桐江がコンダクターだと金田一は言った。
しかし桐江は全く見覚えがないと答えた。
「ひ、ひどい言い掛かりだわ金田一さん!私がコンダクターだったなんて…一体何を証拠にそんな事を言うんですか?」
「証拠はたった今あんたが俺らの目の前で暗号を解いたことさ」
金田一はすでに桐江が犯人だという証拠が全て揃っている。
しかし桐江はそれを認めようとはしない。
しかし、認めない桐江よりも、その背後にいる高遠が気になっていた。
あの賭けは冗談でもなく、高遠は本気だった。
だから桐江の後姿をジッと見つめている。
出来れば高遠が唯一気を許せる彩羽がクッションとなり手にかけるのをやめさせたいが、いくら彩羽でも流石に頼めないし、そもそも高遠が彩羽がやめろと言ったから殺すのをやめるとは思えなかった。
金田一には理解できないが、高遠には高遠の殺人へのプライドというものがあるらしいからだ。
「大体あんたがなぜ初日に持ち出されちまったロシア人形の大きさをそんな正確に知っているんだ」
「それならさっき言ったじゃない!ついさっきみなさんが集まる前にふと思いついて測ってみたって…」
「…ついさっきですか」
「……ええ…」
どうしてみんなの目の前で謎を解いただけで犯人だと疑われるのか桐江は分からないと言わんばかりだった。
人形のサイズだってさっき測ったと何度も言っているのに、だ。
しかし金田一はその言葉を聞き、メジャーを取り出して田代に渡す。
「田代さん、このメジャーで人形を測ってくれませんか?」
「は、はい…」
突然声をかけられメジャーで人形を測れと言わらた田代は戸惑いながらもそれに従いメジャーを伸ばし人形を測る。
まずはコンスタンチン。
「コンスタンチン、50センチ」
「これを実物大に換算すると…150センチ…」
田代が測り、美雪がノートで実物大に換算し書き留める。
そして続いてターニャ。
ターニャは40センチ。
オリガも40センチ。
そして…―――エミール。
「エミール、35センチ」
「え…!?」
桐江はエミールの背丈が全く異なることに気付いた。
そのまま続け、残ったイワンは20センチとなる。
唖然とする桐江をよそに金田一は美雪に背の低い順に並べた頭文字を書くよう指示した。
桐江の推理が正しいのなら、頭文字を並べた文字は『TOKEI』となるはず。
しかし…
「これじゃ暗号は解読できないわ…」
美雪が背の低い順に並べてみれば桐江が推理した『TOKEI』ではなく、『TOKIE』となる。
これでは暗号は解読できず、余計に意味が分からなくなる。
「そう…ここにある人形をもとに暗号解いても頭文字は『TOKIE』となるだけで時計(TOKEI)に辿り着くことは出来ないはずなんだ」
「そんな馬鹿な…!!」
桐江は信じられず声を上げ、暖炉の上にあるエミールを見た。
じっと目を凝らして見て見るとなぜ金田一と自分の推理が異なっていたのかが分かった。
「こ、これは…っ」
「ああ、そいつはエミールじゃない」
異なっていた原因、それはエミールの人形自体が違っていたという事である。
桐江は人形が全く別物だったという事実に信じられず言葉を失った。
「恐らくあんたはその5体のロシア人形を見てすぐに何らかの方法で暗号の謎を解き明かし10時になるのを待ってそこの人形の後ろの窓から降りて行った…ところがその時ポツポツと雨が降り始めたんだ…」
雨は犯人からしても予想外だったのだろう。
雨はどんどと強くなり、犯人―――桐江は焦る。
しかし待っているわけにもいかず、急いで塔の時計の時間を5分進めた。
時計の針さえ進めれば人間ではない仕掛けは10時だと勘違いし作動するからだ。
そして無理矢理5分進め、仕掛けは作動し遺書が取り出された。
桐江からしたらたった5分だと思ったのだ。
たった5分、そして後で針を戻しておけば誰も気づかれず問題ないと思ったのだろう。
しかし、現実はそう上手くはいかない。
運の悪いことに、その時偶然にも金田一も持っていた腕時計を見ていた。
だから金田一はこのトリックに気付いた。
「遺書を見たあんたは候補者が全員死ねば遺書の発見者に遺産が転がり込む事を知り全員を殺し終えた後であたかもたった今思いついたように暗号を解き幸運な偶然を装って遺産を独り占めにする…それがあんたの計画だった」
桐江は何も言わなかった。
唖然としていたし、焦ってもいた。
完璧だった計画だったし、演技だって誰も疑いようがなかった。
しかし、遺書を盗むため時計の下に降りた時大きなミスを犯してしまったのだ。
「遺書を取り出して戻る頃には雨はどしゃ降りになり風も強く吹いていた…そのせいで窓際に置かれていた人形がびしょびしょに濡れてしまったんだよ」
そのミスとは、窓を開けたままに降りたために大雨になった雨が強い風で吹き込んでしまい人形が全て濡れてしまったという事だった。
その言葉を聞き犬飼がハッと気づく。
「じゃあ、犯人が人形を持ち去った理由っていうのは…」
「ああ…びしょ濡れの人形をそのままにしておいたら時計に近づいたことが明白になり暗号ヒントになっちまう…そこでその失敗を暗号に見立てて殺人を行い巧妙にカバーしようと考え暗号文の『前から順に首を刈られた』という部分を利用して人形の背の低い順に殺人が行われていると見せかけたんだ」
