桐江は全員の視線を受け、逃げ場のないこの状況からどう脱出するか考えていた。
そして…
「幽霊よ!山之内先生の幽霊の仕業よ!そうとしか考えられない!!」
「なに訳の分からない事言ってんのあんた!」
「だってそうじゃない!3番目の犠牲者の幽月さんは完全な密室で殺されたんですよ!?みなさんも見たでしょう!?―――それとも高遠さん、やっぱりあなたが犯人なんじゃない!?あなただったら抜け穴からこっそり外に出てマスターキーを手に入れる事が出来るわ!!」
幽霊の仕業だと言い出した。
流石にそれは誰もが呆れる言い訳でしかない。
更には高遠に罪を擦りつけようとし、金田一は高遠の手が懐へ伸ばされているのに気づき桐江を守るため慌てて立ち上がり間に入る。
「想子さん!いい加減に罪を認めてくれ!!」
「私はやってないわ!!できっこないじゃない!!密室殺人なんか!」
「――できるんだよ!!」
「…!」
追い詰められ逆上した桐江に金田一は声を上げた。
その言葉に桐江は口を閉ざし黙り込んでしまう。
密室殺人なんて普通はできない。
しかし金田一はそれは出来ると言った。
「あんたはこの館にさまざまに仕掛けられたパズルめいたカラクリを利用してあの部屋を密室に見せかけただけなんだよ!!」
金田一の言葉に桐江は目を見張る。
しかし二人以外は全く言っている事が分からず、傍にいた田代が金田一に問う。
「どういうことですか…カラクリを利用して密室に見せかけた…?」
「例えば宝田さんが殺された時…俺と高遠が部屋の隠し扉を発見したのもあんたにしてみれば計画の一部にすぎなかった!本当はあの時あんたはすでに隠し扉なんか使わなくても鍵の掛かった客室すべてに自在に出入りする方法を手にしていたんだ!!」
あの時、高遠が見つけた隠し扉で宝田は殺されたと思っていた。
金田一も高遠も、誰もがそう思って疑わなかった。
しかし、それ以外にも方法はあったのだ。
「な…っ!―――冗談じゃないわ!私がどうやって密室に出入りしたのよ!」
「勿論マスターキーを使ってさ」
その方法とはマスターキーを使う方法である。
しかし、マスターキーはあの時キーストッカーに嵌っていた。
その為不可能なはずなのだ。
しかし…それこそがマスターキーに仕掛けられた心理的罠であったと金田一は言った。
怪訝とする周りをよそに金田一は田代にキーを持ってきてもらうよう頼む。
―――暫くして戻ってきた田代からマスターキーを受け取り、心理的罠というべきトリックを実践してみせる。
「このマスターキーのキーとリングを結ぶ紐は特殊な繊維でできていて切断することはできない…つまりキーストッカーから外さなければマスターキーを使う事ができないと思い込まされていたんだ」
マスターキーの鍵とリングを結ぶ紐は特殊で出来ており簡単に切断は出来ない。
無理に紐を潜らせようとしても紐の長さが微妙に足りず無理である。
しかし金田一は心理的罠に捕らわれなければ、ある方法を使って鍵を外せると言い、実際に外して見せた。
金田一は片手であっと言う間にリングから鍵を外して見せ、高遠以外が目を丸くして驚いた表情を浮かべる。
「どうやって…」
田代は長い間この館に住み山之内に仕えていたが、簡単にマスターキーが外せることに気付かなかった。
驚きが隠せない田代の問いに答えるように金田一はみんなに説明した。
「まず外したい鍵をここに一つ残し、他の鍵は輪の方に送る」
金田一は適当な鍵を選び、虫眼鏡のような形になっているリングのフックになっていた出っ張った場所に外したい鍵を移動させ、残りを円状の輪の方に全て移す。
金田一曰く、このキーホルダーの奇妙な形が重要だという。
金田一は傍にいた美雪に輪の方を持たせる。
それでも紐を潜らせ鍵を取るのは紐の長さからして難しい。
