事件がまた起きた。
今度は幽月が被害者となり、幽月は殺されてしまった。
沈んだ気持ちのまま金田一達は応接間に集まっていた。
彩羽はチラリと暖炉を見ると、3体の人形が置かれている。
それは3人の犠牲者がいるという意味でもあり、悲しくも不気味であった。
「完全な密室…でもどうかしら…例えば窓の隙間から細い針金を使って掛け金を開け閉めしたりっていう手もあるでしょう?」
「いや、窓周りも良く調べてみたけど針金を差し込む隙間は全くなかった…」
梅園が自身の推理を述べるも、それを金田一が否定する。
金田一は幽月の部屋を見て周り異変がないか調べたが、あの部屋は完全な密室状態になっていた。
外から侵入したとしてもその形跡もなく、梅園の推理は外れていた。
「やっぱりあの部屋は完全な密室だったのね…」
「――果たしてそうでしょうか?」
美雪の呟きに異を唱えたのは犬飼だった。
全員の視線を受けながら犬飼はチラリとローゼスを見る。
それは一瞬だったが、彩羽は気づいてしまい、彩羽も釣られたように兄であるローゼスを見た。
ローゼスとして兄は幽月の助っ人としてこの館に来たと言っていた。
聞けば幽月は兄の逃亡生活を支えてくれる人の1人らしい。
壁に寄り添い窓の外を見つめる兄のその姿は一見悲し気に見えるが、それだけではない事は彩羽は気づいていた。
兄は幽月を殺した犯人に対し怒りを感じている。
多くいる中の1人であっても、幽月は逃亡生活を支援してくれた人であるのは変わりなく、その人を殺され高遠は心の底では腹を立てているに違いない。
兄を心配そうに見つめる彩羽をよそに犬飼は密室でも出入りが出来る人物がいると言い切った。
「一人だけいるじゃないですか…針金だなんだってそんなちゃちな密室トリックを使わなくてもキーストッカーからマスターキーを取り出してあの部屋に堂々と出入りできる人物が」
そう言って先ほどチラリと見たローゼスへ目線を送る。
今度は確認ではなく確証を得て見ていたため、その視線に全員気付き、犬飼以外がローゼスを見た。
「ローゼス様が?」
「で、でも…彼の部屋は外から封鎖されていたし…それに彼の部屋にも外から侵入できる仕掛けはなかったって…」
「そう…しかし、そもそも彼の部屋に抜け穴がないと言ったのは彼自身であって誰もそれを確認したわけじゃないんです」
ローゼスが犯人かもしれないと言う犬飼だが、梅園の言うようにローゼスの部屋には仕掛けはあったものの出入りできる仕掛けはなかったと言っていた。
当時は鍵を持って閉じこもっていたし、彩羽も部屋に訪ねた際ドアの前にハリボテのようなものが置かれていたのを確認していたためいくら奇術師とはいえ出るのは無理なのでは…と彩羽は思った。
しかし、犬飼曰く、そもそも侵入できる仕掛けはなかったという彼の言葉に疑問に思ったのだという。
もし本当に仕掛けがないというのであれば、あの時みんなに見せるはず。
それをしないのは本当は抜け穴があるのではないかという疑いを犬飼は持っていた。
「なるほど…だから私を犯人だと言うんですか?」
「もちろん根拠はそれだけじゃありませんよ」
それだけが根拠なら、金田一だってみんなに仕掛けは見せていない。
それが通るのであれば金田一だって容疑者の1人だ。
犬飼の推理にローゼスは犯人にされているというのに余裕を見せていた。
その余裕を見て犬飼はますます彼が怪しく見えた。
彼が解決した殺人事件では犯人は狼狽えていたのに、彼は平然としている。
それは証拠がないという自信があるからだと犬飼は読んでいる。
しかし証拠はそれだけではないと犬飼も自信があり、犬飼は佐木に声をかける。
