金田一が何も言わないのなら、彩羽もあえて何も聞かずにいた。
彩羽、田代、佐木は金田一達が戻ってくるのを待っていた。
暫くすると時計の鐘が鳴り、10時を知らせる。
窓から顔を覗かせれば、金田一達の手には小さな封筒が1枚握られているのが見えた。
「確かにこの封筒の表書きは山之内先生の自筆のものです」
遺書を持ち帰り、本物かどうかを執事である田代に確認してもらった所、この秘書は本物だと確認された。
確認が取れたところで有頭は弁護士として遺書を読み上げるため封筒を開封する。
「なんという皮肉だ…候補者全員が愚かな殺し合いをした後で…」
本来なら候補者たちの誰かがこの謎を解き誰か一人だけが大金を手にする、または誰も解けず寄付される可能性もあった。
それが候補者が殺し合った後でメイドの手で謎は解かれ、その大金をメイドが手に入れるなんて、皮肉にもほどがあると有頭は思った。
しかし遺言書は絶対であり、ルールも絶対。
有頭は弁護士としてその遺書を読み上げた。
「私、山之内恒聖の出題した暗号の謎を解き明かし、この遺書の在りかを突き止めた人間こそが…我が遺産を………我が遺産をめぐる…連続殺人の真犯人――
指揮者である…!」
「―――ッ!?」
しかし読み上げる有頭は次第に声を震わせ言葉を詰まらせる。
それでも読み上げ続けた彼の言葉に、田代達に衝撃が走った。
遺書はこう書かれているのだ。
この遺書を見つけた本人こそ…神明、宝田、幽月を殺した連続殺人鬼、だと。
「じょ、冗談じゃないわ!その遺書は偽物よ!!誰かがすり替えたんだわ!!」
遺書を見つけただけで犯人にされ、桐江は声を荒げた。
これは誰かが仕組んだんだと。
その誰かを見つけるように桐江は有頭達を睨むように見渡した。
しかし有頭達には見覚えがなく、誰もが戸惑っていた。
「すり替えたって…誰が…」
「うーん…バレたか〜!」
困惑した様子で田代がそう呟いた時、金田一が白状した。
「金田一さん!まさかあなた…!」
「そう!遺書をすり替えたのは俺でぇ〜す!本物はこっちなんだなぁー」
頭を書き笑う金田一に有頭達は唖然とする。
唖然とする有頭達に金田一は本物の遺書を取り出し、有頭へと渡した。
今度こそ本物だという遺書を有頭は手にとり疑いながらも読んでいく。
「私、山之内恒聖の出題した暗号の謎を解き明かしこの遺書の在りかを突き止めた人間こそが我が遺産を手にすることになる…相続資格者は予め指名しておいた5名、ただし暗号の解読期限になった時点でこれら5名の有資格者が1人も居なかった場合は資格者だけに限らず暗号解読者本人に譲るものとする…」
文章からしてこの遺書は本物らしい。
しかし…と、なるとだ。
有頭だけではなくその場にいた全員が口をあんぐりと開け金田一を見た。
「ちょ、ちょっと待ってください!!ってことは…」
「そう!数十億の遺産は俺のもの〜!――と言いたいとこだけど……おーい!もう良いっすよー!」
彩羽もまさか金田一が先回りして見つけただけではなく偽物にすり替えていたことに驚きが隠せなかった。
彩羽も見事にあんぐりと口を開けて呆気に取られていた。
しかし、それだけではなく、金田一は誰かを呼ぶ。
その声に従うように閉じられた扉から3人の人間が出てきた。
「…え……ええ!!?」
彩羽はその人物を見て更に驚愕の表情を見せる。
もはや目を丸くし過ぎて飛びるくらい驚いていた。
彩羽達の目の前に現れたのは…―――殺されたはずの梅園、犬飼…そして高遠の姿があった。
3人の姿を見て唖然としていたのは彩羽だけではなく金田一以外が驚きが隠せなかった。
「ど、どういうことはじめちゃん!!梅園さんは犬飼さんに殺されて犬飼さんはお兄ちゃんに殺されたんじゃ…」
つい驚き過ぎて高遠を兄と呼んでしまったが、金田一以外が同様に驚き困惑しているため気づいていない。
3人を指さし驚く彩羽に金田一は笑って見せた。
「見ての通りさ…2人とも死んでなんかいなかったんだ…全部芝居だったんだ」
「芝居とは心外だな…マジックショーと言ってもらいたいね」
そう言って金田一の傍に歩み寄った高遠は犬飼を刺したナイフを手の平に当てて刺すように押し付ける。
するとカシャカシャと音を立てナイフは刃の部分は柄の部分に収まった。
どうやらこのナイフは本物ではなかったようで、刺したフリと刺されたフリをしていたようだった。
あんぐりと口を開けて驚く彩羽達をよそに高遠はどこか楽し気に笑いながら肩をすくめてみせた。
「まあ、余りにも基本的なトリックだが…」
「で、でも…あの時梅園さんは…」
有頭は唖然としたまま呟く。
あの時、梅園の身体と頭は切断されたように見えた。
テーブルの上には梅園の頭が置かれており、その傍には頭のない体が座らされていた。
あれはどう見ても遺体だったはず。
その疑問にマジシャンとして高遠はネタばらしをした。