しかし…虫メガネの取っ手の部分のような細い作りを利用すれば…紐の長さ関係なく鍵が簡単に取れた。
「こんな具合で最初っからキーストッカーに鍵なんか必要なかったんだ…」
このトリックは金田一よりもマジシャンである高遠の方が早くに解けた。
だから金田一がこのトリックを暴いた時、高遠が自分よりも早く解いた事に納得した。
このトリックはマジシャンとしては簡単なトリックだったからだ。
「まだ何か言うことがあるかい、想子さん…」
「…………」
桐江は完全に逃げ場を失った。
言葉を失い黙り込む桐江を誰もが見た。
桐江は暫くは黙り込んでいたが、しかし、次の瞬間桐江は笑みを浮かべる。
「分かったわよ…認めりゃいいんでしょ!?認めりゃぁ!!―――そうよ!私がやったのよ!!私があの3人を殺したコンダクターよ!!」
桐江の態度は豹変し、まるで開き直ったように言葉遣いも乱暴になり声も少し低くなった。
「桐江君…?」
桐江の豹変に田代は困惑した表情を浮かべた。
長年一緒に働いていたあの大人しい少女とは思えないほど、今の桐江はかけ離れていた。
困惑した表情を浮かべる田代に桐江は声を上げて笑いだし、髪を解きエプロンを放り捨てるように脱ぐ。
「あら、何よその顔!まさか私が本当に純情な田舎者娘だと思ってたの?言っとくけど私はね!こう見えてもあんたらなんかよりもずっと修羅場くぐってんだよ!!」
「なぜだ…想子さん…たかが金のために何で人殺しなかんか…」
田代はショックを覚える。
大人しい子でいい子だと思っていた。
10代にしてミステリー作家を目指して山之内に弟子入りしながらメイドとして働いている彼女を少なからず田代は好意的に感じていた。
それがこれが本性だと思うとショックが隠せないのだろう。
しかし桐江はそんな田代をよそに、金田一の唖然とした言葉を鼻で笑う。
「たかが金!?そんな事が言えるのはあんたが苦労知らずのすねかじりだからよ!!世の中全て金!金!金よ!!私は金が欲しかったのよ!山之内の残した何十億という金が!!―――それが元々私の物になるはずだったと思えば尚の事ね!!」
「想子さんの物!?」
金田一は怪訝とした。
桐江の豹変ぶりには驚かされたが、それよりも山之内の残した遺産は元々桐江の物だというその言葉に金田一は首を傾げた。
怪訝とする金田一に桐江はテーブルに置かれているノートを手に取って見せた。
「そうよ!このノートが何よりの証拠よ!」
「それは…山之内先生のトリックノートじゃ…」
そのノートが証拠だと桐江は断言する。
だが、そのノートは山之内のトリックノートである。
それがなぜ元々遺産はメイドとして雇われている桐江の物なのか。
犬飼の言葉を桐江は首を振り否定する。
「違うわ!このノートは私の父が書いた物よ!!!」
「なんだって!?それで筆跡が…」
桐江の言葉に有頭は納得した。
山之内が残したというが、そのノートの書かれている筆跡と、山之内の筆跡は全く異なっていた。
それがこのノートを見てからずっと疑問に思っていたが、それがやっと解かれた。
「父は親の跡を継いで貿易商になったものの本当は元々文学青年でミステリー作家になるのが子供の頃からの夢だった…」
このノートは桐江の父が書き留めていたトリックノートだった。
桐江の父は幼い頃からの夢を諦めきれず、学生の頃からトリックを浮かんではこのノートに書き留めていた。
『いつか自分の手でこれを小説にして発表したい』―――桐江は父のその言葉を父の膝の上に乗りながらいつも聞いていた。
幼く、それから色々な事があってもその言葉だけは忘れられず覚えていた。
その頃、父の元に金を借りに良く来ていた男がいた。
その男は父の大学時代の友人で、桐江はその男を何となくだが覚えていた。
ギョロギョロとした目が印象的で痩せ気味の男。