「昨日の夕食の時ずっとビデオ回してたよね?あれ、ここで再生してもらえないかな?」
佐木に声をかけたのはずっと佐木の撮ったビデオを見たいためだった。
佐木は急に声をかけられ驚きながらも、昨日取ったビデオを再生する準備に取り掛かる。
「そんなもの見てどうしようっていうの?」
「実は一昨日の夜宝田さんが殺された時も不思議に思ったんです…神明先生が殺された直後なのに僕も他のみんなもやけにぐっすりと眠り込んでしまった…そして幽月さんが殺された夕べもね…もしこれが何もかが我々に対して仕込んだ睡眠薬によるものだったとしたら?…そう思った僕は昨日の夕食の時注意して皆さんの食事の状況をチェックしていたんです」
犬飼もこの中に犯人がいると睨み全員の動向を注意して見ていた。
そして怪しんだのがローゼスだった。
推理を語っている間に佐木は準備も終え、昨日の夕食の映像を映し出す。
「その食事の中でも特に気になったのが食後のココアだった」
「ココアが?」
「ああ、あの時みんなココアに砂糖を入れていたはずだ」
映像は食後のココアに変わり、言われてみればほぼ全員ココアに砂糖を入れていた。
それを確認した後、犬飼は佐木へ目をやる。
「佐木君、この時君はココアに砂糖を入れてなかったね」
「ええ、僕虫歯があって砂糖は控えてるんで」
「巴川さんも昨夜は砂糖を入れていなかったね」
「は、はい……以前睡眠薬を盛られてから私、睡眠薬が怖くて…もしかしたら入ってるかもって怖くて…でも―――」
「それで…君たちは昨夜よく眠れた?」
映像の中で佐木と彩羽もココアに砂糖は入れていなかった。
佐木は虫歯があり砂糖は控えていたため入れておらず、彩羽は兄の言葉を信じ睡眠薬を恐れて入れることはなかった。
しかしそれは兄の助言があったから入れなかっただけで、彩羽はそれを言おうとしたが犬飼に遮られてしまう。
問われた佐木は首を振る。
「いえ…全然…目がさえちゃって…」
「巴川さんは?」
「……私も…寝すぎたから眠れなかったくらいです」
話を遮られ彩羽は不服そうにしながらも首を振る。
砂糖を入れなかった二人とも目がさえてしまったと述べ、梅園はハッと気づく。
「ってことは…まさか…!」
「そう、ココアにあのフロストシュガーを入れなかった佐木君と巴川さんは目がさえて眠れなかったのに対し、他の皆さんは中々朝起きれないほど眠り込んでしまった…これは偶然ではありません…そして佐木君と巴川さん同様もう一人だけココアに砂糖を入れなかった人物がいる…」
そう言って犬飼はビデオを早送りし問題の場面まで飛ばす。
そして映し出されたのは―――
≪いかがですか?≫
≪いや、私は結構≫
―――ローゼスが田代から勧められた砂糖を断った場面だった。
それを見た瞬間その場は緊迫した空気が流れた。
彩羽は兄が犯人だと思っていないが、犯人扱いなこの状況に思わず不安そうに兄を見た。
数多くの殺人を犯し続けている兄らしく、微動だにしてない。
「この後恐らくビデオにも映っているはずですが、間違いなく全員がココアを飲み干していました…この砂糖に睡眠薬が入っていたとしたら犯人がそれを飲むもずがない…」
犬飼はどうしてもローゼスが、兄である高遠が犯人だと思っているらしい。
言い逃れができないだろうと勝気な笑みでローゼスを見る犬飼に彩羽は兄を庇う。
「ま、待ってください…それだけで犯人って…それだけだったら私だって睡眠薬が入ってるかもしれないから入れなかったって伝えたはずです…それだけの理由で犯人なら私だって容疑者じゃないですか?それに睡眠薬を怖がって食事を取りたがらなかった私に砂糖に睡眠薬が入っているかもしれないって教えて忠告してくれたのはローゼスさんです…もしも犯人がローゼスさんなら私にそんな犯人ですって言っているような事教えるでしょうか?」