「あの首のあったテーブルの下に斜めに鏡が張ってあって周囲の壁を写しだし空っぽのように錯覚させるマジックの基本トリックです…テーブルの下に鏡を張って梅園さんの体を隠れる空間を作ってあったのです」
「し、しかしあの時梅園さまは椅子に…」
「あれは幽月さんです…みんなが反対したのに私の服を着せろって」
「それくらいやらないと用心深いコンダクターは納得しないと思いましてね」
トリックは分かった。
マジシャンらしい兄の手口だと彩羽は思った。
思ったのだが……何となく納得がいかなかった。
いや別に騙された事が腹を立てているわけではない。
敵を騙すならまず味方からとも言うし、そこはもう仕方ない。
しかしなんとなく腹が立った。
八つ当たりだが腹が立った。
金田一は視線を感じ恐る恐るチラリと目線が送られている方へ目をやった。
そこにはムスッとした顔の彩羽がギロリと金田一と高遠を見つめて…否、睨んでいた。
美女だからこそ睨む顔が怖くて、つい隣にいる高遠に肘をついて妹がご立腹だと教える。
いわば道連れである。
(おい高遠お前の可愛い妹がご立腹だぞ…なんとかしろよ)
(ええ、怒った顔も可愛いでしょう?あの子、私の妹なんです)
(いやそれもう知ってるから)
しかし、高遠は愛する妹が怒ってもただただ愛でるだけだった。
一瞬某警視殿を思い出した金田一は『あ、こいつやっぱり同類か』と悟った。
同時に妹に睨まれているのに逆に機嫌が良くなる高遠に『駄目だコイツ…』と諦め遠い目をしていた。
因みに『ついでにいえば最愛の人です』という副音声が流れたが、金田一は気づかなかった。
「でもなぜこんなことを…?」
脳内で『金田一君、君、私の彩羽を怒らせましたね?――…』と舅が現れネチネチと嫌味を含めた説教をし出した時、田代が助け舟を出してくれた。
否、田代自身助け舟を出したわけではない。
だが金田一からしたら田代様様である。
「一つは真犯人に残るターゲットである2人が死んだと思わせこれ以上の殺人を防ぐため…それにもう一つは2体のロシア人形を取り戻しそれによって殺人事件の…―――本当の真犯人を炙り出すためさ」
気を取り直し、金田一は推理を始める。
ずっと黙り込み表情を曇らせたのは、桐江が犯人だと確証していたため。
あんなにも親しくしていた人が殺人を犯したという悲しさが金田一にはあった。
「想子さん…あんたはまんまと俺の仕掛けた罠に掛かってくれたよ…そして俺たちの目の前であたかも今しがた気づいたかのように暗号の謎を解き明かし自分自身に殺人を犯す動機があることを証明してくれた!」
「………」
桐江は金田一に名を呼ばれビクリと肩を揺らし、視線を逸らし俯いた。
「遺産相続資格者である5人が全員いなくなればこの遺書に従って暗号を解き明かした者が山之内恒聖の遺産を手にすることになる…事前に暗号を解いて遺書を盗み見た想子さんはこの事実を知って全員を殺害する計画を立てたんだ…――違うかい?桐江想子さん」
「…………」
彩羽は金田一を疑う事はない。
金田一のお陰で巴川家の事件は解決したし、兄の完全犯罪を破って見せた。
だから彩羽の桐江の見る目は疑いではなかった。
しかし、周囲の疑いや困惑した目線を受けながらも桐江はそれを否定する。
「いやだわ金田一さん!私はこの人形を見てたまたま答えが分かっただけで…」
「じゃあどうして俺がすり替えた遺書が偽物と分かったんだい?」
「…え?」
金田一の推理は間違っていると桐江は言っているようなものだった。
たまたま目についてたまたま気づいただけ…桐江はそう答える。
だが、なぜ遺書が偽物だと気づいたかという問いに桐江は困惑を見せる。
「この内容だけ見れば山之内恒聖の悪戯だと思う事はあってもこの遺書が偽物で誰かがすり替えたととは言えないはずだ…これが偽物だと分かるのは予め本物の遺書の内容を知ってた人間だけだ」
「ち、違うわよ!たまたまよ!たまたまそう思っただけよ!!」
確かに、なぜ偽物と分かったのかと有頭達も言われて気づいた。
彩羽がつい高遠を兄と呼んでしまったのに有頭達が気づかなかったのと同じように、人間は意外と言葉はあまり聞いていない。
だから気づいていなかったが、しかし金田一は気づいてそれを指摘した。
しかし更に桐江は偶然だと言い張った。
中々認めることのない桐江に金田一も覚悟を決めた。
「…いいだろう…あんたがやる気ならこっちも受けて立つ…!なぜ人形が盗まれ、なぜそれが暗号詩に見立てられ、死体とともに現れたか…なぜ大時計が5分進み、そしてまた元に戻ったか…そして幽月さんを密室で殺害したトリックの答え―――その全てをこの場で解き明かしてみせる!!」
真っすぐに見つめる金田一の強い瞳に桐江の頬には冷や汗が流れた。
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