その男は作家修行中らしく、父はトリックノートを見せ、作家修行ではあるが通用するか見てもらった。
父は自信はあったのだが――――その男は『小説にはならない』とはっきりと駄目出しをした。
そのはっきりとした否定的な言葉に父は『つまらないものを見せてしまってすまんすまん』と笑っていたが、娘から見ても父は落ち込んでいた。
娘として父が落ち込んでいる事以上に不幸な事はないと思っていた。
しかしそれ以上の不幸は桐江に降り注ぎ、父は仕事先であるヨーロッパで事故で死んでしまったのだ。
父が継いだ会社は更なる様々な不幸に見舞われあっと言う間に傾き、この露西亜館を手放す事になった。
そう、この館は元々桐江が幼い頃に住んでいた家だったのだ。
頼れる人もいない幼かった桐江は1人冷たい世の中に放り出され、金田一や彩羽達が想像にもできない壮絶な人生を送っていた。
「ねえ金田一君…とうの昔に落としてしまった大金の詰まった財布を思いもよらない場所で偶然見つけたとしたらあなたどうする?――拾うでしょ?当然!他に手を伸ばそうとしている連中を押し退けてでもね!!」
金田一は応えられなかった。
答えられるほど金田一は金に困った事はなかったし、親も金はないと言ってはいたが金田一はバイトなどせず暮らせていた。
彩羽も壮大な過去を持ちはするが、金には困った事はなかった。
どちらかと言えば、彩羽は裕福な方である。
だから桐江の言葉に誰も答えられなかった。
「あれは三年前だったわ…皮肉な運命の悪戯よね…」
あれから桐江も苦労を重ねながら必死に生き、未成年ながらにホステスとして働いていた。
勿論未成年でホステスなどの仕事は禁じられている。
年齢を誤魔化したりすることが多いが、ときどき事情を知って同情した人が雇ってくれることもあった。
そんな中、2人の男性が来店して来た。
その内の1人に桐江は見覚えがあった。
最初は見覚えがある程度だったが、次第に記憶は鮮明に思い出し…―――父に金を借りに来ていた男だった事を思い出す。
ギョロギョロとした目、痩せ細った体…間違いなく、父の元に来ていた男である。
その男に付くことになり、桐江は知ってしまったのだ。
―――この男が父のトリックノートを使い小説家として名が売れた事を。
その証拠にプレゼントとして店の女性達に配られ、桐江の手の中に納まっている小説…――『露西亜人形殺人事件』は父が考えたトリックだったからだ。
最初は気のせいかと思っていたが、しかし読んでいくうちに中身の内容もトリックも全て父が考え桐江に聞かせてくれた内容そのものだった事に気付いた。
「あの男は父のノートを見てミステリーのネタを盗んでデビューしたに違いない!そう確信した私は作家修行をしたいと偽って山之内の家にメイドとして入り込むことに成功したわ…―――そして私ははっきりとこの目で見たわ!山之内が父のトリックノートを読みふけっている姿を!!」
そして確かな確信を得た。
疑いもなく、山之内は桐江の父のトリックノートで名誉を得て財をも得た。
本当ならその名誉も財も父が得るはずだったのに。
あの時山之内が父のアイディアを『小説にならない』なんて言わなければ父は幼い頃からの夢の通りに作家となれたはず。
それを山之内は父を阻み父のアイディアを盗用し、父が座るはずだった椅子に図々しくも座ったのだ。
「分かるでしょ!?私の物になるはずだったのよ!!この館も!何十億っていう財産も!何もかもね!!!」
桐江は叫ぶように全てを吐き出した。
山之内さえいなければ父が亡くなってもあんな苦労はしなくてすんだはず。
人が簡単に裏切る事も、人の汚さも見ることはなく、人を殺すほど追いつめられる事もなかったはず。
それも人を殺してまで大金を得ようとしたのに、それをたった一人の少年によって暴かれてしまい、後は裁きを受けるのみ。