「確かにそうね…私がもし犯人なら絶対にそんな事教えないわ」
「犯人だから教えたという事もありますよ…犯人だったら教えない、だからあえて巴川さんに薬の事を教えて自分が犯人ではないという証拠を作り上げた…こうして巴川さんがローゼスさんを庇っているわけですし…ま、あとはローゼスさんあなたの部屋に外へ通じる抜け穴があれば……」
睡眠薬を怖がる理由は犬飼は聞かなかった。
それよりもローゼスを犯人だと認めさせたかったのだろう。
そして自分の推理に自信を持っていたのだ。
彩羽の異論も意に介していない様子の犬飼に彩羽は困り果てる。
「確かに抜け穴ならありますよ」
そんな妹を見てか否か、ポツリと呟かれたローゼスのその言葉に全員がローゼスを見る。
彩羽は兄のその言葉に目を丸くし、犬飼は明らかに認めたような口調のローゼスに勝利を得たと笑みを浮かべた。
「観念したってわけですか?中々潔い方だ…ね、金田一君」
犬飼は自分の推理が正しかったとすでに勝った気でいた。
同じ探偵として活動し(金田一は否定)、祖父が有名な探偵だった金田一に同意を求めた。
そうすることで自分は正しいのだと強く思えるためである。
しかし…返ってきた答えは否定的だった。
「そいつはどうかな…ココアに入れたフロストシュガーに睡眠薬が入っていたことはおそらく間違いないだろう…俺もあの時全員の食事の様子を見ていたけれど他の料理も全員が同じように飲んでいたし食べたりしていた…でもさ、睡眠薬入り砂糖をココアに入れて飲み干しても、睡眠薬は飲まずに済む方法があるの知ってた?」
「何言ってるんだい、そんな事できるわけが…」
「簡単なことさ、今から再現してみせるよ」
金田一の言葉は犬飼も予想していなかった。
自身の推理に酔っていたというのもあるが、考えられる疑問を解いて辿りついた答えだったからだ。
自信があったから金田一の問いかけに犬飼は絶対にありえないと答えた。
しかし、それを金田一は簡単だと言って述べる。
疑念の目を向ける犬飼をよそに金田一は桐江にあるものを用意してもらうよう声をかけた。
それをローゼスは楽しそうに見つめており、彩羽は心配そうに金田一を見つめていた。
―――数十分後、桐江は金田一に頼まれた物を持って戻ってきた。
金田一が頼んだものとは、ココアだった。
「さて、想子さんには夕べとまったく同じココアを用意してもらった…でも入れるのは砂糖じゃなく…この唐辛子の粉だ」
「せ、先輩!?そんなものまさか入れて飲むんじゃ…」
「そのまさかさ」
夕べと同じココアを入れてもらったが、夕べとは一つだけ違う物がある。
それは砂糖ではなく、唐辛子を持ってきてもらったのだ。
唐辛子を砂糖の代わりに入れる金田一に佐木も美雪も、そして彩羽も…否ローゼス以外の全員が信じられないように金田一を見つめていた。
「ちょ、ちょっとはじめちゃん!そんなにかき混ぜたら唐辛子が混ざっちゃうよ…」
「混ぜるためにかき交ぜてるんだって…それにかき混ぜても平気平気」
(へ、平気じゃないと思うんだけど…)
流石に彩羽も唐辛子を入れたココアをスプーンでかき混ぜる金田一に慌てて止めようとするも、金田一は平気だと笑っていた。
いくら実験だとしても唐辛子を入れたココアなんて絶対に辛いか不味いかのどちらかだと彩羽は思っていた。
「ちょ、ちょっと!?はじめちゃ…、ああー!」
美雪も唐辛子入りのココアを飲み始める金田一を止めようとしたが、金田一は平然とココアを飲んでいく。
半分ほど飲んだ後、金田一は『ゔッ!』と苦しみだしたが、すぐに『なんてね』と笑顔を浮かべた。