犯人がなぜ人形を持ち去ったのか…それは金田一も頭を抱えたが、実際自分も時計に降り雨が降ってやっと気づいた。
「そうか…だからその日のうちに殺してしまった神明先生の場合は人形が濡れていることがバレないようにバスタブに浮かせておいたってわけか…」
「それじゃあ宝田さんのエミールは?」
「人形は小さい方が当然服も乾きやすい…それだけの事だったんだよ」
人形が持ちされた理由だけではなく、最初の被害者である神明がなぜ頭を殴って殺した後わざわざバスタブまで運んだのか…その理由も繋がった。
濡れたままでは気づかれるための苦肉の策だったのだ。
人形が小さい順に殺されたのは小さい分、服が乾きやすかったからだった。
因みに同じ背丈のターニャとオルガの場合、なぜ幽月が先に殺されたのか…それも厚手の服装を着ているターニャよりも薄手のオルガの方が乾きやすかったから…という簡単な理由だった。
梅園はもし雨が降らなかったらあの時幽月ではなく自分が殺されていたかもしれないと思うとゾッと背筋を凍らせた。
人形の謎は全て解いた。
しかし桐江はそれでもなお犯人ではないと貫き通し、金田一に拍手を送った。
「すごいわ金田一さん!凄い想像力ね!まるでミステリー作家みたい!でも私は遺書の内容を盗み見た覚えはないし、人形を盗んだり殺人を犯した覚えもありません…ただ、これだけは認めるわ…確かに私は初めてあの人形を見たその時から暗号の答えは分かっていました…トリックノートのようなものを見たんです」
桐江は認めた。
ただし、人を殺したことも、遺書の内容を盗み見た事は認めなかった。
認めたのは暗号がすでに分かっていたという事。
それもなぜ分かったかと言えばトリックノートのような物を見たという。
彩羽は『トリックノート』と聞き思わず兄を見た。
兄は静観を決めつけ、表情は読めないが桐江を興味深く見つめているのは分かった。
「よく分かりませんが、今梅園さんが使っている部屋の隠し金庫の中で以前に見つけたんです…」
取り出したのは一冊のノート。
古くなっており、いかにも使い古されている様子が伺えた。
有頭が中を見ればびっしりと詳しくトリックが書かれていた。
「ほらそこに書かれているのよ…ロシア人形と大時計の仕掛けを利用した暗号のトリックもね」
「色々なトリックがびっしり書き込まれている…」
「ほら、先生のデビュー作のトリックまで…」
「それじゃあ、山之内先生のメモかしら…」
中を開いてみれば見た事のあるトリックが詰まっていた。
その中に露西亜人形殺人事件のトリックも書かれてた。
そのトリックの内容は著者でなければ知りえないものばかりだった。
しかし、梅園の問いに有頭は首を傾げる。
「いえ…筆跡が少し違うような気がしますが…」
有頭は代理とはいえ、簡単な山之内の筆跡くらいは見分けれる。
しかし他人が書いたとしてもトリックの内容は詳しすぎてこのノートが山之内が書いたのだというのも違うというのも断言までは出来なかった。
「私はこのメモを見てなんとなく遺書の隠し場所は分かってたんですけど…ずっと黙っていたのが気まずくてついさっき思いついたフリをしただけ…それだけなのに犯人扱いされるなんて…」
「―――勿論、それだけじゃないさ」
金田一はずっと桐江の話を口を挟まず聞いていた。
しかし、犯人扱いされて困っていると言わんばかりの桐江に金田一は間髪を入れず答えた。
それに桐江はピクリと指を跳ねるが、金田一はそんな反応をよそに佐木にビデオを準備させた。
応接間にあるテレビにビデオを繋げた佐木は言われた通りにある映像を映し出した。
それは…応接間の暖炉の上にある人形5体だった。
「これは俺達が最初に目にした人形の映像だ…今と比べて変わっている物があるのに気づかないか?」
そう聞かれ彩羽は目を凝らしてテレビ画面を見た後、今この部屋にある暖炉を見る。
しかし変わった事はなかった。
交互に見ても配置のズレなどで全く同じとはいえないが、人形が変わった部分があるわけでもなく、何が変化したのか分からなかった。
「スタンドの傘ですね」
「そう、今あるのと違う」
違いに答えたのは高遠だけだった。
他は彩羽のように違いに気づかなかった。
彩羽は人形ばかり目に行ってしまい、スタンドの傘の違いには気づかなかった。
言われてみれば、画面に映っているスタンドと今暖炉の上にある傘の柄は異なっているのが分かる。
「でも…どうして…」
「簡単な事ですよ…人形と同様にこのスタンドの傘も雨で濡れてしまい乾くまでどこか別の傘とすり替えておく必要があったんだ…」
呆気に取られた犬飼の問いに金田一は簡単だと答えた。
そしてビデオを進め、すり替えられた傘がどこにあるのかを見せた。
早送りし停止されたその画像は…―――桐江の部屋だった。
ただ彩羽はその時睡眠薬で眠っていたため全く見覚えがなく首を傾げていたが。
彩羽以外がその画面に映し出された映像が桐江の部屋だと気づき、金田一は桐江を見つめた。
「さあ、これをどう説明するんです?」
金田一の問いに桐江はすぐには応えられなかった。
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