後悔はしていない。
だが、殺人を気づかれてしまいもう桐江の手には遺産もこの館も戻らない。
何の為にトリックを使い密室殺人を装って3人もの人間を殺したのか。
何の為に自分を偽ってまでこの館に、そして憎い男に仕えてきたのか。
桐江は追い詰められ、そして―――近くに置かれていたナイフを手を伸ばした。
「何をする気だ!」
「駄目だ!桐江さん!!」
「ッ――近寄らないで!!」
そのナイフを見た彩羽はハッとさせ兄を見た。
あれはどう見ても包丁でもなければ桐江が隠し持っていたナイフでもない。
ずっと高遠が持っていたナイフだった。
彩羽はそのナイフを兄はあえて桐江の目につく場所に置いたのだと気づく。
桐江は止めようとする金田一達を睨みつけ近づかないようにし、ナイフを自身へ向ける。
「もう終わりにしてやるんだから!!私の最悪な人生なんてもういらない!!」
山之内があの時あんな事言わなければこんな結末には決してならなかったはず。
あの男が父のトリックを盗もうとしなければ、父は今頃夢を叶え、桐江だって人を殺してでも金を得ようとはしなかったはず。
人を殺した。
それは道を違えたという事。
それも金も得る事もなく、ただ残された道は暗く冷たい檻の中に閉じ込められるだけとなる。
桐江にとってこれ以上に最悪な事はなかった。
思い返せば父が亡くなってからいい事なんてなかった。
ならばこんな人生いらない―――桐江は自ら命を絶とうとナイフを思いっきり自身に突き立てようとした。
しかし…
「ば、薔薇…?」
目を瞑り痛みに耐えようとしていた桐江だったが、一向に痛みは襲ってこない。
それどころかナイフを握っていたはずのその手には薔薇が握られていた。
座り込む桐江の周りにも薔薇が散らばっていた。
その薔薇は血のように真っ赤な美しい薔薇だった。
「これで約束は果たしましたよ、金田一君」
唖然としている中、一人の声が響き渡る。
金田一はハッとさせ振り返れば高遠が窓際に立っているのが見えた。
「どちらが先に真相を解き明かすか…その勝負は君の勝ちだ……確か君が勝ったら『犯人の命は助ける』と言う約束だった筈です」
「ま、まさか今のはあんたが仕組んだマジックなのか!?」
誰もが桐江は自殺するのだと思っていた。
止めるのも敵わず犯人の死によって事件は終わりを告げるのだと。
しかし、ナイフは消え、血は真っ赤な薔薇に代わった。
この中でそれが出来るのはただ一人しかいない。
高遠は金田一の問いには応えず呆然としている桐江へ目をやる。
「桐江さん、探偵にちょっと追い詰められたくらいで死を選ぶようでは冷徹な犯罪者には成り得ません…―――あなたはたった今、一度死んだ…生まれ変わる気があるならもう少し自分の有るべき姿を見つめ直してみる事ですね」
高遠と金田一の賭けは金田一の勝利に収まった。
その約束通り高遠は犯人から死を遠ざけた。
きっと助けたのかと問いても高遠は応えないだろう。
「おや、霧が晴れたようですね…美しい湖に浮かぶ壮麗なロシア建築でも眺めながら空の旅と洒落こみますか―――それでは皆さん、Good Luck」
高遠はこれ以上金田一達と共にいる事を拒むように姿を消す。
彩羽は逃げた兄にホッとしながらも自害も出来ず力なく項垂れる桐江へ振り返った。
そして先ほど逃亡した兄を思い出す。
二つのトリックノート。
父の死と母の死。
そして父の残したノートを使い名誉を得た男と、母のノートを奪い名誉を得た人間達。
桐江と兄、高遠の共通点は多く存在していた。
彩羽はもし金田一と兄が賭けをしなくても、桐江を助けた―――不思議とそう感じた。
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