その顔は辛さもまずさも感じない様子で、誰もが信じられない顔で金田一を見ていた。
信じられない犬飼は金田一が飲んでいた唐辛子入りのココアを貰い、自分で飲んでみた。
すると、口の中に広がるのはココア特有の苦みのみで、辛さは全く感じなかった。
「全く辛くない…!どうして!」
「よく見て見なよ、カップの中」
金田一の言葉に犬飼はカップの中を見る。
飲み干したのでカップの中は本来飲み残されたわずかなココアだけが残っているはず。
しかしカップの底には小さな塊のような物があった。
不思議がる犬飼に今度は金田一がカップを受け取り、カップの底にある謎の塊をトレイの上に置く。
「ココアって牛乳で作るんだろ?だからどうしても時間がたつと表面に膜が張っちゃうんだよね…これって案外丈夫でさ…」
『ほら』、と言って金田一はその牛乳の膜で包まれた塊をスプーンで突っつくようにして破けば、中から唐辛子が出てきた。
それも膜で守られていたため濡れておらず、膜を破くとサラサラと唐辛子の粉が出てきた。
「こういう具合にひとさじの粉ぐらいなら包み込んで溶け込まないように出来るってわけ」
「でも犯人が君の言うようなトリックを使ったという証拠もない!」
「確かにね…でも密室殺人までやらかした滑稽な犯人が佐木がビデオを回している状況で堂々と砂糖を入れずに済ますとは考えにくい…それじゃ彩羽の言うように自分が犯人ですって言っているようなもんだからね」
実験して見せ、そしてそれを成功させているのだから犯人にも出来る事である。
彩羽だって教えられれば恐らく出来る。
犬飼は金田一に自分の推理を覆され頭に血を上らせた。
しかしそれも金田一に否定されつい声を荒げる。
「だが!それならなぜローゼスさんはあんな嘘をついたんだ!?」
「嘘?」
矛先は金田一からローゼスに変わった。
金田一の実験でローゼスが犯人から外されたはずだが、犬飼はそれでもローゼスが犯人だと疑っていた。
ローゼスは犬飼の言葉に首を傾げる。
「外から侵入できる仕掛けはないって言ったからじゃないですか!!あんな嘘をついたのは抜け穴があることを隠して密室殺人に利用するためだったんじゃないですか!?」
「私は嘘などついてませんよ」
「な…何をこの期に及んで…!」
「私は『外から侵入できる仕掛けはない』と言っただけです」
しかしまだ疑うべき場所はある。
ローゼスの部屋の仕掛けである。
あからさまに人が入るのを拒んだようにも見える彼の部屋には絶対に密室殺人に利用できる仕掛けがあると犬飼は睨んでいた。
しかし、ローゼスは今更それを否定した。
「私の部屋にはたしかに抜け穴はあったが…それは部屋の内側から外に出るためのもので外側からはどんなことをしても開けることができないとそう言ったのが…なぜ嘘なんですか?」
「そんなの屁理屈じゃないか!!」
疑われやすい言葉を選んだローゼスも悪いが、確認もせず犯人にした犬飼も犬飼である。
怒鳴り声を上げる犬飼を梅園が咎めるように遮った。
「見苦しいわよ!―――男なら潔く引くべきところは引かなきゃねぇ」
梅園の言葉に犬飼はグッと拳を握りしめる。
あれだけ自信満々に推理を披露していたのだから恥ずかしいのだろう。
怒りをそのままに犬飼は逃げる様に部屋を出て行ってしまった。
「とうとう
二重奏か…」
兄の疑いが晴れたのは嬉しい。
しかし、また振り出しにもどってしまった、と彩羽はこれから先、また殺人が起きるかもしれないという不安に溜息を吐いた。
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