コンコン、と彩羽はある部屋の扉をノックする。
「はい」
部屋の中から聞こえる声に彩羽はどうしてか少し緊張した面持ちでゴクリと生唾を飲む。
どうして緊張するかは分からないが、彩羽は中にいる人物に名乗る。
「どうしました?」
「ぁ…えっと…大丈夫だよお兄ちゃん、私一人だから」
彩羽が訪れたのは兄である高遠の部屋だった。
敬語、ということは周りに誰かいると思っているのだろう。
彩羽は周りに誰もいないのを確認しそれを伝える。
犯人がマスターキーを使い部屋に入ってくるかもしれないという不安を取り除くために自らマスターキーを取り出すために必要な鍵を持って自室に閉じこもっている兄に彩羽は会いに来た。
「どうした?」
「幽月さんから心配していたって聞いて…声をかけたらどうかって言われて…それにお兄ちゃんの事心配だから…」
「金田一君達は?一緒じゃないのか?」
「うん…薄々気づいているみたいだけど…まだお兄ちゃんが高遠遙一って暴いてないみたいだから…ついてきてくれようとはしてくれたけど…遠慮してもらった」
ドア越しではあるが、妹が目を覚まし声を聞いて高遠はホッと安堵をする。
殺人鬼がいるのに1人で会いに来た事に心配はしたが、彩羽の言葉に怒るに怒れなくなった。
何だかんだ言って高遠も彩羽が会いにきてくれて嬉しかった。
「心配してくれてありがとう…」
「いや、いいさ……ところで…本当に大丈夫なのか?随分薬が効いていたようだが…」
「うん…私、薬の効き目が強く出る体質みたいで…加川先生もそう言ってた」
加川、とは弟の隼人が犯人に仕立て自殺したように殺した医師だった。
巴川家の主治医の彼は母と不倫関係だった事が判明し、隼人から自分は二人の息子だという告白もされた。
後から調べてもらったらそれは嘘ではなく本当だった。
とは言え加川は医師としては優秀だったから彩羽は以前言われたその言葉を信じている。
現に2回とも睡眠薬は強く出てしまったし、風邪をひいた時薬を飲めばすぐに治った。
彩羽の言葉に『そうか』と高遠は息を吐く。
どうして彩羽だけが眠気が強く残っているのか悩んでいたらしい。
彩羽だけ強い薬を盛られたとしてもその理由を考えていた高遠だったが、彩羽の身体は薬の効き目が強く出てしまう体質だと知り安堵した。
しかし、彩羽から『でも…』と不安そうな声で続けられ、高遠の感情は安堵から心配へと変わる。
「また薬を盛られると思うと…怖くて…食べるのが嫌になって…」
彩羽はどうにもあの石のように重い体が苦手だった。
眠たくなくてもいつの間にか眠ってしまい、眠ってしまうとあっと言う間に時間が経っているのが嫌だった。
「砂糖を入れなければいい」
「え?」
「食後に出されるココアに砂糖を入れなければ大丈夫なはず…」
高遠にそれを相談してもどうしようもないと分かってはいたが、不安をどうしても誰かに打ち明けたかった。
しかし高遠ははっきりと『砂糖を入れなければ盛られないはず』と言った。
それは高遠も薬を盛られていると気づいているということだ。
「それって…」
「それが睡眠薬を盛られているかは分からないが…だが、私は昨日砂糖を入れずに飲んだが、睡眠薬特有の眠気は一切来なかった…だから恐らく砂糖に薬が淹れられているのだろう」
「…………」
高遠はココアに砂糖は入れずに飲んでいた。
幽月も彩羽のように体がだるいほど眠っていたと言っていたし、周りも同じように眠気が強く出ていた。
それを見て、高遠は少なくとも全員食べていた料理には薬は入れられていないと考え、ならば…と自分がみんなと違う行動をしていたのを思い出すと…周りと違う行動していたそれは砂糖だった。
自分はココアには砂糖を入れず飲んだのだ。
その読みが当たっているかは分からないが、少なくとも料理ではないだろうというのは断言できる。
料理に入れられていたのなら、高遠も眠気に襲われていたはずである。
「だから日和…安心して食事をするといい…砂糖さえ使わなければ恐らく睡眠薬で眠る事はないから」
「うん…そうする…ありがとう、お兄ちゃん」
巴川家で佐藤英二に扮して妹の傍にいた時、彩羽から睡眠薬が怖いというのは聞いていた。
だから不安で出される食事を食べないでいるつもりなのも読んでいた。
普通なら孤島に一人取り残されたとか遭難したとかなどの理由ならまだしも、周りに食材がありいつでも食べれる環境にいるこの状況で4日も食べずにいるのは無理だと思うだろう。
だが、養母にウィルを捨てられたと思い部屋に籠城した際、彩羽は5日も食べずに過ごした経験がある。
その間水だけで過ごしたらしいので、恐らく残り4日間も水だけ飲んで過ごしそうな妹に高遠はちゃんと食べるようにと注意した。
兄の言葉に不安が少し晴れた彩羽は小さくお礼を告げた。
11 / 24
← | back | →
しおりを挟む