彩羽達はやっと東京に到着した。
行きは宝田が交通費などを払ったり手配してくれたが、帰りはその宝田が亡くなったため金田一達は自分達で手配をしなければならなくなった。
幸いにシーズンは外れていたため少し手間取ったが何とか飛行機を予約でき、帰ってくることができた。
「じゃあ、また」
空港からタクシーを相乗りで乗りそのまま自宅へ一緒に帰った。
佐木が先に降り、次は彩羽が降りる。
金田一と美雪は近所なため降りるのも一緒でまだタクシーに乗らなければならなかった。
彩羽はお金を払い、2人に手を振る。
2人も疲れた顔をしつつも笑顔を浮かべて手を振ってくれた。
恐らく彩羽も2人や佐木と同じく疲れた顔をしているのだろう。
2人を乗せたタクシーの後姿を彩羽は見送った後マンションへ入る。
彩羽はエレベーターを呼び、自宅のある階の数字を押してエレベーターがその階に着くまでぼうっと待ちながら考える。
(兄さんにはどう説明しようかな…)
考える事は今回の事件の事。
明智は仕事でおらず、今回は迎えには来ていない。
それを申し訳なさそうにしていたし、彩羽も5日も従兄と離れていた寂しさがある。
残念に思っていたが、今になって少し安堵していた。
(お兄ちゃんはあの事件に関与していないし…言わない方がいいかな…)
今回は兄、高遠が関与した事件ではなく、助っ人として招かれていた。
犯人もすでに捕まっているし、犬飼や梅園とは住む場所が違い、警視である明智と顔を合わす機会なんて早々ないだろう。
では、余計な心配をさせないために黙っていた方がいいのかもしれない。
彩羽はそう結論を出し、今回の事は黙っている事にした。
(はじめちゃんもお兄ちゃんが関与していないからわざわざ兄さんに言う事もないだろうし…大丈夫、だよね…)
不安はあるが、金田一も高遠が主犯でないあの事件を一々明智には言わないだろう。
そう信じる事にした時、丁度エレベーターは止まり扉が開いた。
エレベーターから降りて静かな廊下を歩きやっと自宅の扉に辿りつく。
たった5日だが、なんだか懐かしく感じた。
鍵を開けて玄関を開けると、当然この時間帯は社会人である従兄は仕事中なので静かな出迎えとなった。
「ただいまー」
しかし習慣なため、誰もいないと分かりつつも彩羽は帰宅の言葉を零し靴を脱いでリビングに荷物を置く。
「つかれたぁ」
テーブルに荷物を置いてソファに座ると自宅に帰ってきた安心感からかどっと疲れが体を襲い、彩羽はそのままソファに寝転んだ。
良質のソファなため、固くなく柔らかすぎなわけでもなく心地よく彩羽を受け止めてくれる。
「眠たい…あれだけ寝たのに……あー…でもまだ荷物片付けてないし…洗濯物…やらなきゃ…」
この家には明智と彩羽しか住んでいない。
家政婦を雇う程彩羽も幼くはなく、2人は困っていない。
だから家事は自分でやらなければいけないのだ。
しかし疲労から睡魔に襲われ彩羽はうとうとと瞼を閉じていく。
―――どれくらい眠っていたのだろうか。
彩羽は玄関が閉じられる音にハッと目を覚ます。
ガバリと起き上がるとすでに外は暗くなっていた。
時計を見ようにも暗くて何時かまでは分からなかった。
「彩羽?」
帰って来た時は夕方だったし彩羽は電気を付けるよりも体を休ませたかったのもあって電気をつけずそのままソファで寝てしまったらしい。
そのため家は暗闇に包まれていた。
明智は彩羽の名を呼びながらリビングの電気を付ける。
今日従妹が帰ってくるのは知っていたし玄関先には従妹の靴が置いてあったので、彩羽が帰ってきているのだろうと思っていた。
しかしそれにしては部屋が暗く物音ひとつしない。
それを不思議に思いながらとりあえず探そうとまずはリビングに来たらしい。
パッと電気がつくと暗かったリビングがあっという間に明るくなり、彩羽がソファから顔を覗かせているのが見えた。
彩羽の姿に明智はホッと安堵の息を吐く。
「寝ていたのか…起こしたかな?」
「ううん…起きなきゃって思ってたから」
彩羽の姿がない時、明智は生きた心地がしなかった。
彩羽を『あの男』が攫うのではないかとこの数日気が気じゃなかった。
それでも北海道に5日も行かせたのは金田一達が一緒だったのもあったが、束縛をしたくなかったからだ。
何より必ず自分の傍からはなれたからと言って高遠と接触するという訳ではない。
彩羽の姿に不安が安堵に代わり、明智は目を擦りながら起き上がる彩羽に笑みがこぼれる。
「彩羽、おいで」
明智は彩羽に向かって両手を広げる。
それは抱きしめたいと示しており、いつもなら恥ずかしがる彩羽だが今回は彩羽も寂しいと思っていたためか素直に明智の腕の中に飛び込んだ。
恥ずかしがらず腕の中に飛び込んできた彩羽に内心驚きながら彩羽が驚き苦しくないように優しく腕の中に閉じ込めた。
(5日ぶりの兄さんだ)
5日とはいえ殺人事件が起こったというのもありつい甘えていまい、兄の温もりを感じる様に胸元にすり寄った。
しかし、ふ、と鼻をかすめた匂いに彩羽は息を呑む。
(甘い香り…?)
