に伝えた。
幽月の言葉に彩羽は兄の姿を脳裏に浮かべ、兄にも心配と迷惑を掛けたと幽月の言う通り後で兄の元へ行こうと思い頷いた。
頷いた彩羽を見て幽月も安心したように笑みを浮かべていると、金田一に先を急かされ説明を再開する。
「えっと…すみません、幽月さん、先ほどの話なんですけど…」
「ああ、ごめんなさい…私のパートのこのビオラは65〜66センチでバイオリンより少し大きいの…バイオリンなら60センチ、チェロになるとぐっと大きくなって120センチ、最低音のコントラバスは108センチ〜2メートルもあるわ」
「へ〜!音とかも違うんですか?」
「当然よ、バイオリンはビオラよりも弦の調律が完全5度ずつ高いって言った具合にそれぞれの楽器は異なった音域を担当しているのよ」
感心したような声を漏らす金田一に幽月は更に教えてくれたが、楽器などに縁のない金田一が覚えられるかは不安である。
しかし推理の事になると180のIQがフル活動するのでその心配はないかもしれない。
幽月は『これがビオラの音』と言って弾いて聞かせてくれた。
ソロで楽曲があるわけではないが、幽月は上手く、聞いていて心響くものがあった。
「バイオリンみたいに主旋律に使われる事は少ないけど、言ってみれば小説の中の挿絵みたなものね…良い挿絵が入っているのとそうでないのとでは作品の面白さが大きく違うわ」
弾くのを止めて説明を続ける。
挿絵などを書く仕事をしているからか、挿絵で分かりやすく例えてくれたが…幽月はふと悲し気な表情を浮かべ窓へ近寄り外を見つめる。
「でもね…時々ふと虚しくなることがあるの…地味なレパートリーからはみ出して自己主張してみたくなることも…」
「自己主張?」
佐木の問いに幽月は頷いてその自己主張という意味を語ってくれた。
それは少し前の事。
山之内の小説の挿絵を描く仕事をしていた時の事。
原稿を見て幽月はトリックの答えが分かってしまい、それをつい挿絵の中に表現をしてしまった。
それを聞けば佐木だけではなく、彩羽も『それってまずいんじゃ』と思う。
美雪のどうなったか、という問いには当然、それに気づいた読者からどっとクレームが来た…という答えが返ってきた。
当然と言えば当然である。
推理小説なんだから推理するのが楽しくて読んでおり、彩羽のように犯人が誰か知ってから読む人間など少数しかいないだろう。
「山之内先生は笑って許してくれたけど…でも今にして思えばどうだったのかしらね…」
「え…どうだったって?」
「本当は私の事、殺したいくらい憎んでたんじゃないかってちょっと思うのよ…人格者で通った手前あの時は許すふりをせざるを得なかったけど本当は…」
挿絵でネタバレをしてしまった際、山之内は許してくれたが、幽月はそれは仕方なく許してくれたのだと言った。
山之内は人格者だと周りから言われていたからこそ、下手に怒る事は出来ず本当は腸が煮えくり返るほど腹を立てていたのかもしれないとも幽月は言った。
「そ、そんな…山之内先生に限って…」
「そうかしら…例えばさっきあなたの部屋で見つかった覗き穴…」
「…!」
「あれなんか山之内先生の裏の顔が何となく見えてくる気がしない?人格者の仮面の下に隠された陰湿で執念深く好色な顔が…」
『最も、それはこの館に集まった連中にも言える事だけどね』、と続けおどけてみせる幽月だが、桐江は心当たりあるのか黙り込んでしまう。
「状況によっては何をしでかすか分からない…人間ってそんなものじゃないかしら…」
『私だって』、と言って幽月は右半分の顔を髪で隠していたそれを金田一達に露わにする。
その顔はお世辞にも綺麗とは言えなかった。
その顔は酷い火傷の痕が広がっており、彩羽もそれを見てつい息を呑んでしまった。
彼らの反応に幽月は慣れているようにすぐに髪で火傷の痕を隠す。
「以前火事に巻き込まれてね…その時弟は一酸化炭素中毒で意識を失い今も病院に…だから私はどうしても遺産がほしいの…どんな手段を使ってもね…」
そう呟く幽月に彩羽は何も言えなかった。
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