一緒に住んでいるためか、巴川家にいた時ほど従兄の匂いを意識しなかったが、さっき香ったその臭いは初めて嗅いだ匂いだった。
さり気なくもう一度香りを確かめると…
(やっぱり……これ、男性物の香水じゃないよね…)
従兄も男で身だしなみには気を使ってるため時と場合によって香水を振りかける事はある。
だが、香水にも種類というものがあり、男女別に発売されてる。
彩羽の年頃でも香水をつけている少女はいるが、彩羽は香水をつけるタイプではない。
そのため香水の知識はないが、この甘い香りは女物なのだけは分かった。
男性にも甘い香りの香水はあるだろうけど、この甘い香りは女性が好みそうな甘さだった。
彩羽は背筋を凍らせた。
明智は男だから男性用の香水を使うはず。
では―――
(恋人、できたんだ…)
考えられるのは『恋人』だった。
恋人でなくても『アタックしている最中の女性』かもしれない。
どっちしろ身体に香りが移るほどその人物と従兄は密着していたということなのには変わらない。
彩羽は5日ぶりに明智の温もりを感じ幸せだったのが一気に地獄に落とされたような感覚に陥った。
「彩羽?どうした?」
体を強張らせる彩羽に気付いた明智が声をかけたが彩羽は喉が異様に乾いてすぐには応えられなかった。
もう一度明智に名を呼ばれ彩羽はハッと我に返り顔を上げる。
顔を上げれば当然明智も彩羽を見下ろしていたので彼と目が合った。
明智と目が合い彩羽は『なに?』と答えたかったが答えられなかった。
今明智の綺麗な瞳には自分が写っているが、ほんの少し前まで知らない女性が写っていたかもしれないと思うと声が出なかった。
「彩羽?」
流石に何の反応もないのは明智も心配そうに声をかける。
彩羽の身体に回されていた手を彩羽の両頬へ伸ばし、彩羽の瞳を覗き込むように見つめる。
彩羽はその心配そうな従兄の顔を見て少し胸の突っかかりが消えた気がした。
「…実は行った館で殺人事件が起こって…それでちょっと疲れちゃった…」
「殺人事件……彩羽、怪我は?」
今度はすぐに答える事ができ、彩羽は弱弱しく笑った。
それは演技ではなく、本当に疲れ切った笑みだった。
『殺人事件』と聞き明智は怪我がないか心配し彩羽の身体をチェックする。
流石に触れるといくら従兄妹関係でもセクハラになり目視だけだが、前と後ろ隅々まで見て怪我がないと知ると明智は安堵の息を吐いた。
自分の無事に安心している従兄を見て彩羽はすっかり先ほど感じたモヤモヤは消え、『心配性だなぁ、兄さんは』と笑った。
くすくすと笑う彩羽に明智も釣られたように笑みを浮かべる。
気付いたら機嫌が直った彩羽は北海道で起こった殺人事件を話す。
勿論高遠の事は伏せて。
明智は高遠がいたとは思いもせず、彩羽の話を最後まで聞いてくれた。
しかし『犯人は捕まったのか?』とは聞かなかった。
それは金田一も一緒にいた事を知っており、明智は金田一がいるなら事件は解決するはずだと疑っていないからだ。
無意識なのかは分からないが、彩羽は従兄と幼馴染が何だかんだ言って信頼しあっているのを見てとても嬉しく思った。
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